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15 魔女の里


 ククルージュは、捻じれ樹海の奥のぽっかりと開けた場所にある。


 民家は十もない。統一感のないデザインとサイズだから、一見して里には見えないわね。区画の整理もなく、それぞれが点々と建っている。里の中央にはツリーハウスがあるし、庭の代わりに畑や薬草園がところどころに造られている。とにかく緑がたくさん。


 周りに外壁はなく、木々の間に色とりどりの紐が走っているだけ。

 屈まずにくぐれる場所もあるくらいの緩さなのだけど、特殊な結界魔術が織り込んであって、侵入者や害意を弾く仕組み。空中にも張り巡らされているので、上からの攻撃にも対応できる。

 結界と契約している里の人間には無害だから、洗濯物を干すのに使われることもあるわ。


 鬱蒼とした樹海の中、ククルージュには柔らかい光が差し込んでいる。

 魔女の小さな楽園。私の大切な故郷。


 ヴィルにとっても居心地の良い場所になってくれればいいけど……すぐには無理よね。






「おかえりなさーい、ソニアちゃん。そしてようこそヴィルちゃーん。歓迎するわよー」


 帰郷の翌日、ツリーハウスの下でささやかな宴が開かれた。

 と言っても、敷物の上に各家から持ち寄った料理や酒を広げ、食べて歓談するだけのカジュアルな宴会。ピクニックやお花見みたいな感じね。

 私とヴィルのために住人全員が集合してくれた。ま、二十人ちょっとしかいないけどね。


「おかえり。王都はどうだった?」

「ソニアお姉様をフる男がいるなんて信じられない!」

「厭い子を恋人にするくらいだ。変わった趣味の王子なのだろう」

「でも……代わりに良い男を連れてきましたね……」

「さすがソニア。ただでは帰ってこないねぇ」


 赤ん坊から老婆まで幅広い年齢層の女性のほとんどが魔女、もしくは見習い魔女だからかしましいわ。

 周りは気楽な雰囲気なのに、ヴィルだけまるで死刑判決を受けるかのような悲壮感を漂わせている。まだ具合が悪いのもあるでしょうけど、それにしても緊張しすぎ。

 ああ、魔女殺しがないから心細いのかもしれないわね。さすがにこの場には相応しくないから部屋に置いておくように命じた。


「はーい。乾杯の前にソニアちゃんから挨拶ー」


 宴を取り仕切っているのはコーラル――派手なピンク髪にくま耳カチューシャ、フリルまみれのエプロン姿が特徴の魔女だ。二十五歳という年齢を考えると少し痛いファッションなんだけど、可愛くてよく似合っている。

 ……原作では怪事件を起こす悪い魔女の一人。そうならないように私が数年前からこの里に住まわせ、気にかけてきた。今ではとても仲良しよ。空き家になるはずだった私の家の管理を任せていたくらい。


「ただいま。つい半月前に送別会を開いてもらったばかりなのに悪いわね。いろいろ事情があって戻ってきました。これからもよろしく」


 一部から熱烈な拍手が鳴り響くのに苦笑しつつ、私は隣で小さくなっている青年に視線を向ける。


「婚約破棄の賠償として、核持ちの元騎士をもらってきたわ。ヴィル・オブシディア。これもいろいろ事情があって魔女のことが大嫌いなのだけど、根は真面目な良い子よ。いじめないであげて。でもヴィルに色目を使ったら許さないから」


 なんだその紹介は、と言わんばかりに私を睨みつけるヴィル。

 ふふ、文句があるなら口に出さないと。


 まばらな拍手の中、ゆらりと立ち上がる影があった。


「そ、ソニア様……! どうして、どうしてぇ!」


 頭を抱えて絶叫する男に、周囲にしらっとした空気が流れ始める。やれやれまたかい、って感じ。


 大柄で猫背、全身に鎖のアクセサリー、というより鎖をそのまま巻きつけている異様な雰囲気の青年。透き通るような銀髪で肌は青白く、銀の瞳の下には大きなクマがある。まるで幽鬼のよう。顔立ちは綺麗な方なのだけど、夜中に出くわしたら子どもが泣き出すこと必至の容姿をしている。


 紹介しましょう。私の忠実なるしもべ……ではなくて、ステキなお友達を。


「ファントム……急にどうしたの?」


 彼の名はファントム・ギベルド。

 原作で言うところの“中ぼす”さん。


 ソニアに鞭で打たれると喜ぶ変態性癖の持ち主だ。“あにめ”の終盤ではソニアに脳を改造されて殺戮兵器と化すわ。インパクトのあるキャラだからか、敵役でも“しちょうしゃ”には人気だった。通常時でもヴィルと良い勝負ができるくらい強かったし。


 もちろん現実の私はファントムの調教なんてしていない。出会ってからずっと普通に接してきたつもりなんだけど、何故か原作通り私を偏愛するヤンデレになってしまった。


「ひどぉいぃ! オレの愛は拒絶したのに、王子の婚約者だからごめんって、そう言ってたのにっ!? 結婚せずに他の男を連れて戻ってくるなんてぇ! しかもこれから一つ屋根の下で暮らす……っ!? くぅ、妬ましいぃいい……呪ってやるぞぉ、ヴィル・オブシディアぁ……!」


 俺を呪うのかよ、とヴィルが小さく呟いた。怒りの矛先が急にスライドしてきたものね。

 

 放っておきたいところだけど、このままだと血の涙を流しかねない。せっかくの宴の席なのにこんな理由で流血沙汰はイヤ。


「ファントム、ヴィルを恨まないで。というか、妻子持ちのくせに変な嫉妬しないで」


「そうよー、ファントムちゃん。あんまり大声出しちゃだめー。フレーナちゃんが怖がるわよー」


 コーラルの言葉にファントムはハっと我に返った。


「ご、ごめん……! ああ、オレの天使ぃ!」


 コーラルの隣、ゆりかごの中にいる赤ん坊フレーナに向け、ファントムは蕩けるような笑顔を見せた。

 実はファントムとコーラルは結婚していて、一年前に子どもが生まれたばかりなのよね。


 ファントムに愛されすぎて夜も眠れなくなりそうだった私は、コーラルに対処を頼んだ。当時のファントムは私が何を言っても冷静さを欠いて叫び出すから会話にならなかったの。今もそうだけど。

 だからコーラルを通じてストーキング行為をやめるように伝えてもらったのよ。そうしたらいつの間にか二人が結ばれていたのよね。謎。


 コーラルもファントムも天涯孤独だし、奇抜なファッションセンスだし、惹かれる部分があったみたい。ちなみにファントムは十九歳だからちょっとした歳の差婚ね。素敵だと思うわ。


「ご、ごめんなさいぃ……ソニア様ぁ……あなたという人がありながら、オレは、オレは、愛娘が一番可愛いぃ……! どうか罰としてオレを踏みつけてくださいぃ!」


「嫌よ。幸せそうなあなたを踏む理由がないもの」


「ああああああ、やっぱりソニア様優しくて好きぃ……!」


「嫁のあたしはー?」


 コーラルは膨れつつも本気で怒ってはいなかった。姉さん女房の余裕を感じるわ。

 呆気にとられている、というよりもどん引きしているヴィルに構わず、乾杯して宴会は進んだ。






「食え……顔色が悪い。コーラルはソニア様の次に料理が上手だから美味いぞ」


 ファントムがぶっきらぼうながら、ヴィルのお皿に肉の塊を乗せてあげていた。

 ククルージュは男女比二対八の女の園。男は力仕事でこき使われるし、肩身が狭いし、よくつるんで愚痴っているらしい。

 新しい男手ということもあり、ファントムも本当はヴィルとお友達になりたいみたいね。なんだか見ているこっちがそわそわしてしまうわ。


「お前に顔色のことを言われたくないが……分かった。いただく」


 ヴィルは警戒しつつもファントムのしつこさに負け、肉の煮込み料理を頬張った。頑なに拒否するかと思ったのだけど……本当に肉料理が好きね。それともやけ食い?


「ん、妙なクセがあるな。珍しい食感……なんの肉だ?」


「聞いて驚くがいぃ……灰色飛竜だ!」   


 ヴィルが盛大にむせた。


「こないだの夜たーくさん飛んできたんだけどー、ファントムちゃんったら、全部殺しちゃったのよねー。生け捕りにして騎獣屋に売りたかったのにー。大損よー」


「うぅ、でも、鱗や核はそれなりの額になった……肉も良い値になったぞ」


「そうねー。どっちみち臨時収入だしー、竜属のお肉なんてめったに食べられないしー、許してあげるー」


 ファントムは胸を撫で下ろし、鎖をじゃらじゃらさせながら美味しそうに愛妻の手料理を食べ始める。

 一方ヴィルは顔を真っ青にしつつ、果実酒を一気飲みした。吐くのは何とかこらえてくれたみたい。

 あの夜のことがフラッシュバックしたのかしらね。可哀想に。私がこっそり背中をさすっても、ヴィルは抵抗しなかった。






「オブシディアというと、あの魔女狩り騎士の子かねぇ」

 

 宴が落ち着いてきた頃、私はヴィルを連れてククルージュの長老に挨拶に行った。

 長老と言ってもご意見番の地位にいるだけで特に権限はない。でも物知りだから自然と若い魔女たちは敬意を払う。私も小さい頃から可愛がってもらっていたから大好きよ。

 目尻の皺のせいかいつも笑っているように見える。実際優しいおばあちゃんなの。


「ええ、ばば様。ヴィルはクロス・オブシディアの子よ。魔女殺しも受け継いでいる」


「そうかい。二十年前、わたしの末の妹が奴の手にかかって死んだよ。町で息子夫婦と孫と暮らしていただけで、何の罪もない魔女だったけども」


 ヴィルは拳を握りしめ、息を詰めた。


「……父の代わりに俺を憎むか?」


「いいや。親の罪を子に引き継がせて裁いたら、今頃地上に人はおらんわねぇ。良いところだけ継げばよろしい。お前さんの父は、それはそれは良い男じゃった。獣のように強く、鋭かった。魔女の返り血を浴びて笑う姿は、敵ながら見惚れるほど妖艶でな……」


「は……?」


 長老は当時を懐かしむように遠くを見て、ため息を吐いた。


「あれも魔女が生んだ業の子よ。黒艶の魔女スレイツィアの時代から数十年……お前さんとソニアが連れ立っておるというのも奇縁よのう」


 ヴィルが説明を求めて視線を寄越したけど、私は首を横に振る。


「ばば様はたまに訳の分からないことを言うのよ。もうお歳だから大目に見てあげて」 


 私の言葉が聞こえてないみたいで、長老は「ジェベラもアロニアも、ろくでもないものを引き継ぎおって」と唸っていた。






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老成してると視点が違うんスかねぇ…
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