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4 恋の罠

 

 レイン王子とエメルダが合流してきて、改めて事情説明をすることになった。森の中を歩きながら、王子が爽やかな笑顔で切り出す。


「災難だったね。でももう大丈夫。僕はレイン。きみを助けたのがヴィルで、この子はエメルダ。理由があって三人で旅をしているんだ」


 知っていますとも。魔女どもが怪事件を起こすように誘導し、きみたちを城からおびき出してエメルダと引き合わせたのは僕だよ?

 レイン・ミストリア……憎きミストリア王の息子で、ヴィルの主。そしてソニアの婚約者。僕にとっては因縁深い相手だ。

 でも王子を復讐の範疇に含めるかは、まだ決めていない。彼自身が僕に何かをしたわけではないし、どちらかといえば魔女を危険視しているようだから。あの国王の血を引いていて、ヴィルを騎士に勧誘したという点は疎ましいけれど、どう扱うか決めかねている。


 どちらにせよ、復讐計画には巻き込ませてもらう。

 王子はいかにも魔女好みの容姿をしている。陰のない、きらきらしたタイプの爽やかな美男子だ。僕とは正反対だね。

 餌にはちょうどいい。「最も役に立った者に王子をあげる」とでも言えば、組織の魔女どものテンションが上がるに違いない。

 もちろん実際に王子を食べさせるつもりはないけどね。魔女どもに良い思いはさせない。王子には疑似餌になってもらうつもりだ。


 男前という点では、ヴィルも魔女に狙われるかもしれない。クロスに似て精悍な顔立ちをしている。

 ただ、ヴィルは魔女の欲望よりも憎しみを刺激するだろう。

 僕はヴィルの腰に下げられた剣を盗み見る。組織の中にはミストリアで魔女狩りに遭い、他国へ逃げ延びた者もいる。魔女殺しの剣はそんな魔女たちのトラウマを呼び起こす。

 ヴィルが勝手に排除されないよう注意しなければ。組織の末端の魔女たちは、ボスである僕の正体を知らないし、ヴィルを攻撃するなという指令は不自然だから出していない。


 ヴィルは周囲を警戒しつつ、干し肉をかじっている。ああ、魔女殺しを使って消耗したんだね。僕を遠巻きにしているのはおやつを奪われると身構えているから……というわけではなさそうだ。

 しまったな。苦手意識を持たれたみたい。


 あまり刺激するのも良くないので、仕方なくヴィルから視線をずらす。

 エメルダは、小さい子が大好きと言わんばかりににこにこしていた。随分感情豊かな娘に育ってしまったな。この前頭を覗いたけど、慈愛に溢れた無垢な少女そのものだった。

 道具として仕上げろと命じたのに……やりづらいな。


「それで、きみの名前は?」


「僕はシトリン・ヌイピュアと言います」


 これはコンラット家の先祖と偉大な術士の名前を組み合わせて作った偽名だ。考えたのはネフラだよ。お師匠様にぴったりの可愛らしい名前です、と満足げな様子がムカついた。でも名前自体に文句はない。


「そう……シトリンはどうして森の中に一人でいたの?」


「えっと、お母さんを探しているんです。ある日突然いなくなってしまって」


 母親とたった二人で薬草や工芸品を売り歩いて生活していたけれど、はぐれてしまった。手がかりは何もなく、こうして当てもなく彷徨っている。

 ……なんて、大嘘だ。僕には母親がいない。だから見つかりようがなく、バレにくい嘘だと思う。出身国や他の家族のことなんかも、「お母さんが教えてくれなかった」で済ませちゃえばいい。


「そうなんだ、とってもとっても可哀想……」


 エメルダが同情の視線を寄越した。もしかしたら先日亡くなったばかりのスーフェを思い出しているのかな。

 スーフェは契約通り、エメルダが旅立ちやすいように自死した。最期に僕に「エメルダに慈悲を」と懇願して。

 絆されたりはしないけど、まぁ、僕がわざわざエメルダを殺すことはないだろうね。どうせ長くとも十年ほどしか生きられない命だ。残りの寿命くらい好きに生きさせてやってもいい。

 エメルダは急に顔を輝かせて手を叩いた。


「そうだ! じゃあ、シトリンもわたしたちと一緒に行こう。その方が安全だし、お母さんも早く見つかるよ」


 うんうん。僕の誘導した通りの提案だ。


「そんなことできるはずないだろう。子ども連れで旅はできない」


 ヴィルの鋭い一言に、エメルダはしゅんと眉尻を下げた。


「でも、このまま放っておかないよ。心配だもん」


「俺たちと一緒に行く方が危ない。いつ魔女に狙われるか分からないんだぞ。王国騎士団に保護してもらい、各地の情報を集めた方がよほど早く見つかる」


「うっ」


 エメルダは押し黙る。

 ヴィルの言うことは正論だね。というかまともな判断だ。そうはさせないけど。

 僕は元気よく口を挟んだ。


「僕はぜひみなさんに付いていきたいです! ヴィルさんみたいな強い男になりたいんです! お願いします!」


 憧れで瞳を輝かせて見上げると、ヴィルが深いため息を吐く。


「ダメだ。森を抜けた先の町で別れる」


「そんなっ!」


 僕がコートの裾にしがみついて瞳に涙を溜めると、ヴィルは眉間に皺を寄せた。怒っているというより、戸惑っているよう。このまま押せば何とかなりそうだな、と内心にんまりしていると、王子が僕の肩を叩いてきた。


「まぁまぁ、落ち着いて。さっき閃光のようなものが見えたんだけど、シトリンは魔術が使えるのかな?」


「……はい、簡単な術なら。ちゃんと習ったわけじゃないので、下手くそですけど」


 僕はポケットから粗悪な魔力結晶を取り出して見せた。僕の核は察知されないように封じてある。薔薇の宝珠を一時的に封じる魔術を編み出したとき、一緒に身につけた術だ。

 僕は好機とばかりに、使える魔術を一生懸命説明した。磁力で方角を確認したり、光源を発生させたり、大きな音を鳴らして魔獣をかく乱したり。旅に役立ちそうなものを説明すると、王子が神妙な表情で頷いた。


「その年齢でそこまでの魔術を、しかも独学で……すごいじゃないか。術士の才能がある。よし。シトリンの同行を認めよう」


「なっ!?」


 王子の言葉にヴィルは目を見開いた。


「この様子だと勝手についてきてしまうよ。その方がよほど危ない」


 もちろん騎士団に母親探しは命じるけれど、と付け足して王子は僕の頭を撫でた。


「ただし、本当に危険な旅だから、途中でもう無理だと判断したら抜けてもらう。それでいいかな?」


「はい! 頑張ります! よろしくお願いします!」


 子どもっぽく喜びを全身で表現してみる。うん、なかなか話の分かる王子じゃないか。

 ……と思ったんだけど、あとでヴィルとの会話を盗み聞きして失望した。


「術士の側仕えが欲しかったんだ。シトリンは将来有望そうだから、今のうちにスカウトして実戦を体験させておいて損はない」


「王子……シトリンはまだ子どもです」


「もちろんそれだけじゃない。四人の仲間を集めろというエメルダの予言のすぐ後に出会ったんだ。無視できない。予言が本物かどうか、シトリンが仲間の一人かどうか、見極める期間は必要だよ」


 ふふ、なるほど。さすがというべきか、やはりというべきか、王の子どもだね。利用できそうなら利用し、まるで卓上ゲームの駒のように民を扱う。

 僕にとっては都合が良いから構わないよ。お互い様だしね。


 ちなみにエメルダの予言の文言は僕の創作だ。

 紅い魔女の娘がミストリアに滅びの災いをもたらすので、青い王子と四人の仲間でそれを防ぎましょう。

 後半部分は僕が旅に加わりやすくするためで、仲間が四人いれば何かあっても僕一人に疑いが向かないから。

 前半部分は……王子たちの魔女への不信感を高めるためだ。いずれ王国と魔女には対立して潰し合ってもらう。


 紅い魔女の娘という単語を選んだのは、ソニアに注目させるため。エメルダの能力でも、組織の魔女の探りでも、ソニアの情報はなかなか集まらない。

 王子たちにもソニアを探ってもらう。自分に疑いの目が向いたとき彼女がどのような反応をするか知りたいしね。

 最終的には直接会って人となりを確認したい。そのためにはククルージュ以外の場所におびき出す必要がある。子どもの姿とは言え、長老のばあさんに会ったら僕の正体に気付かれちゃうからね。

 あくまで赤の他人のシトリンとして、ソニアと顔を合わせる。

 来たるべき時のため、しばらくは大人しく怪事件を追う旅をしなくちゃね。

 変な疑いをもたれないよう、ヴィルと仲良くなれるよう、ワガママを言わない良い子でいよう。





 レイン王子が身分を明かしたり、魔女を追う理由を教えてもらったりして数日が経ったある日、とある町の宿屋の入り口で僕は力いっぱい首を横に振った。


「絶対嫌です!」


 僕の震える涙声に王子とヴィルが困り果てていた。エメルダは歩き疲れたのか、ロビーの椅子で船を漕いでいる。


「今日は二部屋しか取れなかったんだ。シトリンとエメルダが同室で……」


「どうして僕なんですか! 嫌です!」


 エメルダと二人きり、しかもベッドが一つしかない部屋で一晩過ごすなんて悪夢だ。

 

「何故そこまで頑なに嫌がるんだ?」


「みなさんよりは子どもとはいえ、僕はもう十二歳ですよ? 年頃の女性と二人きりで一晩明かすなんて問題あると思います! 間違いがあったらどうするんですか!」


 間違いなんて絶対起こさせないけど、生理的に無理なの! 眠れない!

 ヴィルは衝撃を受けたようによろめき、王子は渋い顔をした。


「まだ純粋な子どもだと思っていたのに……なんかショックだ」


「そこまで言われると、問題あるような気がしてきたよ。仕方ない……」


 エメルダを部屋で寝かせ、僕たち三人で一部屋に入る。一つしかないベッドは王子に譲り、僕とヴィルは対になったソファーでそれぞれ眠ることになった。小さな僕は平気だけど、体格の良いヴィルは窮屈そうだ。どのみちヴィルはソファー行きだっただろうけど、可哀想で仕方ない。


「……?」


 疲れからすぐに寝入ったものの、ふと気配を感じて目を開ける。

 ヴィルが窓辺から外を眺めていた。月明かりで金色の瞳が神秘的に光っている。


「起こしたか。すまない」


「いえ……どうかしました?」


 気づけばベッドに王子の姿がない。僕は瞼をこすりながらよたよたとヴィルに近づく。

 窓の外、宿屋の庭先でエメルダと王子が何か話し込んでいる。やけに距離が近いなぁ。しかも楽しそう。特にエメルダの瞳はうっとりと王子を見つめている。


 星空の下の逢瀬は、なかなか絵になっていた。

 え、もしかしてあの二人、恋が芽生えかけているの?

 確かにエメルダは昔から物語の王子様に憧れを持っていたけど、あの様子だとレイン王子の方も満更ではなさそうだ。

 うわぁ……嫌な展開になりそう。そういうのは狙ってなかったんだけど。


「…………」


 ちょっと待てよ。レイン王子、お前、婚約者いるだろ。戯れに田舎娘に手を出すなよ。

 なんだかムカムカしてきた。ソニアが知ったらどう思うか……いや、娘とか関係のない怒りだよ、これは。


「ヴィルさんは大変ですね。護衛のためとはいえ、こういうところまで見張らないといけないなんて」


 僕は早々に窓から視線を外していた。ものすごく精神に悪い映像だもん。

 ヴィルは二人をぼんやりと見つめていた。僕の言葉は聞こえてなさそう。やがて、どこか寂しげに呟いた。


「エメルダは不思議な女だな……王子が心を許すのも無理ないかもしれない」


 ん?

 ヴィルの言葉の端々にあってはならない熱を感じて、僕の肝が冷えた。

 もしかしてヴィルも……?


「どうした、シトリン。顔色が」


「な、何でもないです……すみません、僕はもう寝ます」


 まさか。そんなことないよね……?

 僕、今まで青春とか恋心とは無縁な乾いた人生だったから、若者の心の揺れとか分からない。

 だからきっと気のせいだ。大丈夫、大丈夫……。


 どれだけ言い聞かせても不安が消えない。最大級の誤算の気配に身震いしながら、僕は眠れない夜を過ごした。





10月10日の活動報告にソニアとヴィルのSSがありますので、

もし良かったら覗きに来て下さい。

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