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20 ヴィルの動揺


 ヴィル視点です。

 

 巷を騒がす怪事件。

 子どもの眼球をえぐり、美女の顔を切り裂き、魔獣に爆弾を埋め込んで生物兵器を作る……。

 イカレた魔女の凶行に特別な意味などなく、せいぜい王国の治安を悪化させ、混乱に陥れるためだと思っていた。


 しかしこれらの一貫性のない犯行には理由があったらしい。

 不老と若返りをもたらす薔薇の宝珠の材料……それは人間や魔獣の体だった。

 ジェベラはなんて恐ろしいものを作り出したんだ。正気ではない。


「怪事件の犯人たちは、宝珠の材料を集めていたんだな?」


 お守り当番という憂鬱な時間が終わり、家に戻るなり俺はソニアを問い質した。


「さぁ? 私は無関係だからよく知らないけど?」


「別にお前が黒幕だと断じているわけじゃない。見解を聞きたいだけだ」


 ソニアは薄く笑った。多分ヴィルの言う通りでしょう、と。

 怪事件の目的が宝珠の材料集めだとすると、気になる点がある。


「お前以外にレシピを持っている者がいるのか?」


「私が記憶しているものも含めて、完璧なレシピはこの世に存在しないはずだけど、研究のメモ書きくらいは誰かが持っていてもおかしくないわね」


 ソニア曰く、アロニアの奴隷魔女たちはしょっちゅう顔ぶれが変わっていたらしい。

 実験に使われたのか、アロニアの不興を買って殺されたのか。もしくは恐ろしい研究に怖気づいて逃げ出したか。

 逃げ出した魔女が研究の内容を盗み見ていて、今になって宝珠を造り出そうと活動を始めたのかもしれない。もしくはその魔女を脅した者が怪事件の黒幕だろうか。


「あるいは、ジェベラが他にもレシピを隠していたのかもね。それを最近になって誰かが発見した可能性もあるわ」


 結局、ソニアにも誰がレシピを持っているかは分からないという。

 危険すぎる。

 怪事件を起こした魔女たちは、揃いも揃って狂っていた。何せおおっぴらに材料集めをするような者たちだ。そいつらが宝珠を完成させれば、王国に波乱をもたらすかもしれない。


「ちょっと待てよ。確か、アロニアは国王から材料を提供されていたんだよな……?」


「ええ。年に数回、王都から冷凍魔術で加工されたヒトの一部が届いていたわ」


 さらっとエグイことを……。

 材料となっていたのはいなくなっても疑われない者――罪人や孤児、あるいは社会的に後ろ暗い職業に就いていた者らしい。国王がスポンサーになったことで、アロニアは材料の調達に困らずに研究できていたということか。

 本当に胸糞悪い。


「怪事件の情報、どうして今になって教える気になったんだ?」


「本当はもう少し勿体つけるつもりだったのよ。でももう内緒にしておく意味もないから」


「は?」


「ヴィルはもう私のこと、怪事件の黒幕だと思っていないでしょう? この際だから完全に疑いを晴らしてしまおうと思って」


 確かに俺は、ソニアのことを悪の魔女ではないと思い始めている。性格は信じられないくらい捻くれているが、彼女の生い立ちを考えると無理もない。むしろ過去を吹っ切り、前向きに笑っている部分には尊敬の念すら覚える。

 ククルージュでの生活を満喫しているソニアと、猟奇的な事件は結びつかない。


 怪事件の動機を知った今となっては、はっきりシロだと断言できる。

 アロニアの実験で散々苦しんできたソニアが宝珠を作り出そうとするわけがない。

 万が一作り出す気になっても材料は国王が用意してくれる。国王に内緒で作ろうとするなら、そもそも派手な事件を引き起こしたりはしないだろう。


「……分からない。どうしてすぐに疑いを晴らそうとしなかったんだ?」


「疑われていた方がスリリングで楽しいから」


 ソニアの呆れるほど爽やかな微笑みを見たら、どっと体が重くなった。

 いろいろなことに悩んでいる自分が馬鹿みたいだ。


「冗談よ。話すタイミングがなかっただけ」


 ソニアは肩をすくめた。


「怪事件の目的は宝珠の材料集めには違いないけれど、他にも目的があるはずよ。あなたたちに捕まった犯人が私の名前を出したのはなぜ?」


「……お前に濡れ衣を着せたいからだろう?」


「それだけなら、私が関与したという決定的な証拠をねつ造しそうなものだわ。狂った魔女に証言させるだけなんて中途半端ね」

 

 俺は唸りつつ考えてみた。

 怪事件の犯人の口からソニアの名前が黒幕として挙がる。王子にとっては婚約者の名前だ。

 いつだったか、ソニアも言っていたな。平和的な解決のためにはまず話し合いだと。


「普通ならソニア本人に真相を確かめに行く、か。手紙でもいいが……」


「そうね。それで自分が誰かに嵌められていると知れば、普通は疑いを晴らそうと行動するでしょう。犯人たちは、私をククルージュからおびき出すことが目的だったのかもね」


 犯人たちの持つ宝珠のレシピがどの程度のものかは分からないが、ジェベラのレシピを十数年研究したアロニアの実験データはぜひ手に入れたい代物だろう。

 そしてソニア自身も宝珠の毒への強い抗体を持っている。捕らえて実験に使うつもりだったのかもしれない。


「実際のところ、あなたたちは婚礼の日まで私に接触して来なかった。私も怪事件の噂を聞いても調べようとしなかった。それは黒幕にとっては誤算だったでしょう」


 婚礼の場でソニアが疑惑を交わしたことも予想外だったろう。ソニアは俺を連れて急ぎククルージュに帰った。魔女殺しを持つ騎士がそばにいては、魔女たちも迂闊に手を出せない。


「ん? もしかして、俺を従者にして連れ帰ったのは……魔女避けのためか?」


「ほんの少しだけそういう思惑もあったわね。でもヴィルと遊びたいっていうのが一番の理由よ」


 王都までの行きの道は、かなり遠回りして慎重に向かったらしい。王家からの迎えも目立つので断ったそうだ。


「……ミストリア王が怪事件に関与している可能性は?」


「低いと思うわ。あの方は二十年前の真実を暴かれるのを恐れている。自ら派手なことはしないでしょう。むしろレイン王子を泳がせて相手の出方を窺っていた感じがするわ」


「お前にあらぬ罪を着せて法的に拘束しようとしたんじゃないか?」


「私と王子は結婚する予定だったのよ。わざわざ大ごとにしなくてもいずれ義理の娘として束縛できた。その方がスマートだわ」


 確かにソニアと王子の婚姻がなれば、王としては真実を知る者を手元に置けるし、不老の研究を強要できる。わざわざ濡れ衣をかぶせて婚姻を破談にし、国家の醜聞を作る理由はないか。今のところ王は怪事件とは無関係と考えるのが妥当だろう。


「まぁ、黒幕の目的ははっきりしないし、今話したことも推測に過ぎないわ。もしかしたらただ私のことを嫌った魔女の嫌がらせかもしれないし」


「お前は……敵が多いんだな」


「そうね。私自身が悪いことをした覚えはないんだけど、前世の行いが粗暴だったのかしら? 別に良いけどね。この美貌と才知を持って生まれてきたからには、多少の逆境は覚悟しないと」


 でなければ不公平でしょう?

 ソニアはにこやかに同意を求めてきたが、俺は肯定も否定もできなかった。

 


  



 危うい立場にいる主の下での従者生活は、拍子抜けするほど穏やかに過ぎていった。

 農作業にはだいぶ慣れてきたし、家事や朝食作りも上達していると思う。ファントムとも仲直り(?)し、娘自慢を聞きながら酒を酌み交わした。

 ソニアとの暮らしにも特に不満はない。不満どころかこの二十年の中で一番充実した食生活を送っている。


 ある日の午前、俺は買い出しを言いつけられて町にやってきた。一人で里の外に出るのは今日が初めてだ。

 ククルージュから騎獣で数十分の距離にあるデンドラの町。西の都アズローへの道が整備されているため、商人の往来が盛んで賑わっている。

 

 ソニアは俺を試しているのだろうか。見張られている気配はない。今なら魔女からも王国からも逃げられる。

 渡された金は頼まれたもののわりに多い。残りはお小遣いにして好きなものを買っていいと言われている。

 なんにせよ、そのまま持ち逃げすればしばらく旅費には困らない額の金だ。

 

 ……まぁ、今のところ逃げ出す気はないのだが。

 そろそろ王国から返答が来るだろう。その結果くらいは見届けようと思っている。

 

『帰って陛下に伝えて。魔女ソニアはミストリアとの和平条約を破る気はない。それでもなお私や私の大切なモノを脅かすのなら、二十年前の襲撃以上の血の惨劇を国史に刻み付けてやる。賢明なお返事を待っているわ』


 ソニアの脅迫めいた伝言に対し、国王はどう答えるのだろう。

 領主のサニーグ殿はどう動く?

 戦いになったとき、ソニアに味方する魔女はどれくらいいる?

 味方だと思って受け入れた魔女の中に、怪事件の一味が紛れていてソニアを狙うかもしれない。

 

 俺は、どうすればいい?

 

『戦いにはならないわ。今は大陸各国の勢力が拮抗しているもの。陛下だって魔女と揉めて、他国に隙を見せるのは避けたいはずよ』 


 魔女と戦っているときに他国に攻められたら。

 ククルージュが他の権力者と結びつき、クーデターのことが露見したら。

 その可能性がある限り、ミストリア王は魔女と対立しない。必ずソニアの提案を受け入れる。ソニアはそう断言していた。


 理屈は分かるが、全てがソニアの思い通りに事が運ぶだろうか。

 怪事件の黒幕はどこの誰かも分からないし、国王が薔薇の宝珠をどれくらい欲しているかも分からない。欲に溺れて過激な行動に出ない保証はないのに。


 薄氷の上に立っているような状態にあっても、ソニアは平静を保っている。

 よほど肝が据わっているのか、あるいは感覚が麻痺しているのか。

 しかし彼女が大丈夫だと言えば、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

 不都合が起きても一人で解決してしまうだろう。少なくとも俺を頼りにすることはなさそうだ。いや、頼られても困るのだが。


 それでもしばらくはソニアの従者として務めを果たすつもりだ。俺と遊びたいという言葉がどこまで本気か分からないが、わがままの一つや二つなら振り回されても構わない。どうせすぐに飽きるだろうし。

 だがその前に一つ、懸案事項を片付けなければならない。


「やっぱり謝った方が……いや、でも――」


 俺は迷っていた。

 怪事件の黒幕としてソニアを疑い、散々非礼を働いてきたことを謝るべきかどうか。

 結局ソニアは何も悪いことはしていなかった。にもかかわらず、俺はこれまでソニアにいろいろときついことを言い、無礼な態度をとってきた。

 無実が証明された今、そのことについても謝罪すべきではなかろうか。

 

 ソニアはさほど気にしていないと思う。

 だが謝らなければ俺の気が済まない。ただしこれは俺の自己満足……ただ自分がスッキリしたいだけだ。ソニアが求めていない謝罪を勝手に押し付けて、自分だけ楽になろうなんて卑怯ではないだろうか。

 それに、いざソニアを前にして素直に謝れる気がしない。どんな顔をしてなんと言って謝罪する?


 ここ最近、俺は答えの出ない問答を繰り返している。自分の情けなさに嫌気が差す。


「そこの兄ちゃん、道の真ん中で唸ってちゃ邪魔だぜ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! さっき入荷したばかりの品もあるよ!」


 生鮮市場の主人に声をかけられ、俺は我に返った。

 そうだった。俺は買い出しに来たんだ。買い物メモを取り出し、目当てのものを購入していく。


 うん。肉は頼まれた分より少し多めに買おう……。この間のローストビーフは涙が出るほど美味しかったな。また作ってくれないだろうか。


「黒髪の兄ちゃん、ソニアさんの新しい従者だろ。だったらこれどうだい? 陽炎ベリー。彼女の大好物だ」


「陽炎ベリー? 聞いたことないな」


 山のように積まれた赤い果実。甘酸っぱい香りが漂ってきて、自然と唾液が分泌される。


「この地方の特産品なんだ。今年は例年より早く出回ってる。味もいいぜ。ソニアさんに買っててやんなよ! なぁ、いいだろ⁉」


 店主の必死さが怪しい。

 ソニアの好物なら里の果樹園で栽培していそうなものだ。しかし店主曰く、陽炎ベリーは活火山の麓でしか育たないらしい。とってつけたような説明だった。


「……実は、入荷数の単位を一桁間違えちまってな。たくさん買ってくれたら、今後サービスするぜ」

 

 最終的には店主の泣き落としに俺は屈した。

 まぁ、いいか。金は余ってる。女子どもは果物を好んで食べるし、これを渡して謝罪のタイミングを見計らってみよう。

 俺は何気なく陽炎ベリーを数箱買い、ククルージュへ帰った。



 



「おかえりなさい、ヴィル。何かいいものは買えた?」 


 家に入るなり、ソニアが出迎えにきた。やはり俺がちゃんと帰ってくるかどうか試していたのか?

 それとも初めてのおつかいを心配する親の心境……いや、それはさすがに気持ち悪いので考えないようにしよう。


「頼まれていたものは全部買えた。あと……これも」


 俺が陽炎ベリーを差し出すと、ソニアははっと息をのんだ。珍しい反応だ。


「ヴィル……どうしてこれを?」


「いや、店主がお前の好物だと言うし、在庫を抱えて困っているようだったから……」

 

 その瞬間、今度は俺が息をのんだ。

 ソニアがはにかむように微笑んだからだ。

 いつもの黒い笑顔とはまるで違う表情。本当に幸せそうで、見ている俺の方まで……。


「ありがとう。私、これ大好きなの。ふふ、嬉しい」


「そ、そうか……」


 思わず俺は目を逸らしていた。なんだろう、おかしい。妙に心が騒いで落ち着かない。不意打ちで攻撃を受けたような気分だ。


「何よその反応」


「いや、果物くらいでそんなに喜ぶとは思わなかったから……」


「お肉に一喜一憂するヴィルに言われたくないわ。それにおかしくて……ヴィルの好きな物を買っていいって言ったのに、私の好きな物を買って帰って来るんだもの。やっと私に尽くす気になった?」


「ちっ、違う! そんなわけ――」


「なんでもいいわ。今日のおやつはタルトを作りましょう。ああ、でもこんなにたくさん……ジャムも作れるわね。ステーキのソースにも合うのよ。ヴィルも気に入ると思う」


 ソニアは陽炎ベリーを抱えてキッチンに向かった。ご機嫌な背中を見送りながら、俺は無意識に心臓を押さえた。

 

 初めてソニアのことが十六歳の少女に見えた。いつもの貫禄はどこにいった。

 俺が何気なく買った物で、あんなに眩しい笑顔を……。

 謝罪の件が頭から吹き飛んでしまった。

 

 きっと見た目のせいだ。悔しいが、ソニアの美しさは認めざるを得ない。そりゃ笑顔の破壊力も高いだろう。あんな顔を見せられたら、男なら誰だって……。


 いや、深く考えるのはよそう。

 こんなことで動揺している場合ではない。

 





 陽炎ベリーのタルトは突き抜ける酸っぱさと、口に広がるまろやかな甘味が絶妙だった。酒の香りも合わさって大人向けの菓子だ。


 気が向いたらまた買ってきてね、と言われ、俺は黙って頷いた。

 今度はタルトの味とソニアの笑顔、どちらを目当てに買うだろう。


 


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