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12 悪女の真実

 

 王が呪われ、王子が倒れてから、王城の混乱ぶりは凄まじかった。

 国の中枢の要である側近たちも巻き込まれて倒れたため、城の業務の一切が麻痺してしまった。隣国の王子との謁見もキャンセルし、王妃が青い顔をして各方面に指示を出した。ネフラも駆り出されていった。

 長く病床に臥せっていた割に手際が良いな、と王妃の対応に感心していたんだけど、どうやらアズライトの領主から事前に警告があったようだ。


『マリアラ・アズライト領で発生した病は魔障病にあらず。魔女による呪殺テロである』と。


 数日後には呪いに関する詳細な報告があがってきた。王子が国王を呪ったこともすぐにバレ、術者の魔女を探せ、と城内が殺気立つ。あっというまに呪殺のタネが明らかになってしまったけれど、男の僕は疑われないから大丈夫。

 だけど、悠々と呪殺ライフを楽しむことはできなかった。セレスタから連絡があったのだ。


「ヴィルが呪われて、ソニアがゼオリを殺した!?」


 僕がバンハイドという農村で起こった事件を知ったのは、全てが終わった後だった。

 福カラスが運んできた報告書を僕は床に投げつけた。記された暗号文字を追うだけで腹が煮えくり返る。


「ゼオリの奴……アズライトには、ヴィルには手を出すなと言ってあったのに!」


 大体なぜソニアに喧嘩を売るような真似をした。

 ……ああ、そうか。婚礼の儀の後、ソニアをどうするかゼオリに問われ、「宝珠を持っているかもしれないからいずれ体を調べたい」だの、「底知れない力を感じるから今は手を出さずに様子を見よう」だの、興味を持って一目置くような発言をしたからだ。ソニアを殺さずに監視する理由を捻り出さなければならなかった。

 つまり、ゼオリの暴走は……嫉妬? 

 怒りはやり場のないものに転じ、僕の首をぐっと締めた。


 ソニアを傷つけるだけならまだいい。しかし、もしかしたらヴィルが死んでいたかもしれない……。

 また僕は間違えるところだった。

 いや、安易にソニアを殺さなかったからヴィルは助かった。だから僕は間違っていないのか?


 思考がぐるぐると巡る。

 ソニアは腹の中を暴かれ、死にかけたという。一周目同様、薔薇の霊水を体に宿しており、やられたふりをして反撃の隙を窺っていたのだろう。ゼオリはまぁまぁ強いから。

 でも、どうして? 

 ヴィルと呪術の触媒となった少年を助けるために、自らを危険に晒す必要があったのか?

 ソニアにとってヴィルは魔女避け以外の価値があるということか……?


「あー、もう!」


 国王をじわじわと呪いで苦しめ、愉悦を味わいたいところだが、それどころではなくなった。

 僕はエメルダの軟禁場所へ急いだ。呪いの予知を半分当てたことで待遇が改善されるかと思いきや、構っている暇はないと言わんばかりに放っておかれていた。見張りの兵士の数も減っていて、簡単に忍び込むことができた。


「レイン様のこと何か知ってる?」


 急に会いに来なくなった王子を心配している様子のエメルダ。まだ彼がどうなったか知らされていないらしい。

 どうでもいい。エメルダの頭に手を当てて、ありったけの魔力を込めて検索を命じる。寿命が縮むのは惜しいが、四の五の言っている場合ではない。


 全知の力でソニアとヴィルの様子を視るのだ。あわよくばソニアの心の中まで暴いてやる。

 まだ事件から日が経っていないから、魔力の川の表層から記録や記憶を辿りやすいはずだ。

 頼む、とくじを引くような気分で、僕は目を閉じた。


 その瞬間、僕の頭の中に流れ込んできたのは――。


『ねぇ、ソニア、あなたの体を頂戴?』


 醜い化け物となった女――アロニアと今より少し幼いソニアのやり取りだった。


「え?」


 堰を切ったように情報が溢れ、脳みそごと溺れてしまいそうだった。

 僕は視た。そして、ソニア・カーネリアンにまつわる真実を知った。


「そうか……彼女は……そういうことか」


 ようやく理解した。

 一周目の悪女を体現したソニアが誰であったのか。

 二周目の彼女――本物のソニアがどんな思いで生きてきたか。


『さようなら、アロニア・カーネリアン。私が、私の人生を生きる。誰にも譲らない』


 気づけば、頬が濡れていた。

 違う、これは僕の涙ではない。母親を殺した娘の心に同調したから……。


「…………っ」


 僕は、僕は……今まで何をやってきたのだろう。

 一周目、僕はどうしてもソニアを殺すことができなかった。娘への情が邪魔して思うように動けなかった。その結果、全てを失った。

 二周目、今度こそソニアを殺すと決意した。疑って、蔑んで、ヴィルを奪われたと怒り、疎んじていた。

 滑稽だ。まるで道化じゃないか。一体何を見てきたんだ。

 偽物のために全てを失い、本物を陥れようと動いていたなんて。


 ソニアは今、僕ができない方法で、僕より上手く、ヴィルの命どころか心まで救い上げようとしている。

 一周目の出来事を覚えていたわけではなく、かなり特殊な方法で未来を知りえたらしいね。前世だの転生だの、その辺りのことは僕にも把握できないけれど。

 彼女は最悪の未来を回避するために、僕よりずっと真っ直ぐに運命に立ち向かっていた。

 ソニア・カーネリアンは悪しき魔女などではなかった。


「あ!」


 エメルダの脳が激しく振動する。とある予知が降ってきた。

 ほんの一瞬の映像――いや、一場面だ。ソニアが干からびるように死んでいき、ヴィルが慟哭する光景。


「どうして……これは、いつのことだ?」


 もしかして、と僕は自分の腹を押さえた。

 宝珠の力を封じ、大人の姿に戻ったときに感じる激しい疲労に、違和感はあった。だけど復讐に生きる僕にはどうでもいい問題だった。長く生きるつもりなんてなかったから。

 そうだ。人造生命の創造は「七大禁考」だ。スレイツィアとて成功させられるとは限らない。そもそも最初からそういう設計・・だったのかもしれない。元々僕は魔女と子を成すためだけに生み出された。長生きをする必要はない。


 ジェベラはどうして僕に薔薇の宝珠を預けた?

 分かっていたんじゃないか?

 僕の体を蝕む時限式の爆弾に。

 だいぶ屈折していたけれど、ジェベラは僕を愛していた。愛する男の命が不安定なものだと知り、宝珠を預け、もしもの時に命を永らえるように配慮していたのではないか。


 一周目のソニア――アロニアは薔薇の霊水を宿す若い体を奪いながら、それでもなお薔薇の宝珠を求め続けた。霊水の効果が長続きしないからだと言っていた。

 それは、再び老いて枯れていくのが嫌だったんじゃない。霊水の効果が切れれば、死ぬと知っていたからではないか?

 だから怪しい組織からの誘いを受け、国を巻き込んででも宝珠の開発を急いだ。


 つまり、僕の体は欠陥品で、その遺伝子を継いだソニアの体も壊れかけている。もしかしたら同じく人造生命であるクロスの血を引くヴィルも。


 それから僕は必死になってエメルダから情報を吸い取った。

 自分の体のことも徹底的に調べ直した。もう後先のことは何も考えられなかった。


 結論はすぐに出た。

 やはり人造生命の体には欠陥がある。加齢により臓器不全に陥り、細胞が崩壊していくようだ。宝珠や霊水がなければ、三十歳で命が尽きる。


 僕は宝珠を宿し、長く十二歳の姿で過ごしていた。そのおかげで体の不具合は軽度で、元の年齢の姿にならない限り症状が進行することはない。


 ヴィルの体には欠陥が見当たらず、普通の核持ちの人間とほとんど変わらない。これはおそらく、クロスが僕よりも丈夫に造られていたことと、母親の遺伝子の方を色濃く受け継いだからだと思われる。


 だけど、ソニアは……。

 彼女は幼い頃から毒物を摂取してきた。ダメージは蓄積しており、内臓も細胞もボロボロだ。霊水の効果が切れればたちまち命のカウントダウンが始まる。

 霊水の力に驕らず、健康に気を遣ってきたようだから、数か月は普通に生きられる。でも、そう長くはもたない。三十どころか二十歳まで生きられるとは思えない。


 僕の遺伝子を継ぎ、アロニアに毒物を摂取させられたがために、ソニアは若くして死ぬのだ。






 失意のまま、カテドラル霊山に向かった。

 王妃からの密命を受けたエメルダたちとともに、王子の呪いを解く涙銀雫ルミティアを入手するために。


「頑張ろう! レイン王子のために!」


 エメルダはやたら張り切っているけれど、ヴィルがいない時点で失敗するに決まっている。協力するふりをして妨害をしなきゃ、と僕も付いてきたけど、必要なかったかも。


 そう言えば、一周目に霊山に登ったときに不思議な声が聞こえてきた。あれはもしかしたら、途中から一周目のソニアの魂の声だったのかな。何も知らないまま、アロニアに望まれるまま体を明け渡した少女。生まれて来なければ良かったと呟く声が耳に甦る。

 ああ、そうか。ソニアは報われずに消えた過去の自分も救おうとしているのかもしれないね。


 試練の霧が立ち込める中、僕はまた一粒涙を落とした。

 ソニアに謝りたい。

 今更だ。分かっている。ソニアは僕を許しはしないだろう。

 だけど、彼女とヴィルのために何もできないわけではない。

 もしも「生まれてきて良かった」と思えるほど彼女が幸せになってくれるなら。

 それだけで父親ぼくは救われた気になれるんだ。ソニアに許されるよりもずっと嬉しい。……勝手だね。


「くそ! どうなってるんだ! モカ! エメルダ! シトリン!」


 ふと気づくと、近くでチャロットが蹲り、叫んでいた。モカやエメルダ、王国の騎士たちも散り散りになり、目に見えない何かに惑わされている。周囲に幻ではない魔獣が潜んでいて、隙を見せた者が肉を食いちぎられていく。

 チャロットに向かってマダラ虎が飛びかかってきた。爪に毒を持つ厄介な魔獣だ。

 僕は何となくチャロットを庇い、トラの一撃によって腕を裂かれた。患部が熱を持ち、じくじくと腫れ上がっていく。

 血の臭いにチャロットが正気に戻った。


「シトリン! 腕が――」


「ねぇ、チャロット。僕はもう間違いたくないんだ。だから、きみに協力してほしい。失うことを恐れているきみなら、僕の気持ちを分かってくれると思うから」


「は?」


 今度は牙を剥いて頭ごとかじろうとする虎を、僕は魔術で退けた。腕の傷が白い炎とともに瞬く間に治癒していく様を見て、チャロットが息を飲んだ。


「妹の病気、僕なら治してあげられるよ。だから――」


 皮肉だね。一周目でも二周目でもチャロットは裏切り者になってしまう。

 でもきっと違う結末に変えてみせるよ。今選べる最上の未来を築くんだ。

 絶対にソニアとヴィルが死ぬような終わり方にはさせない。


 二人を幸せにするたった一つの方法を、僕はもう知っている。




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