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1 復讐の復習


※この外伝は本編のネタバレを多大に含みます。先に本編をお読みいただくことを強く推奨いたします。

※人によっては蛇足としか感じられないかもしれません。また、とある事情で本編とは人格の違うキャラクターが登場し、本編のイメージを大きく損なう恐れがあります。


何でも大丈夫な方のみお読みいただければと思います。

よろしくお願いします。




 

「この裏切り者! 死になさい、アンバートっ!」


 ヒステリックな女の声とともに、胸に衝撃が走った。風を極限まで研ぎ澄ませた魔術だ。知覚した瞬間に勝負はついていた。

 これが死の痛みか、と僕は亡き親友に想いを馳せる。

 でもクロス。きみはこれ以上の痛みを味わったんだよね。仕えていた王家に裏切られて、愛する妻を人質にとられて、憎き魔女たちに八つ裂きにされた。

 無念だっただろう。

 それを思えば、僕の身に降りかかる災難など何でもない。むしろこの痛みが贖罪代わりになってくれるような気がして、安堵する自分がいた。


 床に血と熱が奪われていく。

 朦朧とした意識の中で、僕は僕を殺そうとする女を見上げた。

 アロニア・カーネリアン。

 僕をクーデター計画に引き入れ、師であるジェベラを謀殺した女だ。なぜか僕の子どもを欲しがり、関係を持った。僕としてはもう魔女に触れるのは嫌だったんだけど、アロニアの不興を買うのはまずかった。この女も、手に入らないなら僕を殺すつもりのようだったから。

 今の僕ではまるで敵わない相手だ。従順になるしかなかった。


 まぁいいさ。利用してやるだけだ。そう嘲っていた。

 ククルージュでの暮らしは悪くなかった。魔術の勉強をしたかったし、復讐計画を練る時間が必要だったし、いずれ手駒にする魔女をスカウトしたかった。僕の目的に合致していたし、わりと気ままにできた。

 子どもの頃に出会った魔女のばあさんがいたのはびっくりしたけれど、アロニアたち若い魔女に余計なことを言わないでくれたのは助かった。思えば、嫌悪感のない魔女はあのばあさんが初めてだったかもしれない。たまにクソ苦いお茶を振る舞われて世間話することもあった。ばあさんには不思議と毒気を抜かれたな。思い返せば悪い時間ではなかった。


 そんな生活は、あっけなく終わってしまった。まさか若い魔女と浮気したと決めつけられ、逆上したアロニアに殺されるなんて……誤算だったよ。

 ていうか、裏切り者ってなんだ。僕はいずれお前も殺す予定だったんだよ。アロニアは何を勘違いしていたんだか。


 僕は、クロスを殺した魔女と王家を決して許さない。

 どんな手を使ってでも必ず報いを受けさせてやる。

 ジェベラは殺した。後は現ミストリア王とアロニア、そして愚かな欲に走る魔女どもを根絶やしにしてやろうじゃないか。

 そして最後には僕自身も命を手放そう。

 だけど今はまだ死ねない。


 アロニアはさらに汚い言葉を喚き散らし、僕の手足を拘束して弟子たちに運ばせた。飛竜に樹海の奥に連れて行かれ、ごみを捨てるかのような雑な扱いで谷底に落とされた。一応四年と少しの間夫婦のように過ごしたというのに、切り替えの早い女だ。いや、女そのものが切り替えの早い生き物なのかな?

 落ちたときは「マジかよ」と思いはしたけれど、完全にとどめを刺され、体をバラバラにされなかったのは幸いだ。

 僕には切り札がある。


【薔薇の祝福よ、我が身を癒したまえ】


 川に落ちる寸前、体の奥底に封じていたものを解き放つ。

 国王や魔女が血眼で探していた薔薇の宝珠。永遠の若さと美を約束する魔女の禁忌。

 それは、怪我の治癒にも有効だった。


 生前ジェベラは宝珠を僕に預け、僕の意志以外では発動しないよう封印をかけた。ご丁寧にどうも、という気分だった。おかげで宝珠を身に宿しながらも僕は若返りや治癒の効力を発揮せず、周りの魔女たちから隠し通すことができたのだ。


 宝珠の力が脈打って広がっていく。傷に白い炎が咲き、全身が激しく軋んだ。

 川にダイブした衝撃よりも薔薇の宝珠の力の方がずっと大きかった。若返りの効果によって体が縮み、拘束が簡単に解ける。


「はぁ……はぁ……っ」


 なんとか生き永らえたけれど、大量の血が失われて頭がくらくらしていた。あるいは細胞が一気に若返った反動かもしれない。全身が悲鳴を上げている。


「覚えていろ、アロニア……この痛み、必ずお前に返してやる」


 川岸の岩に張り付いて、僕は息も絶え絶えに誓いを新たにした。声変わり前のハイトーンが懐かしい。こんなに若返るとは思わなかった。服がだぼだぼになってしまって、今にも脱げてしまいそうだ。

 ものすごく間抜けな姿……誰にも見られていなくてよかった。


 ここでの退場は本当に誤算だったが、別に構わない。ククルージュでやりたかったことは終わっている。死んだと偽装した方が後々動きやすそうでもある。

 たった一つ未練があるとすれば、それは……。


「ソニア……」


 僕とアロニアの間に生まれた一人娘。生まれる前は何も感じなかったのに、実際に目の前にいると込み上げてくる感情があった。

 小さな手、柔らかな頬、無邪気な声、一度だけ抱きかかえたときに感じた温かみと重み。

 忌むべき魔女ではあるものの、まだ何の罪もない命だ。汚してしまいそうで、容易く触れることもできなかった。どう接すればいいのか分からなくて視界に入れるのすら怖かった。

 でも本当は、もう一度だけ抱っこしたかった。成長した彼女と言葉を交わしてみたかった。


 アロニアの元で育つ彼女がこれからどうなるのか容易に想像がつく。

 もしかしたらもう二度と会うことは叶わないかもしれない。それでいいのだろうか。


「僕には、何もできない」


 ソニアを攫って連れ出してどうする。魔女からも王家からも狙われ、結局危険な目に遭うだけ。復讐にだって支障が出る。大体魔女である以上、魔力の制御を覚えるまでは魔女の元で修業しなければならないのだ。

 可哀想なソニア。

 僕とアロニアを親に持つ時点で、不幸になることは確定しているようなものだ。僕がそばにいたところで愛し育ててやる自信もない。むしろさらにひどい目に遭わせてしまうだろう。

 もう接触しない方がいい。お互いに存在を忘れた方が身のためだろう。


 せめて僕が残した本に触れてくれるといいな。一応ソニアの教育に良さそうなものを選んだんだ。

 自分の現状がどれだけ異質なのか気づければ、何か変わるかもしれない。かつて僕とクロスはスレイツィアの虐待を当たり前のように受け入れていた。比較対象を持たなかったせいで疑問を持たず、家畜のように生きていた。そうはならないでほしい。

 ひどいエゴだ。何も知らない方が幸せでいられるかもしれないのに。

 

「ソニアを見捨てた報いも、いつか受けるだろうね……」


 復讐に必要だからとジェベラの細胞を用いて人造生命を生み出し、王家との繋がりを作る道具として安易にアロニアと子どもを作った。

 でも、二度と子どもは作らない。罪悪感と後悔を胸に刻み、僕は空を仰いだ。


「……まずは、服を手に入れないとな」


 こうして僕のククルージュでの生活が終わり、長い長い復讐の旅が始まった。



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