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7 帰郷への道


 

 婚約を解消してすっきりしたところで、原作『エメルダと魔女伝説』のあらすじを確認しつつ、現状を整理しておきましょう。


 物語は山奥の小さな村から始まる。

 エメルダは血の繋がりのない老婆と暮らす、明るく無邪気で誰にでも優しい美少女。だけど、人に言えない秘密があった。

 彼女は生まれつき予知能力者だった。

 自分の力を恐ろしく思っていたエメルダは、老婆の忠告を守り予知を信じないように生きていた。


 ある日、救世主アロニア・カーネリアンの弟子を名乗る魔女がやってきて、村人たちは歓迎の宴を開く。しかしエメルダは魔女が村人を惨殺する予知を視てしまい、悩んだ末に村人たちに打ち明けることに。


 当然信じてもらえず、逆に魔女に力がバレて命を狙われてしまう。そこを通りがかった青年二人に救われ、自分が魔女の厭い子であることを知るの。

 

 美しい青年の手を取った瞬間、エメルダはミストリアの滅びの災いの天啓を受ける。

 ……前世女風に言えば、ヒロイン覚醒イベントよ。


 それから一緒に暮らしていた老婆が「アロニアこそが悪の魔女」だと言い残して死んだり、青年の正体が王子様だと知ったり、魔女嫌いの騎士と打ち解けるエピソードがあったりする。

 

 自分の出生の秘密を知るため、ミストリアの人々を守るため、エメルダはレイン王子とヴィルとともに旅に出ることに。

 怪事件を追う過程で仲間を一人ずつ迎え、レイン王子と愛情を育みつつ、ついに全ての事件の黒幕が判明する――。


 ……で、昨日の婚礼の儀の騒動に繋がるのよね。


 原作通りならここからエメルダは王子の呪いを解く儀式のため奔走する。そうして情報や武器を集めたり、ソニアの目的を知ったり、仲間割れしたり、ぐだぐだになりながら最終決戦を迎えるわ。“おりじなるあにめ”ではよくあるらしい。

 最終的にヴィルの死と引き換えにソニアを倒し、エメルダは王子と結婚してめでたしめでたし。


 

 しかし現実は、原作のストーリーラインから完全に外れた。

 私が悪役を降り、王子を呪わなかったから。

 

 全人類に誓う。私は怪事件の黒幕じゃない。

 お母様の死後はククルージュでのんびり暮らしていたわ。すごく平和だった。

 ああ、そういえばたまに強盗が来たから、しかるべきおもてなしをしたわね。懐柔して抱き込んだり、トラウマを植え付けて追い返したり、冷たい土の下で眠ってもらったり……。

 正当防衛よ。仕方がないでしょう?


 とにかく、原作とは違い、私は生粋の悪の魔女ではない。

 一国の王子にわざわざ糾弾されるような罪は犯してないわ。


 でも昨日まではほぼ原作通りに進んでいたみたいね。現実の人物も原作そのままの人格みたい。


 気になるのは、誰かが私に代わって怪事件を起こし、私に罪をなすりつけようとしたこと。

 ククルージュで怪事件の噂を聞いてはいたけど、手は出さなかった。探るのもやめた。やぶ蛇になりそうだったから。


 不思議ね。私にやる気がない時点で、“あにめ”の展開は何一つ起こらない可能性もあったのに、どこかの誰かのせいで原作通りに話が進みかけた。


 ……でも正直取るに足らない問題よ。

 だって、私が負けるはずがない。


 この世界を描いた原作“あにめ”の流れを知っている。

 原作では明かされなかった真実もいくつか知っている。

 自分と自分の大切なものを守れる程度には強いし、そう簡単に出し抜かれるほど愚かではない。


 この状態の私にあらぬ罪を被せて、原作通りの死を与えられる人がいるとは思えない。


 自惚れが強いかしら?

 けどその自覚があるから私は決して油断しない。怠慢にもならない。自分にできることとできないことを理解し、いつだって生き残るために最善の手を尽くす。


 ……でもそうね。

 娯楽を切り捨てるつもりはないから、そこが唯一の命取りになるかもしれない。


 ヴィルを手に入れたこと、吉と出るか凶と出るかまだ分からない。

 最強に近い騎士。味方にすれば心強いけど、魔女を憎むゆえに諸刃の剣でもある。戦略的には使いづらい駒だ。


 でもいいの。私は彼が可愛い。一緒に遊びたい。


 前世女や“あにめ”の影響が全くないとは言わないけれど、私個人がヴィルをとても気に入っている。


 両親の命と引き替えに生まれ、周りから忌み嫌われて育ち、親友と初恋の人が愛し合うのを間近に見て、耐えて耐えて耐えて、今も仲間のためにその身を犠牲にしている男。


 この先彼に死以外のものを与えたらどうなるのかしら?

 どろどろに甘やかしたら、もしかしたら――。 

  

 

 

 

     

 荷物は着替えや美容液などが入ったトランク一つだけ。

 他にも嫁入り道具を持ってきたんだけど、もう使う気にならないので城で処分してもらい、お金に換えてもらった。


 さぁ、ククルージュへ帰りましょう。もう王都に用はない。


「騎獣は扱えて?」


「当然だ」


 故郷から連れてきた黒い馬の魔獣ユニカ。城で預かってもらっていたのを神殿まで連れてきてもらった。

 再会してすぐに私に頬ずりし、早く乗ってと催促してくる。可愛い子。

 しかしヴィルのことは気に入らないらしく、彼に向ける銀の瞳は冷ややかだ。

 でもこれはヴィルが悪い。


「意外だな。竜じゃないのか」


 その呟きにユニカは歯茎をむき出しにして嘶いた。「無礼者!」って怒ってるみたい。


 魔獣は核と創脳を持って生まれてきた動物のこと。身体能力が高く、個体によっては魔術を使う。魔女と似ているけれど、魔獣は雄も生まれてくる。ユニカも男の子よ。

 魔獣は普通の動物から突然変異で生まれることもあるけれど、ほとんどが野生同士で繁殖して独自の生態系を作っている。竜属なんかは元は爬虫類から派生したはずなのに、もはや別の生物になっているくらい。


 困ったことに野生の魔獣はよく人を襲う。創脳の影響で凶暴になってしまうみたいね。

 それゆえに大昔から魔女は多かれ少なかれ迫害されてきた。魔獣同様、頭が狂った化け物だってね。

 人間の脳は魔術を扱う上で抜群に優れていて、創脳の負荷にも耐えられる。それが分かったのはわりと最近のことなの。


「早く帰りたいのなら飛竜……せめて地竜を買ったらどうだ? それなら野生の魔獣も寄ってこないし安全だ」


 ユニカの抗議を無視して提案するヴィル。具体的に言えば後ろ足で蹴られそうになったけど、見ずに避けた。すごい反射神経。


 ヴィルの言っていることは分かる。

 魔獣は魔力を与えると、騎獣として人に従ってくれる。その中でも竜属は最速最強最高級の騎獣だ。捕まえるのも人に馴らすのも養うのも大変で、基本的に貴族やお金持ちしか竜に乗れない。自分の魔力を与えられる魔女や核持ちはその限りではないけど。

 

 ……そう言えば原作版ソニアは金ぴかのドラゴンに乗っていた。いかにも悪の魔女って感じがして最悪だったわ。


「私はこの子がいいの。竜は肉食だし、たくさん魔力をあげないと働いてくれないし、簡単に裏切るもの。あんまり好きじゃないわ」


 その点ユニカは草食だし、働き者だし、十二の頃から仲良しだから裏切られる心配がない。賢くて穏やかな性格で暴れたりもしない。


「燃費の良さは最高の美徳よ。ね、ユニカ」


 その通りですご主人様!と言わんばかりにぶるんぶるん頷くユニカ。本当に可愛い。早くヴィルもこれくらい懐かないかしら。


「……分かった」


 ヴィルはユニカを適当になだめ、トランクを吊るし、鞍の点検を始めた。

 怖い顔してるわ。少し機嫌が悪いみたいね。ついに私との生活が始まるから憂鬱なのかしら?


 儀式の後、ヴィルはレイン王子と二人で何かを話していた。別れの挨拶というわけではなさそうだったから、きっと何らかの指示を受けていたのでしょう。

 私はもう王子と関わりたくなくて離れていた。本当ならいろいろ忠告して大人しくさせておくべきだったかもしれないけれど、その気が失せてしまったもの。仕方ないわよね。どうなっても知らない。


「日没までに次の町か……街道を通っていては間に合わないな」


 手綱はヴィルが握り、私は後ろに引っ付いて乗ることにした。もう一匹騎獣を買うという案は却下済み。もったいないもの。ユニカは普通の馬より少し大きく、力持ちだ。大人の二人乗りでも余裕なの。

 ……実は手綱を預けての二人乗りは初めてなのよね。近所の子どもを乗せてあげたことはあるけれど、そのときは私が手綱を握っていた。


 少しどきどきしながらヴィルの体に腕を回す。鋼のような肉体とはまさにこのことね。うっとりするくらい逞しいわ。ほのかに石鹸の匂いがする。 

 ヴィルは核持ちだ。触れれば膨大な魔力を感じた。


「きゃっ」


 走り出してすぐ、らしくない声が漏れた。

 揺れる。前が見えない。風を切る音がいつもよりずっと鋭くて怖い。

 確かに野宿は嫌だから飛ばしてと頼んだ。ヴィルもユニカもそれに応えている。でもさすがにこのスピードは辛い。


「ヴィル! ちょっと飛ばしすぎよ!」


 振り落とされるかもしれない。私はヴィルの背に思い切り抱きついた。


「あ、あんまりしがみつくなっ! 手元が狂うだろ! わざとか!?」


「え!?」


 私もみっともない声を出した自覚はあるけれど、ヴィルほどではなかった。少し考えて、「ああ、思い切り当たってる」と気づいて腕の力を緩めた。……今のは本当にわざとじゃないのよ。嫌われてる段階で色仕掛けをしたって逆効果なことくらい知ってる。


 森の中に入ると、木の根や石を避けるためさらに振動は大きくなる。二人とももう無駄口を叩く余裕もない。口を開けたらすぐに舌を噛みそうだ。


 しかしやがてユニカが何かを察知したように急停止した。


「……魔獣か」


 森や山を大きく迂回する街道なら魔獣対策もバッチリだけど、今日はあえて町まで一直線のルートを選んでいる。だから魔獣と行き会う覚悟はしていた。


「援護した方がいいかしら?」


「必要ない」


 ヴィルが地面に降りてすぐ、茂みから唸り声が聞こえた。

 現れたのは大きな狼の魔獣。いわゆる銀狼だった。魔力が高く、とても強い魔獣なんだけど、群れじゃないだけマシかしら?

 

 さぁ、お手並み拝見ね。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 原作では明かされていないアニメオリジナルの「真実」はどうなんですかねホントに真実?公式の設定なのかな。
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