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番外編 ククルージュアニマル事情


本編39話頃のお話です。


 

 ボクの名前はユニカ。

 魔女ソニア様にお仕えしている馬型の魔獣です。

 昼は樹海に張られた結界の中を自由に歩き、夜は獣舎で過ごしています。獣舎は他の魔女の騎獣と一緒です。

 草食肉食雑食、様々な魔獣がおりますが、ボクたちはご主人様方に魔力を与えられ、特殊な契約しているので、お互いを傷つけたり、食い合ったりはしません。食物連鎖のない世界では、みんな仲良しです。


(はぁ……)


 早朝、ボクは目覚めとともに盛大にため息を吐きました。


(なんだい、ユニカ。辛気臭いねぇ)


 黒フクロウたちがぎょろっと丸い目を向けてきました。彼女たちは魔女が連絡に使う魔獣で、ボクよりずっと前からククルージュで暮らしています。


(先輩、どうしたの? ワタシで良ければ話を聞くよ)


 最近新しくやってきた綿ギツネが心配そうに「こーん」と鳴きました。他の魔獣たちもそれぞれ鳴いて、ボクの話を聞こうとします。


(だって、最近ご主人様があんまり遊んでくれないんです……)


 ククルージュに来た当初、ボクのお世話は全てご主人様がやってくれていました。それが二年前から見習い魔女の子に代わりました。魔獣を従える練習のためです。それでもご主人様はしばしば獣舎に顔を出し、お話や散歩をしてくれたものです。

 お嫁に行く直前なんかは、毎日やってきて遊んでくれました。きっと不安だったのでしょう。嫁入りがなくなると、ご主人様は清々した様子でした。これからもずっとこの里で暮らしていけるなら、ボクも嬉しいです。

 でも、以前の生活とは決定的に違うのです。


(なんだい、そんなことか。あの子は忙しいんだよ。それについこの前に遠乗りに行っていなかったかい?)


(二人きりじゃなかったです。前はもっと遊んだり、お話をしてくれたのに。全部ヴィルのせいです。あいつさえいなければ……っ!)


 ボクの鼻息に黒フクロウが顔をしかめました。呆れているようです。

 そうなんです。ククルージュに帰ってきてから、ご主人様はボクよりも他の男を可愛がっているのです。

 ヴィルという黒髪の男です。ボクの黒いたてがみの方がカッコいいのに。悔しい!

 ちなみにボクのお世話もそいつがやるようになりました。


(そりゃ人間の男には勝てないだろう)


(ワタシはあのお兄さん好きだよ。すごく丁寧にお掃除してくれるもん)


 黒フクロウも綿ギツネもあいつのことを認めているようです。

 確かに、仕事ぶりは悪くないです。嫌そうな顔をしても手は抜かないし、ブラッシングも上手で不覚にもうっとりしてしまいます。最近は愛情を感じますし。強者ということも知っています。ご主人様の従者になる資格はあるかもしれません。

 でも、やっぱり面白くありません。この前の遠乗りのとき、ボクがちょっと目を離した隙にあの男とご主人様は……思い出したくもない!

 ご主人様の最愛はボクだったのに、どうしてこうなった!

 そのとき、足音が聞こえました。


(噂をすれば……って、いつも通りの時間だけど)


(けっ!)


 今朝も一番にヴィルが来てテキパキと仕事を始めます。徐々に見習い魔女たちもあくびをしながらやってきて、それぞれの魔獣のお世話をします。


「今日もふかふか。可愛いー」


「こーん」


 綿ギツネが、彼女のご主人様のマリンにモフモフされています。

 最近はマリンのお兄さんもこっそり毛皮を堪能しに来ます。「俺の癒しだぁー」と縋りつかれて綿ギツネは困っていましたけど。なんにせよ、とても可愛がられているようですね。

 う、羨ましくなんかないもんね!


 給餌や健康チェックをしてもらった後は、散歩するもの、眠るもの、畑仕事を手伝うもの、様々です。

 ボクは買い出しの日以外は自由に過ごしています。今日はご主人様お出かけしないのでしょうか。久しぶりにご主人様と二人きりで思い切り走りたい気分です。


「ヴィル、ユニカ。おはよう」


 ボクの願いが通じたのか、ご主人様がやってきてくれました!

 ああ、今日も美しいです!

 ブラッシングしていたヴィルを軽く突き飛ばし、ボクはご主人様にすり寄りました。


「ふふ、今日も元気そうね、ユニカ」


 顔を撫でてもらってご満悦なボクです。一方ヴィルは慌てました。


「悪い。すぐに帰って朝食の用意をする」


「いいわ。ゆっくりブラッシングをしてあげて。たまには私が朝食を作るわ。パンケーキにしていい?」


「あ、ああ……」


「楽しみにしていて」


 ご主人様はニコリと笑って、帰って行ってしまいました。あれですか。ヴィルに朝食の希望を聞きに来ただけですか。

 ひひーん、とボクの悲しい声が樹海に響きました。反対にヴィルは頬を綻ばせています。そして、周りの見習いたちに聞こえない声でボクに言います。


「俺たちのご主人様は今日も可愛いな……」


 知っとるわ!

 くぅっ、忌々しい!






 ヴィルが若干浮かれた様子で屋敷に帰っていきました。ボクの心はさらに荒み、地面を思い切り蹴らずにはいられませんでした。地団太ってやつです。


(何がムカつくかって、最近あいつからご主人様の匂いがすることですよ!)


 魔獣たちが「オスとメスだから仕方ない」とか「主の幸せが我々の幸せ」とか、言ってきますが、なんの慰めにもなりません。


(そうかい。あのお嬢さんももうそういうお年頃か……)


 黒フクロウたちは感慨深げに遠くを見ます。夜行性なのでそろそろ眠たそうです。……あ、寝た。

 するとややぐったりしている綿ギツネが、ボクに尋ねてきました。


(ユニカ先輩とソニアお姉さんが出会ったばかりの頃ってどうだったの? 今のマリンちゃんみたいな感じ?)


 よくぞ聞いてくれました。

 美しい思い出に浸って怒りを鎮めるとしましょう。ボクは四年前の出会いを語って聞かせました。






 見た目通り、ボクは血統書付きのサラブレッドです。両親から抜群の脚力を受け継いでいます。親のことはあんまり覚えていませんけどね。生まれてすぐ、ボクはこの辺りで一番偉いお家に買われたのです。

 その家の精悍な青年に気に入られ、随分と可愛がられたものです。

 ある日、彼は僕に言いました。とても辛そうな表情で。


「どうか、お前があの子を連れて行ってやってくれ。私の代わりに」


 え、どこに?

 それにあの子って誰?

 この立派なヒトの騎獣になれると思っていたのに、違う人間がボクの主になるようです。若干落ち込みました。

 でも引き合わされた新しいご主人様を見て、心が弾みました。


(な、なんて可愛い女の子!)


 鮮やかな赤い髪が印象的で、どことなく高貴な空気を持っています。それに魔力がとても潤沢です。ボクに乗るにふさわしいと思いました。

 ソニアというらしい女の子は、ボクを見て目を丸くしました。


「兄様、このお馬さんは……」


「お勉強を頑張っているソニアにプレゼントだ。ユニカという名前だが、変えてもいいぞ。ペット、欲しがっていただろう?」


 ペットという言葉には思うところがあるのですが、まぁ良いでしょう。この子が可愛がってくれるのなら何だっていいや。そんな気分でした。


「兄様、あ、ありがとう……」


「どうした、ソニア。気に入らないのかい?」


 小さなご主人様は首を横に振りました。


「とても嬉しいわ……でも、お馬さんって、お家の中で暮らせますか? 一緒のベッドで寝ても大丈夫?」


「それは……難しいな。すまない、ソニア。それなら犬か猫の方が良かったな」


 がーん、と全身に衝撃が走りました

 なんと、この小さなご主人様は愛玩用の小さなペットをご所望だったのです。


「ううん、この子が良い。目がとっても可愛いもの。乗馬の練習もしたいわ。犬や猫はこの子のお世話が完璧にできるようになったら飼うかもしれないけど」


 よろしくね、とご主人様は優しくボクの首筋を撫でました。慈しみに溢れた瞳にほっとしました。可愛がってもらえそうです。

 ボクを連れて帰ると、ご主人様の母親が怖い顔をしました。


「ふん、魔女の騎獣が馬なんて、ダサすぎるわね。でも、領主の息子からのプレゼントなら無下にできないか……ソニア、しばらくはちゃんとお世話するのよ。そのうち竜を買ってあげる」


「はい、お母様」


 核だけは使えそうね、と嫌な視線を向けられました。もしかして、竜が来たらボク殺されて核を取られちゃうんじゃ……ひひーん!


「大丈夫よ、ユニカ。お母様の言う通りにはさせない……絶対に」


 母親がいなくなってから、ご主人様はそっとボクに囁きました。


「あと二年の我慢。二年経てば、お母様はいなくなる。そうすれば自由よ。ふふ」


 幼い女の子に似つかわしくない、妖艶な微笑みでした。言っていることはよく分からないけど、素敵です、ご主人様。惚れ惚れしちゃいました。


 こうしてボクはククルージュで暮らし始めました。

 ご主人様は熱心にボクのお世話をしてくれました。愛されていることを実感して、ボクは幸せでした。


 でも、気になることがありました。ご主人様はいつも具合が悪そうなのです。

 顔色が悪く、蹲って動かなくなったり、冷や汗をかいていたり、小さく震えていたり、明らかにおかしいです。


 前のご主人様のお屋敷に行くときは元気なのに、帰ってきた夜には体調を崩してしまいます。そういうとき、ご主人様からかすかに毒物の香りがしました。動物的感覚が働いて近寄りたくなくなるのですが、そこは大好きなご主人様です。ボクはご主人様にすり寄って少しでも苦しみが安らぐように祈ります。


「ありがとう、ユニカ。とっても良い子ね」


 青い顔で微笑むご主人様。

 ああ、できればお屋敷の中まで付き添っていたい。口惜しいです。


「今日は草原まで行ってみましょう」


 具合の良さそうな日、ご主人様が提案してくれました。ボクは喜んで嘶きます。

 しかし出発前、ご主人様の母親が言いました。


「日が暮れる前に帰ってきなさいね。今夜は新しいものを試すから……分かっているわね?」


「……はい、お母様」


 憂鬱を吹き飛ばすように、ボクはご主人様を乗せ、青い草の波を駆け抜けました。まだぎこちない瞬間もありますが、だいぶ手綱さばきが上手になりました。すごいです。ボクはなるべくご主人様を揺らさないよう、気をつけました。


 思いっきり走り、新芽食べ、ご主人様が作ったお花の冠を被り、目いっぱい遊びました。

 しかし楽しい時間はあっという間です。太陽が傾き、辺りが赤く染まり始めました。


「そろそろ、帰らないと……」


 ボクの背に小さな呟きが落ちました。とても、とても、悲しそうな声。

 帰りたくないんですね、分かりました。

 ボクは夕日に向かって走り出しました。


「ユニカ!?」


 あの地平線の向こうに行けば、ご主人様は自由になれる。苦しい思いをせずに済む。

 あんな屋敷には帰らなくていいはずです。子を愛さない親なんて捨ててやればいいのです。それが自然の摂理です。

 前のご主人様の言葉の意味が身に染みて分かりました。

 ええ、ボクが連れて行きます。ここではないどこかへ、ご主人様を逃がすのです。


「止まりなさい!」


 鋭い声とともに手綱を引かれ、ボクは思わず足を止めました。小さな手がたてがみを撫でています。


「ありがとう。本当に、ありがとう、ユニカ……でも、帰らなくちゃ。大丈夫よ」


 私は逃げないわ。

 震えた声に強い意志を感じ取り、ボクはしゅんと項垂れ、重い足取りで樹海に戻りました。

 今はまだそのときではないようです。

 でもいつかボクの自慢の脚であの地平線の向こうへ行きましょう。

 絶対に、いつか必ず。






 ボクが語り終わった頃には、綿ギツネはマリンに連れて行かれて既にいませんでした。一緒に川で遊ぼう、みたいなこと言われていましたね。

 本当、マジで羨ましくなんてないから!


 その日からしばらくして、ご主人様が急に出かけることになりました。ボクではなく飛竜に乗って王都に行く、しかもヴィルは同行するそうです。

 悲しみの限界点を突破してしばらく荒れました。

 みんなが慰めてくれたのでなんとか耐えられましたが、ご主人様は数か月帰ってきませんでした。

 人間の国で一番偉い王様が亡くなり、その後処理が大変らしい、と魔女たちが言っていました。ご主人様は魔女の中でも名を知られた方なので、代表していろいろと働かないといけないそうです。

 大丈夫でしょうか。

 あの鬼畜な母親が死んでからご主人様が体調を崩すことはなくなりましたけど、すっごく心配です。


 しばらくしてご主人様が帰ってきたときには、ボクは文字通り泣いて喜びました。元気そうで何よりです。


「ただいま、ユニカ。ごめんね。寂しかったでしょう?」


 久しぶりにご主人様の魔力を感じ、ボクは思い切り甘えました。たくさん撫でてほしいです。

 ご主人様は心なしかすっきりした表情をしています。ますます美しさに磨きがかかったようですね。眼福です。


「ねぇ、ユニカ。しばらく里でゆっくりしたら、旅行をしようと思うの」


「!?」


 また置いていかれるの、というボクの不安を感じ取ったのか、ご主人様は優しく微笑みました。


「もちろんユニカも一緒よ。もうどこにでも行けるの。遠くへ行ってみましょう」


(やったー!)


 喜びのあまり思わず尻尾がぶるんぶるんと揺れてしまいました。


「ヴィルが、海に連れて行ってくれるんですって。とっても楽しみね……」


 そのときのご主人様の表情は、ものすごく可愛らしかったです。瞳が潤み、頬がピンクに染まって、幸せオーラが立ち上っています。


(ご主人様……ボクの知らない顔してる……)


 きゅう、と胸が締め付けられました。

 そうですか。ヴィルがご主人様を連れ出すのですね。

 分かっていましたよ。本当はとっくに観念していました。

 悔しいですが、ご主人様が幸せなら、いいのです。


 でも、もしもヴィルがご主人様を泣かせることがあれば、そのときは許しません。

 自慢の脚で蹴り倒してやりますよ。

 だからご主人様、見張りの意味も兼ねてお供させてください。

 自由になったご主人様の旅路、ボクも一緒に行きたいです。

 


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