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24 樹海の探検


 兄様のお屋敷で一泊し、ククルージュに帰ってきた。

 だらりと過ごしたいのを我慢して、私はみんなを集めて魔障病流行の噂を話した。


「準備せねばなぁ。あれは魔女が罹ると辛いから」

「稼ぎ時ですね……」

「良い機会だから、ついでに薬草の在庫整理をしよーよ」


 みんなやる気満々で良かった。

 一人では途方に暮れてしまう。魔障病の治療薬は材料を揃えるのが大変なのよね。中でも二千日大根、歯車草、雷塩結晶、円月ツバメの羽根は手に入りにくい。

 しかも今回の魔障病は新種らしいので、症状によって調合を変えないといけないはず。多種多様な素材を揃えておきましょう。

 とりあえず植物系の素材は里の畑に植え、魔術で成長促進させることになった。


「畑の管理はコーラルと見習いたちに任せるわね」


「任せてー。ボロ儲けして、フレーナちゃんに可愛いお洋服買ってあげなきゃ。すぐ大きくなるんだからー」

 

 その言葉にファントムもやる気を出した。コーラルは地属性の魔術が得意だし、ファントムはマメに薬草と見習いの面倒を見てくれるから安心ね。


 残るは雷塩結晶と円月ツバメの羽根。

 これは採取に行かなければならない。幸い、捻れ樹海の奥地で手に入る。

 ……かなり遠いんだけどね。日帰りできない距離だし、魔獣がうじゃうじゃいる。


「私とヴィルで獲りに行きましょう。私、樹海の奥に個人的な用事があるのよ」


 丸二日かけて樹海を探検することを告げると、ヴィルは複雑な表情を見せた。「私と昼夜二人きりは問題だが、危険がある以上誰かに任せる気にはなれないな」という顔をしている。相変わらず分かりやすい。


「分かった。俺は従者だ。主の命令に従う」


 ヴィルは少し変わった。

 私に向ける瞳が心なしかキラキラしている。

 これは、まさか尊敬?

 私がエメルダ嬢を庇ったことで見直されたのかしら。だとしたら単純としか言いようがない。


「ありがとう、ヴィル」


「っ……ああ」


 あと目が合うと慌てて逸らすようになった。意識しているのが丸分かりで可愛い。ついに私の方に心が傾いてきた?

 “あにめ”のエメルダはヴィルの気持ちに全く気づいてなかったのだけど、現実ではどうなのかしらね。少しも気づいてないとしたら、他人事ながら腹が立つわ。どれだけヴィルのこと眼中になかったのよ。


 なんにせよヴィルが着々と懐いていて嬉しい。

 今のところ王都に強く思いを馳せてる様子もない。このまま探検に出て、王子や彼女のことを考えさせないようにしたいわね。


 数日後、入念に探検の準備をして、私たちは樹海の奥に向けて出発した。






「重くない?」


「大丈夫だ。昼には軽くなる」


 今回はヴィルが二人分の荷物を運んでいる。

 前の旅と違ってユニカは連れてこられなかった。平坦な道がほぼないし、魔獣に狙われたときに守れないかもしれないもの。というか魔獣除けの香水をつけたいから、一緒に連れて歩けない。


 リュックを背負い、魔女殺しを腰に差し、片手に籠を下げていて大変そうだけど、ヴィルは心なしかウキウキしているみたい。

 籠の中には大きなお弁当が入っている。今日のお昼しかまともな料理を食べられないから、私が早起きして作った。ピクニック日和だから気が向いたのよ。

 負担を減らすため軽めのお弁当にしようと思ったのに、ヴィルが一口でも多く食べたいと口を挟んできた。迷ったけれど、私はヴィルにひもじい思いをさせたくない。その結果、ずっしり重量感のあるお弁当になったわ。

 ……太らないようにたくさん働いてもらいましょう。

  

「素材を持ち帰ることを忘れないでね」

 

「わ、忘れてない。それに本当に余裕だ」


 いつ魔獣に出くわしても大丈夫なように、ヴィルは剣を抜く右手を空けている。浮かれているように見えて、周囲への警戒を怠らない辺りはさすがね。


 香水で遠ざけられるのは弱い魔獣だけ。そこそこ強い魔獣は私とヴィルの実力を感じ取って喧嘩を売りには来ないはず。まぁ、うっかり出くわす可能性はあるし、魔獣は凶暴だからなりふり構わず襲ってくるかもね。


 特に何事もなく、数時間後。


「そろそろお昼にしましょうか」


 方角と地図ながら進み、樹海にぽっかり空いた花畑に辿り着いた。前に来たときもここで休憩したの。

 色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが漂ってくる。地上の楽園のよう。ますますピクニックだわ。木陰に敷物を広げ、簡単な結界を張って、ついでに小川で手を洗ってから、お弁当を食べ始める。


 ヴィルは淡々とサンドイッチを頬張った。


「これは……オレンジマスタードか。チキンに合うな。美味い」


 よく噛んで食べなさい、お肉ばかりではなく野菜も、という言葉がでかかったけど、母親みたいだからやめた。

 いえ、私のお母様はそんなこと言ってなかったけど、前世女はよくそうやって母親に注意されていたの。思春期の頃なんか「好きなもの好きなように食って死ぬなら本望!」と逆ギレしていて、我が前世ながら悲しくなった。


 食後のお茶を飲みながらまったりする。なんだか眠たくなってきちゃった。素材集めなんてやめてお昼寝して帰ろうかしら、なんて考えていると、荷物を整頓し終わったヴィルが躊躇いがちに問いかけてきた。


「ソニア……あの髪飾りは使わないのか?」


 今日は髪を一つに束ねて白い紐でくくっていた。さりげなくヴィルと色違いのお揃いなんだけど、それには気づいてないみたい。

 あの金色の花と蝶の髪留めは……まだ付けたところをヴィルに見せていない。


「ええ、使わない」


「安物だからか?」


 私は少し考えて頷く。するとヴィルはがっかりしたような顔をした。

 違うわ、ヴィル。


「安物だから、すぐ壊れちゃうかもしれない。だから勿体なくて付けられないのよ」


 ヴィルは驚いたように目を瞬かせた。


「……意外と貧乏性だな」


 そして、ほんのすこしだけ口元を緩めた。

 笑った顔……珍しい。というか、私との会話中に笑うのは、出会ってから初めてかもしれない。

 この達成感は何?

 心がふわふわする。


「せっかく買ったんだから使った方がいい。もし壊れたら、今度は、その……」


 なかなか続く言葉を言ってくれない。焦れったいヒト。

 私は悪戯っぽく尋ねた。


「もしかして、今度はヴィルがプレゼントしてくれるの?」


「! そ、そんなわけあるかっ、それはおかしいだろ」


「おかしいとは思わないけど。じゃあ……今度も一緒に選んでくれる?」


 ヴィルは目を伏せ、迷いを滲ませた声で言った。


「……約束はできない」


 ふぅん。

 王都に行く気はないけれど、私の傍に長く留まる気もないということ?

 なんだか少しだけ、お母様の気持ちが分かってしまったわ。 


 




 花畑で気まぐれに白い花を摘み、それを抱えて目的地へ向かった。

 樹海が途切れて谷が現れる。怖い物見たさで下を覗く。目眩を覚えるほど深く、激流の川がある。

 ジャンプで渡れる距離ではないし、橋は架かっていない。


「この先に雷塩結晶があるんだろう?」


「ええ。魔術で渡るわ。でもその前に――【イグニザード】」


 私は谷の絶壁に向けて火属性の魔術を放った。火柱とともに、天を貫くような甲高い鳴き声が上がる。黒い影がすさまじい速さで風を切って舞う。


「ここ、今の時期は円月ツバメの巣になってるの」


「先に言っておけ!」


 慌てて剣を抜こうとするヴィルを手で制す。

 剣士に空中戦は向かない。それに、上空に夢中になっているうちに谷から落ちたら間抜けだもの。


「私がやるわ。ヴィルは背中を守って」


 背中を預かることに責任を感じたのか、ヴィルは真剣な表情で頷いて大人しく下がった。


 円月ツバメは艶のある黒い体でお腹は白い。額に金色の模様がある。

 手の平サイズのツバメは空に逃げ、飛竜並みの大きさを持つ個体が一羽残り、威嚇するように私の頭上を旋回している。ボスツバメさんね。家を燃やされて怒っているらしく、私の魔力を感じても逃げ出さない。所詮、鳥頭だわ。


 円月ツバメは速さこそ厄介だけど、そんなに強くはない。殺すのは簡単。ただ、私の目的は羽根を奪うこと。ばらばらにしてしまったら、谷に落としてしまったら、意味がない。


 人間の命を救う薬のために、鳥の羽根を命ごとむしり取る。

 奪った命を利用する点は薔薇の宝珠と変わらない。

 何が正しくて、どこからが悪なのか。そんなことに悩んでいた時期が私にもあったわ。


 ……ごめんなさいね。人間は命の優先順位を付けている。自分と近しい者に甘くなるのよ。


 ボスツバメが高く飛び上がり、風の刃を纏って急降下してくる。私は詠唱を合わせた。

  

【流転する輪よ、か弱き隣人を絡め、失墜の渦となれ――シルギリンス】


 横殴りの風は激しく渦巻き、風を切って飛ぶツバメを翻弄した。やがてツバメは地面に衝突し、羽根を巻き散らして絶命した。

 少し遠くで様子をうかがっていたツバメたちも一斉に四方に散っていった。追撃はしないでおく。ボス一羽で十分の量の素材が獲れる。

 無残な死骸を冷淡に見つめ、どこから手を付けようか迷っていると、ヴィルが前に出た。


「俺がやる」


 羽根をむしる汚れ役はヴィルがやってくれるみたい。私は地面に落ちた比較的きれいな羽根を拾うことにした。

 黙々と作業をこなし、最後に私の葬送の術で死骸を還元した。核がある骨は大した金額にはならないだろうから、谷に投げて黙祷を捧げた。

 

「……本当はもっと上流らしいけど、もうここでいいわね」


 私は花畑で摘んできた白い花を同じように谷底へ投げた。ヴィルが首を傾げている。


「ツバメのために摘んできたのか?」


「いいえ。お父様……アンバートのため」


 私はすっと谷底を指差した。

 ほの暗い色の川がうねりを上げ、白い花を呑みこんでいく。


「たまにはお参りをしないと気分が悪いから」


 救世主のお母様のお墓には絶えず赤い花が供えられているけれど、お父様はきちんと弔われることなく、墓すらない。さすがに同情する。娘の私くらいはたまに思い出して来てあげないと。


 アンバートの死因は分からない。

 病気だったのか、お母様に実験に使われたのか、痴話喧嘩で殺されたのか。ただ、ここから遺体を流したとだけ聞いた。

 お母様は父の話をしてくれなかった。名前を出すと途端に機嫌が悪くなるから、私から聞くこともできなかったの。ばば様たち里の魔女も何も知らなかった。


 ただ、奴隷魔女たちが囁くように私に言ってきたことがある。「あなたの父親は若い娘と遊んでいて、アロニア様の怒りを買った」と。

 ……過去視で視たときは割と元気そうだったから、お母様に殺された可能性は高いわね。理由が浮気に対する制裁だったとは思えないけれど。


 それとも、愛していない男でも他の者に奪われるのは嫌だったのかしら?

 なんてくだらない。

 私は、お母様のようにはならない。でも気持ちは分かってしまう。

 どうすればいいのかしらね。大切なモノは失いたくないけれど、醜い所有欲に支配されるのも嫌。


「ヴィル、行きましょう。日が暮れる前に雷塩結晶を採らなくちゃ」


 微笑んで手を差し出すと、ヴィルが我に返った。かける言葉を考えていたのね。でも、何も言わなくていい。


 ヴィルは恐々と私の手を取った。

 

 

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