表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/95

47 魔人の子

 


 初めてシトリンと顔を合わせたとき、違和感を覚えた。

 あのときは原作“あにめ”の絵と実物とのギャップから来るものだと思い込んでいた。けれど、ヴィルと樹海探検に行ったとき、お父様の姿を記憶から掘り出して気づいたの。


 似ている。シトリンとアンバートの顔立ちが。

 親子だとしても不思議ではないくらい。

 光に溶けてしまいそうな金色の髪や、どこか異国情緒のある神秘的な黒い瞳。あと数年成長したら女性を悉く虜にしそう。


 私はお父様――アンバートの生い立ちを詳しく知らなかった。だから最初は「シトリンはアンバートの遠い血縁者なのかしら」と思った。都合の良い逃げの考えだわ。

 シトリンが偶然エメルダ嬢の仲間となっているなんてできすぎているもの。

 彼らの出会いが仕組まれた必然なのだとしたら、正体を隠して怪事件を追うシトリンの目的は何?

 ……分かりきっている。

 彼がミストリアを覆う陰謀を束ねる者なのだ。

 シトリンは事件を追うフリをしながら、決して全容を明らかにされないようにレイン王子たちを誘導していたのではなくて?


 ばば様からアンバートとクロスがかつて黒艶の魔女スレイツィアの元にいたことを聞き、疑いはほぼ確信になった。

 アンバートは生きている。

 本当に迂闊だった。遺体のない死者が出てきたら、生存を疑うのは物語のセオリーなのに。

 お父様の遺体を谷底に捨てたと言ったのはお母様だ。お母様が嘘を吐いたとは思わないけれど、私がこの目で確認したわけではないし、生きていたって不思議ではない。


 もしもお父様が、ジェベラが作製に成功したという唯一の薔薇の宝珠を持っているのなら、致命傷を受けていても簡単には死なない。お母様の目を誤魔化し、死を偽装することだって不可能ではないでしょう。

 そして薔薇の宝珠は本来若返りをもたらすもの。見た目の年齢なんて当てにならない。


 シトリンは愉しげに答えた。


「ふふ、安心して。きみには弟も妹もいない」


「……じゃあ、あなたはやっぱり私のお父様なの?」


「ああ。僕の本当の名前はアンバート。……きみにお父様と呼ばれるとは思わなかったな」


 父と呼ばれるのが嫌なのか、そもそも父親としての自覚がないのか。それとも私に対して多少は罪悪感があるのかしら。

 シトリン――いえ、アンバートはさっと私から視線を逸らした。


 ヴィルは呆然としていた。今まで仲間として接してきたシトリンが、実は全ての陰謀の黒幕だったのだもの。その衝撃は計り知れない。

 顔には出さないけれど、私も気持ちは同じ。勘付いていたとはいえ、実際に真実を目の当たりにすると現実逃避したくなるわ。

 実年齢四十歳近いはずの男が、十二歳の無垢な少年を演じてきたかと思うと少し、いえ、かなり寒気がする。しかもそれが実の父親だなんて……ものすごく嫌な気分だわ。


「そんな顔をしないでくれる? 仕方がないんだ。『常に若く美しい頃の肉体でいられる』薔薇の宝珠だけど、美しさの基準は本人の認識に基づいて決まる。若返る年齢を自由に選べるわけじゃない」


「お父様は十二歳のときが一番美しかったってこと?」


「ああ。まだ魔女に体を穢される前だったからね」


 アンバートは柔らかい笑みを浮かべた。生々しい話にますます背筋が寒くなる。

 私は短く息を吸い、問うた。


「あなたの本当の目的と計画についても話してもらえるのかしら?」


「最初からそのつもりだ。もう隠す必要はない」


 アンバートは私とヴィルをそれぞれ見下ろし、それから宙を仰いだ。


「僕の目的は、魔女とミストリア王家への復讐。僕の何よりも大切な兄……クロスのための復讐さ」


 その言葉にヴィルが息を飲んだ。


「クロスって、俺の父親……?」


 そうだった。結局ヴィルにはクロスとアンバートの繋がりについて話していなかったわ。今更私は知っていたことを話すとややこしくなるわね。心の中でヴィルに謝りつつ、私は何食わぬ顔でアンバートの説明に集中することにした。


「実の兄弟のように育ったけれど、僕とクロスに血縁関係はない。僕たちは黒艶の魔女スレイツィアの野望のために人工的に造られた生命……どこかの王墓から拾ってきた細胞から復元したらしい。もしかしたら、高貴な血の持ち主かもね」


 クローン人間、という言葉が私の脳裏に浮かぶ。前世の“えすえふ”ジャンルではおなじみの言葉だけど、この世界には存在しない言葉。

 自らのルーツに繋がる話に、私とヴィルは自然に目を合わせた。


「スレイツィアの野望は、魔女による世界征服。創脳なし、核なしの下等な人間よりも、魔術を自在に使いこなす魔女の方が優れているのは明白。魔女こそが世界を制し、導いていくべきだとスレイツィアは信じていた。選民思考の塊だったわけだ」


 しかし核と創脳を併せ持つ人間――魔女はめったに生まれない。その上、師弟間の繋がりはあれど、魔女は基本的に結託することがない。

 個人で人間の集団に挑んだところで敵うはずがなく、一つの国すら支配下に置けない。

 数で圧倒的に劣る魔女が人間の上に立つのは、現実的に不可能だった。


「そこでスレイツィアは考えた。魔女を増やし、魔女同士を結束させる方法を。そして辿り着いた答えが人造生命さ。かの魔女はあっさりと『七大禁考』に手を出した」


 魔女を人工的に生み出すことができれば個体数は増える。

 研究次第では、規格外の魔力量と優れた創脳を持つ『最強の魔女』を生み出すことだってできるはず。強い者を仰ぎ従うのは自然の摂理。ヒエラルキーが形成され、魔女の志向は頂点に集約されていくだろう。

 しかしスレイツィアは途中で気付いた。例えどれほど優れていたとしても、人工的な魔女を普通の魔女が受け入れるはずがない。むしろプライドの高い魔女たちは、人造生命に劣るという事実を決して認めないだろう。


「ならばまず、貴い血統を造ろう。最強の魔女が人工的にではなく自然に生まれ、脈々と力を受け継いでいくように。そのために必要なものは男だ。核と創脳を併せ持つ男女が子を為せば、生まれてくる子は『純血の魔女(サラブレッド)』。造り物とは呼ばれず、何もかもを凌駕する魔術の才を持っているに違いない。……遺伝に絶対はないと知っていたはずなのに、スレイツィアはそんな妄想に憑りつかれていたんだ」


 じわりと背中に汗が滲んだ。私の予想を遥かに超えた壮大な話。知らないうちに私はその中心にいたみたい。


「そしてスレイツィアは核と創脳を併せ持つ男を造り出す研究を始めた。魔女の男版で魔男、では格好がつかないから、『魔人』と呼称された。スレイツィアによる魔人創造計画……その最初で最後の成功例が僕だ」


 つまり、アンバートは魔女と同じく魔術を自在に操ることができるということね。それも悪しき魔女たちを瞬殺できるほどの力を持っているらしい。

 普段の私ならこのような荒唐無稽な話、簡単には信じない。でもこうして対面しただけで彼の力の異質さがひしひしと伝わってくる。見た目は十二歳の子どもなのに、老獪な化け物に出会ったかのような気分になる。


「……クロスは研究の過程で生み出された失敗作だった。でも強力な核を持っていたために処分されず、いずれ僕に付き従う存在とすべく、ともに育てられることになった。血の繋がりはなくとも、僕らは同じ魔女に造られた兄弟だった」


 スレイツィアとその弟子たちは、二人を貴重な実験材料として扱った。

 具体的なことを話したくないのか、アンバートは暗い声で「人権も尊厳もなく玩具にされた」とだけ述べた。


「僕とクロスはお互いだけを支えにして生きてきた。クロスはいつも自分を犠牲にして僕を守ってくれたよ。とても優しい人だった。……ヴィルは、雰囲気や心根がクロスによく似ている」


 アンバートの瞳に宿るヴィルへの親愛の光は、本物に思えた。正真正銘の血縁者である私に向ける瞳よりもよほど優しいわね。別にいいけど。


「世界初、それも人工的な魔人であった僕は魔力の制御が上手くできず、とても不安定な存在だった。成長促進の魔術なんかも考えていたみたいだけど、手を付けられなかったみたいだ。結局スレイツィアは僕の成長を待つ前に呆気なく死んだ。寿命でね。

 ……スレイツィアが死んだ日、混乱に乗じて僕とクロスは魔女たちからなりふり構わず逃げた。弟子たちが『師匠の研究成果(僕ら)』を巡って争っているのを知っていたからだ」


 スレイツィアは魔人の容姿にもこだわったらしい。見る者全てを魅了する美貌であれば、美男子に弱い傾向にある魔女たちも邪険にはできないと考えた。

 しかしそれが悲劇を呼ぶ。


「僕とクロスはまだ十代前半の子どもだった。魔女から逃げ切れるはずもなく、気づいたときには僕は一人きりだった。僕はジェベラに捕まった。クロスは魔獣に食われたと、後でジェベラに聞いた……形見として遺髪を渡された」


 そのときの絶望を思い出したのか、アンバートは長く息を吐いた。

 ……アンバートはジェベラに騙されていたのね。自らの死を偽装したのも、元は自分が騙されたからかしら。


「スレイツィアの元にいたときから、ジェベラは僕にとって母親のような存在だった。四十歳以上年齢が離れていたから、実際には祖母でもおかしくないんだけどね。僕を捕えた後も、ジェベラはとても親身に世話を焼いてくれたよ。いつまでもクロスの死を嘆き悲しむ僕を励ましてくれた。僕を他の魔女から隠し、守っているんだと言っていたよ。実際、僕の正体を知るスレイツィアの弟子たちを、ジェベラは容赦なく殺していった」


 心の支えだったクロスを失くしたアンバートは、ジェベラの元で鬱屈した日々を送ったらしい。逃げ出す気力はなかった。

 献身的に尽くしてくるジェベラは無害に見えた。


「だけど成長するにつれ、ジェベラの僕を見る目が変わっていった。我が子を見る目から、男を見る目に。……まさか、求婚されるとは思わなかったな」


 げんなりとした様子で玉座にもたれ、アンバートは乾いた笑い声を上げた。

 笑う要素なんてどこにもなく、私もヴィルも苦々しい表情のままだった。


「優しいふりをしていても所詮はおぞましい魔女だね。ジェベラは僕が自分のモノにならないのなら、殺すことも辞さないようだった。どうやら逃げられそうにない。僕は話術ではぐらかすしかなかった。例え結婚してもそう長くは一緒にいられない。子どもだって産めないはずだ。それなのに結婚する意味があるの、と。しばらくしてジェベラは薔薇の宝珠を作り出した。若返って僕の妻になるために。全く、すごい執念だよねぇ」


 それから起こったことは二人もすでに知っているだろう、というアンバートの言葉に私は頷く。


「薔薇の宝珠の存在が国王の耳に入り、ミストリア国内で魔女狩りが起こる。そしてあなたはお母様――アロニア・カーネリアンに協力して、ジェベラを唆して王都を襲撃させた。そうしてクーデターに加担したのよね。そしてその過程で、一人の騎士が無惨な死を遂げた」


 クロスは生きていた。それだけじゃない。ミストリア王家に仕え、魔女狩りの実行部隊を指揮する最強の騎士となっていた。おそらくは幼少の頃に魔女に受けた仕打ちに対する復讐の意味もあった。もしかしたら、国家権力を振りかざしてアンバートの行方を捜していたのかもしれない。


 クロスはその圧倒的な強さゆえに、クーデターの障害として早々に排除された。当時の王太子・シュネロの裏切りによって。


「本当に、知らなかったのか?」


 ヴィルの絞り出すような問いに、アンバートが頭を振り乱した。


「当たり前じゃないか! もし知っていたのなら、僕は、僕は……っ!」


 ここに来て初めてアンバートが感情を爆発させた。それほど彼にとってクロスは特別な人だったのでしょう。


 頭を抱えながら、アンバートはぽつりぽつりと話した。

 ジェベラはアンバートにクロスの亡骸を見せたらしい。全身の血を抜かれ、腸を引きずり出され、城門に逆さに吊され、三日三晩晒された姿を。

 それが数年ぶりの再会だった。


『こいつは魔女の敵。だけどあなたはワタシたちの味方でしょう?』


 ジェベラはアンバートが自分を愛していると信じていたらしい。

 ……馬鹿な魔女。だから、お母様なんかに殺されるのよ。


「クロスの変わり果てた姿を見て、僕の中で何かが壊れた。世界の全てが真っ黒に見えたんだ。許さない。薄汚い魔女もミストリア王家も、無知な僕自身も。理不尽な世界の全てに復讐をすると心に決めた。どんな手を使っても」


 この世の全てへの復讐を誓ったものの、今すぐには無理だと分かっていた。だけどアンバートに焦りはなかったみたい。

 そのときになって初めて、アンバートは身の内に宿る魔力と創脳の閃きに目覚めた。

 魔人が真に覚醒した瞬間だったという。

 慎重に、狡猾に動くと決めた。


 ジェベラの殺害は、アロニアとシュネロの計画通りに執り行われた。

 アンバートはジェベラから言葉巧みに完成した薔薇の宝珠を預かり、レシピを聞き出し、アロニアに殺させた。遺体は国によって辱められ、切り刻まれて捨てられたらしい。

 ジェベラは王殺しの大罪人として、後世まで語り継がれることとなった。


「ふふ、死に際のジェベラに、アロニアとの親密な仲を見せつけてやったよ。僕はお前なんて微塵も愛していない、若い女の方がいいに決まっているってね。今思うと幼稚だったけど、効果はてきめんだった……少しだけ溜飲が下がった」


「本当、趣味が悪いわね。お母様のこと、愛していたわけではないんでしょう?」


「当たり前だろう。アロニアとシュネロの計画がクロスの死の原因になったんだから。だけど、アロニアは利用価値のある女だった」


 お互い様だったけれど、とアンバートは鼻で笑った。


「僕は自分が魔人であることや宝珠の完成品を隠し、ククルージュで魔術について本格的に学んだ。魔女と王家への復讐のためには必要なことだった。一方アロニアは僕との間に子どもを欲しがった。黙秘の契約を肩代わりにさせ、ゆくゆくは宝珠の人体実験に使うために。

 ……僕も少し興味があった。『純血の魔女』がどの程度の力を持つのか、スレイツィアの妄想を実現したらどうなるのか。盟約により、その子はいずれ王家に嫁ぐことになっていたしね。復讐に使えるかもしれない。だから子作りに協力してやった」


 アンバートの挑むような視線を受け、私は無意識に心臓を押さえた。

 分かっていたわ。両親の間に愛がなかったことくらい。

 自分が生まれた理由だって知っていた。利用されるだけ。親の愛情を期待したことなんて一度もない。

 なのに、実の父親に改めてはっきりと告げられると、胸の奥に鉛が詰まったかのような、どうにもならない息苦しさを覚えた。


 でも、どうしましょう。怒るべきか、悲しむべきか分からない。

 今も私は口元に小さな笑みを浮かべている。自分のことをどこか他人事のように感じ、身のうちにあるはずの激情を誤魔化している。


「ふざけるな」


 低い声が響いた。ヴィルが私を庇うように前に出る。

 彼の背中は震えていた。顔を見なくても分かるわ。ヴィルは私のために怒り、私のために悲しんでいる。

 気づけば、ほっと息を吐いていた。救われるってこういうことね。ヴィルの存在が私の呼吸を楽にしてくれた。


 ヴィルに対し、アンバートは肩をすくめた。


「そう怒らないでほしいな。僕はきみたちに嘘偽りのない真実を告げたいと思っている。それとももう聞きたくない? 怖くなっちゃったのかな?」


 私はこっそり深呼吸をしてヴィルの隣に並んだ。優美な微笑みのまま、玉座を見据える。


「いいえ。私が生まれてから今日までのことを聞かせて、お父様」


 思い通りの涼しい声が出た。

 大丈夫。恐れるものなんて何もない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ