番外編 麗しのククルージュ生活
ソニアとヴィルに再会したとき、こんなこと許されてはいけないと思った。
僕は本来罰を受けるべき身だ。一度の死では贖いきれないような大罪を犯したのだ。
だから、こんなご褒美のような展開を受け入れるわけにはいかない。二人と一緒に暮らし、幸せを感じるなんて、そんなの……。
「ほら、コハク。ご飯だぞ」
「にゃーん!」
待ってました!
湯がいてほぐした鶏のささみ。僕は本能に逆らえず、お皿にまっしぐらになった。
うん、美味しい。魚も好きだけど、鶏も最高。最初は手を使わずに食事するのに戸惑ったけれど、今では何も気にならない。
「ふふ、可愛い」
ソニアのくすぐったい声が降ってきて、ピクリと体が反応する。でも無理に触ろうとはしないみたいなので、そのままご飯に集中した。
ソニアとヴィルに拾われて一週間と少しが経過した。
体調は回復し、猫の暮らしにも慣れた。ていうか飼い慣らされてしまっていた。新しい名前も馴染んできた。
……言い訳をさせてもらうと、この子猫の体がいけないんだと思う。
すっごく怠惰なんだよね。常に眠いし、怠いし、お腹が空いている。欲望と本能に忠実な体は、今の環境を心底気に入ってしまっていた。
楽に暮らしたいし、可愛がられたいし、死にたくない。
それでいて、人間的な思考と恥じらいが残っているのだから性質が悪い。
この屋敷でご飯をもらっていて思った。
僕に野生の猫生活は無理だ。
だって自分で狩りをして、鳥やネズミをそのままガブリとしなければいけないんだよ? 必死に抵抗する獲物、生々しい感触、口いっぱいに広がる鉄の味……ぞっとする!
寒いのもイヤだし、毛並は常に清潔にしていたい。
というわけで、飼い猫として生きることを決意した僕だけど、ここにいていいのかな、自分に甘すぎないかな、という葛藤や自己嫌悪はある。
ソニアとヴィルの世話になること、心底情けなく思う。他の家の猫になろうかなと考えたこともある。
でも、僕の正直な気持ちを言えば、ここにいたい。
二人がどのように暮らし、どのように生きていくのか、そばで見ていたいんだ。
ソニアはまだ、薔薇の宝珠を使っていないようだった。
手離してはいないし、使うという話をヴィルとしていたから、延命はしてくれると思う。でもそれをしっかりとこの目で見届けるまで、僕は二人のそばを離れないと決めた。
図々しいのは自覚しているよ。万が一正体がバレたり、迷惑をかけたり、不都合が起こったらすぐに出ていく。
専用の板以外で爪とぎはしないし、つまみ食いもしない。悪戯もしない。
僕は良い猫になるんだ。
ある程度の信頼を得たのか、屋敷の中を自由に散策できるようになった。今まではリビングとダイニング以外は立ち入らせてもらえなかった。まぁ、死にかけの子猫だったし、危ないからね。
……この屋敷に戻るのは久しぶりで、感慨深いものがある。ちょうど換気をしていてドアが開いているし、探検してみよう。
アロニアの部屋は物置になっていた。里全体の荷物を預かっているのかな。魔道具がたくさん保管されていて、元の主の私物は一つもない。アロニアがヒステリーを起こしてつけた壁の傷もなくなっていた。
僕が昔使っていた部屋を覗く。ここで文字の読み書きを勉強したんだよね。今はヴィルの部屋らしい。
物置にされているより嬉しいけど、多分ソニアはここが僕の部屋だったことを知らないんだろうな。
ヴィルの部屋、ほとんど物がない。着替えや筋トレの道具くらいしか見当たらなかった。……あ、ベッドに枕がない。気づかなかったことにしよう。
ソニアの私室兼寝室には……入る勇気がない。いろんな意味で禁断の領域だからね。今後もできるだけ近づかないようにしよう。特に夜は。
書庫は蔵書が溢れんばかりに増えていた。僕が残した本も残っているみたい。ソニアが手に取ったことはあるだろうか。
見覚えのない本はソニアが集めたのかな。魔術書だけじゃなくて、小説もあるみたい。彼女がどんな本を読んできたのか興味があったけど、この体では棚から引っこ抜くのは難しそうだ。むむぅ。
「ここはダメだぞ。危ないものが多いんだ」
研究室と調剤室を覗こうとして、ヴィルに素早く扉を閉められた。ちらっと薬瓶や素材が陳列された棚が見えた。
魔女の部屋って感じだ。こういう部屋を見ると、ネフラのことを思い出しちゃうな。元気にしているだろうか……僕を手伝ったことがバレて、罪に問われてないといいけど。
全体的に内装をだいぶ変えたみたい。昔は趣味の悪い高価な調度品ばかりだったけど、今は一新され、明るくて清々しささえ感じる。
そう言えばあの忌々しい地下室は、と階段に向かうと厳重に封印されていた。ソニアにとって嫌な思い出しかない場所だ。ここにだけ、昔と同じ不穏な空気を感じて、僕は足早に立ち去った。
僕は今日もヴィルに抱っこされ、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「…………」
ふと、どこか諦めたような笑みを浮かべるソニアと目が合った。
しまった……。
ソニアがいるときはあまりヴィルに甘えないようにしていたのに、つい。あごの下を撫でられるの、弱いんだよ。
ヴィルも視線に気づいたらしく、慌てて僕を差し出す。ちょっと待って!
「今日こそ、大丈夫だ」
「……コハクちゃん。おいで」
神妙な表情で頷き、ソニアが手を伸ばす。
うん、大丈夫だ。ただ抱っこされるだけ……抱っこされるだけだから……前世の娘に!
「うにゃん!」
ごめん、やっぱり無理!
僕は身をよじってヴィルの手から抜け出し、無我夢中で逃げ出した。ソニアの悲しげなため息が聞こえてきた。
「相当嫌われてるわね、私……」
しばらくしてから、しゅんと落ち込む。またやってしまった。
違うんだ。ソニアのことが嫌いなわけじゃない。
ただ、散々迷惑かけた娘に抱っこされて可愛がられているのを想像すると、耐えられないんだ。いたたまれないし、恥ずかしい。
ほとんどが猫の本能に支配されているこの体だけど、ソニアに関することには強く前世の自我が作用する。父親としての、元人間としての尊厳的な何かが、ソニアに猫として甘えることを拒絶する。
なぜかヴィルに甘えるのは平気なんだけどな。それはシトリンとして過ごした時間があるからかな。
それはともかく、このままじゃいけない。
僕はもうソニアを悲しませたくはない。このもふもふの毛皮を提供することでソニアが笑顔になるのなら、むしろ喜んで差し出すべきだ。
このままじゃ猫としても嫌われちゃう……。
僕はぶるぶると首を横に振った。
少しずつ、少しずつでいいから、ソニアと打ち解けよう。
僕は改めてソニアとヴィルのことを観察してみることにした。
朝、ヴィルが先に起きてくる。
朝食の準備や里の当番をするためだ。相変わらず剣の鍛錬もしているみたい。働き者だなぁ、と感心しつつ足にすり寄ると、優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
「おはよう」
先に僕にご飯をくれる。朝はソニアが作り置きしたキャットフードだ。噛みしめるほど魚介の旨味がしみ出してきて非常に美味しい。
ヴィルがせっせと働き始め、だいぶしてからソニアが起きてくる。
最初は「ヴィルにばかり働かせて」とちょっと呆れていたんだけど、二人は主従関係でもあるのだから、しょうがないか。
それに女性は身支度に時間がかかるというし。今朝もソニアは一分の隙もない美しさで現れ、ヴィルを見惚れさせた。
昼間は基本的に仕事をしていた。
ソニアは薬師として調合をしたり、勉強したり、魔術の練習をしている。
ヴィルは従者として買い出しをしたり、掃除や洗濯をしたり、体を鍛えたりしている。
合間にいちゃついたり、僕を構ったり、お茶をしたりしてすごく平和だ。
日が傾いてくると、ソニアがキッチンに立つ。
今夜はビーフシチューだね。手間と時間をかけてじっくりと調理している。夕ご飯はいつもソニアが作っている。
ここ数日見ていて分かった。
ソニアはかなり料理上手で、ヴィルのことが大好きなんだって。料理に愛情が込められているのが一目で分かるもん。そしてヴィルは胃袋をガッツリ掴まれている。
その証拠に、美味しそうな匂いに惹かれるようにヴィルがやってきて手伝い始める。
「味見してみる?」
「ああ。……今日のは特に美味い気がする」
「この前の牛さんが入ってるの。あと、新作のスパイスを加えてみたわ」
もう少し煮込みたいソニアと、早くお腹いっぱい食べたいヴィルが押し問答をしている。
こらこら。調理中にいちゃつくんじゃない。
……ごちそう様。
一日観察していて思う。
これは、うん。ラブラブだ。
ソニアのことはあまりよく知らないけれど、ヴィルのことはよく知っているつもりだ。堅物で自分の幸せを二の次にしてきた彼が、女性に骨抜きにされている様子は何度見ても信じられない。
変わったな、ヴィル。
良い変化だよ。
ある日、ソニアが僕を見つめながら言った。
「コハクちゃん、そろそろお外デビューをしてもいいと思うわ。最近退屈そうだもの」
「見習い魔女たちにいじめられないだろうか……」
「いじめはしないと思うけど、可愛がり過ぎないように注意しないとね」
というわけで、僕は猫として初めて屋敷の外に出ることになった。
エメルダの能力でも探れなかったククルージュの実態をこの目で見ることができるとあって、少しドキドキする。
籠に入れられ、ヴィルに運ばれる僕。里の景色もだいぶ変わっていた。なんといか、空気から違うような気がする。木漏れ日が柔らかくて、風が気持ちいい。
さっそく遊んでいた子どもたちが近づいてきた。
「きゃあ! 可愛い!」
「猫ちゃん! ふわふわー!」
「抱っこ! 抱っこさせてください!」
僕がククルージュにいた頃は、見習い魔女なんて多分いなかった。こんなに騒がしくなかったもん。
体がぶるぶると震えた。こ、怖い……僕、どうなっちゃうの?
欲望のままに手を伸ばしてくる見習いたちからヴィルが籠を遠ざけ、ソニアが言い聞かせる。
「急に群がったらコハクちゃんがびっくりするでしょう。優しく可愛がってあげてね」
はーい、と見習い魔女たちが良い子のお返事をして、再び僕は差し出された。
し、仕方ない。大人しくしていよう。純真な子ども相手に威嚇するわけにはいかない。
順番に撫でられていると、ぬっと大きな影が僕に陰を落とした。
「ソニア様の……新しいペットっ!」
「ひぃ!」
思わず猫にあるまじき声が漏れた。
幽鬼のような雰囲気の青年……て、ファントム!?
一周目の世界でソニアに成り代わったアロニアに仕え、悲しい最期を遂げた青年だ。
「あらー、可愛いー。猫ちゃんいいわねー」
続いて現れたのは魔女コーラルだった。なぜかクマ耳のカチューシャをしており、腕には幼女を抱いている。
こちらも一周目に口封じで始末された哀れな魔女だ。
二人とも、生きてククルージュで暮らしていたんだね。びっくりした。
しかもソニアやヴィルと親しげな様子だ。
「わんわー」
「違うぞぉ、フレーナ……この子はにゃんこ。猫さんだ」
コーラルの腕の中で子どもが目を輝かせ、僕に手を伸ばそうともがいている。
というか、その子どもは、もしかしてファントムとコーラルの?
「ソニアちゃーん、うちの子も触らせてもらっていいー?」
「ええ」
見習い魔女たちが場所を譲り、コーラルが我が子を僕の前に差し出す。
一周目で無惨な最期を遂げた彼らが、二周目では幸せな家庭を築いている。僕はその事実に感激した。
僕が時間を巻戻したことで、ソニアが自分を明け渡さなかったことで、助かった命がある。そのことが単純に嬉しかった。
「てい!」
「にゃう!?」
しみじみと感じ入っているところに、幼女フレーナから遠慮ない一撃を食らった。尻尾を思いっきり引っ張られたのだ。
「コハク!」
あまりの激痛から僕は籠から飛び出し、里を爆走した。痛みを誤魔化したかったし、危険から急いで離れようという本能が働いたのだと思う。
気づけば、へとへとになって木陰に倒れ込んでいた。尻尾の付け根がピリピリするけれど、だいぶ痛みは引いた。多分何ともないだろう。
「おやまぁ」
一人の老婆が僕を見下ろし、首を傾げていた。
……この顔、見覚えがある。
老婆は一度去り、しばらくして戻ってきた。水の入った皿を僕の前に置いて、そっと頭を撫でた。
飲めってことだよね。喉がカラカラだったのでありがたく頂戴した。
ちびちび皿を舐める僕を、老婆は黙って見ていた。
ばあさん、まだ生きてたんだな。僕が昔ククルージュにいた頃と何も変わっていない。一体いくつなんだろう。
喉を潤した後も、なんとなくばあさんのそばにいた。猫に転生してから初めて、言葉が喋れたら良かったのにと思った。
このばあさんには昔から世話になっていたし、きっとソニアも面倒を見てもらったのだろう。今なら素直に礼が言えるし、ソニアの小さい頃の話を聞きたかった。
「……ああ、良かった。ばば様、ありがとう」
ソニアとヴィルが慌てた様子でやってきた。
「ソニアのところの猫かい」
「そうなの。ちょっとフレーナに悪戯されちゃって……コハク、ごめんね。ファントムたちも謝りたいって。おいで」
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「にゃ!」
僕はばあさんに向かって一声鳴き、ヴィルの持つ籠の中に戻った。
その日の夜、僕はこっそりと屋敷を抜け出した。
ファントム一家に謝られた後はすぐに帰ったため、里の中を回りきれなかった。僕には気になっている場所があった。
目的地に近づき、恐る恐る呼びかけた。
(ご、ごめんくださーい)
獣舎を覗き込んだ僕は、無数の瞳に射抜かれた。
ククルージュでは多種多様な魔獣が飼育されている。高い知性を持つ個体もいるだろう。
一説によると魔獣同士はテレパシーで意思疎通ができるというし、何となくその感覚が分かったので使ってみた。
失敗だったかな。なんか、ざわざわしている。
僕を食べる相談だったらどうしよう。今の僕では襲われたら一たまりもない。
(なんだい、あんた……ああ、噂の新入りか)
(そ、そうです!)
一羽の黒フクロウが羽の手入れをしながら問いかけてきた。頭の中に言葉が響いてくる不思議な感覚があった。
(きみ、すっごい魔力だね。どこから来たの? なんて名前? ねぇねぇ)
ふわふわな毛を持つ綿ギツネも人懐っこく話しかけてくれた。敵意は感じない。
ほっとしつつ、僕は改めて挨拶をした。
前世ではまっとうな社会で生きてこなかったから、コミュニケーション力には自信がない。でも頑張る。良い猫として暮らしていくために。
(ほら、ユニカ。あんたも挨拶しな)
(けっ)
獣舎の中でひときわ存在感を放っていたのは、黒いたてがみの馬だった。ユニカというらしい。
そう言えば、ソニアとヴィルに拾われたとき、そばにいた気がする。ユニカという名前もソニアとヴィルが頻繁に口にしていた。
ソニアの愛馬に違いない。仲良くなっておきたい。
しかしユニカはつーんとそっぽを向いて、僕を視界に入れなかった。
(ご主人様に可愛がられているからって調子に乗らないで下さいね!)
(ユニカ先輩、大人げないよ……こんな小さな子に)
綿ギツネと黒フクロウが呆れる中、ユニカは「だんっ」と地面を踏んだ。
(だって、だって、ズルいです! ボクはお家に入れないのに……! ボクもご主人様とずっと一緒にいたい! 小さくなりたい!)
ぽろぽろと涙を流すユニカ。
唖然としつつも、気持ちはよく分かった。そうか。彼はとてもソニアのことを愛しているんだな。僕が来たことで寵愛を奪われると嘆いている。
僕はユニカの足元にすり寄った。一蹴りでもされたら僕は呆気なく死んでしまうけれど、きっと彼はそんなことしない。
(あのね、ユニカ……きみには本当のことを話すよ。長い話になるんだけど、聞いてくれる?)
僕は前世のこと、アンバートとして生きて何をしてきたのかを正直にユニカに話した。
ユニカは僕がソニアの実父であったことに驚き、境遇を知って同情し、ソニアにしてきた所業を知って激しく怒った。危うく踏み抜かれるところだった。
だけど、最終的には和解した。
ユニカは動物的な素直さを持っていた。僕が、その……ソニアに愛情を持っていることが伝わったんだと思う。
(お義父さん……ご主人様はずっと寂しそうでした。いつもお家に帰りたくなさそうにしていました。この獣舎で眠る夜もあったんですよ)
お義父さんはやめてほしいんだけど、まぁいいか。
(でもボクが心配しないようにいつも笑っていました。とても優しいんです。ボクがたまに我がまま言ったり、悪戯しても、優しく諭してくれるんです。だからきっと、お義父さんのことも許してくれます)
ユニカはたくさんソニアとの思い出を語ってくれた。
僕が聞きたかった話をしてくれた。夜が明けるまで二匹で語り合った。
(ヴィルが来てから、大変不本意ながら、ご主人様は幸せそうです。でもお義父さんがそばにいれば、もっと幸せだと思います。一緒にご主人様を癒しましょう!)
(うん……そうだね……ユニカ、ありがとう。今までソニアのこと支えてくれて……)
僕が礼を言うのはおこがましい気がするけれど、それでも感謝を伝えたかった。
過酷な人生を歩んできたソニアに、二心なく寄り添ってくれてありがとう。
ある日、ヴィルが買い出しに行った時間に、僕はソニアに近づいた。
ソニアは読書をしながらもどこか物憂げな表情だった。ヴィルがいないとき、たまにこういう表情をする。ただ寂しがっているだけじゃなくて、何かに思い悩んでいるような感じ。
僕は小さな体で頑張ってソファに上がった。ぐっと視線が近くなる。
「どうしたの、コハクちゃん」
私に近づいてくるなんて珍しいわね、とソニアは苦笑した。
ククルージュに来てよく分かったよ。
ソニア、きみはたくさんの人に愛されている。運命を曲げるために頑張ってきたんだね。とっても偉いよ。
分かったつもりでいたけれど、実感していなかったみたい。
……まだ何か頑張るつもりだよね?
この前、ソニアが僕の遺した予言書を読みながら、ヴィルと相談している姿を見た。危険を知らせるつもりで書き残したのに、わざわざ首を突っ込もうとしているらしい。
ソニアが宝珠を持ちながらも未だに使わない理由……なんとなく察しがついた。
「にゃーん!」
僕も力になるからね!
そんな気持ちを込めて、僕はソニアの腕に頭を思い切りこすり付けた。甘えるように何度も。
「……驚いた、急にデレたわ」
ソニアは僕を躊躇いがちに抱き上げて、膝の上に乗せた。優しく頭を撫でてくれる。
やっぱりちょっと恥ずかしいけど、嬉しい気持ちの方がずっと大きかった。
だってソニアが笑ってくれている。
猫になって良かった。僕はしみじみ思った。




