48 復讐の道
私の態度にアンバートは少し怯んだように見えた。笑みを引っ込めて、続きを話し始める。
「復讐のためには僕自身の強化と情報収集能力が必要だった。特に情報はいくらあっても足りない。もう察しはついているだろう。僕は予知と全知を行う操り人形を造ることにした。エメルダのことだ」
そこで諜報員を雇わず、いきなり『七大禁考』に手を染める辺り狂っているわね。しかし元よりアンバート自身が人造生命。倫理観など持ち合わせていないのでしょう。
アンバートは言う。
予知と全知には短命というリスクがある。薔薇の宝珠で防げるとは限らないため、自分が修得するのは避けたい。かと言って、他人に能力を持たせるのは不安だった。だから自分の好きに操れる者を一から造り出すことにした、と。
「幸い、スレイツィアの研究データをジェベラが引き継いでいて、ジェベラ殺害後にそれを独占することができた。せっかくだから、操り人形はジェベラの細胞で作ることにしたよ」
……ということは、エメルダ嬢はジェベラのクローンになるのね。なんだかものすごく嫌な気分になった。
隣でヴィルも青ざめている。あなたの初恋は最初から最後まで散々ね。
「とても理解できないわ。ジェベラとエメルダ嬢の人格は別物だとしても、見方によっては憎い相手を甦らせるようなものじゃない?」
クロスを甦らせたい、というのならまだ理解できるのだけど。
「ジェベラの脳が優秀であったことは確かだし、ジェベラだと思えば情が移らないから。実験に失敗して壊れても、犯罪に使っても、使い捨てても、全く心が痛まないモノが良かった」
死者を甦らせることは命への冒涜。誰でもいいとは思えなかったということかしら。大切なクロスの体を利用するなどもっての外か。
実際、スレイツィアの研究を流用しても、脳機能に特化した人造生命を造り出すのに何度も何度も失敗した。その度にジェベラのクローンは死ぬ、あるいは生まれることなく壊れたらしい。
……なるほど、最低だわ。一度の死では物足りず、何度も復讐をするようなものだ。
私もヴィルも、心底エメルダ嬢を哀れに思った。
「当時、密かにアロニアに反感を持っていた里の魔女を何人かたぶらかして、研究に協力させた。僕は今まで文字もまともに読めなかったのに、研究に関しては不思議と頭が冴えたんだ。自分で言うのもなんだけど、術式も脳の構造も驚異的な早さで理解した。スレイツィアがそういう風に作ったのか、僕の基となった人間が天才だったのかもしれないね」
何はともあれ、憎しみの心が原動力になったこともあり、研究は順調に進んだという。
失敗を重ねたとはいえ、予知と全知の実現という『七大禁考』をものの四年で成功させたのだから、アンバートが自画自賛するのも頷けるわ。
「そして、奇しくもソニアの誕生と同じ年にエメルダは完成した。成長促進の魔術も検討していたんだけど、予知全知に特化した脳はデリケートでね。普通に育てて成長させた方が無難だった。そこで山奥の村で世話役の魔女に赤ん坊を育てさせ、定期的に連絡係の魔女を寄越すことにした。さすがにククルージュには置いておけない」
怪しいとは思っていたけれど、エメルダ嬢を育てたという老婆はアンバートの手の者だったらしい。元々老婆はジェベラの弟子だったはず。きっと王都襲撃にも参加しているでしょう。
……エメルダ嬢の旅立ちの直前に死んだのは、偶然かしら?
利用するだけ利用して、用済みになったから処分したと考えるのは邪推?
聞いてみようか迷ったけれどやめた。私には関係のない、どうでもいいことだわ。
「誤算は、アロニアに連絡係の魔女との密会がバレて、浮気者だと喚かれたことだ。意外なくらいきつく問い質してくるものだから、咄嗟に上手く言い訳ができなかった。連絡係は瞬殺され、僕も胸に穴を開けられたよ」
「……意外ね。お母様は嫉妬したの?」
知ったことかと言わんばかりに、アンバートは鼻を鳴らした。
「さぁね。単純に自分と関係を持った男を、他の女に奪われるのが気にくわなかっただけじゃない? 相当頭に血が上っていた。僕が薔薇の宝珠を持っているか確かめることもせず、さっさと処分したくらいだから」
アンバートは容姿を若返らせず、負った傷が回復しないように宝珠の力をセーブしていた。
けれどアンバートが宝珠の完成品を隠し持っている可能性に、お母様が思い至らないはずがない。レシピ通りに宝珠を造っても上手くいかなかったのだもの。ジェベラからレシピを聞き出したアンバートに疑いを持つのは当然だわ。
それなのに、致命傷を負ったアンバートの腹を暴かなかったのは、相当気が動転していたから?
「どうせ死んだふりをするのなら、隙を見てお母様を殺そうとは思わなかったの?」
「思ったさ。でも、言いたくはないけど、魔術を勉強したての僕よりも、アロニアの方が数倍強かった。隙をついても殺せる保証はない。それはきみも分かっているんじゃないか?」
そうね。おそらくお母様はミストリア最強の魔女だった。私が十四歳のときお母様を殺せたのは、彼女の体が毒に侵され弱っていたからに過ぎない。
「何より、アロニアはミストリアの魔女の象徴。仮に当時の僕に殺せたとしても、下手に注目を集めて、面倒事を引き寄せるだけだ。復讐計画に支障が出る。死んだことにして里を離脱し、力をつけてから殺す方が賢い」
負け惜しみのように聞こえるけれど、流しましょう。
私は話の続きを促す。
「崖下から生還した後、僕は成長したエメルダの力で情報を収集しつつ、魔術の腕を磨いた。全知の力のおかげで、他の七大禁考――空間魔術や呪殺の研究も進んだ。それから各地で欲望まみれの魔女を勧誘した。僕が甘い顔をして薔薇の宝珠をチラつかせたら、どいつもこいつもすぐに釣れたよ。忌々しい。でも、利用できるなら何でも利用する。ミストリア王家への復讐に利用し、最終的にまとめて殺すために、僕は組織を作った」
淡々と恐ろしいことを言うのね。
その頃からアンバートは魔女を心酔させていたそうよ。七大禁考を実現させる知能、魔女を超える魔術の腕、そして、見る者を虜にする圧倒的な美貌。
高慢で自分本位な魔女たちが、美男子にかしずき尽くすという快感に目覚めた。彼こそが魔女の王になるべき者だ、と配下たちがはしゃぎ出してアンバートは内心げんなりしていたらしい。
そうして悪しき魔女のテロ組織が誕生した。
皮肉ね。スレイツィアは魔女の繁栄を願っていたというのに、よりにもよって魔女に破滅をもたらす者を造り出してしまったのだから。
「周りに言われるほど僕は万能でも天才でもない。実際いくつもミスを犯している。一つは造り出したエメルダの能力の不確実さだ。あれは、僕の求める肝心な情報を取りこぼすんだ。一番腹が立ったのは、ヴィルの苦難を察知できなかったこと」
大切なクロスの忘れ形見だ。アンバートはヴィルの動向に気を配っていたでしょう。
国王の手を離れ、母方の親戚に引き取られたことには胸を撫で下ろした。ただ、エメルダ嬢の力で探ってもヴィルの現状を知ることができず、時々魔女を遣いに出して確認させていた。
……ヴィルの引き取り手は相当体裁を取り繕うのが上手かったみたいね。外から見る限り普通の家庭に見えたらしく、安心して放置した。家の中ではひどい差別を受け、虐待されていたのに。
「僕が気づいたときにはもう、ヴィルはレイン王子と出会い、騎士を志すようになっていた。あれほど悔しかったことはない。よりにもよって、クロスを殺した王家の騎士になっているなんて……」
ヴィルはむっとした表情で口を開けたり閉じたりしていた。反論したいけど、できないみたい。
ますます王家への憎悪をたぎらせ、アンバートは復讐計画を実行に移した。
まずは魔女たちに怪事件を起こさせ、国内を混乱させる。最終的には王家と魔女を対立させる下地を作るために。
「血気盛んなレイン王子とヴィルを城からおびき出すという意図もあった。そこにエメルダを合流させ、後から僕自身もシトリンとして加わった。事の中心にいた方が物事を導きやすいし、近くにいればヴィルを守ることもできる」
「俺を守る? 利用する、の間違いだろう。俺に怪事件を起こした魔女を殺させて、復讐の片棒を担がせたのではないか?」
アンバートは苦笑した。
「ああ、そうだね。そう捉えてもらっていい。ヴィルには悪の魔女組織を潰す功績をあげたかったんだ。そして、愚かな民衆の間に流れるクロスの汚名を雪いでほしかった」
クロスが魔女から受けた屈辱を、子のヴィルが晴らす。わざわざヴィルを復讐計画に巻き込んだのはそういう意図があったのね。
「俺は……」
「きみはクロスと同じ魔女殺しの騎士だ。どうあっても魔女を殺す運命なんだよ」
そう言って、アンバートが意味深に私に視線を向けた。ヴィルがすぐさま吼える。
「ヒトの運命を勝手に決めるな。俺は絶対にソニアに剣を向けないし、今はもう騎士ではない。話の続きだ。答えろ。どうしてソニアに罪を着せた」
アンバートは配下の魔女に怪事件を起こさせ、エメルダ嬢の予知によって解決させていった。犯人の魔女はテロ組織内でも末端で、切り捨てても組織上層部の魔女は何とも思わない。自分もアンバートに利用されているのに、哀れなものね。
末端の魔女は「ボスの正体はソニア・カーネリアン」だと教えられていた。だから王子たちに捕まった際、命乞いのために私の名を口にした。
「ソニアに罪を着せた理由? いろいろあるけれど、一つは濡れ衣を着せられたときにソニアやククルージュの魔女がどういう動きをするか知るためさ」
アンバートがククルージュを離れて十年以上が過ぎていた。里の内部のことは分からない。しかもそろそろ殺そうと思っていた矢先、アロニアが病死したという報がミストリア全土に響いた。自分の手で苦しめてから殺すつもりだったアンバートは面白くなかったらしいわ。
それからエメルダ嬢の能力によって内部の様子を探ろうとしたけど、ことごとく失敗。密偵を放っても見つかって始末されてしまう。せめて宝珠の研究が続いているかだけでも確かめたかったものの、上手くいかなかった。
「かろうじて掴めたのは、里をまとめている魔女がソニアだということだけだった。凶悪なアロニアの娘だし、僕の血も引いている。おそらく二十年前の真実も知っているはず。油断はできない。きっととんでもない娘に育っている。だから、ソニアにとって不利な状況で里から炙り出したかった」
「お前……っ」
相当私を警戒してくれていたのね。自らククルージュに足を運んで父親として私を懐柔するつもりもなかったみたい。
もしもお母様を殺害した直後、アンバートが現れたら私はどう思ったかしら。
喜びはしないかも。むしろどうしてもっと早く助けに来てくれなかったのかと、恨んだでしょう。
「いいわ、ヴィル。結局お父様の思惑通りにはならなかったもの。それで? 焦れて婚礼の儀で糾弾することにしたの?」
「レイン王子とエメルダの拙い作戦に乗ることにした。まぁ、反応を見るには良い手だった。ミストリア王が強く庇えば、ソニアが宝珠の研究を続けているかどうかも分かると思ったからね」
なるほど。私だけでなく、国王の反応も見ていたのね。
「ソニアが清廉潔白の身ならば、怒りはしてもとりあえずは国の事情聴取に付き合う。黙秘の契約のせいで真実を話せず、困り果てただろうけど。もしも後ろ暗いことがあるなら、逃げ出すに違いない。ミストリア王と深い繋がりを持っているのなら、突然の糾弾に嵌められたと感じるはずだ」
「その場合、私のことをどうしたの?」
「幹部の魔女を送り、懐柔して組織に引き込むつもりだった。それからどうするかはきみの人となりを見て判断しただろう。害悪なら利用して殺す。善良なら……どうしたんだろうね?」
アンバートは曖昧に笑った。
魔女なら問答無用で殺すと決めているわけではないのかしら。実の娘に対して情があるようには見えないけれど。
でも、何となく分かった。“あにめ”のソニア――お母様は婚礼の場で大暴れして王子に呪いかけて逃げた。その後勧誘をかけて、テロ組織のトップに君臨させたのね。他の魔女を介して接触していたから、お母様はアンバートの生存に気づかず、“らすぼす”として倒された。
「ただ、きみは僕の想像を超える行動に出た」
起こる未来を知っていた私は、レイン王子の糾弾を涼しく受け流し、向けられた疑念を話術で晴らした。そして婚約破棄の代償としてヴィルを要求した。
本当に予想外だったのでしょう。アンバートは吐き捨てるように言った。
「悪夢を見ている気分だった。魔女にヴィルを奪われることは、僕に対する最悪の嫌がらせだ」
自分がスレイツィアやジェベラにされたことを、私がヴィルにするかもしれないと?
失礼しちゃうわ。まぁ、そう考えるのも無理もないけれど。
「おまけにきみは過去視を習得していると発言した。僕の顔を覚えていて、全て見透かされている可能性があった」
「だから確かめに来たのね。私がククルージュに帰る前に」
王都からククルージュへの帰路の途中、アンバートはチャロットとモカとともに私に会いに来た。ヴィルの様子も心配だったのでしょう。密偵の魔女から私たちが同じ部屋で眠ったと聞いた時なんて、気が狂いそうだったそうよ。
「あのときはまだ、僕のことに気づいていなかったようだね」
「ええ。シトリンが怪しいと気づいたのは、少し後よ」
途端にヴィルが恨めしい視線を寄越した。
「いつ気づいた?」
「樹海で薬の素材集めをしているとき」
「あのときか……」
「ごめんなさい。まだヴィルは私に完全に心を許してなかったし、すぐバンハイドに派遣されることになって、言うタイミングがなかったのよ。それに、確信したわけでも証拠を掴んだわけでもなかったもの。不用意にシトリンが怪しいなんて言えないわ」
ヴィルは小さく息を落とした。怒ってはいないわね。目が笑っている。
なんだか、「そういう奴だよ、お前は」と呆れられているようでもあるし、「隠し事をされても構わない」と寛大さを示されているようでもある。
居心地が悪いわ。こそばゆいというか、ちょっと照れちゃう。
視線でいちゃついていると、アンバートが咳払いをした。ものすごく冷ややかな目をしているわ。私たちとの温度差がすごい。
「あの日の夜、王の使者との密会も見ていたよ」
ヴィルに真実を教えたこと、王家の要求を跳ねのけたこと、その二点を鑑みてしばらく様子を見ることにしたらしいわ。ヴィルを黒い企みに利用するなら真実を教える必要はないし、王家との繋がりを必要最低限に留める、あるいは切ろうという意思があるならいい。宝珠を造るつもりがないことも分かった。
それでしばらく放っておいても問題はないと判断したみたい。
「里の中のことは無理だったけれど、町に出たときなんかは配下の魔女に見張らせていた。徐々にヴィルの様子が変わっていったらしいね。それで今は、恋人になっているって?」
私はにっこりと頷き、ヴィルは「何か文句があるのか」と喧嘩腰に答えた。
アンバートはあからさまに眉をひそめた。父親が娘に彼氏ができて不機嫌になるという話はよく聞くけれど、この場合違うわね。可愛いヴィルが疎ましい魔女の恋人になったことが気に入らないのでしょうね。
全く嫌になる。
やっぱり私とアンバートは血の繋がった親子なのね。
大切なモノが同じ。
「ソニア、改めて問おう。何のためにヴィルをククルージュに連れ帰り、そばに置いている? 真実、ヴィルを愛しているのか?」