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2 弟子と部下

 

 僕らの暮らしが異常だと気づいたとき、親友であり兄である彼は言った。


『約束だ、アンバート。いつか二人でここを出て、遠くへ行こう。魔女の手の届かない場所で生き直すんだ』


 今はまだ子どもだから力がないけれど、大人になれば何かが変わる。魔女の言いなりにはならない。こんなところで飼い殺されてなるものか。

 大丈夫。二人一緒なら決意は揺るがない。僕もクロスも愚直にそう信じていた。

 ……でも、約束は果たされなかった。






 眼鏡の少年がいつになく興奮した様子で僕に詰め寄った。


「僕はお城勤めの術士になって、いずれ嫁入りなさるだろうソニア様に仕えます。そうすれば、いつかこっそりお師匠様と引き合わせることができるかもしれません……」


 ネフラ・コンラット。自称、僕の弟子。

 十代半ばだというのに覇気がなく、常に暗いオーラを纏っている。だけど僕が気まぐれにソニアの話をした途端、目の色を変えた。


 ククルージュを離れて数年、僕は各地を転々としながら魔術の修業や研究をしつつ、復讐計画を練った。アロニアを圧倒できるくらい強く、欲深い魔女どもが平伏すくらい高い。そんな存在にならねば復讐を果たせない。

 スレイツィアの望んだ貴き魔女の血筋を実現する気は毛頭なかったけれど、僕はこの手でミストリア王や魔女を殺すべく、努力することにした。

 しかしすぐに壁にぶち当たった。魔術の研究には金と労力がかかる。パトロンと拠点が必要だ。


 そこで僕はコンラット家を頼るという賭けに出た。

 アロニアの体裁のために、僕は貴族であるコンラット家の養子になっていた。ほんの数回面会しただけで、コンラット家の面々が純粋な魔術バカであることが分かった。知識欲は貪欲だけど、その他の欲にはそっけない。もしかしたら王家への忠誠心よりも好奇心を優先させ、僕に手を貸してくれるかもしれない。


 結果的に僕は賭けに勝った。

 薔薇の宝珠の存在や僕が世界初の人造の魔人だということを知るや否や、コンラット家の当主は目を輝かせて握手を求めてきた。全面的に僕に協力してくれるという。僕の出自から王家への復讐のことも察しているだろうに、気づかないふりをしてくれている。上手くいきすぎて怖かったね。


 コンラット家の別荘の一つを借り受け、僕専用の研究施設に作り替えた。すると、いつの間にかネフラが頻繁に出入りするようになった。子どもの遊び場になるのは困る、と当主に苦言を呈してみたが、ひらりとかわされた。


『この子は兄弟の中でも好奇心旺盛でして……助手として使ってやってくれませんか? どうやらあなたのことをひどく気に入ってしまったようなので』


 子どもの相手は面倒だったけど、確かに助手は必要だった。まだ読み書きや計算で不安な部分はあるし、十二歳の体では何かと不自由をした。書記や荷運びをネフラに押し付けてしまえば楽ができると思ったのだ。


 今のところ、元の年齢に戻るには腹を裂いて宝珠を摘出しなければならなかった。当然、宝珠を取り出せば傷は治癒できない。非常に面倒だし、痛いのは嫌だ。

 宝珠の力を再封印すれば痛みなく元の年齢に戻れるけど、どうやらジェベラが自分にしか封印ができないよう特殊な仕掛けをしたらしい。今の僕にはまだ解読できない術式だ。しばらくは十二歳として過ごすしかない。


 いつの間にかネフラに身長を追い越され、見下ろされるようになった。何だか面白くないけれど、それくらい長い間ともにいれば、つい昔話をするくらいには心を許していた。


「ああ、お師匠様のお嬢さんなら、とてもお美しいのでしょうね……お仕えするのが楽しみです」


 頬に手を当て、恍惚とした表情を浮かべるネフラ。

 まだ六歳そこそこの女児に何を期待しているんだ、こいつは。危険危険。一気に距離を置きたくなった。


「どうでもいいけど、ソニアと僕を引き合わせようなんて余計なことはしないでくれる?」


「余計なこと、でしょうか? お師匠様はお嬢さんに未練たらたらのようですが……」


「ぐ……そんなことないっ。ただ罪悪感があるだけで、ソニアに対して愛情はないよ」


 本当ですか、と生温かい視線がつむじに刺さる。くそ、微笑ましげなものとして僕を扱うな。


「大体、会ってどうするんだ。……今更許されるはずないよ。罵られると分かっていてわざわざ姿を現す趣味はない」


 僕は復讐の道を行く。そのためにソニアを悪女の元に置いてきた。また、今後の展開によってはソニアを利用するかもしれないし、場合によっては敵対することも辞さない。

 そんな奴が父親を名乗り、気安く近づけるものか。

 ソニアの父親は死んだんだ。あの日、谷底に落ちて。

 もし僕が生きていたと分かっても、ソニアは会いたがらないだろう。


 ネフラは全て分かっていると言わんばかりに柔らかく微笑み、頷いた。


「大丈夫です、お師匠様は可愛いですから」


「……は?」


「可愛ければ、大抵のことは許されます。母と姉がそう言っていました。僕は『お前は可愛くないから許さない』と言われちゃいましたけど、お師匠様ならきっと……」

 

 ああ、根本的なことが分かってなさそうだ。頭が痛い。


「……とにかく、くれぐれも僕の邪魔はするなよ。ソニアが王家に嫁入りする前に復讐を遂げる可能性もある。城勤めの術士になったところで、ソニアに仕えられるとは限らない。そのことをよく考えろ」


 僕が国王を討てば、ミストリアは混乱の坩堝となる。城勤めをしていれば、その余波をまともに受けることになるだろう。

 コンラット家を頼っておいて矛盾しているが、できればネフラを巻き込みたくない。少し変わっているものの、魔術が好きな純朴な少年だ。術士としての才能もあると思う。僕のそばで復讐や憎悪に関わっていれば、無垢な好奇心が汚れて未来を閉ざしてしまうかもしれない。


「そうですか。やっぱり父親としてはお嬢さんの嫁入りを邪魔したいのですね。頑張って下さい。弟子として、精一杯応援します……」


 僕は見せつけるようにため息を吐いた。

 どこまでも噛み合わない。






 研究の傍ら、僕は山奥の村に度々足を運んだ。

 予知と全知を司る人造生命――エメルダの様子を見るためだ。まぁ、これも研究と言えば研究か。


「エメルダはどうだ?」


「はい、最近は魔力の川とつながる時間が長くなってきているようです。脳も成長し、反動で倒れることも少なくなっています。今日の天気も言い当てておりますよ」


 スーフェの報告を聞き、僕は頷く。

 窓の外で六歳のエメルダが一人で雪遊びをしている。山間というだけあって冬になれば雪が降るけれど、まだ秋口だというのに積もるくらい降るのは珍しいらしい。地元の人間にも今日の降雪は読めなかったという。

 昨日の朝、エメルダはスーフェに「おばあちゃん、冬のお洋服を出しておいて。明日は雪遊びをするの」と宣言したらしい。 


「あと、最近は絵本をたくさん読んでいますね。王子様が迎えに来る話がお気に入りです」


 超どうでもいい。


「無邪気なもんだね。……ジェベラばあさん、子どもの頃は可愛かったんだ。それがどうしてああなっちゃったんだろ」


 人格はともかくエメルダの容姿はジェベラと変わらない。昔は美少女だったんだな、と窓の外を見てげんなりした。


「師は口癖のように言ってました。若い頃はモテモテで、言い寄ってくる男を侍らせて選んでいるうちに嫁ぎ損ねてしまったと。あなたと出会ったことで、『ワタシが結婚しなかったのはこの子のためだったんだ!』と息巻いていましたね」


 背筋に悪寒が走った。嫌なことを思い出しちゃったな。

 四十も年上の老女から「結婚か死か」の究極の選択を突きつけられたときは、本当にどうしようかと思った。

 

 身震いする僕を見て、スーフェが温かいココアを出してきた。魔女の作ったものは極力口にしたくない。宝珠であらゆる毒や薬を無効化できると分かっていても。

 

 スーフェはジェベラの一番弟子で、王都襲撃のときにアロニアに敗北した後、ククルージュに身を寄せていた。そのとき必死になって僕に許しを請うてきた。

 僕が魔女を憎み、復讐を企んでいることに気付いていたのだ。そして魔人の身の内に宿る力と宝珠が、この世に災いをもたらすことを恐れたらしい。


 スーフェがアロニアに僕の秘密を告げ口しなかったのは、師を裏切った妹弟子を心底嫌っていたから。アロニアへの復讐に協力させて欲しいとまで言ってきた。僕もジェベラ殺害に荷担したんだけど、それは仕方ないことだ、と納得している。基準が分からないよね。


 僕はスーフェにエメルダの管理を任せることにした。信頼したわけでも心を許したわけでもない。

 僕がジェベラに飼われていた頃、スーフェを含む数人の弟子は師の目を盗んで僕を散々苦しめた。汚らわしい。絶対に許せるはずがない。


『あのときはどうかしていたのです。あなたに許されるためなら、どんなことでもします。どうか、魔女を根絶やしにするようなことだけは……』


『ならジェベラの細胞から作ったエメルダを道具として仕上げろ。その務めを終えたら命を絶ってもらう。そこまですれば、考え直してやってもいい』


 スーフェはそれを了承し、僕に絶対服従する契約魔術を受け入れた。契約違反の代償はスーフェの命で、僕にリスクはない。

 一体何を考えているんだか。まぁ、どうでもいいけど。怪しい素振りがあったら、契約違反を待たずに殺すだけだ。

 

 僕はココアを無視して、家を出た。

 エメルダが僕に気付いて首を傾げ、駆け寄ってくる。

 ソニアとエメルダは同い年。ソニアもこれくらい成長しているはずだ。今の彼女に自由はあるだろうか。


「ひゃんっ!」


 僕の手前でエメルダが足を滑らせて転んだ。雪と泥で服が汚れ、ぐちゃぐちゃになっている。


「だ、大丈夫?」


 ソニアと重ねていたせいもあって、思わず助け起こしていた。転んだショックで泣き出すかと思ったけど、エメルダは僕の顔を見てニコッと笑った。


「……ありがとう、お兄さん。とっても優しいんだね。王子様みたい。わたし、大きくなったらお兄さんのお嫁さんになりたいな」


 僕の中でトラウマの実が弾けた。


「っ! 調子乗るなよ、ババア!」 


 エメルダはびっくりして、その後は泣きながら家の中に駆け込んでスーフェにすがりついた。

 軽蔑混じりのスーフェの視線を受け、少し居心地の悪い思いをした。

 分かっている。悪かったよ。エメルダに罪はない。むしろ罪深いのは僕だ。道具として扱われる哀れな存在……いっそ何も感じないよう心を殺してやるべきか?


 泣きじゃくるエメルダの頭に手を乗せ、僕は僕に関する記憶を消去する。迷ったけど、心はまだそのままで。

 エメルダに幸せな未来は訪れない。ならせめて今だけでも健やかに、無邪気に生きればいい。

 別に絆されたワケじゃない。心を殺せば脳機能が衰える可能性が高い。予知全知を使いたいときに使えなくなっていたら困る。

 エメルダは消去の反動で意識を失った。ついでに何か面白い情報を拾っていないか頭の中を覗く。……少しだけ気になる情報を得られた。ご褒美をあげるべきかもね。


「これで、エメルダに新しい服でも買ってやって。これからはあまりストレスを与えないように」


 コンラット家からもらった金を机の上に置き、僕は逃げ出すことにした。


「ありがとうございます、アンバート様」


 スーフェは丁寧な手つきでエメルダを抱えた。すっかり情が移っているように見える。


 同じ轍を踏まないように、気を付ける必要がありそうだ。



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