26 王子の嘲り
今回はレイン王子視点です。
あの日から何度も考えてしまう。
僕はどこで間違えたのだろう。
魔女ソニアとの婚礼をぶち壊し、体に刻み込まれた契約を破棄してから、もうすぐ二か月になる。
その間ずっと城から出ていない。
少し前まで身分を隠して自由に旅をしていたせいか、今の生活は窮屈で仕方がなかった。城の人間の僕に対する態度が変わったせいもあるだろう。前は少し羽目を外しても「やれやれ」とため息を吐かれる程度だったのに、今は「見損なった」と言わんばかりの非難の目を向けられる。
仕方がない。僕はやってはならないことをした。
国を挙げての盟約を破り、臣下の期待を裏切り、他国の賓客の前で失態を晒した。
僕を慕ってくれる人はだいぶ減ってしまったけれど、未だに王子として扱われるだけマシだろう。
ただ、皮肉なことに婚約破棄の一件で僕を見直したという人もいる。
「新しい婚約者探しをするそうですね。良いことです。国のため、民のため、何より王となるあなたの支えとなる女性を見つけなさい」
「……そのつもりです、母上」
ベッドに横たわったまま、この国の王妃は儚げな微笑みを浮かべた。ミストリア一の美女と称えられていた頃の面影は薄れ、痩せこけて光沢を失った頬が痛々しい。
僕の母は体が弱く、もう何年も公の場に姿を見せていない。婚姻の儀ですら欠席していた。
伏せっている原因は精神的なものだ。
母は大の魔女嫌いなのだ。
一人息子の僕が魔女と結婚する運命にあることを嘆き、夫との仲も険悪になり、心が参ってしまったらしい。
……母は救国の魔女アロニアを憎んでいるのだ。
二十年前の王都襲撃の際、アロニアは父にあっさりと玉座を返し、田舎に引き上げていった。
当時、民の間ではまことしやかに「父とアロニアが恋仲だったのではないか」と囁かれていたらしい。
二人が結ばれなかったのは、すでに父が母と結婚していたから。健気なアロニアは身を引き、側室の座さえも固辞した。しかしせめていずれ生まれ来る子ども同士を結婚させたいと、盟約を交わして別れたのだという。
……いかにも大衆が好みそうな悲恋のロマンスだ。
もちろん根も葉もないただの創作だが、恋の障害として揶揄された母は面白くなかったはずだ。
それだけではない。
やがて子ども同士が結婚するという盟約は、母の許可なく父が勝手に結んだらしい。母は隣国の王族の流れを汲む、由緒正しい家の出だ。自分が腹を痛めて生む子どもが、片田舎の魔女の娘と結婚すると決められ、腸が煮えくり返る思いだったのだろう。
母はアロニアに嫉妬しているのかもしれない。ミストリアで一番に称えられる女性が、王妃の自分ではなく救国の魔女アロニアだから。
それでへそを曲げて心身ともに病むなんて、と呆れてしまうけれど……。
当時の雰囲気は当事者にしか分からない。下らない噂だと切り捨てられない何かが、本当に父とアロニアの間にあったのかもしれない。
それは僕が最も危惧することでもある。
もし本当に父とアロニアがただならぬ関係にあったとしたら。
二十年前のジェベラによる王都襲撃に、もしかしたら父も共謀していたのではないか。
ここ最近、恐ろしい想像を繰り返ししてしまう。あり得ないと思いつつも、不信感が消えない。
父が僕に何も言ってこないから余計に疑惑は深まる。
幼い頃からずっとそうだ。可愛がったり、厳しく躾けたり、邪険に扱うこともない。
僕に対する感情は無だ。父と世間話をした記憶は一度もない。放任主義にもほどがあると思う。
「本当に良かった。あなたがあの卑しい魔女の娘と結ばれることがなくて。あなたは陛下や愚かな民草とは違い、しっかり人を見る目を培っているのですね。小さい頃はあまりそばにいてあげられなかったけれど、立派に成長してくれて……」
目頭を押さえる母に、僕はこっそりと顔をしかめた。
最近、母は体の調子が良いらしい。僕がソニア嬢と結婚しなかったことを心の底から喜んでいるようだ。
僕の心中は複雑だった。別に、母を喜ばせるためにソニア嬢との婚約を破棄したわけではない。
もちろん全く影響がないとは言えない。
幼い頃から母は顔を合わせる度に「魔女と結婚してはならない」と囁いてきた。アロニアを讃える人々の中で育っても、実の母の言葉は大きく、幼い意識に刷り込まれていった。
父に命令されないのを良いことに、僕は婚約者に会いに行くことはもちろん王都に招くこともしなかった。手紙のやりとりもおざなりで済ませていた。
自然と僕は魔女というものに懐疑的になり、亡き祖父の書庫を探るようになった。魔女狩りの正当性を証明すれば、ソニア嬢との婚約を破棄できると思ったから。
そうすれば母が元気になると無意識に考えていたのかもしれない。
馬鹿げている。
あの頃から既に僕は間違えていたらしい。母の望み通りになった今、喜ぶどころか苛立ちを覚えている。
「私はあなたを信じることにいたします。離れに囲っているという厭い子の娘も……利用しただけなのでしょう?」
その言葉に僕の心臓が嫌な音を立てた。
私室に閉じこもり、城内で希薄な存在となってもやはり一国の王妃だ。情報網は生きているらしい。
「聞けば、予知能力者というのは短命なのですってね。それに身寄りのない娘なのでしょう? とても都合がいい」
「やめてください、母上。僕はエメルダのことを――」
「ああ、責めているのではありません。国を守るためには時に犠牲が必要なのです。賢いあなたならば分かっているでしょうが……彼女を日陰で一時可愛がる分には見逃しましょう。未来も自由もない哀れな娘には、私も多少の同情を覚えます。ただし、決して日の当たる場所に連れ出してはなりません。正統の王太子妃を苦しめるようなことは、あってはならないのです」
私はもちろん誰一人としてそんなことは許しません、と迫る母の言葉を、僕は曖昧な言葉で躱した。
公務があると見舞いを切り上げ、母の部屋から辞去する。
執務室に戻ると、積み上げられた書類を蹴り崩したい衝動に駆られた。
奥歯を噛みしめてぐっと耐える。従者たち、と言っても父が配置した気心の知れていない者たちの手前、見苦しい真似はできない。
代わりに小さなため息を吐く。
セドニールがいれば、もう少し気の利いた人選をしてくれただろう。
幼い頃から僕を可愛がってくれた王の腹心は、病で職を辞したらしい。急なことだった。見舞いに行きたくとも今は謹慎中の身で、自由に城を出入りできない。
心を無にして、公務に取り掛かることにした。
公務と言っても、国内の経済に関する問題点や改善点についてのレポートを作成するだけだ。まるで学生のような仕事だが、有意義な提案なら議会で取り上げられる。僕の能力を試す場であり、名誉を挽回する機会となるので真剣に取り組まなければならない。そもそも手を抜ける立場にない。
資料を読み込みつつ、論点をまとめていく。
ここ数年、西部のアズライト領の発展は目覚ましい。人も物も集まり、金も潤っている。
大きな災害が発生していないこともあるが、一番の要因はやはりアスピネル家の世代交代だろう。新しく領主になったサニーグ殿の辣腕ぶりには目を見張るものがある。
「……………」
アズライトと言えば、魔女の里ククルージュがある土地。すなわちソニア・カーネリアンの故郷である。
サニーグ殿はソニア嬢の後見人だ。そういえば彼とは城での式典で何度か顔を合わせ、ソニア嬢の人となりを聞く機会があった。
『王太子殿下と並び立っても、全く見劣りせぬ美貌でございます。また、品格や知性も同様に優れております。どこに出しても恥ずかしくない、私の自慢の妹です』
貴族の賛辞は話半分に聞くに限る。
僕はそう断じ、相変わらずソニア嬢のことを軽んじていた。
……あのサニーグ殿が太鼓判を押す少女だということを、もっと気にかけておけばこのようなことにはならなかっただろう。
今でも鮮烈に脳裏に焼き付いている。
純白のベールから露わになった、燃えるような紅い髪。
生まれて初めて見た婚約者の魔女は、僕が今まで出会ったどの女性よりも美しかった。
何より、極限まで研ぎ鍛えられた刃のように鋭かった。
あの婚礼の日からずっと考えている。
もしもソニア嬢と結婚していたら、今頃僕は王子として道を誤らず進めただろうか。
王妃として考えるなら、きっと彼女以上の女性はいなかった。
「王子……レイン王子、そろそろ休憩なさってはいかがです? 根を詰め過ぎるのはかえって効率が悪くなりますわ」
気づけば、メイドのモカが傍らで心配そうな顔をしていた。いつものクールな彼女にしては珍しい表情だ。僕は一つの資料と長時間にらめっこし続けていたらしい。意識が全く別の方向に飛んでいたことに自嘲しつつ、休憩を取ることにした。
隣の部屋に移り、モカの淹れてくれた紅茶に口をつける。菓子やスコーンも並べられていたが、手を伸ばす気にはなれなかった。食欲が沸かない。
「すまない、下げてくれないか」
察したモカが目を伏せる。
「こういうとき、ヴィルさんなら……」
「そうだね。ヴィルがいれば代わりに食べてくれたのに」
最初の内は任務中だからと頑なに固辞していたけれど、僕が強く勧めると断らなくなった。他の者に見つからないように急いでドーナツやマフィンを頬張る様は、僕から見ても和む光景だった。
侍女の中にはヴィルのことを怖がる者もいたが、もしあの姿を目撃していればがらりと態度を変え、せっせと餌付けを始めるだろう。それくらい愛嬌があった。
……今頃ヴィルは、ソニア嬢にいじめられているのだろうか。それとも可愛がられているのかな。
ヴィルは王都を発つ前、「必ずソニア嬢が悪の魔女だという証拠を見つける」と息巻いていた。
多少単純で融通が利かない面もあるけれど、ヴィルは努力家だし、いざというとき頼りになる。しかし今回に限っては、僕はヴィルを全く当てにしていない。
だって相手が悪すぎる。
ソニア嬢がヴィルに尻尾を掴ませるはずがない。
いや、そもそも彼女が本当に悪の魔女かどうか分からない。
怜悧、優雅、泰然。
僕が彼女に対峙して抱いた印象は、稚拙な怪事件の手口とは正反対だ。
ソニア嬢が何か途方もないことを隠しているのは確実だ。しかし彼女自身は全くの無実なのではないか。
最近はそう思い始めているのだが、口に出すことはできない。
それはエメルダの予知を否定することになるから。
公務に区切りをつけ、日が傾いた頃、僕はエメルダのいる離れへ向かった。
中庭の真ん中にあるその建物は、三代前の花好きの王女のワガママで建てられたという。造りは洒落ているし、内装はエメルダのために整えてある。城の一室に軟禁場所を設けるよりは閉塞感は少ないはずだ。
「面会は手短に。会話は記録させていただきます」
「分かってる」
だが、部屋の入口に見張りの兵が立っていては、快適とは言い難い。
エメルダは予知能力者ゆえにこうして囚われているが、予知能力がなければもっと悲惨な扱いを受けていただろう。城勤めの術士たちが極力ストレスを与えないように進言してくれた。
しかし最近、エメルダは予知ができず、全て狂言だったのではと疑われ、恫喝まがいの尋問を受けているらしい。僕にできることは彼女を励ますことくらいだ。情けないことに止められる力がない。
それに、僕自身も気になっている。
どうして急に予知が降りてこなくなってしまったのか。彼女は「できない」の一点張りで、説明してくれない。これでは庇おうにも上手くいかなかった。
簡素な部屋の中、エメルダはベッドに腰かけ、何をするわけでもなくぼうっとしていた。普段は明るい彼女もやはりいろいろと思い悩んでいるようだ。
「レイン様!」
僕を見てぱっと表情を明るくする少女に、心が軋んだ。
「遅くなってすまない。寂しくなかった?」
「大丈夫です。レイン様のお顔を見たら、すっごく元気になりました」
相変わらず純朴で可憐だ。怪事件を追う旅の途中、彼女の笑顔にどれだけ癒されただろう。
一緒にいるだけで心が穏やかな気分になり、勇気づけられたものだ。僕をこんな豊かな気持ちにさせてくれる女性はエメルダの他にいない。
でも今は……正直彼女に会うのが辛い。
母の言う通りだ。僕はエメルダを利用していた。一緒にいるとその罪を思い知らされる。これは僕に課せられた罰だろうか。
僕が隣に座ると、エメルダは首を傾げた。ミントグリーンの髪がふわりと揺れる。
「レイン様は、少しお疲れですか? 私のせいで苦しい立場にいるから……」
しゅんと萎れた花のようにうな垂れる姿に、ますます罪悪感が増す。
「きみは何も悪くないよ。全て僕のいたらなさが原因だ」
僕はエメルダに報いなければならない。
彼女を山奥の村から連れ出し、危険な旅に同行させ、散々無理を強いた。予知能力を酷使すれば寿命がどんどんすり減っていくことを知っていながら、今もそれを隠している。
恐ろしい魔女の陰謀から国を守るためだ。知らない方がエメルダだって幸せなはずだ。
そう心の中で言い訳をして。
もちろんエメルダを愛しく想う気持ちは嘘ではない。
彼女の可憐な微笑みを見て、純粋な心に触れ、惹かれないはずない。
エメルダを妻にする男は世界で一番幸福だろう。
だけど僕は、ただの男ではない。
いずれは数百万の民の上の生活を守る王となる。
最近身に染みて思うのだ。母の言うとおり、多くの人を守るためには時に犠牲が必要だ。犠牲を強いる立場にいる以上、僕は率先して自らの心を犠牲にしなければならない。
すなわち、エメルダを愛しく思う気持ちを抑え込んででも、王子として賢い選択をするということだ。
「僕は平気だ。ただ、エメルダにこんな暮らしをさせていることが悔しくて、申し訳ない……」
「そんなそんなっ、いいんです。わたし、どんな形でもいい。レイン様のおそばにいられれば幸せですから」
その言葉に一瞬だけ心が舞い上がる。しかしすぐに体が重くなった。
ずっと僕のそばにいたい。
それがエメルダの願いだとしたら、僕は――。
それからエメルダは今日の出来事を語った。
「午前中にはチャロットくんとシトリンが来てくれたんです。今流行中の本や、いい香りのするお花をくれました」
「そう……良かったね」
チャロットには随分と迷惑をかけている。
婚約破棄の儀式に使われた供物の用意や、方々への根回し、さらに国内の情報収集。おまけに行くあてのないシトリンを預かってくれている。
『気にすんなよ。王子が王様になったら利子付けて返してもらうぜ!』
懐の広い男だ。チャロットは「商人として王族とのコネクションを大切にしているだけさ」と言いつつ、損得勘定抜きに危険な橋を渡ってくれている。
「でも、シトリンからヴィルくんからのお手紙が全然来ないって聞いて……すごくすごく心配になりました」
ヴィルからは二度ほど「今のところ異常なし。ククルージュに怪しい動きは見られない」という簡素な手紙が届いた。エアーム商会経由でやりとりされているし、間違いなくヴィルの筆跡なのですり替えの恐れはない。
無事なのは確かだ。
脅されたり、籠絡されていないかは気になるが、義理堅いヴィルのことだ。よほどのことがない限り、ソニア嬢に屈することも心変わりすることもないだろう。
「エメルダは最近いつもヴィルの心配をしているね」
「え、だって本当に心配で……ヴィルくんはご両親をアロニアに殺されたようなものなのに。可哀想」
仇の娘に服従を強いられるのは気の毒だ、と言いたいらしい。エメルダに心から心配されていると知れば、ヴィルは歓喜するだろう。
エメルダはなかなか罪深い。
旅の最中、ヴィルに無邪気に微笑みかけ、心を奪いながらも、それに気づかず振り回していた。そして二人が友人として親しくなっていく姿に、僕の方も気が気ではなかった。
天然なのだろう。狙ってやっていたとしたら、恐ろしすぎる。
僕は焦り、みっともなく抜け駆けしてエメルダとの仲を進展させた。ヴィルは最初からエメルダと恋仲になるつもりはなかっただろう。僕はヴィルにも負い目がある……。
「それにわたし、旅の間、何度もヴィルくんに助けてもらったから、離れると不安なのかもしれません。落ち着かないというか……」
「ああ、それは確かに」
ヴィルは魔獣や魔女から体を張って僕たちを守ってくれた。彼がいなければあっさり死んでいた場面がたくさんある。
「レイン様、ヴィルくんを返してもらうことは難しいですか?」
「……ごめん。今は難しいだろうね」
婚約破棄の代償として差し出した騎士だ。返してくれなんて言えるわけがない。
それに、今ヴィルに帰ってこられると少々ややこしいことになる。
僕は今からエメルダに残酷なことを告げる。ヴィルがいたら絶対に僕を許さないと思う。どこまで卑怯なのだろう。ここまで自分を嫌いになれるなんて思わなかった。
「エメルダに、言わなければならないことがある」
「……なんですか?」
「近々新しい婚約者を探すことになった。僕は、エメルダ以外の女性と結婚することになる」
エメルダは虚を突かれたように固まり、しばらくして両手で口元を覆った。みるみるうちに鶯色の瞳に涙が溜まっていく。
「そんな……っ」
「すまない」
少女の青ざめた頬にぽろぽろと涙がこぼれていく。
僕は彼女の冷え切った手を取り、両手で包み込んだ。
「だけど僕はきみと別れたくない。手離したくない。きみだけを愛していたい」
「レイン様……」
「現状、僕に政略結婚を避ける力はない。でも、もしも……」
僕が言葉を詰まらせると、エメルダがそっと手を握り返してきた。
「なんですか? どうすれば、二人で幸せになれますか?」
「エメルダが……本物の予知能力者だと証明されれば、あるいは」
室内に重い沈黙が降りた。
エメルダは僕の手を離すと、次から次へと溢れてくる涙を拭った。
「ほ、本当は……一つだけ視えている未来があるんです」
僕はもちろん、部屋の外で会話を聞いている見張り達も顔色を変えたはずだ。
「本当に? どうして今まで黙って……いや、いい。教えてくれる?」
エメルダはたっぷり悩んだ末、震える声で告げた。
「レイン様が、呪われて、倒れる未来が視えて……信じたくなくて」
「僕が呪われる?」
ポツリポツリとエメルダは話してくれた。
ある日突然、僕は全身に黒い痣が現れ、苦しみ呻きだす。しかし未来の映像は不鮮明で、周囲の状況が定かではない。いつ倒れるのか、その後僕がどうなるのかも分からないらしい。
「外れたらどうしよう、でもこんな予知なら外れたほうがいい……そう考えていたら言い出せなくて……ごめんなさい」
再び激しく泣き出すエメルダの肩を抱きながら、僕は思案した。
呪い。
それは魔女の「七大禁考」の一つ。
術者の精神が強く作用し、対象者を殺す。
感情の力ゆえに制御できず、術式に整えることもできない。時に周囲にも大きな被害をもたらす禁断の力だ。
「呪われるということは、僕は誰かの恨みを買っているってことか」
誰だろう。最近臣下から疎まれている自覚はあるけれど、殺したいほど憎まれているとは考えにくい。
「きっとあのヒトです……あの紅い魔女が」
エメルダはソニア嬢が犯人だと推測しているようだ。婚約破棄の一件がやはり許せず、僕を呪うに違いないと言う。
僕は……そうは思えない。
彼女の信者が僕を恨んで呪うことはあり得るけれど、彼女自身が僕に強い感情を向けてくるとは思えないのだ。
「エメルダ、ありがとう。勇気を出して教えてくれて。呪いに対抗する手段がないか、術士に相談してみるよ」
「はい。絶対、絶対に死なないで下さい……っ」
エメルダの小さな背中を撫でる。心が潰れるような思いをした少女に、ますます報いなければと僕は覚悟を決めた。
この予知が当たるのか外れるのか。
どちらの方が都合が良いかをまず考えてしまい、僕は自分を嘲った。