14 旅の終わりは
※久しぶりに二日連続で更新しています。
昨日の更新分を知らない方は一話お戻り下さい。
思えば長い旅だったな。
アロニアに殺されかけてククルージュを出て、一周目の世界でこれ以上ないほどの絶望を見て、二周目の世界で自分がいかに愚かだったかを思い知った。
でも、最終的に行きつく先がここならば、悪い旅ではなかった。むしろ苦労した甲斐があったと言うべきか。
復讐を果たし、ソニアとヴィルが幸せな未来を手にできるなら、もうなんでもいいや。
謁見の間の扉が開く。
玉座からソニアとヴィルを見下ろし、僕は笑みを零した。最初は嫌々主従になったというのに、ソニアに付き従うヴィルがあまりに自然で思わずね。
嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちだ。
ヴィルは黒幕が僕だと知ってとても驚いていた。騙していて、ごめん。
一方ソニアは予想済みだったらしく落ち着いていた。「ヴィルに教えておいてやれよ」とか「可愛くないな」と思いつつも、どきどきした。
ネフラに最後に言われた言葉のダメージが残っているみたい。
「それとも、薔薇の宝珠によって若返ったお父様本人なのかしら?」
お父様だって。やめてほしい。そんな風に呼ばれたら、悪役の仮面が剥がれてしまう。泣きそうだ。
僕はこっそり深呼吸をして、順を追って話した。
スレイツィアの野望や魔人のこと、ジェベラと王都襲撃のこと、クロスのために復讐を誓ったこと、アロニアとの間に子どもを作ったこと、復讐に利用するためにエメルダを造りだしたこと、魔女組織を造り事件を起こし、シトリンとして旅の仲間に加わったこと。
我ながら、ひどいな。
ヴィルが激怒するのも当然だ。僕が不思議に思ったのは、ソニアが終始落ち着いていることだ。ドン引きしているだけならいいけれど、なんだか様子がおかしかった。まるで感情を上手く表せなくて困っているみたいだ。
勝手だけど、ソニアにも怒ってほしかった。責めて、罵って、僕の存在そのものを否定してくれていいんだよ?
ソニアは頑なに「お父様」と呼ぶのをやめない。地味に効く。罪悪感で崩れ落ちそうになるのを堪えて、僕は問う。
「何のためにヴィルをククルージュに連れ帰り、そばに置いている? 真実、ヴィルを愛しているのか?」
ヴィルがソニアのことを愛しているのは、もう聞かなくても分かる。だからソニアに尋ねた。
「最初は見た目や雰囲気を気に入ったから。それと、何も知らず王家に仕える姿を哀れに思ったから。あまりにも危うくて放っておけなかった」
ああ、そうだね。ヴィルは愛する者のために平気でその身を投げ出す。そういうところがクロスにとてもよく似ていて、僕は心配でたまらなかった。
「今は、ヴィルを幸せにするのが楽しいの。私も幸せな気分になれる。ずっと一緒にいたいと思うわ。……ヴィルは私の最高の従者で、最愛のヒトよ」
ソニアは満ち足りた表情で答えた。
その美しさに息を飲む。愛し愛されていることに一点の疑いもなく、凛と佇む姿は女性特有のしなやかな強さを体現していた。
もう子どもじゃないんだな。なぜか胸が痛んだ。
ソニアの答えにヴィルは感激したようで、同じように返事をする。
たちまち二人の甘い世界が形成され、僕はしょっぱい疎外感を味わった。敵前だよ? それに、仮にも父親の前でいちゃいちゃして……最近の若者の考えていることは分からない。
いや、いいんだ。安心した。二人が両想いならそれで。
ただ、今のソニアの答えで確信した。
ソニアは自分の体が抱える不具合を知らない。だから薔薇の宝珠にも興味を示さず、ヴィルとともにある未来を疑わない。
でも、このままじゃダメなんだ。二人一緒にはいられない。
「ソニア、きみは彼を不幸にする」
僕は二人を引き裂くふりをして、ソニアを魔術で攻撃した。ここでしくじるわけにはいかない。細心の注意を払って、悪になりきった。
ソニアとヴィルが互いを守り合ったのが印象的だった。これだけ強ければちょっとやそっとの逆境くらい撥ね退けていけるだろう。
「っ!」
僕はヴィルの一撃を心臓に受けた。魔女殺しが僕の血を吸って喜んでいる。僕も嬉しい。かつてはクロスが使っていた剣だ。この剣で死ねるなんて、最後の最後で僕は幸運だったな。
血塗れの魔女よ、良い子だからこれからもヴィルたちを守ってあげてね。
そう祈らずにはいられなかった。
意識が飛びそうになるくらい痛いけれど、薔薇の宝珠によって白い炎が発生し、すぐには死ななかった。これも計算通りだ。
「最初から、こうするつもりだったからだよ。でも少し、驚いたな。ソニアが捨て身になるなんて……魔女のくせに他人を優先するなんて」
血を吐きながらそう言うと、ヴィルが教えてくれた。ソニアが僕のお墓参りをしていたことを。
……ああ、そろそろ限界だな。痛みと感情の波で理性が剥がれていく。
僕はソニアに最後の真実を告げた。その体の寿命がもう長くないことを。
「お父様は……最初から薔薇の宝珠を私に譲るつもりだったの?」
ただ薔薇の宝珠を渡したところで、ソニアは使わないかもしれない。命懸けで託さなければ信じてもらえない。
「このままでは、二人とも幸せになれない。片方だけ助かっても、意味がないだろう……?」
ソニア、きみは一人で生きていけるくらい強い。父親がいなくとも、母親に殺されかけても、立派に成長してくれた。
でも、寿命が短いと知った今、一人きりなら生き永らえようとしないだろう。薔薇の宝珠を使いたくないから。
頼むよ。ヴィルの幸せを思うなら、どうか薔薇の宝珠を受け取ってほしい。
ほんの少しでいいから、僕に償いをさせてくれ。
ここにきて、初めてソニアの瞳が揺れているのが分かった。
「お父様、どうして」
「お父様なんて、呼んじゃダメだ。僕は……何も親らしいことはしていない。それどころかほんの少し前まで、本当にきみを利用して殺すつもりだったんだ。そんなの、父親じゃない」
視界が白くぼやけていく。涙のせいか、痛みのせいかは分からない。ソニアの顔をもっとよく見たいのに、最後まで思い通りにならなくて悔しい。
見えない代わりに赤ん坊だったソニアの姿を思い出し、その成長ぶりに感動した。
ヴィルに目をつける辺り趣味が良い。そこはやっぱり僕の血のせいかな。気が強い部分だけはアロニア譲りかもしれない。
朦朧とする意識の中でそんなことを考えながらも、僕は口を開く。これだけは言っておかないと。
「僕にもアロニアにも、似なくて良かった……」
全然似ていないから、大丈夫だ。僕らのようにはならない。
何の心配もないよ。寿命さえ何とかなれば、ソニアは絶対に幸せになれるんだ。
「ヴィル、騙してごめんね。旅をしている間ずっと、クロスと一緒に遊んでいるみたいで懐かしくて、とても楽しかった……たくさん嘘を吐いたけど、これは嘘じゃない……」
「シトリン、お前は――」
「ソニアと、幸せになってね……」
ヴィルは幸せになることをどこか拒んでいるようだったけれど、もう我慢することはない。過去の因縁は全て断ち切られたんだから。
僕は目を閉じて、最期の術式を紡いだ。
【尽きた命よ、その身を精錬し、再び天地を巡れ】
肉の一片だって残さずに、消えよう。残される者たちの手を煩わせたくなかった。
身勝手な僕を許さなくていい。忘れてくれていい。
「ああ、ソニア……今度は助けられた……本物に、会えた……良かった……」
最後にソニアが手を取ってくれた気がする。夢か現実か分からない。
再び抱っこすることはできなかったけれど、言葉を交わして触れることができた。
ああ、そうか。なんだ、僕にもちゃんと人間らしい部分があるんだね。
ソニアのこと、こんなにも愛していたんだ。
死後の世界なんて信じていなかっただけに、ゆらりと意識が戻ってきたときは驚いた。
視界は全体的に黒く、遠くに仄かに光る球体が浮かんでいた。夜空を漂っているかのようだ。体の感覚はなく、頭はぼんやりとしていた。ひたすらダルい。
「僕は死んだはずじゃ……」
『間違いなく死んだよ。だが、あまりにも業が深すぎて、世界に還元されなかった。哀れなことだね』
僕の呟きに応えた声は、かつて時間の巻き戻しをしたときに聞こえてきたものに似ていた。
やはり神様みたいなものだろうか。
「僕はどうなる? 罰を受けるのか?」
それならそれでいい。一度の死じゃ償いきれないようなことをしてきた自覚はある。たくさんの人を殺し、七大禁考にも手を出した。時空や歴史も歪めてしまっている。降り積もった業が魂に残り、一度の死では浄化できないくらい僕の意識が焼き付いているようだ。
『罰を与える者などいない。ただ、己が削ぎ落ちるまで延々と現世を巡るだけだ。あらゆる生物の形を取って。人が想像する神罰よりも、よほど苦しいものになるかもしれぬな』
つまりあれか、僕という意識が消えてなくなるまで永遠に自我を持ったまま転生し続けるということか。
人間に転生できるとは限らない。動物ならまだマシ。ヒトの意識を持ったまま虫や植物になってしまったら苦痛だろうな。生まれた瞬間に死んだり、身動きを取れずに長いときを過ごさなきゃいけない。
『運命に翻弄されるまま、流されていくといい』
考えただけでげんなりするけれど、嘆いても仕方がない。
僕の旅はまだまだ終わらないらしい……。
池の水面をじっと見つめる。金の長毛の子猫が映っていた。可愛い。けど、見惚れていたわけじゃない。呆然としていただけだ。
「にゃーん……」
夢じゃなかったんだなぁ、と死んだ後のことを思い出し、しょんぼりした。とりあえず一度目の転生は動物だったらしい。
母猫は僕が普通の猫ではないことに気づくと、あっさりと捨てた。恨みはない。自然の摂理だ。むしろ嬲り殺されなくて良かった。
……いや、どうだろう。猫として素直に生きる必要はない。
このまま池に飛び込めばあっけなく死に、また生まれ変わる。そうやって転生のサイクルを短くしていけば、僕の自我や意識は擦り切れてなくなり、本当の意味で死を迎えることができるだろう。
溺死はちょっと嫌だな、苦しそう。僕はとぼとぼと池を離れた。
できればもう少し穏やかに死にたい。
と、願った矢先、地響きが聞こえた。本能的に短い脚をさらに縮めて地面に伏せる。
茂みから山が現れた。正確には、ひどく興奮した牡牛の魔獣だ。かちりと目が合う。
「にゃっ!?」
機嫌が悪いらしく牡牛は僕を踏みつぶそうとした。咄嗟に避けて逃げ出した。重量のある足音が追いかけてくる。
生まれ変わってもこれか! 食い殺されるのは絶対嫌なんだけど!
池に飛び込まなかったことを若干後悔しつつ、非力なりに頑張って逃げたんだけど、とうとう僕は木の洞に追い詰められてしまった。このサイズの牡牛なら木ごと押し倒して僕を掘り出すだろう。
体内の魔力をかき集める。ただの猫ではなく、僕は魔獣に生まれ変わったみたいで核も創脳もある。だけど未熟すぎて牡牛を退けるような魔術は使えそうにない。
絶体絶命だ。そう言えば、前も猪の群れに追いかけられたことがあったな。ぼんやりと現実逃避を始めると、一際大きな振動が木を根元から揺らした。
「せっかくの旅行なんだから、帰るときも一緒にいなきゃ嫌よ。少しだけお肉をいただいて、後は葬送でいいでしょう?」
「う…………肉が勿体ない。それに、土産が増えればみんなも喜ぶんじゃないか?」
牡牛の気配が消え、代わりに聞こえてきた声。
そんな、まさか。そう思って僕は呆然と息を漏らす。
「縁があったのかしら?」
少女のくすりと笑った声に抗えず、僕は木の洞から恐る恐る顔を出す。
旅路の果てに、僕はとんでもない場所に辿り着いた。
まだ番外編などがありますが、ひとまず外伝完結です。
お読みいただき、ありがとうございました。
12/25の活動報告で書影を公開してます。
よろしくお願いします。