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11 呪いの祝福

 


 たくさんのことを同時に進行しなければならず、一気に忙しくなってきた。


 王国を混乱させたい、と呪殺のやり方を教えるとゼオリはすぐに計画を立て、魔障病に見せかけて屍を築いていった。

 僕に頼られたことがよほど嬉しかったのかな。張り切りすぎで怖い。予定より殺すペースが早すぎるんだけど……まぁ、いっか。呪術に関するデータがすぐに集まり、僕は国王を殺す準備を着々と進めた。


 その報告を受ける傍ら、僕はエメルダに面会してこっそりと脳をいじった。既にエメルダはこれから起こることを予知していて、ひどく動揺していた。僕は自分に都合のいい予知映像だけを残し、都合の悪い部分は消去する。

 ソニアと対面して以来、エメルダの心には激しい敵愾心が渦巻いていた。レイン王子を巡る嫉妬だけではなく、潜在的にソニアを嫌っているようだった。もしかしたらジェベラばあさんの意識かな、なんて怖い想像をしてしまった。


 セレスタからの報告も届く。

 結界のせいでククルージュの内部には潜入できないものの、外から眺める限り目立った動きはないらしい。地元でのソニアの評判も調べてもらった。上品で聡明なお嬢様、とのことだ。アズライトの領民の多くが、一方的に婚約破棄をした王子に対して良くない感情を持っているようだ。


 二周目では生きているサニーグ・アスピネルのことも調べた。彼がかつて王位継承権を持っていたという事実には大いに驚いた。その有能さが二十年前のクーデターを招いた一因というのは複雑な気分だが、特に憎しみは沸かない。

 しかし、必要以上にソニアと懇意にしているようだな。要注意だ。


 国王の動きを押さえるのも忘れない。

 ヴィルがソニアのそばにいる以上、ククルージュの安全は確保しておかないと。ヴィルには心を落ち着ける時間が必要だ。


 ネフラの情報によると、セドニールがソニアを即刻排除するよう、国王に進言しているらしい。と言っても、声が出ないから筆談で怒りをぶちまけているんだって。肋骨を折られ、喉を潰されたことを相当恨んでいるみたい。

 セドニールの鬼気迫る様子に、ソニアに脅威を抱く者もいた。小娘一人に国王子飼いの精鋭戦士が完膚なきまでに敗北したのだから当然か。

 国王が「ソニアを抹殺すべし」の意見に流されるとは限らないけれど、功を狙って側近連中が独自に動き出すと非常に面倒だ。


 邪魔だね。セドニールには無惨に失脚してもらうことにした。

 セドニールはこれまで国王の密命を受け、たくさんの黒い工作を行ってきた。それを白日の下に晒し、セドニールがどれだけ杜撰な仕事をしていたかを証明する。実際は証拠や証人を丁寧に消してあり、僕から見てもなかなか良い仕事ぶりだったんだけど、全知の前ではどんな隠蔽工作も無意味に近い。

 経費の着服や意図的な情報の握り潰しもしていたから、セドニールの政敵にさりげなく教えてあげた。

 こうしてセドニールに無能な臣下という烙印を押させてもらった。

 すると、数日後にはセドニールは体調を崩して職を辞していた。それは表向きの話で、本当は既にこの世にいなかったりする。本当に、国王は期待を裏切らないね。


 国王の側近の中で一番強硬な態度を取っていたセドニールがいなくなると、すぐにソニアを排除するよりも一度手を結んで様子を見よう、という穏健派の意見が主流になった。慎重な国王もそれに同意したらしい。

 ククルージュの魔女全てを敵に回せば、国を揺るがす内乱となりかねない。今は他国に弱みを見せたくないんだろうね。


「そして僕が次の使者としてアズライト領に向かい、陛下の意向を伝えることになりました……」


 ネフラがほくほくとした笑顔で報告しに来た。

 なんでも、皆が嫌がるセドニールの後釜を立候補してモノにしてきたらしい。


「これでソニア様に堂々とお会いできます……いやぁ、嬉しいですね……」


「やだもうこのバカ弟子」


 ネフラは知らない。一周目、ソニアに会いに行ってそのまま帰らなかったことを。

 僕からすればトラウマなのに、この浮かれようはなんだ。ムカつく。それどころか僕が暇な時間に見てやっていた空間魔術の論文を渡すんだと張り切っている。ふん。ソニアにあの高度な魔術式が理解できるとは思えないけどね。


「大丈夫ですよ。アスピネルの屋敷で会えば人目もありますし、ソニア様を怒らせるようなことは絶対にしません。……でも心配なら、お師匠様も一緒に来ますか?」


「行けるか。ああ、でも、うぅ――」


 苦肉の策として、僕はネフラに遠隔覗き水晶を渡した。これで交渉中の両者の様子が分かる。分かったところで遠く離れた地にいては、守ってあげられないけれど……何もしないよりはマシだ。






 ネフラとソニアが面会する日、僕は固唾を飲んで水を張った桶の中を覗き込む。

 元気そうなヴィルの姿が映ったので、僕はひとまず胸を撫で下ろした。ああ、良かった。最近の報告で最近は一人で買い出しをしたり、ククルージュの男衆と飲み会をすることもあるようだし、不自由で理不尽な扱いを受けているわけではなさそうだ。というか、普通に暮らしていてちょっとびっくりしたくらいだよ。


 ソニアは国王からの贈り物に普通にドン引きし、アズライト領から出ないことなどを約束し、王子やエメルダの様子を尋ねてきた。

 ネフラは嬉々として情報を流している。随分楽しそうだ。変なことを口走らないか僕はハラハラしながら見守った。


 そうそう、王子は新しい婚約者探しのパーティーをするんだってね。まぁ、僕の計画通りに運べば、間違いなく中止になるだろうけど。

 それを知らないヴィルはひどく動揺した。しまったな。この様子ではエメルダを案じてヴィルが王都に舞い戻ってきてしまうかも……。

 ところが、ソニアがエメルダの減刑を乞うような発言をして、その心配は無用になった。


『……庇うのですか、自分を陥れようとした者を』


『言ったでしょう? 彼女のことはどうでもいい。でも私の可愛い従者の純情は大切にしてあげたいの』


 なんだそれ、と思いつつも、僕は安堵した。ソニアがヴィルをアズライト領に縛り続けてくれるだろう。

 一方で不安もある。ソニアは本気でヴィルを手懐けようとしているのかな。ソニアにすっかり飼い殺されたヴィルの姿を想像し、もやもやした。

 後日、王都に戻ってきたネフラは口を開く度にソニアを絶賛したので、もやもやは大きくなっていく。


 ソニアのことはネフラに隠れてこっそりと調べている。気になることはたくさんあった。

 どうして一周目と二周目でこんなにも違うのか。

 ヴィルのことをどうするつもりなのか。

 どうやら地元で美容の鬼と呼ばれるくらい、美への執着はあるらしいけれど、なぜ薔薇の宝珠には関心を示さないのか。


 結論は出ない。いつものことだけど、エメルダの全知で探っても決定的な情報が拾えないのだ。

 仕方ない。とりあえずミストリア王への復讐に専念しよう。






 エメルダによってレイン王子が呪われて倒れるという予知が伝えられると、王城は一気に混乱した。誰もエメルダの予知を本気で信じたりはしていない。けれど、内容が内容だけに無視はできない。すぐに王子の周りから女性が遠ざけられた。

 一部の勘の鋭い者は、最近マリアラ領で発生した魔障病と予知を結びつけ、警戒を促した。そろそろ行動に移さないとやりにくくなるね。


 僕はネフラが王子の私室前の警備をしているときに面会しにいった。

 今は公務も与えられず、一日のほとんどを私室で過ごしている。すっかり覇気を失った王子の様子に、少しばかり同情してしまう。それでも僕の前では気丈に微笑んでいた。


「やぁ、シトリン。来てくれてありがとう。今日は一人かい?」


 ただでさえ謹慎で城の中に閉じ込められていたというのに、さらに王子の行動範囲は狭まっている。軟禁されているエメルダの手前、文句を口に出しはしないけれど、随分鬱屈が溜まっているようだ。

 その憂さ晴らし、僕が手伝ってあげるよ。僕もいろいろあってもう限界なんだ。


「今日はとっておきの情報を持ってきました。きっとびっくりすると思います」


 僕がにこやかに笑うと、王子は首を傾げた。


「二十年前の王都襲撃の真実を教えてあげる。お前の父親が何をしたのか、ヴィルがどれだけ苦しんだか」


「……シトリン? 一体、何を」


「ごめんね。僕の本当の名前はアンバートっていうんだ。黒き魔女に造られた世界初の人造魔人だよ」


 予想はしていたけど、王子は困惑気味に苦笑した。そりゃそうだよね。十二歳の子どもがいきなりこんな妄想めいた発言をしたって痛々しいだけ。信じられるはずがない。

 僕は渋面を作った。今となっては本来の姿に戻るのはいろいろ辛いんだけど……。


「ちょっと待ってて。あ、服を借りるね」


 返事を待たず、僕はクローゼットから王子の服を取り出して、衝立に隠れて着替えた。ぶかぶかだけど元の年齢に戻ればちょうど良くなる。

 段取りの悪さにため息が出た。最初から大人の姿で尋ねたら、きっと取り次いでもらえないし、仕方ないんだけどさ。


「あの、何をしているの?」


「覗かないで! 変身するから!」


「え」


 王子を遠くに追いやってから、僕は体内の薔薇の宝珠を一時的に封印した。全身の細胞が軋み、あまりの痛みに悲鳴を上げそうになった。かろうじて声は堪えたけど、生理的な涙が頬を伝う。

 ああ、しんどい。薔薇の宝珠の恩恵がすっかり体に染みついてしまっていて、元の姿に戻ると疲労感が半端ないんだ。窓ガラスに三十歳前くらいの男が映っていた。実年齢はもっと上なんだけど、長年宝珠で若返っていたせいか、元の姿があまり老化していないんだよね。

 涙を拭いて服を整えてから僕は王子の前に姿を現す。


「はぁ……これが僕の本当の姿だよ」


 声変わり後の声に自分でも違和感を覚える。

 王子は目を見張った。だけどちゃっかりと衝立の奥を覗いて、シトリンの姿を探す。入れ替わったりしてないって。


「確かに、シトリンの面影があるけど、まさかこんなことが……あなたは一体――」


「ちゃんと教えてあげるから」


 僕はゆっくりと真実を語った。

 薔薇の宝珠、クーデター、ヴィルの出生、黙秘の契約、ミストリア王による宝珠の材料提供、セドニールがソニアとヴィルを殺そうとしたこと。

 嘘は吐かなかったけれど、全てを正直に話しはしない。例えば僕がソニアの父親であることや、エメルダを造ったことは内緒だ。だって、僕を憎まれたら困る。

 王子が憎しみを向ける相手はたった一人、ミストリア王だけでいい。憎しみを増長させるように巧みに話を誘導していく。


「ねぇ、ひどいと思わない? お前の父親がどれだけの人々を死に追いやったか……」


 全て話し終わった頃には、王子は真っ青になって震えていた。思い当たる節があったのか、反論の声はない。


「信じられないのなら、直接聞いてみると良いよ」


 王子は戸惑いながらも頷いた。


「その前に、教えてほしい。どうして僕に真実を話した? あなたの目的はなんだ?」


 僕は端的に答えた。


「お前が正しい選択をするために、大切な者を守るために、知らせておくべきだと思ったから。もう、終わりにしないといけない。償わないといけない」


「償い……」


 気づけば、王子の握りしめた拳が真っ白になっていた。僕はレイン王子の頭をそっと撫でて、呪いを紡いで彼に授けた。


「大丈夫。僕が力を貸してあげるから。お前がエメルダとヴィルを守るんだ」


 多分、もう王子にまともな判断能力は残っていなかった。






 その日の夜、王子が私室から抜け出す手引きをして、こっそり国王のいる執務室へ連れて行ってあげた。

 とても見物だったよ。


「あなたは臣下を、民をなんだと思っているんだ! 自分が玉座にあるためにどれだけの人を犠牲にした!」


 王子が問い詰め、怒りをぶちまけると、国王は鼻で笑った。

 だからなんだ、と。

 その瞬間、王子の中の憎悪が爆発し、呪いが発動した。

 国王と側近たちが苦しみ呻き出し、王子自身も黒い痣に蝕まれて倒れた。


 ああ、クロス。ようやくきみの無念を晴らすことができそうだ。

 僕は暗い悦びに浸り、大切なことに気づくのに遅れた。


 ちょうど同じ頃、ゼオリがアズライト領の村で呪術を実行し、ソニアとヴィルが巻き込まれていた。


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