19 残酷の作り方
後半残酷な部分があります。
食事時はご注意下さい。
コーラルとファントムは余計なことをしてくれた。
ヴィルを憐れみで手懐ける気はなかったのに。
少し計画が狂ってしまったわね。まぁ、口止めしておかなかった私に落ち度があるのだけど。箝口令を敷くほどのことじゃないと思っていたのよね。考えが甘かった。
ヴィルにとって私は両親の仇の娘で、親友の元婚約者で、怪事件の容疑者。
それで良かった。
決して心を許してはいけない相手にドロドロに甘やかされ、依存していく。やがて理性もプライドも薄らぎ、代わりに罪悪感や背徳感に苦しみつつも、いつの間にか私なしでは生きられなくなる。ヴィルをそんな風にじわじわ囲いたかった。
同情心から歩み寄られても面白くない。
私のちょっと痛い過去話を聞いて以来、ヴィルは少しずつ態度を改めている。反抗的な言動が減ったわ。
過去を語ったのがコーラルとファントムだものね。あの二人は私のことをかなり美化して話を聞かせたみたい。
私が二人を気にかけ、生かそうとしたのは理由がある。
詳細は語られていなかったけれど、原作“あにめ”によれば、私が十四のときにお母様は死ぬ。忌々しい実験から解放される日が来るかもと思えたからこそ、私はどんな苦しみにも耐えられた。
問題はお母様が死んだ後だ。
不満を持っていた奴隷魔女たちが私を襲うのは容易に予想できた。真正面からの戦闘なら敵ではないけれど、不意打ちや騙し討ちを全て躱しきる自信はなかった。外部からの襲撃だってなくなるわけではない。
いざというときのために味方を作っておきたかったの。
コーラルとファントムは強いけれど、心の支えを必要とする弱さもあった。懐柔して味方するにはうってつけだったの。
私が本当に良き魔女ならば、襲撃の危険のある里にコーラルを住まわせなかったし、ファントムを里から逃がしてあげたでしょう。もっと言えば、私は襲撃してきた他の魔女は容赦なく殺してきたし、ファントム以外の実験体を助けたことはない。
私は自分の身を最優先にし、二人をそばに置き続けた。
もちろん私の味方になることで相手に損をさせるつもりはなかった。だからコーラルの火傷の治療に協力したし、ファントムの毒料理を交換してあげた。
前世で言うところの“うぃんうぃん”の関係……それを目指したの。
コーラルは私の目論みを分かっていて味方になってくれたと思うけど、ファントムは未だに純粋に私を崇拝している。だけど「私はあなたたちを利用したのよ」と告げるつもりはない。
まだ味方は必要だもの。
私の真意をヴィルに教えようかどうかは迷うところね。
本当のことを話したところで「子どもだったんだから仕方ない」とか「周りを頼ることは悪いことじゃない」とか、年上ぶって諭されそうだもの。
……うん、黙っておきましょう。
それに、ヴィルとの距離が縮まったのはやっぱり嬉しいわ。
「どう?」
「……美味い」
夢中で料理を貪るヴィルが可愛い。
一緒に食事を取るようになって数日が経ち、すっかり警戒心を失くした模様。男は胃袋を掴まれると弱いって本当ね。
今日のメインは魚料理、バンブーニジマスのムニエル。隠し味に雪染めレモンを使っているわ。副菜は女王イカの香草煮。あとは七色豆のスープとチューリップキノコのサラダ。パンとデザートも用意してある。
正直に言えば、一人で暮らしていた頃よりかなり充実したメニューだ。やっぱり誰かに食べさせるとなると気合が入る。ヴィルったら、調理中私の後ろで生真面目に料理メモを取るんだもの。手が抜けない。
食材の半分近くは樹海で手に入るものだから新鮮で安上がりよ。パンは里で共有している石窯を使い、数日分を大量に焼く。これは当番制だから、作る家によって味や出来が変わって楽しいわ。
「悔しいが、金をとれるレベルの味だな……ソニアはいつから料理を?」
「本格的に始めたのは二年前からね。でも薬の調合をやっていたから、似た要領ですぐに上達したわ。天才かもしれない」
「自分で言うな」
料理における大抵の失敗は前世女がやらかしたから、私は同じ轍を踏まずに済んだ。こういうときに過去視は便利ね。
前世女が暮らしていたのは美食の国だった。過去視で追体験したおかげで、私の舌もだいぶ肥えた。“わしょく”を実際に食べてみたいと思うのだけど、この世界にない食材や調味料ばかりで再現が難しい。魔術を駆使して似た味を作り出そうとしているものの、まだ納得のいくものはできていない。究めるのには時間がかかりそう。
デザートの梨のコンポートを突きつつ、私はヴィルに問う。
「お魚も美味しかったでしょう?」
「ああ。だが明日はぜひぎゅ――」
「明日は鶏肉の日」
ヴィルは「ぎゅう……」と悲しげに目を伏せたけど、「いや、俺は鶏肉も好きだ」と思い直したみたい。すぐに顔を上げて目を輝かせた。まだ見ぬ明日のチキンに思いを馳せている。
……なぜかしら。胸がキュンとなった。もしかしてこれが萌え?
侮れない威力に私は動揺した。
「ねぇ、明日の朝ご飯は何を作ってくれるの?」
「オムレツにしようと思っている。中にチーズとトマトを入れる。あとはこのスープの残りと、リンゴでいいか?」
「うん。いいわね。美味しそう」
結局夕食を私、朝食をヴィルが作ることになった。献立を事前に相談しておけばカロリーの心配もないし、夕食の残りを再利用してもらえる。
ヴィル、料理の技術は持っているの。オムレツだって半熟ふわふわに作れるのよ。せっかくなので私好みの紅茶やハーブティーの淹れ方も仕込むことにした。
可愛い従者に優雅な朝を用意してもらえて幸せ。
日中、ヴィルには農作業やユニカのお世話、薪割りや家の掃除を命じている。ようするに力の必要な雑用ね。
王太子付の元騎士にさせる仕事ではない。良く言えば贅沢、悪く言えば無駄な使い方。
ヴィル本人も「俺は何をしているんだろう……」と時折自分自身に問いかけて苦悩しているみたいだけど、雑用自体に文句は言っていない。よほど養われるだけのペットにはなりたくないらしい。
家事の時間が減った分、私は薬を調合したり、本を読んだり、おやつを作ったりしているわ。
まれにククルージュに住む魔女の一人としての役目も果たしている。
結論から言えば子守りね。
「ソニアお姉様、わたしね、今度お師匠様に騎獣を買ってもらうの!」
「お腹空いた。おやつまだ-?」
「静かにしてよ。術式書き間違えちゃう」
「ヴィルお兄ちゃん、怒ってるの? 疲れているの?」
里の中央にあるツリーハウスは二本の樹木が一体となってできている。幹の太い大樹にちょこんと家が乗っていて可愛いわ。もう一つの木は大樹に巻きつき、スロープになって玄関に続いている。ちなみにばば様のお家よ。
家と枝の真下には、風通しの良い空間がある。あるときは集会場、またあるときは宴会場、そして今日は託児所として使われている。
師匠を務めている魔女が買い出しや素材集めに出かける日は、他の魔女が見習いたちの面倒を見るの。今日は私とヴィルが当番。元気いっぱいで相手をするのは大変だけど、基本的に良い子ばかりだから苦ではないわ。
ヴィルは……六歳のスティと七歳のセラから質問責めに遭っているみたい。
「どうしてこの里に来たの?」
「魔女が嫌いって本当?」
「騎士様ってどうやってなるの?」
「ソニアお姉ちゃんの恋人なの?」
「かくれんぼする?」
「お絵かきがいい?」
ヴィルはどの質問にも素早く答えられず、あわあわと口を動かすだけ。やがて子どもたちの方がため息を吐いた。
「つまんないね」
「ね。ファントムお兄ちゃんだったら面白いリアクション取ってくれるのに」
囁き合いながら去っていく二人を見送りつつ、ぐったりと肩を落とすヴィル。真面目すぎて融通が利かないのよね。そこが可愛いんだけど、子どもにはまだヴィルの魅力が分からないらしい。
「ねぇ、ソニアお姉様。『七大禁考』のこと教えてください!」
「急にどうしたの、マリン」
十一歳――見習いの中では最年長のマリンが、身を乗り出して訴えてきた。一人前の魔女に近づいてきて、「七大禁考」に興味を持ち始めたみたいね。私には分からないけど、この年頃ではよくあることなんですって。
「だって、お師匠様は詳しく教えてくれないんです」
「知ったら研究したくなるかもしれないからじゃない? あなた、人一倍好奇心が強いから」
「そう、禁じられると余計に……ううん! 絶対手を出したりしません! 知らないと余計に気になって調べたくなっちゃいますぅ!」
こうなるとマリンはなかなか引き下がらない。
仕方ないわね。町の図書館に行って、大人用の書架を調べれば分かることだし、釘を刺す意味でも話しておこうかしら。
「七大禁考は……実現すれば世界を滅ぼしかねないゆえに、研究を禁じられた魔術のことよ」
壮大な切り口にマリンは息を呑んだ。話が聞こえたのか、ヴィルが眉をひそめる。
「人が気軽に扱ってはいけないもの……肉体、知識、魂、時、空間、生命、精神。『七大禁考』はそれらにまつわる理論上の最上位魔術」
肉体に関する魔術――不老、若返り、超回復。
知識に関する魔術――予知、全知。
魂に関する魔術――死者蘇生、憑依転生。
時に関する魔術――時間の停止、あるいは巻き戻し。
空間に関する魔術――瞬間転移、亜空間の製作。
生命に関する魔術――人造生命の創造。
精神に関する魔術――呪い。
「どれも実現すれば世の秩序を乱す。簡単に言えばものすごく迷惑をかける。代償も大きいわ。だから間違っても手を出しちゃダメ」
マリンは首を傾げた。
「えー? ヤバそうなのもあるけど、世の中の役に立ちそうな魔術もあるじゃないですか。どんな代償があるんですか?」
「そうね。有名なので言えば、北の大陸スノードルのクリスタ山かしら。百年前、魔女モルダは雪崩から我が子を助けるために、二十一秒間時間を止めた。その結果クリスタ山の魔力の流れは停滞して淀み、生物の住めない死の地になってしまったの。清らかな雪解け水がなくなって、麓の町村は滅んだわ」
「へ、へぇー」
他にも空間魔術の座標指定に失敗して十七人の体が捻じ切れてしまったり、人造人間を作ったら食人鬼になってしまったり、「七大禁考」には凄惨な歴史がある。
「じゃ、じゃあ若返りは? 自分にかける魔術なら迷惑かけないんじゃ……」
「ところが、若返りの魔術は材料集めが大変だってことが分かっているの」
私はヴィルに目配せした。薔薇の宝珠のレシピの一部を教えてあげましょう。
これはコーラルが宝珠を諦めた理由でもある。
「濁りの少ない瞳三十個、若い女の顔の皮膚十人分、同属を殺した魔獣の心臓……他にも血生臭いものをたくさん」
マリンは小さく悲鳴を上げ、ヴィルは目を見開いた。
他の生命から剥ぎ取って得た若さと美にどれくらいの価値があるのかしらね?
次回はヴィル視点です。
今後徐々に増えていきます。
花粉症の薬で眠くて更新が滞りそうです。すみません。