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21 使者からの贈り物

 


 ククルージュに帰ってきて一ヶ月。

 ヴィルはだいぶここでの暮らしに慣れてきたみたい。意外なことに魔女たちの評判も上々よ。今のところ愛想も覇気もないけど、真面目な青年だってことは働きぶりを見れば分かるものね。男前ってところもポイントが高いらしい。


 子どもたちには相変わらず翻弄されているわ。鬼ごっこに巻き込まれたり、絵本を読んでとせがまれたり、覚えたての魔術の餌食にされたり。

 ヴィルは文句を言いつつ付き合っていた。面倒見が良いのね。シトリンにも好かれていたし、子どもに懐かれやすいみたい。


 家では黙々と家事をこなしてくれている。

 広さはあるけど住んでいるのは私とヴィルだけ。仕事量は多くない。その上私の家には家事用の魔道具がいっぱいある。魔道具は簡単に言うと魔力をエネルギーにして動くカラクリのことね。


 前世の世界には便利な道具がいっぱいあった。残念なことに前世女はそれらの仕組みをよく理解していなかったのだけど、私なりにこの世界で再現してみたわ。面倒な掃除や洗濯も、他の家よりはずっと楽だと思う。


「この洗濯機なるものを売り出せば、億万長者になれるんじゃないか……」


 初めて我が家の洗濯を教えたとき、ヴィルは震えていた。

 洗濯機は緻密な火と水の術構成により、洗浄とすすぎと脱水を順番に行う樽型の魔道具。水場に運んだり、湯で煮たり、一枚一枚絞ったり、そういった手間が一切かからない。


 でもコストパフォーマンスが最悪だから商品化は無理ね。術式が複雑すぎてよく壊れるし、一度の洗濯で大量の魔力を消費する。


 この家にある魔道具のほとんどは、私やヴィルのように体内の魔力量の多い人間にしか扱えない。一般人が使うには魔力結晶を大量に購入せねばならず、考えなしにそういった魔道具を普及させれば自然界の魔力が枯渇しかねない。実際、魔道具の使いすぎで荒廃した国もある。

 お金があるなら洗濯婦を雇った方が安上がりな上、環境に優しい。


 魔女の発明は、世のため人のためにならないことが多い。

 まぁ、自分が楽をするために発明するのだから仕方がないわ。知恵と魔力と時間を費やして生み出したものを、お金なんかと引き換えにするのも面白くない、と魔女は考える。

 私としても、前世の誰かが考え出したアイディアでお金儲けをする気になれない。何よりもし洗濯機を普及させたせいでミストリアが滅んだら……少し面白そうだけど、やっぱりやめておくわ。なんかいろいろ台無しだから。


 そんなわけで、ヴィルは魔道具に自前の魔力を注いで家事に励んでいる。

 時間が余るみたいだから、薬の調合も手伝わせることにした。

 薬草をすり潰したり、火にかけた調合鍋を見張ったり、子どもでもできることばかりだけど、真剣に取り組んでいるわ。なんの薬か詳しく教えてないせいか、おっかなびっくりで可愛い。


「そういえば、今度アズローに有名な演芸一座が来るらしいな」


「ああ、もうそんな時期なのね。今年の演目は何かしら」


 作業の合間、私たちは他愛のない会話をしている。

 ヴィルはファントムたちと飲みに行った話や買い出しの時に聞いた噂、私は最近読んだ本の内容や他の魔女たちに聞いた恋愛談などを話す。

 特に盛り上がりはしないわ。「へぇ」とか「ふぅん」で終わってしまう。お互い当たり障りのない浅い会話を選んでいるから仕方ない。


 でもヴィルはたまに真剣な表情で私をちらちら見る。

 何か話したいことがあるのかしら?

 それとも悩み事?

 少し気になるけれど私は気づかないフリをしている。もし里から出て行きたい、という話なら聞く価値ないから。






 そんなある日、とうとうサニーグ兄様から連絡がきた。

 王都から使者が来ていて、私とヴィルに話があるらしい。表向きは婚約破棄についてのあれこれだけど、実際は私の提案に対する王家からの返答とみて間違いない。


 私たちに構わず放っておいてくれるなら、二十年前の真実を沈黙し、西の国境の防衛に協力してあげるという提案ね。


 兄様のお屋敷に向かう竜車の中、私は険しい表情のヴィルに問いかけた。


「ヴィルは陛下のこと、殺したいほど憎い?」


「憎い……もし目の前にいたら斬りかかるかもしれない」  


 聞くまでもなかったわね。ミストリア王はヴィルの両親を卑劣な方法で殺した。レイン王子を秘密の契約の対象にしていたし、今もエメルダ嬢を城に軟禁している。

 無意識なのかヴィルは腰の剣に手をかけていた。でもすぐに首を横に振って手を離す。


「だが、陛下を殺せばミストリアは大いに荒れる。だから……復讐をするつもりはない」


 復讐を遂げた後の心配ができるくらいには理性的みたい。

 今が乱世ならともかく平穏だもの。私怨で王を討ち、国が荒れれば、他国がこれ幸いと領土を狙って攻めてくるかもしれない。民が犠牲になる可能性がある限り、ヴィルは動けない。

 もしも後を継ぐレイン王子を信頼できれば、復讐を考えられたかもしれないけれどね。


「我慢していない?」


「正直、分からない。最近は、全てが俺の手には負えない遠い出来事のように感じる」


 ヴィルは私をジッと見つめた。


「もし俺の存在が邪魔なら、見捨ててくれて構わない。俺はあの里にも迷惑はかけたくない」


 例えば使者が、私の提案を受け入れる条件としてヴィルの命を要求してきたら。ヴィルはそのことを危惧しているみたい。

 私は感動を覚えた。魔女を毛嫌いしていたヴィルが、ククルージュのことを想ってくれている。


「大丈夫よ」


 私は腕を伸ばし、ヴィルの頬をちょんと突いた。ぎょっと身を強張らせる彼ににこりと微笑む。


「ヴィルは何も心配しなくていいわ」






 その男はネフラ・コンラットと名乗った。


「お初にお目にかかります」


 年齢は……おそらく二十代前半。王の使者として単身この場にやってくるには若すぎる。

 色白で線が細く、シンプルな銀縁眼鏡のせいか学者さんみたい。学問に秀でた貴族の次男か三男という感じがする……と思っていたら、本当にそうだった。コンラット家はいわゆる下流貴族で、代々術士の家系らしい。


「僕のような若造が使者としてやって来るなんて、驚きましたよね……」


 三人になった途端、ネフラは暗い声を発した。

 そう、今現在アスピネル家の応接間には、私とヴィル、そしてネフラしかいない。最初は兄様とユーディアも同席していたのだけど、本題に入る頃合いに退席してもらった。

 私とネフラが向かい合って座り、私の後ろにヴィルが控えている。


「僕がよほど優秀なのか、王の信頼を得ているのか、はたまたただの人材不足か。ソニア様はどう思われました?」


 確かに、少しおかしいとは思う。

 前任の使者、セドニールは国王の腹心だった。その代わりにやって来るのだから、それなりの地位の人間だと思うじゃない?


「強いて言うなら全部かしら? それに加えてまだ理由がありそう」


「ご明察。僕がソニア様にお会いしたい一心で、自ら陛下に嘆願したのです。命の危険がある役目だと他の者は逃げ腰でしたので、すんなり決まりました」


 ネフラは暗い笑みを浮かべた。

 前任のセドニールは声を失う程度で済んだけれど、再び私の機嫌を損ねたら今度はどうなるか分からない。だから誰も使者の役をやりたがらず、立候補したネフラが任命された……ということかしら?

 私はそう思ったのだけど、どうやら違ったみたい。ネフラは装飾が施された箱を机に置いた。


「まずは謝罪を。前任者が大変失礼いたしました。信じていただけないかもしれませんが、ほとんどは彼の独断で陛下のご意志ではありません。証拠になるかはわかりませんが、こちらをぜひソニア様に受け取っていただきたいです……」


 ネフラが箱を開く。

 大きな紅い宝石がはめ込まれた指輪がまず目に飛び込んできた。いえ、これは宝石ではなく、魔力の結晶ね。火属性の魔力の塊でかなり質の良いものだ。

 それだけならただの賄賂やご機嫌取りだと鼻で笑えるのだけど、箱に収まっていたのは指輪だけではなかった。


 最初は指輪の台座かと思った。それくらい本来のものと色が違ったから。

 箱には男の手首から先が収まっていた。皺のある土色の肌。魔術で腐食を防ぐコーティングがしてあるみたいね。人差し指が指輪をしている。

 背後でヴィルが殺気立ったので、私は手で制す。


「こんなに悪趣味な贈り物は初めてね」


 せっかく生かして帰してあげたのに……いえ、まだ死んだとは限らないけど。

 セドニールは先日の失態で陛下の怒りを買ったらしい。ネフラ以外に使者の役をやりたがる者がいないのも納得ね。


「お気に召しませんでした?」


「そうね。反応に困るわ。でも……陛下が臣下の不始末をきちんとつけられたことだけは分かりました。そのお気持ちだけで十分ですわ。そちらはそのままお持ち帰りください」


「そうですか。残念です」


 ネフラは何事もなかったかのように淡々と箱を下げた。この男、ちょっとやりにくい相手ね。何を考えているか分からない。


「では改めて魔女ソニア様へ、我が主ミストリア王のご意向をお伝えいたします。二十年前のことも、婚礼の儀のことも、先日のセドニール卿の無礼も水に流していただけるのなら、今後ミストリア王家はソニア様の周囲に一切手出しいたしません。アズライト領にて健やかにお過ごしください。そしていざというときはミストリアにご助力いただければ幸いです」


 それは私の提案を受け入れるという返答だった。


「私としては願ってもないお言葉ですけれど、よろしいのかしら? 私とヴィルを生かしておいて」


「ええ。あなた方と戦うなど割に合わない。ソニア様の強さを知った今となっては手元に置くことも恐ろしい。かと言って他国へ渡られるのは困る。よって、遠く距離を隔てた国内にて不干渉でいるのが一番です。お互いに」


「不老は諦めると?」


 眼鏡の奥で、ネフラの目が細められた。


「薔薇の宝珠が誰の手にも渡らないのなら構わぬようです。陛下はご自分の地位に、玉座に固執しておられる。死ぬまで王であることをお望みです。だから今は、ソニア様よりも巷を騒がしていた怪事件の方をずっと危険視していらっしゃる」


 ミストリア王は、私が怪事件に関与しているとは思っていない。そして怪事件の黒幕が薔薇の宝珠を作成し、玉座を狙っているのではと懸念している……らしい。心配事が多くて大変ね、陛下。


「しかし幸か不幸か、婚礼の儀以降、ぱったりと事件は起きなくなりました。レイン王子が捕まえた魔女を引き取って拷問……ではなく尋問しておりますが、未だ手掛かりは掴めておりません。詳しいことを聞かされていない下っ端ばかりのようですね。トニトルスやカタラタから流れてきた魔女らしい、ということは分かりましたが。

 怪事件の杜撰な手口から侮っておりました。しかしここまで尻尾を掴ませない辺り、黒幕は油断ならない相手のようです。そちらは大丈夫ですか?」


「私にもククルージュの周辺にも異変はありません」


「そうですか。十分にお気を付けください。御身と不老のレシピに何かあれば、王も心穏やかではいられない。何かあればすぐにご報告を」


「ええ、必ず」


 それから簡単に約束事を確認した。

 ミストリア王国は私と私の周囲の者を一切傷つけない。不老の研究を強要しない。今後も魔女狩りなど魔女を虐げるような法は作らない。

 私は二十年前の真実は語らない。宝珠のレシピは誰にも渡さない。許可なくアズライト領から出ない。


 あくまで口約束だ。契約魔術のような強制力はもちろん、法的な拘束力すらない。

 だけど決して無意味ではない。約束が破られたときはお互いに遠慮しなくていい。いざというとき迷ったり躊躇ったりせずに済むもの。


「ヴィル・オブシディア。あなたについても行動の制限をさせていただきたい。ソニア様に付き従い、アズライト領から無断で出ないこと。それと、王子やその取り巻きに連絡しないことを約束していただけますか」


 陛下としては、復讐の刃が届かない場所にヴィルを封じ込めたいでしょうね。私としてもそれは願ったり叶ったりだわ。


 素直に頷けばいいのに、ヴィルは黙ってしまった。しかし決して短くない沈黙の後、苦々しく首肯した。


「……承知した」





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