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7 コハクの嘆き


コハク視点です。短めです。

 

 ああ、なんてことだ。やらかした。

 ルジアーロ王国に来てからというもの、僕は猫背をさらに丸める日々を送っている。

 ……前世の行いが悪かったせいかな。生まれ変わっても相次ぐ誤算に笑い出したくなる。猫の顔じゃ笑えないけど。


 ソニアとヴィルが不吉な予知を解決するために行動し、訪問先のルジアーロで魔女が殺される事件が起きており、その最有力容疑者があのセレスタだった。

 後顧の憂いを全て片づけたと思って、満足げに死んだ前世の僕が滑稽すぎる。ソニアに「殺し損ねるなんて詰めが甘い」って言われちゃったよ。ショックだ。


 組織の魔女たちを一掃する際、確かにセレスタも殺したと思ったんだけどなー。

 でもあのときはミストリア王への復讐を果たし終え、ソニアたちとの対面を前に浮き足立っていた。セレスタの幻影魔術を見破れなかった可能性もある、か。


 なんにせよ、ミスが発覚した以上はリカバリーしないと!


 やることはシンプルだ。

 ソニアとヴィルを守る。セレスタ、もしくは悪しき魔女と対峙したら殺す。それだけ。


 ルジアーロ王国がどうなろうが正直どうでもいいんだよね。ソニアとヴィルが不吉な予知に巻き込まれなければ、他の人間はどうなったって構わない。こういう考えが魂に業を蓄積させるのかな?


 はぁ……ていうか、予知のことなんて見て見ぬふりをして、本に書き残すんじゃなかった。慎重なソニアなら危うきに近寄らずって感じで、サニーグ・アスピネルに報告はしても自分が動いたりはしないと思ったのに……。

 薔薇の宝珠を使う罪悪感を拭うために、大勢の人の命を救う。まさかそんなことを考えるなんてね。


 変なところで義理堅いというか、筋を通す子だな。もう十分頑張ったんだから、ご褒美を受け取るだけでいいのにさ。

 誇らしさと歯がゆさで何とも言えない気持ちになる。

 それと比べて僕はなんなんだ。


「にゃーん! にゃにゃーん!」


 僕はたまらず身をくねらせて煩悶した。ああ、ごめんなさい。前世の娘に迷惑かけてばかりで自分が情けないよ。

 せめて封印の解読に協力できたらいいんだけど、例の黒箱は遠ざけられちゃったんだよね。悪戯しないって訴えてるのに伝わらない!


「え、コハクちゃん、急にどうしたの?」


「背中にノミでもいるんじゃねぇか?」


 僕を覗き込んだのは、ルジアーロの第二王女ロゼリントと見習い騎士のティガだった。


「にゃ!」


 失礼な! ノミなんていないよ! 

 ヴィルがマメにお風呂に入れてくれるし、毛づくろいは怠ってないからね!


「ティガ、ノミってなぁに?」


「あー……いい。冗談だ。どうせ寝ぼけただけだろ」


 ロゼリントが首を傾げながらも僕の頭をよしよしと撫で、ティガが白けたような顔をしている。猫好きとそうではない人間って態度ではっきり分かるものだね。ふん、どうでもいいや。


 まぁ、毛並が清潔だという自負があっても、他人の家のキッチンには入れてもらえないんだけど。仕方ないね。王族が口にする食事に猫の毛が混入したらヤバい。

 というわけで、ソニアとヴィルが夕飯の準備をしている間、僕は大抵ロゼリントとティガと一緒にリビングで待っている。


「良い匂いがしてきたわ。今夜のメニューはなんでしょう。ソニアさんの料理、優しい味がしてとても好きだわ」


「野菜が多すぎる……まぁ、家庭料理ってああいうもんなんだろうな」


「そんなこと言って、いつもヴィルさんとおかわりを取り合っているよね。ティガもソニアさんのお料理、気に入ってるんでしょう?」


「別に……ただまぁ、あの見た目で料理が出来るって、ヴィルの奴が惚れ込むのも分かる気がする」


 ヴィルが食べ物に釣られたみたいに言うなよ。ただ小悪魔お嬢様っぽい見た目に反して、料理上手っていうギャップにぐっときちゃっただけだって。

 ……エメルダのヘドロ料理との差にやられた可能性もなきにしもあらずだけど。


「そ、そうだね。……えっと、ティガはソニアさんみたいな女性、どう思う? やっぱり素敵だと思う?」


 おっ、ロゼリントが勇気を振り絞った!

 この上ずった声の感じからして、よほど気になっていたらしい。

 

 考えてみればティガってヴィルよりもソニアと年齢が近いんだよね。年頃の男子としては綺麗なお姉さんと一緒に暮らしていると意識しちゃうのかな? やや反抗的なところも好意の裏返しだったりして……。

 もしそうだったとして、ソニアに変なことしようとしたら黙ってないよ。子猫の爪の鋭さを教えてやる。


「はぁ? 急に何言ってんだ。ませやがって……全く興味ねぇよ、あんな魔女」


 ティガはげんなりした様子で言った。

 むぅ、これはこれで腹が立つな。ちょっとは意識しろよ。

 僕はにぎにぎと爪を出し入れしつつ、ロゼリントの様子を窺う。


「そうなんだ……男の人はみんなソニアさんみたいな綺麗な方が好きなんだと思っていたわ」


「んなもん人それぞれだろ。いくら見た目が良くても、ああいう何もかも見透かしたような態度の女には近づきたくねぇ」


 ああ、ロゼリントが露骨にほっとしてる。このくそ生意気な奴のどこが良いのか、お姫様の乙女心は謎に満ちている。

 でも良かったじゃん。ソニアとロゼリントは正反対のタイプだから、もしかしたらティガの好みの範疇かもよ? 

 もっとも、年齢的にまだ守備範囲には入ってなさそうだし、身分差があって難しいと思うけど。子どもの恋愛事情なんてあくびが出るほどどうでもいい。


「な、仲良くしてとは言わないけど、ソニアさんに失礼なことはしないでね。ただでさえたくさんご迷惑をおかけしてるんだから」


「……分かってる。この状況でここにいてくれるってだけで、一応感謝はしてる。もう絡んだりしねぇよ」


 その言葉、忘れるなよ。僕の前世の娘、もとい、飼い主さんの邪魔をしたら許さないからね。


「絡むと言えば……あいつ、断ったんだってな。ヘイルミーネの招待」


「ティガ……さ、さすがにお姉様のことを呼び捨てにするのはダメよ」


「少しでも尊敬に値する部分があれば、ちゃんと弁えるぜ。国王陛下とかエクリーフ様とか」


 ティガは鼻で笑った。


「今頃ヘイルミーネはたいそうご立腹だろうな。自分の招待を断られて、どんな被害妄想を爆発させているのやら。嫌がらせの標的があっちに移るんじゃね?」


「まさか……」


「あり得るぜ。ちょっと前まで城じゃ、あの魔女がミストリアの王都を救った話で持ちきりだったらしい。それでヘイルミーネはずっと機嫌が悪かったんだと」


 もしかして、自分より目立つ同性が許せない、とかいうタイプの王女なのかな。面倒くさいね。

 ロゼが顔色を悪くして口元を押さえた。


「そんな……ソニアさんはいろいろお忙しいから、仕方なく断られたのよ。お姉様の不興を買う気なんてないのに……どうしよう」


 そうだよ。ソニアは懇切丁寧に従者に断りを入れて、後から直筆で詫び状を贈り、さらにエクリーフにもフォローを頼んでいた。そこまでやったのに敵視されるなんておかしくない?

 第一王女なら危険な予知のことだって耳に入っているだろうし、多忙を理由にお茶会を欠席するくらい別にいいじゃん。ていうか、ごたごたしてるの分かってるのに誘ってくるなよって感じ。


「どうにもできない。放っておけ。あの魔女なら適当にあしらうだろ。お前は火に油を注がないように大人しくしてりゃいい」


 ティガの言葉に納得できないのかロゼリントはおろおろと落ち着かない様子だった。

 また彼女を不安にさせるようなこと言って……魔力暴走させたらどうすんの。


「にゃ」


 僕はロゼリントの膝を前足でちょんちょんと叩き、訴えるようにつぶらな瞳で見上げた。


 心配しなくていい。いざというときは僕がなんとかする。

 こう見えても前世は魔人だったし、今だって魔獣だ。実は最近体内の魔力が増えて、簡単な魔術を使えるようになっている。

 ソニアとヴィルは必ず僕が守る。だから、きみは自分のことをまずなんとかしなさい。頼むから。


 ロゼリントの濃紺の瞳が揺れ、きらきらと輝いた。


「あ…………可愛い! 見た? 今、コハクちゃんがわたくしを呼んだわ。遊んでほしいのかしら?」


「あー、はいはい。そうなんじゃねぇ?」


 ロゼリントは僕をモフることで精神の安定を得て、ティガがどこか呆れたようにため息を吐く。

 そして僕は嘆きの心を噛み殺して、猫じゃらしと格闘した。




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