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2 魔女の秘密

 私は十二歳のとき、過去視の魔術を習得した。

 結構難しい魔術よ。「百年に一人の天才じゃあ」「アロニア譲りじゃな、感心感心」と長老たちが会うたびに繰り返し言っていたわ。ボケていたのかしらね?


 私は自らの人生を過去視で遡った。

 お父様は物心つく前に亡くなっていたから、どのような方だったのか知りたかったの。あまり子どもに関心がなかったようね。いつも本ばかり読んでいる根暗な男だったわ。


 がっかりしつつ、好奇心から私はもっと過去を遡った。

 赤子よりも胎児よりも昔、ゼロの記憶はなんだろうと疑問を抱いた瞬間、私は境を越えてあり得ないものを視た。


 それはおそらく前世の記憶。

 なんと別の世界の女の人生を追体験できたのよ!


 その女は“おたく”――空想世界に夢を馳せる人間だった。

 特に『エメルダと魔女伝説』、略して『エメでん』という物語が大好きで、生きる糧としていた。


 驚くべきことに、その“あにめ”という動く物語は、私が暮らす国について語っていた。自分の母親が全ての諸悪の根源として描かれ、私自身が“らすぼす”だという事実……。

 前世女は私のことを『あー、早く死ねよ、くそが! むしろ私がコロす!』と言っていたわ。下品なこと。


 時空の因果律はどうなっているのかしら?

 その『エメでん』の作者に異世界の未来を予知する能力でもあったのか、複数の人間の願望によりこの世界が生まれてしまったのか、はたまた神の悪戯か……。


 その真実を知るには骨が折れそうだから後回しにして、とりあえず今後の対策を練ることにした。

 だって、物語のラストで私はエメルダという女に倒され、死んでしまうのだから。


 この先物語通りに進むとは限らないけど、自分の命が関わっている。簡単に信じられなくとも、蔑ろにはできない。

 とにかく原作通りの悪行を重ねないよう、気をつけた。前世を繰り返し視たせいで随分達観してしまったわ。

 密かに楽しみにしていたレイン王子からの手紙は憂鬱なものに代わり、お母様からの言葉も話半分に聞くようになった。


 私は誰にも操られないし、惑わされない。

 そう誓って生きてきた。


 そして今日は、原作における悪の魔女ソニア・カーネリアンの初登場の日。

 ベールに包まれた謎の少女は、レイン王子に糾弾されたことで怒り狂う。そのまま感情に任せてお母様の罪と己の企みを明かすのだ。……お馬鹿すぎない?

 自白した後は嫉妬からエメルダを手にかけようとするものの、王子に仕える騎士に防がれ、あえなく撤退。しかし最後に捨て台詞と王子への呪いを残していく。


 私にはムリ。

 そんな無様な真似、金塊を山ほど積まれたってできないわ。


 だから早々にシナリオを捻じ曲げることにした。


「……いいえ。私はミストリア王と母アロニアが結んだ盟約の下、嫁入りのためにやってきただけ。レイン様がおっしゃるような犯罪の類には一切関わりございません」


 歌うように発言し、私は純白のベールをはぎ取った。

 長い深紅の髪がこぼれ、私の素顔が露わになると場が一気にざわついた。


「なんと、美しい……」


 ぽつりと誰かが呟きを漏らす。


 そうでしょう、そうでしょう。

 見た目には自信があるの。

 自分で言うのもなんだけど、燃えるような赤髪と赤銅色の瞳は人々の視線を惹きつけ、釘付けにする。

 故郷では美容の鬼と言われている。肌も髪も爪も手入れは完璧。体つきも日々の努力で理想的なものに仕上がっている。


 先ほど着替えと化粧を手伝ってくれた侍女たちも、「レイン王子と並んでも全く見劣りしませんわね!」と感嘆の声を漏らしていた。


 どうかしら、レイン王子。

 貴方の隣にいる少女と比べても、遜色ないでしょう?

 むしろ化粧をして着飾っている分、私の方が完成されている。


 レイン王子は瞬きを繰り返し、呆然としている。その顔が少し可愛かったので微笑むと、びくっと肩を浮かせた。あるいはドキッとしてくれたのかもしれない。


 少しは後悔してほしいわ。


 とはいえ、あまり自分の美貌をひけらかすのは、心根が美しくない。

 勝ち誇るのはほどほどにして、話を進めましょうか。


「ミストリア王、お初にお目にかかります。紅凛の魔女の娘、ソニア・カーネリアンと申します」


 私が優雅にお辞儀して見せると、国王陛下は目礼を返した。


「そして我が約束の君――レイン・ミストリア様。お会いできて光栄です。しかし残念でなりません。将来の伴侶と信じていた方から、かのような発言を聞くことになるとは……私のみならず亡き母アロニアへの侮辱、見過ごすわけには参りません」


 後ろ暗いことがない証明のため、私はじっとレイン王子を見つめた。


 原作“あにめ”では、今日の段階ではソニアの顔はベールに隠されたまま、明らかにならない。終盤で追い詰められてからのお披露目だった。

 しかし“ねっと”上では、ソニアに声を吹き込む人間が超人気“せいゆう”だったため、絶対に美少女だと期待されていた。

 確かに声も「色っぽくて羨ましい」とよく言われるわ。ふふん。


 ……じゃなくて、こうして早々に顔を出すことで、みんなの疑念を払いたかったのよ。だって顔を隠したままでは何を言っても怪しさ満点でしょう?


 王子は若干怯みながらも、エメルダや従者たちに勇気づけられ、反論を吐いた。


「し、しかしこちらには証拠が……証言者がいる。アロニアの姉弟子たちは確かに言ったんだ。二十年前の魔女の襲撃は全てアロニアが仕組んだことだと」


「そうですね。その点に関しては、否定するつもりはございません。お母様は師であるジェベラを騙し、王国を襲撃させ、先代のミストリア王を討たせました」


「なっ……では認めるんだね。アロニアこそが真の悪であったと」


 途端にざわめきだす大聖堂。

 私も王子の真似して手で制してみる。少しずつざわめきの波が引いていった。人の話は最後まで聞いてほしい。


「いいえ。お母様は決して私欲で襲撃を促したわけではありません。理由があったのです」


 くるりと向きを変え、私は聴衆に向けて堂々と語る。


「聞くところによれば、先代のミストリア王は魔女の力を恐れたがゆえ、国を挙げて苛烈な弾圧――魔女狩りを行っていたそうですね? 魔女たちは住んでいた土地を追われ、あるいは理由なく処刑されていた……当時、お母様を含む全ての魔女は怒り、ミストリアを憎んでいたのです」


 まだ二十年前のことだ。集まった貴族たちの中には当時を記憶している者も多くいる。中には私の言葉に頷き、項垂れている者も見られた。


「ミストリア王国と魔女たちの間には冷たい溝が横たわり、日に日に戦いの気運が高まっていた。お母様がジェベラを唆さなくとも、いずれ王都への襲撃は行われていたでしょう」


「だからと言って――」


「だからお母様は急ぎ王都を襲撃させたのです。魔女狩りの憂き目に遭う日々を重ねれば重ねるほど、ミストリアを滅ぼそうと考える魔女は増え、団結し、戦いの規模が大きくなる。そうなれば王国民も魔女もたくさん死んでしまう。あるいは本当にどちらかが滅ぶまで戦いが終わらなくなる。そうでしょう?」


 問いかけておきながら、私は王子たちが答える隙を与えず、言葉を紡ぐ。


「断固として魔女狩りを執行する先代のミストリア王と、魔女たちの精神的支柱であったジェベラ。この二人を早々に亡き者にすることで、高まっていた戦いの士気を下げた。お母様は真に平和を願っていたがゆえ、策を巡らせ自ら手を汚したのです。最低限の犠牲で済むように。

 ……もちろん心を痛めていたわ。『本当は自らの策略を公表したかった』ともおっしゃっていた。しかし、王国と魔女との間に立つ救世主がどうしても必要で、それはお母様しかいなかった。二度と魔女狩りが起こらぬよう和平を提案することが真の目的だったのですから」


 少し間を開けてみたが、言葉を発する者はいなかった。

 王子も、エメルダ嬢も、聴衆たちも、時が止まってしまったかのように動かない。


「お母様が病に伏した原因は、師を騙し自らの手で殺めたことと救世主と呼ばれることへの罪悪感……精神的な心労でお身体を壊されたのです」


 少しだけ嘆くように目を伏せた後、私は柔らかく微笑んだ。


「このような形で真実を告げる運びとなったこと、本当に申し訳ありません。しかし母が亡くなり二年が経った今、ちょうどよい頃合いかと思います。改めて申し上げます。母は私欲のために王都の襲撃を画策したわけではありません。大きな戦いを回避するためです。……分かっていただけましたか?」


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