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23 ヴィルの落ち込み


 ヴィル視点です。

 今回は話が進みません。

 

 ついに王の使者がやってきた。

 王はソニアの提案を飲み、基本的にお互いに不干渉でいることで合意した。何かえげつない要求をされたら、という俺の心配とは裏腹の結果になったわけだ。


 ……良かった。

 油断は禁物だが、とりあえずは安心していいだろう。


 ただ、使者のネフラは俺にも「アズライト領から出るな」と言ってきた。予想していなかったわけではないが、いざとなると即断できない。


 俺はいずれククルージュを出ていく予定だった。

 魔女にも国家の陰謀にも関わりたくない。ソニア自体は悪くなくとも、彼女のそばにいる限り胸糞悪い思いをすることは確実だった。実際セドニールの変わり果てた一部を目撃する羽目に陥っている。


 一方でククルージュでの生活に慣れ、出ていく気力が殺がれていくのを感じていた。頭の片隅に憂鬱な事案が燻っているのに、それを忘れて心安らぐ瞬間が多々ある。これは危険だと思う。


 ソニアにもククルージュにも悲惨な因縁がありすぎる。

 そんな場所で安息に浸り、第二の人生を始めようなんておかしな話だ。そんなこと死んだ両親も、王子とエメルダも、俺自身も許さない。絶対にダメだ。

 大体、憎き国王と約束を交わし、行動を制限されるなど腹立たしいことこの上ないではないか。


「…………」


 しかしここでネフラの言葉に頷かないわけにはいかない。

 ソニアに迷惑をかけたくなかった。ただでさえ大変な厄介ごとを抱えているのに、俺のつまらない意地のせいでさらに危険な立場には追いこめない。


「……承知した」


 俺が頷いたとき、ソニアがくすりと笑った気がした。

 多分気のせいではないな。俺は彼女の思惑通りに動いているのだろう。不思議と今は反抗心が沸いてこない。


 これで、これからもククルージュで暮らさなければならない。

 大人しくしていれば俺に復讐の意志がないと判断され、いずれアズライト領を離れる許可が下りるかもしれないが、少なくとも数年は動けないに違いない……。


 そんなに長くソニアのそばにいて大丈夫だろうか。

 ……絶対に大丈夫じゃない。このままでは飼い殺される。ただでさえ最近は気づくと目で追っているのだ。これは経験上、良くない兆候だ。


 いやいや、あり得ない。

 俺は今までの非礼を詫びる機会をうかがっているだけだ。断じてソニアに見惚れたり、気になったり、そういうわけでは……。


「支障がなければ教えていただきたいのだけど、その後、レイン王子やエメルダ嬢はお元気?」


 ソニアの言葉で俺は我に返った。

 聞くのか、それを!

 俺も大変気になっていたが、絶対に質問できないと思って我慢していた。助かる。


 とはいえ、どうせ大した情報は寄越さないと踏んでいたのだが、ネフラはぺらぺらと城の近況を語った。意外とサービス精神が旺盛らしい。いやこれまでの言動から考えて、ソニアに媚を売りたいだけか。


 コンラット家は優秀な術士の家系だ。何よりも魔術の研究を優先し、功名を立てる気も財を築く気もなく、貴族としての地位は高くない。その無欲さが国王の目に留まったのだろうか。

 ネフラからも野心は感じない。が、ソニアには興味津々の様子だ。術士は魔女の魔術を解析し、万人向けの術に改良しているという。なんにせよ、こちらに好意的なのは都合がいい。


 ネフラが語ったエメルダと王子の話に、俺は苦々しい気持ちになった。

 エメルダ……変わっていないな。

 どんな苦境に立たされても諦めない。正しい行いをすれば必ず報われると信じているのだ。怪事件を追う旅の最中は、彼女のひたむきさに何度も窮地を救われたものだ。そして実際、最後は本当にエメルダの正義が勝った。


 しかし状況は変わった。現実は甘くなかったらしい。

 にも拘らずエメルダはソニアが悪の魔女だと信じ切っていて、未だに負けを認めていない。

 彼女の美点が悪い方向に働いている。今は不用意に敵を作るべきではない。むしろ味方を増やすべきなのに侍女たちにいびられているなんて……。


 どうしよう。心配だ。

 確かに俺やモカのように最初はエメルダに懐疑的だった人間が、次第に彼女に惹かれていった例もある。きっかけさえあれば、侍女たちとも打ち解けるかもしれない。

 そのきっかけはエメルダの予知が当たること以外に考えられない。俺たちもそうだったから。


 ……いや、ダメだ。予知はエメルダの寿命を縮める。それに本物の予知能力者と判明すればミストリア王国に使い潰されるだけ。


 悩ましい。

 予知をすればするほど寿命が縮まり、便利な道具として自由を奪われる。

 予知しなければ社会的立場がなくなり、罪人となって自由を奪われる。


 何よりもどかしいのは、本人がそのことを自覚していなさそうなところだ。

 豪気に一発逆転狙い。そして王子と結婚して幸せになることを夢見ている。


 ところが最悪なことに、レイン王子は近々新しい婚約者を作るらしい。

 今の王子の立場を考えれば拒絶できないだろう。

 それを知ったらエメルダはどうなる?


 俺は後悔していた。

 こんなことになるなら手紙で「ソニアは悪い魔女ではなかった」と伝えるべきだっただろうか?

 全ての真実を語ることはできなくとも、それだけでも伝えていたら状況は変わった可能性がある。エメルダだって己の予知に不信感を持ち、もっと言動に気をつけてくれたかもしれない。


 しかし……あれほど魔女を憎んでいた俺がいきなりソニアの無実を訴え出したら、「あ、こいつ籠絡されたな」と思われるだけである。軽蔑されるか心配される。


 結局俺にできることは何もない。

 今となってはアズライト領から出られないし、連絡もできなくなった。


 なりふり構わず助けに行くか?

 その発想を俺は即座に拒絶した。 

 以前の俺なら「エメルダのためなら自分や周囲がどうなっても構わない」と突っ走るだろうが、今の俺にはそんな情熱はなかった。

 エメルダのために何かしなければと強迫観念めいたものを抱く一方で、ソニアに余計な負担をかけたくないと心から願う自分がいる。


「ネフラ、一応陛下に伝えておいてほしいのだけど、私は今更エメルダ嬢がどうなろうと構わない。つまりどうでもいいの。罰を受けなくてもいいとすら思っているわ」


 結局、俺の葛藤はこの言葉で片付いた。

 ソニア、なんて心の広い……!

 これで少しはエメルダの立場が回復するし、裁判になっても減刑が望める。

 俺はソニアに心から感謝したし、尊敬の念すら覚えた、が。


「彼女のことはどうでもいい。でも私の可愛い従者の純情は大切にしてあげたいの」 


 この理由はどうなんだ?

 純情って……。

 はっきり明言した覚えはないが、やはりバレているのか。俺のエメルダへの気持ち。


 なんだろう。恥ずかしさの他に、もやもやした気持ちが胸に広がった。確かに俺はエメルダのことが好きだ。だがとうの昔に諦めているし、王子と結ばれて欲しいと心から願っている。今更割って入る気などない。そこは勘違いしないでほしい。


「本当に? ヴィルが一役買って出る気はないの?」


 ソニアは俺がエメルダのために王都に向かうことを懸念しているようだった。

 ソニアが庇ってくれた時点で、その愚かな選択肢は消えた。俺は改めてこの魔女に仕えようという気になったのだ。


「心配するな。俺はお前に迷惑をかけたりしない。絶対に」


 信じてほしいと願いを込めて言ってみたものの、ソニアの瞳は冷ややかだった。

 俺はあまり信頼されていないようだ。これまで信頼に足る行動をしていないので仕方がないが、ものすごく落ち込んだ。


 





 それからアズローの都を散策することになった。

 楽しそうなソニアに付き従う間、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだった。いろいろな感情がせめぎ合っている。


「あ、そう言えば、帰ってきてからまだ挨拶をしていなかったわ」


 ふとソニアが一軒の薬屋に足を向けた。以前取引をしていた店らしい。それほど大きくはないが、いかにも老舗といった趣がある。


「ソニア様!」


 扉を開けた瞬間、店員の娘が笑顔で出迎えた。薬屋特有の匂いに鼻がひくひくする。

 ソニアは薬そのものではなく、薬の素材や香料を卸しているらしい。美容液や栄養剤のレシピを売ることもあるという。


「王子と婚約破棄した魔女の商品でも、買い取っていただけるかしら」


「もちろん大歓迎ですよ! これからもぜひ当店をご贔屓ください。あ……そうだ」


 店員は思い出したように顔をしかめ、「ここだけの話ですが」と打ち明けた。


「最近マリアラ領で新種の魔障病が流行し始めたらしくて、じきにアズライト領にも広がるかもしれません。薬不足が心配です。近隣の素材は採り尽くされているみたいで」


 魔障病は、体内の魔力の流れに異常をもたらす厄介な病気だ。症状としては風邪に似ている。高熱と体のだるさで起き上がれなくなる。その上人にうつるし、場合によっては死に至る。

 魔障病の薬は貴重だ。貧乏人には手が届かない額だし、金があっても流行中は手に入らないことが多い。


 新種の魔障病の情報は一般に出回ったら大騒ぎになるだろう。心配性の金持ちがこぞって薬を買い占め、本当に必要な患者に届かなくなったり、必要以上に高く売りつけようとする悪徳業者が出てきそうだ。

 その点、ソニアはよほどこの薬屋から信頼されているらしい。


「分かりました。確約はできませんけれど、近いうちに素材を集めて納品します」


「助かります!」


 ソニアは店員から不足している薬の材料を聞き、メモをした。ちゃっかり納入時の金額も確認している。

 薬屋を出た後、ソニアはため息を吐いた。


「兄様のことだからもう対策していると思うけど、聞いてしまった以上私たちも協力しなきゃね。備えは多いに越したことないもの。素材集め、ヴィルも手伝ってね」


「あ、ああ。分かった」


 俺は密かに感動していた。

 ソニアは偉いな。それに、とてもしっかりしている。

 まだ十六歳なのに里の魔女だけではなく、一般人からも頼りにされ、期待に応える力を持っている。ろくでなしの両親からよくこのような娘が育ったものだ。


 常々エメルダと同い年だと信じられないと思っていたが、下手したら俺よりもずっと大人ではないだろうか。

 無性に自分が情けなくなってくると同時に、従者として誇らしい気分になった。

 現金だな、俺。少し前まで嫌々従っていたのに……。


 いつの間にか俺はソニアの華奢な背を熱心に見つめていた。

 雑貨屋の前でアクセサリーを眺める様は普通の少女だな。可愛らしい面もあるし、年相応な姿を見ると安心する。

 そんなことをぼんやりと考えていたら、自然と言葉が口から漏れていた。


「気に入ったのなら、一つ買ったらどうだ。……きっと似合うから」


 何を言っているんだ俺。瞬間的に顔が熱くなった。

 ソニアは驚いていたが、その一言で購入を決意したらしい。俺の意見を聞きながら一つの髪飾りを選んだ。


 会計が終わってから悔やんだ。

 こういうときは一緒にいる男が払うべきじゃないか?

 いや、でもな……俺は所詮従者だ。主にプレゼントをするのはおかしい。

 というかあんな安物に対して、よく似合うと言ったのは失礼だったかもしれない。


 しかし俺の心配は杞憂だった。

 屋敷への帰り道、ソニアはご機嫌な様子で髪飾りの入った包装箱を抱えて歩いた。荷物持ちの俺に押しつけたりせず、大切そうに。


「…………」


 すまない、エメルダ。

 やっぱり俺はソニアのそばを離れられそうにない。




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