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6 災厄の王子

 

「面白いことをおっしゃいますわね。私も予知の力を持っていると?」


「きみ自身でなくてもいい。周りにエメルダ以上に力を使いこなせる者がいるんじゃないかと思ってね」


「過去視の魔術なら習得していますけど、あれは自分の経験した記憶を掘り起こすもので、未来を視ることはできませんわ。予知能力があったらさぞ便利でしょうけどね」


 私がくすりと笑うと、レイン王子は頭をかいた。非現実的なことを言っている自覚があるらしい。


「どうしても分からないんだ。昨日、きみは何故あんなにも平然と微笑んでいられたんだい? 婚礼の場で一国の王子に糾弾され、誰も味方のいない場所で窮地に追い込まれ、あの落ち着きぶりはあり得ない。きみが真実無実だというならなおさらだ。このままでは濡れ衣を着せられると、慌てても良さそうなものじゃないか」


 確かにあの態度は不自然だったかもしれない。でもおどおどした姿をみせれば、まるで図星を指されたみたいでしょう? 王子の話に説得力を持たせてしまう。

 だからあの場では余裕たっぷりに振る舞うのがベストだった。


 大体、慌てふためく演技なんて、考えただけで笑っちゃいそうだもの。そもそも無理ね。


 さて、どうしましょうか。

 前世の“あにめ”であの展開を知りました、なんて白状したって受け入れられるはずもない。

 ……でもこの手の疑問を持たれることは想定の範囲内。


「覚悟をしていたのです。お手紙の返信が途絶えたとき、あなたには他に想い人がいるのではないかと」


 ため息混じりに告げれば、王子が顔を曇らせた。さぁ、痛いところを遠慮なく突かせてもらいましょうか。


「ただでさえ嫁入り前には、いろいろ考えて憂鬱になってしまうものです。その上、顔を合わせたこともない相手との結婚なんて、不安しかなかった……最悪あなたは現れないのではないかと思っていたけれど、まさかその最悪を越える展開が待っているなんて、笑うしかありませんでしたわ」


「ソニア嬢……」


「ああ見えて、必死でしたの。あの場で惨めに泣き崩れることも、みっともなく怒り狂うこともあってはならない。私は母が二十年間隠し続けた真実を打ち明けてでも、自分のプライドを守りたかったのです。なんて強情で愚かな女でしょう。呆れられてしまうかしら?」


 うなじにヴィルの疑念のこもった視線が突き刺さっている。そんなに嘘くさい?

 けれど、目の前のレイン王子は気まずそうに首を横に振った。

 そうよね。あなたに私の言葉を否定する資格はないわ。私が悪だろうが善だろうが関係ない。婚約者がいる身で他の女にうつつを抜かしたことは事実なんだから。


 一応これで動揺がなかったことの説明はつくはず。王子には深く追求できない内容だしね。


 可哀想ぶるのはもういいかしら?

 正直柄じゃないのよね。


「私は予知能力者ではありません。私の周りにも一人もいない。ご存じでしょうけど、予知能力の開発は魔女にとって『七大禁考タブー』の一つですもの。とっても危険なことなのですよ?」


 王子はまだ私を訝しげに見つめている。


「おかしな方。まだ仲間を疑われた方が現実的でしょう」


 私に情報を漏らした裏切り者がいる、と考えればつじつまが合うのにね。疑心の鬼になってくれないかなと期待したものの、王子は軽く笑っただけだった。仲間を信じ切っているみたい。

 ……原作通りなら、この先仲間の一人が裏切るわよ? 大丈夫?

 まぁ、私は唆すつもりはないからどうなるか分からないけど。


「あの……レイン王子、エメルダはこれからどうなるんですか」


 会話が途切れたところで、ヴィルが恐る恐る問いかけた。


「城の一室に閉じこもり、次の予知の訪れを待っているそうだよ。どうすればこの状況を打開できるのかと、必死にもがき苦しんでいるらしい」


 想い人が懸命に頑張っている姿を想像しているのか、王子もヴィルも沈痛な面持ちになった。

 やっぱり殺したいな、あの女……。


「本当に、どうしてこんなことに……ああ、いや、ソニア嬢を責めているんじゃない。自分の至らなさに腹を立てているんだよ。どこで選択を間違えたんだろう。今までは悪い予知を防げば全てうまくいったのに。これからどうすれば……」


 哀れというか、愚かというか。

 不完全な予知の力に振り回されすぎていて滑稽だわ。


「分からないことだらけだ……捕まえた魔女は『バラ色の人生』がほしいだの、『棘のとげ』が刺さっただの意味の分からないことを言うし……」


 あーあーあー。

 王子、それ以上言うと死ぬわよ?

 というかこいつの口を塞がないと私まで……。

 

 仕方ない。いいかげんウザったいのよね。


「エメルダ嬢が受けたという天啓、一言一句そのまま教えてください」


 王子は首を傾げつつ、すらすらと答えた。


【紅き魔女の娘が盟約を果たし、ミストリアに滅びの災いをもたらすだろう。汝、青き王子と四人の同志を求め、それを拒まん】


 私は小さく息を吐いた。

 これも原作と同じ文言だ。


「確かに、ミストリアで紅き魔女と言えばお母様のことで、その娘は私一人です。そして盟約という言葉からは、私とレイン王子の婚約のことが連想されます……しかし、あまりにも曖昧ですね。てっきり私を名指しで悪だと断言しているのだと思いましたわ」


 この世に赤髪、もしくは赤目の魔女が何人いるだろう。少なくともお母様や私だけではない。盟約だって本当にレイン王子との婚姻のことかは分からないではないか。


「ちょうど魔女による怪事件が頻発し、黒幕として私の名前が挙がったために、判断力を曇らせたように思えます。そこでじっくり予知の内容を検証しなかったことが、今回の失態の原因でしょう」


「いや、しかし、ここまでの符合は無視できるものでは……」


「そうですか? では百歩譲ってその紅き魔女の娘が私で、レイン様との結婚によりミストリアが滅びるのだとしたら、もう何の心配も要りません。エメルダ嬢の予知にこだわるのなら、ミストリアは救われました」


 王子は虚を衝かれたように固まった。


「私とレイン王子の結婚はなくなり、盟約が真に果たされることは二度とない。ならミストリアに滅びの災いは訪れません。そうでしょう?」


 原作版ならソニアが怒り狂い、王子に呪いをかけるところから波乱の“第二しりーず”が始まるところなんだけど、現実はそうはならなかった。

 良かったわね、レイン王子。


「レイン様の望むような解決にはならなかったみたいですが、目的は果たされていますわ。それでも気が済まないのですか? 全てが上手くいかなければ失敗ですか? どうしてもエメルダ嬢と二人、救国の英雄になりたかったのですか? ……それはあまりにも強欲です。あなたが一番守りたかったものはなんですか?」


 私のこと強欲の魔女だと罵っていたけれど、そっくりそのまま言葉を返させてもらうわ。


 しばらくして王子は両手を上げ、肩を揺らした。自虐的な笑い声が響く。


「まいったね。……確かに僕は王太子としての地位を危うくし、エメルダは囚われ、ヴィルはきみに奪われた。怪事件の黒幕も分からず、滅びの災いが意味するところも謎のまま……でも、ミストリアの滅亡を回避できるのなら構わない。それが一番大切なことだ」


 最低だな、僕は。

 そう呟いて、王子は安物の椅子にもたれかかった。どっと疲れが出たのか、体が重そう。


「僕の自己満足に付き合わせて済まなかった、ソニア嬢。婚約解消の儀式を以て僕らは赤の他人になるけれど、願わくは王国と魔女の代表者として、いつか友好の握手を交わせる日がくることを」


「……ええ。いつの日か」


 今日はまだその日ではない。

 とりあえず引き下がったものの、王子だってまだ私への疑いを完全に晴らしたわけではないでしょう。成果はあった。それで自分を納得させたのだ。


 私も彼とエメルダ嬢を完全に許したわけではないけど、放っておいてもひどい目に遭いそうだからもういいわ。それより早くククルージュに帰って、ヴィルと甘くて苦い日々を送りたい。


 そう思っていた矢先、王子がとんでもないことを言い放った。


「……ソニア嬢。ヴィルのこと、あまりいじめないでやってほしい。こう見えて繊細で傷つきやすい男なんだ」


「王子! 何を!」


 ヴィルは恥ずかしそうにしている。二人は身分差こそあるけれど親友の間柄。実際仲はいいんでしょう。

 それにしても今の王子の発言はひどい。本当に最低な男ね。


 ヴィルのエメルダ嬢への気持ちに気づいていながら、見せつけるようにイチャついておいてよく言うわ。

 今回の件だってヴィルが犠牲になることで丸く収まったのに、全然分かっていないようね。


 実は『エメでん』の最終回はそれはそれは評判が悪かった。

 たくさんの犠牲と引き換えにエメルダがソニアを倒し、感動的な“えんどろーる”の後、エメルダとレイン王子の結婚式で終わるからだ。

 ヴィルが死に、他の仲間もたくさん傷ついているのに、そこには触れず二人だけで笑顔のハッピーエンドを迎えたのよ。


 前世女は「喪に服せ! そこはせめてヴィルの墓参りだろーが!」と散々荒れ、あられもない姿の最萌が印刷されたシーツに涙を落としていた。

 ……気持ちは分かる。今分かった。


 強欲で薄情で偽善者の王子様。

 私、本当にあなたと結婚しなくてよかったわ。

 

 

 その後、つつがなく婚約解消の儀式は執り行われた。

 生まれてからずっと張り付いていた契約魔術が剥がれ、私は安堵の息を吐いた。



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