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38 二人の距離、ゼロ

 

 始まる前は憂鬱だったけれど、思いのほか有意義なパーティーだったわ。

 兄様がルジアーロ王国の王子様と顔繋ぎをしてくれたし、王都の新情報も手に入った。


 何より、ヴィルに癒された。

 彼が熱っぽい瞳で私を見る。他の男たちから守ろうと必死になる。それがたまらなく嬉しい。

 本物の恋人のようにダンスをしていたら、本物の恋人になってしまったしね。ぎこちないながらもしっかりと腕で支えられ、体を預けてステップを踏むのは心地よかった。まるでお姫様になった気分……と一瞬考えてらしくないなと自分で笑ってしまった。


 それにしても、ヴィルはもう少し粘るかと思ったのだけど、案外あっさり落ちたわね。

 パーティーの空気に当てられたのかしら?

 それとも私を妻に望む男たちを見て焦ったとか?


 あのパーティーに集まった男なんて端から相手にならないのにね。そもそも王太子と婚約破棄をした女を娶ろうなんてまともな思考ではないもの。実際、話しかけてきた男たちは注目を集めたいか、兄様とのコネクションを築きたいかのどちらか。思惑が見え透いていた。


 紳士に見えたエクリーフ様だって、いざというとき無償で私の味方をしてくれるわけではないでしょう。兄様との間で何か取引があったのかもしれない。王族も貴族も抜け目がないから。


 やっぱりヴィルが一番だわ。

 私に一生尽くすと誓ってくれた。その言葉が偽りのないものだということは、これまで見てきた彼の人柄で判断できる。

 ヴィルのことは信じられる。私のことを一番に考えてくれる味方だと思える。

 万が一彼にこっぴどく裏切られたとしても許せるでしょう。むしろ疑い深い私を騙せるなら賞賛を贈るし、惚れ直すかもしれない。……私もどうかしているわね。



 パーティーの翌日、二人で演劇を観に行った。

 服は清楚な水色のワンピースを選んだ。化粧も控えめにする。昨日の私と雰囲気を変えたかった。

 私は最初からデートをするつもりだったので、二人で選んだ髪飾りを持ってきていた。こういうときにしか付けられないもの。ヴィルは気づいて目を細めたけれど、私と目が合うと慌てて逸らしてしまった。照れているみたい。


 巨大の天幕の中は薄暗く、気を抜いたらはぐれてしまいそうだった。顔が見えにくくなったことで緊張が解けたのか、ヴィルがさりげなく私の手を取って誘導してくれた。頼もしい。

 兄様が用意してくれたのは富裕層向けの席ではなく、平民向けの席だった。背もたれもないベンチの椅子は窮屈だけど、舞台がよく観える良い位置だし、堅苦しくない。普通の恋人として過ごすのならこの方がいい。兄様、分かってる。


 音楽に合わせて役者が歌って踊る。

 物語は単純。盗賊に攫われた姫を通りがかった剣士が救い、恋に落ちるというもの。戦闘シーンが迫力満点だし、ところどころ演出に魔術が使われていて見応えがあった。

 剣士が姫に愛を囁く場面では、観客からうっとりとしたため息が漏れた。私は周囲の恋人たちを見習って、ヴィルにもたれかかる。

 しばらくして、ヴィルが恐る恐るといった感じで私の肩を抱き寄せてくれた。温かくてほっとする。そのまま終幕までくっついて過ごした。


「とても楽しかったわね」


「途中から舞台の内容が頭に入ってこなかった……」


 それぞれの感想を抱いて初デートは終わった。






 バンハイドへの出張代と魔障病の薬の素材を売ったおかげで、懐がだいぶ潤った。しばらくは薬師として働かなくても過ごせそう。

 でも遊んでばかりはいられない。ゼオリに人望はなさそうだけど、魔女の犯罪組織から報復があるかもしれない。あらゆる可能性を想定して魔術で調合した薬を用意し、戦闘用の魔術を見直す。


 王城の動向も気になる。エメルダ嬢は何を予知したのかしら?

 私たちに関係ないといいんだけど、楽観視はできない。これは国王の使者・ネフラに聞いてみることにした。手紙を書く口実はある。


「何を読んでいるんだ?」


「ネフラの論文」


 居間の机にどっさりと紙の束を置き、最初はソファに寝そべりながら嫌々論文を読んでいった。論文の感想を求められているから、最低限目を通さないといけない。面倒くさい。

 でも次第に中身に惹かれ、いつの間にか姿勢を正し、書庫から関連資料を持ち出して読むようになった。


「そんなに面白いのか?」


「ええ、すごいわ。彼、天才かも」


 私はヴィルの淹れてくれたお茶で休憩しながら、論文について簡単に説明した。

 ネフラの論文の中身は大規模な魔術に関する提案だった。魔力の川の流れが豊かな場所に特殊な魔術円を設置することで周囲の環境を整備したり、魔獣が寄り付かない聖域を創ったり、空間魔術の座標を制御したり、様々なことができるようになる、という内容だ。

 空間魔術は魔女の七大禁考に含まれるのだけど、ネフラの理論では従来の失敗例を踏まえた改善策も提示されている。魔女ではとても思いつかない画期的な方法で、試してみる価値はあるように思えた。


「へぇ……お前が認めるなら本当にすごいんだな。あの術士」


 ヴィルの声が若干低くなった。私は気づかないふりをして会話を続ける。


「でもこの研究を実用化させるのは難しいと思うわ。ただの術士では術を構築する魔力が全然足りないでしょうし、国家の全面的な協力が必要だもの。今のままでは検証すらできない。だからネフラは国王の使者を買って出て、目をかけてもらおうとしているのね」


 私に論文を見せたのも魔女たちの協力を仰ぐためかしら?

 身辺がごたついてなかったら手を貸してもいいんだけど……今は少し難しそうだわ。でも魔術円の改善に関するアドバイスなら多少できる。

 私が紙にいろいろと術式を書き出していると、じとっとした視線を感じた。向かいのソファでヴィルが面白くなさそうな顔をしていた。


「ヴィル、今日の家事は全部終わった?」


「ああ……特にやることはない」


 拗ねた態度に私はきゅんとした。

 そうね。従者の仕事が終わって体が空いているのに、一緒に住んでいる恋人が構ってくれなかったら退屈よね。しかも他の男の作成した論文に夢中だなんて……嫉妬してくれたのかしら?

 私はヴィルを大切にすると決めている。釣った魚に餌をあげない人間にはなりたくない。少しだけ反省する。


「明日晴れたらユニカと遠乗りに行きましょうか。ヴィルの好きなお弁当を作ってあげるから、買い出しに行ってきてくれる?」


「あ、ああ。分かった」


 気持ちがちょっと上向きになったらしく、ヴィルはすぐに出かけて行った。私とのデートに浮かれたのか、お弁当に惹かれたのかは微妙だわ。


「おかえりなさい」


 ダメ押しで帰りに出迎えて抱きつくと、ヴィルは小さな声で「ただいま」と呟いた。ぎゅっと抱き返してくれたから、機嫌は完全に治ったみたいね。

 単純。でもそこがあなたの魅力よ、ヴィル。






 次の日は雲一つない晴天だった。ユニカを走らせ、草原にやってきた。

 最近はバタバタしていてユニカのことも構ってあげられなかった。思う存分走らせて、ブラッシングをする。ご主人様大好き、と言わんばかりに尻尾を振ってくれるのでやりがいがあるわ。

 ユニカは伸び伸びと草原で食事を始めた。私とヴィルも丘の木陰でお弁当を食べることにした。


 前に素材集めをした時もそうだったけれど、食べ終われば眠くなる。私はヴィルの太ももを枕にして目を閉じた。ヴィルは優しく頭を撫でてくれた。少しぎこちないけど、気持ち良かった。

 思い返してみれば、誰かと一緒にいてこんなにも安らかな気持ちになるのは初めてかもしれない。完全に油断しているわね。


「ソニアは、俺といて退屈じゃないか?」


 そんな声が降ってきた。目を開けるとヴィルが何とも言えない情けない顔をしていた。


「俺は……つまらない男だ。今までずっと体を鍛えたり、剣を振ったり、そういうことしかしてこなかった。お前を楽しませるような面白い話はできない。そんな男で良かったのか?」


 私は起き上がって、不安そうなヴィルの頬を突いた。


「ヴィルにウィットに富んだ軽快なトークなんて期待してないわ。ヴィルは私の癒しよ。一緒にいるだけでものすごく安心するの」


「それは喜んでいいのか? 男として」


「喜んでほしいわ。こんな無防備な姿、ヴィルにしか見せない。もっと自信を持って。私はヴィルと一緒にいる今が一番幸せよ」


 私が首に抱きついて甘えると、ヴィルは深呼吸してから腕を回してきた。


「いいんだな? 俺は多分、これからお前に強く執着するぞ。その……嫉妬深くて重いかもしれない。従者としては失格だ」


 ヴィルは今まで他人からきちんと想いを返されたことがない。報われたことがないのでしょう。だからこそ手に入れたら離さない。

 

「私たち、元々普通じゃないもの。一般的な主従や恋人と違ってもいいでしょう? それに、軽い男より全然いいわ」


 私が微笑むとヴィルも安心したように頬を緩めた。

 至近距離で見つめ合っていたら不思議な力が働いて、いつの間にか唇を重ねていた。どちらからだったのか分からない。お互いびっくりしていたもの。


「……こんな感じなのね」


 呆然と唇を指でなぞると、ヴィルが首を傾げていた。


「初めてだったのか?」


「当たり前でしょう? 私、少し前までこの国の王子の婚約者だったのよ。手を出してくる男はいなかったわ。……本当ならあの婚礼の日に初夜と一緒に済ませるはず――」


「あー! 言わなくていい! 聞きたくない!」


 照れ隠しなのか癇癪を起こしたのか知らないけれど、ヴィルがありったけの力で抱きしめた。馬鹿力。苦しいわ。でも嫌じゃない。






 それから数日も経たないうちにもっと深く肌を重ねた。

 最初は少し怖い思いもしたけど、すぐにどうでも良くなった。珍しく、というか、初めてヴィルが愛の言葉を囁いてくれたから。

 何よりぽつりと漏らした「生きてて良かった」「生まれてきて良かった」という言葉が嬉しかった。

 いつかの夜に「生まれてこなければ良かった」と震えていたのが嘘みたいね。

 

 私も同意するわ。

 運命をねじ曲げて良かった。この幸せを誰かに譲らなくて良かった。 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 同情は愛に変わりやすいですよね。『情を同じくする』と読めば、悪い意味ばかりではないと思っています。二人はお互いを幸せにしようと思っているのが良いですね。ソニアの最初の頃の『デロデロに甘やかし…
[良い点] とっ……尊い。二人とも結婚はよ。 [気になる点] いっそこのまま物語が終わってしまえば良いと思える程に二人が幸せなのに、本当の波乱はおそらくこれから起きるであろう事。 [一言] 今日見つけ…
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