3 裏目の日々
コンラット家からの資金提供とエメルダの成長のおかけで、研究が捗るようになった。
手に入る情報は虫食い状態ではあるものの、予知と全知の力が安定して使えるようになったのだ。手始めに僕専用の攻撃魔術を開発した。
総合的な魔術の腕も飛躍的に上達したと思う。薔薇の宝珠が体に馴染んできたせいもあるかもしれない。今ならアロニアにも遅れを取らないと思う、多分。
全知を用いて〈七大禁考〉の解明にも着手した。敵の知らない魔術を使えればいざというとき有利になれる。
それに、死者蘇生や時間の巻き戻しにも興味があった。
もしかしたらクロスの死をなかったことにできるかもしれない。僕は淡い期待を抱いた。
だけど研究して分かったのは、死者を生前と変わらず蘇生させることも、時間をリスクなく巻き戻すこともできないという事実だけだった。
やはり僕にできることは復讐しかない。
改めて覚悟を決めた。
国王とアロニア、そして悪しき魔女たちを殺し尽くす。
大切なのは殺す順番だ。
効率よく消すために敵同士をぶつけるべきだろう。王国とククルージュ、そこにもう一つの勢力を加えて場をかき乱す。
まずは僕の手駒となる魔女を集めることにした。最終的には処分する悪しき魔女を。
ミストリアでの手駒探しは上手くいかなかった。
魔女狩りの影響でミストリアの魔女は減っていた。ククルージュに属さないフリーの魔女は数えられるほど。
エメルダの力で探ったところ、数人ほど罪を犯して潜伏中の魔女がいたので、勧誘してククルージュと王都の様子を見張るよう命じておいた。
もっと戦力になる魔女を求め、僕はカタラタ帝国へ向かった。薔薇の宝珠のレシピを求めて里を襲撃してきたのは、ほとんどが他国で暮らしている魔女だ。餌を撒けば食いつくだろうし、気になることもあった。
エメルダの予知によれば、カタラタ帝国領で二大勢力による魔術戦争が勃発する。これは珍しいことだ。魔女は師弟間でもなければ結託することはほとんどなく、集団で対立することもない
チャンスだった。二つの勢力、あるいは一つだけでも従えることができれば。
もちろん双方の言い分を聞いてから判断する。万が一にも善良な魔女の集団なら復讐には使えない。
カタラタの魔女たちはある意味期待通り、いや、期待以上に最悪だった。
魔術戦争の理由は、老いた魔女が若い魔女を疎み、また、若い魔女が老いた魔女を軽んじたことによるもの。
理由だけ聞けば下らないもののように思えるけれど、双方のやり口は陰湿で過激だった。老いた魔女は若い魔女の恋人を攫って殺し、若い魔女は老いた魔女の子どもを誘拐して殺す。
僕は双方のアジトを覗いて屍の山を見たし、現在進行形で拷問されているのも確認した。
「きゃはは! 真っ赤な噴水! 綺麗! もう一回!」
「ほら、美味しい……? このスープには、お前の――」
「七十七個目のしゃれこうべは椅子の飾りにしましょう」
その光景は、幼少期の記憶を刺激した。
黒艶の魔女スレイツィアは言っていた。「魔女こそが全ての人間たちの上に立ち、世界を導く存在」、「生命の進化の完成形だ」と。
……馬鹿らしい。
どいつもこいつもどうかしている。魔女なんて理性の壊れた獣と変わらないじゃないか。いや、ずる賢さや感情がある分、獣よりも性質が悪い。
残忍で狡猾、欲望のまま他者を傷つけ、奪い、不幸を生む醜い女ども。むしろ人間から退化した下等な生き物だ。
善良な魔女など一人もいない。ああ、そうだ。ククルージュにいたばあさんだって、アロニアの悪行を知りつつも何もしなかった。強い者にへりくだり、自分だけ安寧を手に入れた。
魔女は滅ぼし尽くさないといけない。
きっと僕はそのために生まれついたのだ。
そうだよね、クロス?
僕もきみと同じ、魔女殺しの業を背負おう。きみの死を決して無駄にはしない。
双方のヘイトが高まり、今まさに魔術戦争が始まろうというとき、僕は戦場に魔術の爆弾を落とした。断末魔を上げる間もなく、魔女の大半が消し炭になって吹き飛んだ。
帝国の南東部に大きなクレーターができた。何年かしたら湖になるかもしれないね。魔女の墓場に興味はないけれど。
僕はクレーターの中央に降り立ち、両端で腰を抜かしたそれぞれの魔女たちに向かってにっこりと微笑んだ。
後方にいて生き残った彼女たちは、各陣営のトップだろう。戦力的には申し分ない。
「ねぇ、僕と一緒に来ない?」
脅迫、もとい交渉はつつがなく進んだ
老いた魔女たちはわりと簡単になびいた。薔薇の宝珠の存在を匂わせ、少し優しくするだけで良かった。特にリーダーのゼオリは僕の特異性に気づき、強く心酔した様子。我が主、と恍惚とした視線を向けられて寒気がした。踏みつぶしてやりたい、この笑顔。
我慢我慢。これも全て復讐のためだもの。
若い魔女たちの説得には時間がかかったけれど、最終的には落ちた。老いた魔女たちだけが若返ったら困ると思ったんだろうね。それともやはり薔薇の宝珠に魅力を感じたのかな。リーダーのセレスタは、実際にはそんなに若くないのかもしれない。見た目を幻影魔術で誤魔化しているようだった。
二つの勢力は和解し、僕の下に付いた。
この戦争をぶっ壊したのを皮切りに、僕は各地を巡った。一人でひっそりと暮らす魔女は僕の誘いに乗ってこなかったけれど、念のため殺す。だって鬼畜な本性を隠しているだけに違いないから。
それから僕に心から従っている者を選別し、裏切りそうな者をあぶり出して処分、それぞれが見張り合うようなルールを作った。
その甲斐あっていつの間にか立派な悪の魔女組織が出来上がっていた。
気付けば、僕がミストリアを離れてから数年、ククルージュを離れてからゆうに十四年が経っていた。
時間配分を間違えたな、とかなり後悔した。
「……アロニアが死んだ?」
僕がミストリアに戻ってすぐ、その報せが国中に広がった。
復讐の矛先の一つが無くなり、胸にぽっかりと穴が開いたような気分になった。他国に行っている間も悪い報せはいくつも届いたけれど、これはかなり堪える。
この手で苦しめて、殺してやりたかった。
アロニアは病死したとのことだが、実際はどうだろう。外部からの襲撃ではないと見張りの報告で分かっている。内乱か、宝珠の実験に失敗したのか、あるいは……。
ああ、もう悔やんでも仕方がない。相応の報いを受けたことを祈るのみだ。
クロスの死の原因を作り、僕を崖から捨て、ソニアを人殺しに育てた女。
そう、報告によればソニアは里を襲撃する魔女たちを殺している。正当防衛と言えばその通りだが、彼女はまだ十四歳。なのに、殺しが日常化しているなんて……。
アロニアに強要されたのだろうが、ソニア自身もやはり根っからの魔女か。
当たり前だ。彼女はアロニアに育てられた、この世にただ一人の純血の魔女。もしかしたら他の魔女よりずっと激しい残虐性を持っているかもしれない。
ここ数年でククルージュに忍び込み、生き残ったのはコーラルという若い魔女だけだ。ソニアに返り討ちにされたものの、命からがら逃げ出せたらしい。
ミストリアにいた僕の部下が保護し、里の内部の様子をいろいろと聞き出した。
里の中には死体が並び、僕がいた頃よりもひどい有様のようだった。本当、どいつもこいつも期待を裏切らないよね。
「ソニア様に会いに行かれないのですか?」
すっかり青年になったネフラが僕に尋ねた。結局術士として城勤めをしている。弟子を名乗る割りに言うことを聞かない。彼は僕を心配そうに見下ろしている。
「アロニアがいなくなった今なら、お会いになっても……」
「今後も父親として名乗り出るつもりはないよ。……そして僕はソニアを娘としては扱わない」
コーラルはゼオリやセレスタ程でなくとも、なかなかの手練れのようだった。それを圧倒するソニアを小娘と侮ることはできない。
「お師匠様……それでいいのですか?」
「何が? とにかく少し様子を見るよ。ソニアがククルージュで宝珠の研究を続けるかどうか探らないと。エメルダの予知がもっと使えれば、どう動くか決められたんだけどね」
「そのエメルダという子は情報収集能力に問題があります。あまり頼らない方がよろしいかと。ヴィル・オブシディアの情報も取りこぼしてますし」
そうだ。これも悪い報せの一つ。
クロスの忘れ形見のヴィルが、王家に仕える騎士になっていたのだ。仇の息子であるレイン王子の側近として働いている。
伯母夫婦に虐待されていたヴィルは、王子の誘いに魅力を感じて乗ってしまったらしい。
「エメルダの使い勝手の悪さは今に始まったことじゃない。頼ったりしないよ」
それよりも王都の見張りを命じていた魔女……今度セレスタ辺りに始末させるか。無能すぎる。
まぁ、これは僕の怠慢が招いた結果でもあるけれど。
ヴィルには真実を話しておけばよかった。魔女と結託した当時の王太子に裏切られたのだと告げておけば、騎士になろうなど露程も思わなかっただろう。
正直僕は、ヴィルに会うのが怖かった。
僕はクロスのことを今でも一番大切に思っているけれど、クロスにとって僕の存在はどういうものなのか。……きっと過去の後悔の種くらいにしか思っていなかっただろう。
僕と生き別れた後、クロスは先代王に仕える騎士となり、妻を娶り、子をもうけた。
大切なものがいっぱいあった。その分、生きがいや幸福の多い時間を過ごしていたはずだ。
ずっと魔女に飼われていた僕とは違う。
それを思い知るのが怖くて、ヴィルに会いに行くことができなかった。
復讐に巻き込んで不幸にすることも怖かった。
王家とも魔女とも遠い場所にいるのが一番だと思ったのだ。
……ああ、僕はいつも間違える。誤算だらけだ。
このままじゃいけない。遠くにいては予期せぬことばかり起こる。大切なものを守れない。
僕は迷っていた。
行き倒れたフリをするか、泣き真似をするか。
深い森の中、十二歳の体で茂みに潜む。もうすぐ目の前の道をエメルダとレイン王子、ヴィルが通ることになっている。
そこに無垢な子どもを装って合流し、あわゆくばそのまま旅に同行しようという魂胆だった。
「泣き真似は自信ないな……やっぱり行き倒れることにしよう」
道の真ん中で子どもが倒れていたら、さすがに無視はしないだろう。仮にも相手は王太子と騎士だ。手厚く保護してもらえるはず。
深呼吸をして僕は茂みから道に出て、うつぶせに倒れる。服や顔を泥で汚しておいた。リアリティは大事。
ヴィルはどんな青年だろう。城で見かけたネフラ曰く、融通の利かなさそうな堅物で、侍女に怖がられているという。
仲良くなれるか不安だな。あ、子ども嫌いだったらどうしよう。今なら短い時間に限り元の年齢に戻れるけど……うーん。
しばし目を閉じていると、グルル、と鼻息が聞こえた。
「えっ?」
恐る恐る顔を上げると、巨大なイノシシの魔獣と目が合った。
しかも群れていらっしゃる。囲まれた!
僕は慌てて立ち上がり、閃光の魔術でイノシシを怯ませて逃げる。背後から蹄の音が迫ってくる。
くそ、いっそ広域魔術で殲滅するか?
いや、ダメだ。万が一ヴィルと王子に見られたら、魔人の秘密がバレてしまう。
でもこのままじゃ宝珠ごと食われて死ぬ。不老のイノシシ王爆誕だよ。
本当に、何もかもが裏目に出るよね、僕って。
「あー助けてー!」
心の叫びが知らずに口から出ていた。
すると、道の脇から黒い影が飛び出してきた。ぞわりと肌が粟立った。
紅い刃が視界の端で煌めく。無性に恐ろしく思えて、僕は無意識に蹲って頭を抱えていた。
「っ!」
ぐおお、とイノシシの呻きが森に響き、すぐに巨体が倒れる音がした。
顔を上げると群れの半分が倒され、残りの半分が逃げていくところだった。
ぬっと黒い影が僕の前に立つ。
「大丈夫か? なぜ子どもが一人でこんなところにいる?」
クロス……。
黒髪に金色の瞳。幼い頃いつも僕を守ってくれた兄さんの面影を見て、胸が震えた。
助け起こそうと差し出された手を無視して、僕は彼の腰に泣きつく。
「なっ、おい!」
戸惑う青年に僕ははっきり告げる。
「助けてくれて、ありがとうございます。僕はあなたみたいに強くなって、この恩を返します」
「……は?」
必ず守る。今度は僕が守って返せなくなった恩を返すよ。
クロスの代わりに、ヴィルを守る。




