9 感動の再会?
ソニアがヴィルを従者にしてククルージュに連れ帰る理由はなんだろう。
よく考えれば、ヴィルから致命傷を受けて死ぬ運命を避けたいのならば、遠ざける方が自然だ。魔女殺しを王家から奪いたいなら、剣のみを所望すれば済むしね。
剣とセットでヴィルをそばに置いておくなんて危険すぎる。
僕は一つの解答に至った。
ソニアは護衛を必要としているのかもしれない。怪事件を企てた魔女――一周目の記憶を持っているのならゼオリからの接触を拒絶したいのだろう。魔女組織のトップにさえならなければ、争いに巻き込まれることはない。
魔女殺しの剣を持つヴィルがいれば、十分に魔女避けになる。
あるいは、国王を警戒しているのか。
レイン王子と婚約解消となれば、ソニアは二十年前の真実を知ったまま、契約もなしに野に放たれることになる。当然ミストリア王はソニアに対して何らかの交渉を持ちかけるだろう。交渉どころか強引に口封じをする可能性もある。
だが、ヴィルがソニアとともにいれば国王側も慎重に動かざるを得ない。ヴィルが真実を知ったとき、どう動くかまるで分からないからだ。レイン王子に告げ口されでもしたらたまらないだろう。
あのミストリア王のことだ。ソニアを抹殺するなら、ヴィルのことも一緒に始末する。
ヴィルは非常に危うい位置にいる。
魔女を憎み、魔女に憎まれ、王子に誠心誠意仕えながら、国王から疎まれ、何も知らないままソニアに盾にされそうになっている。
くそ、幾つもの要素が絶妙なバランスを取っていて、僕も迂闊に手出しできないじゃないか。
本当に、しばらくは様子を見るしかない。
そう思っていたのだけど、ソニアと王子の面会を盗聴していたら、とんでもない可能性に思い至ってしまった。
『面白いことをおっしゃいますわね。私も予知の力を持っていると?』
『きみ自身でなくてもいい。周りにエメルダ以上に力を使いこなせる者がいるんじゃないかと思ってね』
『過去視の魔術なら習得していますけど、あれは自分の経験した記憶を掘り起こすもので、未来を視ることはできませんわ。予知能力があったらさぞ便利でしょうけどね』
王子の推理にも驚かされたけれど、何より度肝を抜かれたのはソニアが過去視を習得しているということ。
……もしかして、ソニアは父親の顔を知っている?
全身の血が凍りつくような心地だった。
一周目で僕とソニアは直接顔を合わせていない。だけど遠目で目撃されたことはあったかもしれない。チャロットに裏切り工作を仕掛けるくらいだから、エメルダの仲間については調べただろう。
その記憶と、過去視で知った僕の顔からアンバートとシトリンが同一人物だと気づいていたとしたら……。
僕はすっかり混乱していた。
ソニアがどこまで知り、どこまで気づいているのかまるで分からない。
ヴィルを従者にしたのは、僕への嫌がらせだろうか。だとしたらものすごく的確に急所を突いている。
いやいや、早合点をしてはいけない。確認が必要だ。
「ソニアに会いに行くしかない。うう、ヴィルも心配だし、仕方ない」
「ついに決断されたのですね、お師匠様。感動の再会ですね……」
その場にいられないのが悔やまれます、とネフラはため息を吐いた。ソニアに会ってみたかったらしい。
エメルダが軟禁されることになり、城勤めの術士たちは全員駆り出され、予知能力者に関する資料を集めて考察するように命じられている。ネフラはしばらく忙殺されるだろう。どさくさに紛れてエメルダの世話係の一人になり、僕のお手伝いをしてくれるみたいだけど。
「別に正体を明かすわけじゃないよ。あくまでシトリンとしてヴィルに会いに行くふりをして、ソニアの反応を見に行くだけ!」
「何でもいいです。王子とエメルダの監視はお任せください。国王陛下の動向も探ってみますね……」
「ネフラ、あまり無茶はしないようにね。僕と通じていることがバレたら、どんな目に遭うか」
「気をつけます……なんだか最近心配性ですね、お師匠様は」
ネフラには一周目のことを打ち明けていない。自分がソニアに会いに行って多分殺された、なんて知らなくてもいいよね。
さて、ソニアとヴィルに会いに行くにしても、一人で向かうわけにはいかない。
幸い、チャロットとモカは国王に拘束されていない。泳がされているんだろうな。国王だって怪事件の黒幕は気になるだろうし、王子がどこまで情報を掴んでいるか気を揉んでいるはずだ。チャロットとモカの動きを探っていると見た方がいい。
ソニアとヴィルが旅立った翌々日、エメルダとの面会が許された。見張りがネフラだったので遠慮なく僕はエメルダを操作する。
深層心理に語りかけた。
『君を守るはずの騎士を悪い魔女に奪われてしまったね。どうする?』
エメルダはチャロットとモカに涙目で訴えかけた。
「ヴィルくんが心配なの。お願い、様子を見てきて」
自分も囚われて大変な目に遭っているのに仲間を心配するなんて、と二人は感銘を受けていた。チョロイな。
実際のエメルダは自分を守る盾がいなくなったことを不安がっているだけなんだけどね。
「任せときな。オレん家の飛竜ならすぐ追いつけるからさ!」
こうして僕らもククルージュに向かって出発した。
途中、ソニアとヴィルを見張るように命じていた魔女――セレスタから報告が入った。セレスタは幻影魔術の使い手で、尾行が得意だった。ソニアからも王国の密偵からも見つからないだろう。
休憩中、セレスタの福カラスが持ってきた手紙をこっそり読んで、僕は悲鳴を上げた。
なんと、ソニアとヴィルが同じ部屋に泊まったという。
「ど、どうしましたの、シトリン」
「あ、いや、変なカラスが寄ってきたんです! 大丈夫です!」
怒った福カラスが僕を一蹴りして空に飛んでいった。ごめんよ。
それより報告の内容だ。も、もしかしてヴィル、ソニアと――。
かつて魔女から受けた虐待を思い出し、はらわたが煮えくり返った。もしもソニアが嫌がるヴィルにおかしなことをしていたら、絶対に許さない。
「…………」
ううん、ヴィルのことだ。いくらソニアの見た目が美しくとも、色香に惑うことはないだろう。薬で強要されたって断固拒絶するに違いない。舌を噛んででもね。
……それはそれで困る。早く追いつかないと!
ソニアに会うのはまだ怖いけれど、ヴィルのいろいろなものを守るためだ。頑張らなきゃ。
気合いを入れ直して飛竜に乗り込み、乗り物酔いでチャロットたちに迷惑をかけつつ、ククルージュまであと一日足らずの町でヴィルの姿を見つけた。
「ヴィルさーん! やっと見つけましたー!」
市場の人ごみの中でも長身のヴィルを探すのは簡単だった。僕は思わず駆け寄っていた。干し肉屋さんの前にいるなんて相変わらずだなぁ。
……近づいてから隣にソニアがいることに気づいた。ひ、と喉の奥で音が鳴る。
「シトリン? それに、モカとチャロットまで……」
視界の端でソニアが首を傾げているのが見えた。直視できない。ヴィルをまっすぐに見つめることにした。
とりあえず良かった。ちょっとやつれているけれど、ヴィルの無事な姿に安堵した。
「大丈夫か? まだ食われてねぇ?」
チャロットのからかいを、鬱陶しそうに振り払うヴィル。この様子だと、ソニアとそういう関係になったわけではなさそう。嘘が下手なヴィルのことだ。なっていたら絶対に態度に出るはずだもんね。
本当に良かった!
「あなたたち、見たところレイン様のお仲間ね? 私の従者を心配して下さってありがとう。ご存じでしょうけど、ソニア・カーネリアンよ。どうぞよろしく」
寿命が縮むような思いで、僕はソニアに視線を向けた。
こんなに間近で見るのは本当に久しぶりだ。
十六歳になった僕の血を引く娘は、優雅に微笑みかけてきた。息を飲むような美しさだった。
……見た目は同じなのに、一周目とは随分と雰囲気が違う。
前回はヒステリックな悪女だったけれど、今回は小悪魔っぽいお嬢様という印象だ。
これは、本当に猫を被っているだけなの?
もしかしたら今回はまともに育った、なんてことは……。
ぼうっとしていると、皆の視線が自然と僕に向いていることに気づいた。自己紹介の順番が回ってきたらしい。
「僕は、あの……シトリン・ヌイピュアです。エメルダさんたちにお母さんを探すのを手伝ってもらっていました」
ソニアがじぃっと僕の顔を見つめている。
「あの……何か?」
や、やっぱり正体バレている!?
それにしては悪意や敵意を感じない。
内心あたふたしていると、ソニアがふっと目を細めた。とても優美な表情だ。
なんなんだよ、何を企んでいる顔だ、それ!
「やめて……っ。そんなに見ないで下さい。恥ずかしいです!」
怒りやら羞恥やらのせいで顔が熱い。
ソニアはなぜか満足げに頷き、チャロットにこれからすぐに出発する旨を伝え始めた。僕は心臓の爆音を落ち着かせるのに専念する。
多分、大丈夫。正体がばれているわけではなさそうだ。
「落ち着いたら、あなたたちをククルージュに招待するわ。ぜひ遊びにいらして。今度はもっとゆっくりお話ししましょう」
去っていくソニアとヴィルの背を静かに眺めた。
……ダメだ。一周目と同じミスをするわけにはいかない。
綺麗な外側に騙されるな。ソニアの本性は救いようのない悪女なんだから。
僕の予測では、おそらく今夜中に王国の使者が接触してくるだろう。王国側が何を求め、ソニアがどう答えるのか、現時点では何も分からない。
だけど覚悟はしておくべきだ。
交渉の結果次第では、僕は今夜ソニアを殺し、ヴィルを取り戻す。