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11 冷たい夜の真実

 



 最後の町を出て、適度に休憩を挟みながら進む。チャロットたちに尾行されるかもと心配していたけれど、その気配はない。本当にヴィルに一目会いに来ただけなのかしら?


 夕方に小さな村に着いた。この辺りになると私も何度か足を運んだことがある。地元って感じね。


「そ、ソニア様!? どうしてこんなところに……?」


「お久しぶりね、村長さん。訳あって婚礼は中止になりました」


「なんですと!」


 小さな村ゆえまだ婚約破棄の報せが届いていないらしい。かいつまんで事情を話すと村長さん以下、村の大人たちは仰天していた。


「それは、あの、なんと申し上げればよいのか……」


「別に気にしていないわ。また故郷に帰ってこられて嬉しいくらいよ。それで急に悪いのだけど、天幕を一つ貸して下さらない? 今夜は森の高台で夜を明かしたいの」


「そんな、我が家に泊まっていって下さい。何もない村ですが、精一杯のおもてなしを――」


「ごめんなさい。それはまたの機会に。ちょっと大切な用事があるの。重ねて申し訳ないんだけど、今夜は絶対に森には近づかないで」


 いきなり無茶を言ったのに、村長さんは何も聞かずに頷き、高台に天幕を張って夕食まで差し入れしてくれた。その上ユニカを村で預かってくれさえした。

 星空の下、ヴィルと二人で焚き火を挟んで向かい合う。温かいご飯を食べ終わると、ポツリと呟きが聞こえた。


「随分と信頼を得ているようだな……」


「ちょっと前にこの辺りに住み着いた魔獣を駆除したことに、恩を感じてくれているみたいね。義理堅い人たちでありがたいわ」


 良いことはしておくべきね。おかげで今夜も魔獣の心配をしなくて済みそうだし。


「それで、大切な用事というのは?」


 無意識か脅しか知らないけど、ヴィルは魔女殺しを手元に引き寄せた。私はにこりと微笑みを返す。


「明日にはククルージュに帰れるわ。道中、ユニカのお世話や魔獣退治をしてくれてありがとう。ご褒美になんでもヴィルの欲しいものをあげる。お金でもご馳走でも、それ以外でも」


 頑張りに見合った対価を支払わないとね。まぁ、私は過剰すぎるくらいヴィルを甘やかすつもりだけど。

 私の企みを見透かそうとジッと見つめてくるヴィル。やがて、低い声で言った。


「俺が求めるのは真実だけだ。お前のやましい隠し事の全てを正直に話せ」


「ふふ。確かに恥ずかしい秘密の一つや二つはあるわ。教えてあげても良いけど、ご褒美にはならないわね。きっとあなた泣いちゃうわ」


「馬鹿にしてるのか?」


「してない。でも、そうね……ヴィルが今夜だけ良い子になってくれたら教えてあげられるかも」


 手負いの虎のようにヴィルの顔が険しくなった。

 そんなに身構えられると、私も苦笑するしかないわね。何をされると思っているのやら。

 ダメね。遠回しな物言いは全部そっち方面に取られちゃいそう。

 私はため息を吐いた。


「……もうすぐミストリア王の使者が訪ねてくると思う。もしもヴィルがその場に同席したいなら、今夜だけは従順でいて。レイン様ではなく、間違いなく私の従者であると知らしめてほしい。余計なことは一切話さず、私の話に合わせること。約束できる?」


「……陛下の使者が? なぜそれが分かる?」


「私ならそうするから。王都からはできるだけ遠く、ククルージュに入る直前。誰にも聞かれてはいけないお話をするの。本当ならヴィルには……王子側の人間には聞かせられない話なのだけど、私は同席を許すわ。ヴィルが知ったところでどうせ何もできやしないもの」


 挑発的な言葉にむっとしつつも、ヴィルはどこか不安そうだった。私と陛下の間にヴィルや王子が知らない繋がりがあるなんて、思いもよらなかったのでしょう。


「演技でも従順なふりができないなら、天幕で眠っていてもらうしかないわね。どうする?」


「……無論、同席する。ここで逃げたら意味がない。分かった。余計なことは一切しないと誓う」


 その答えに満足した私は早速ヴィルの隣に移動し、彼の腕に体を預けた。


「おい、なんのつもりだ」


「練習。今夜は従順でいてくれるんでしょう?」


 甘えん坊の猫のように頭を擦りつけても、ヴィルは硬直したまま動かなかった。頭の中が真っ白なのかもね。


「ねぇ、ヴィル。もしかしたら今夜、あなたは全てが嫌になって、死にたくなるかもしれないわ」


「……脅しか?」


「違う。相応の覚悟をしておいて欲しいのよ。それに、覚えておいて。私がヴィルを守ってあげる。たとえ壊れて使い物にならなくなっても捨てないわ。だから安心して」


 ぬくもりを通じて、ヴィルの戸惑いが伝わってくる。


 私は知ってるのよ。

 あなたが今まで誰にも守られずに生きてきたこと。


 ヴィルは騎士様だから、誰かを守るために剣を振るう。誰かの幸せのためにその身を犠牲にする。

 原作でも現実でもそれが存在意義なのよね。立派だと思うわ。


 でもそんなの面白くない。報われないのに耐え忍ぶ意味がある?

 楽しんでこその人生でしょう。私はヴィルがダメになっていくところが見たい。

 だから私は今夜、ミストリアの騎士を一人殺そうと思う。

 

「……来たわね」

 

 空を切り裂く独特の羽ばたきが聞こえた。

 頭上を黒い影が横切る。世界最速の騎獣――飛竜だ。






 森の奥深く、竜が降り立った場所に向かうと、五人の男が待っていた。薄暗いし、みんな頭からフードを被っていて顔が分からない。

 濃密な魔力の気配がした。男たちは術士と核持ちの戦士でしょう。そして灰色の飛竜も戦闘教育を受けた個体だと分かる。少数精鋭……荒事に備えているみたいね。


「……意外ですな。ヴィル・オブシディアを連れてくるとは」


 真ん中の男が一歩前に出た。ヴィルの存在に困惑している様子。


「ごめんなさい。この可愛い従者は片時も私と離れたくないみたいなの。心配はご無用ですわ。ここでの話を漏らしたりはしない。もちろんレイン様に伝わることもありません。もう彼は私の虜だから」


 こういう嘘を自分で言うと物悲しい気持ちになるわね。

 ヴィルは信じられないものを見るような目を私に向けた。薄暗いから些細な表情の変化には気づかれないと思うけど、一応注意を逸らしておきましょう。

 私は枝垂れるように彼の腕に抱きつく。怒りか羞恥かヴィルの顔がほんのり赤くなったけど、振り払われはしなかった。上出来。


「えぇ、えぇ、分かりますよ。真面目な男ほど一度快楽に堕ちるとドロ沼だ。優秀な騎士を失うのはミストリアにとって大きな痛手ですが……現状、彼はあなたに囚われるのが一番かもしれませんね。そういうことなら同席を認めます。彼には知る権利がある」


 男はあっさりとフードを外した。


「セドニール殿……」


 ヴィルの小さな呟きを無視し、男――セドニールさんは恭しく頭を下げた。紳士的な笑顔を浮かべた五十歳くらいのおじ様だ。詳しく聞かなくても分かる。この場にいるということは、彼は二十年来のミストリア王の腹心なのでしょう。


「我が主ミストリア王より、魔女ソニア様にいくつか確認したいことがございます。嘘偽りなくお答え下さるよう、お願い申し上げます」


 セドニールさんは柔和な笑みを消した。


「二十年前のこと……真実は受け継いでおいでか? もちろん、婚礼の場であなたが話された『綺麗な嘘偽り』ではなく、『醜くおぞましい真実』の方です」


 すぐそばで息を飲む音が聞こえた。私はさりげなくヴィルの手を握りしめる。今あなたが口を挟んじゃだめよ。ややこしいことになるから。


「はい。お母様から聞き及んでいます」


 私のお母様は大きな戦いを防ぎ、ミストリアと魔女との間で和平条約を結ぶため、師ジェベラに王都を襲撃させ、結果的に先代王と師を亡き者とした。

 断じて私欲のためではなく、真の平和を願うゆえに手を汚した。


 それが私が婚礼の場で語ったお話。

 とってもよくできた美談。


 でも、ごめんなさい。それは真実ではないの。


「ふむ。では確認のため、お話しいただけますか。アロニア様が偽りをあなたに伝えている恐れがあるので」


 促され、私は頷く。


「二十年前、レイン王子のおじい様――当時の王ストムス・ミストリアは執拗な魔女狩りを行っていた。とある魔女が開発した宝の存在を知り、魔女の英知を恐れたから。あわよくば、自らが手に入れようと目論んでいたのかもしれません。

 ほとんどの魔女は無関係だったにもかかわらず、魔女というだけで王国の魔女狩り部隊に狙われ、苦境に立たされていた」


 強い魔女ほど群れるのを好まない。

 弟子として引き取った子どもと師弟関係を結ぶことはあっても、横の繋がりはほとんどなかった。自分の魔術の開発が第一で、それを横取りされることを極端に嫌っていたからだ。


 秘密主義なのよ、魔女は。

 だから国家に狙われると脆い。多勢に無勢ではいくら強力な魔術が使えても、討ち取られてしまう。

 よほど追い詰められなければ共闘しない生き物なのだ。


「このままではまずいと焦ったのが、緑麗の魔女ジェベラ。何を隠そう、ストムス様が危惧した『薔薇の宝珠ロードクロシアン・オーブ』を開発したのが彼女だから。作製に成功したのは一つだけだという話だけど、ジェベラの頭の中にはそのレシピが残っている。ストムス様はレシピが流布するのを極度に恐れていた」


「薔薇の宝珠……?」


 ヴィルが話について来られないのも可哀想なので、私はそれについても説明してあげた。


「薔薇の宝珠は不老、正確には『常に若く美しい頃の肉体でいられる霊薬』のことよ。お腹の中に埋め込んで使うの。だから魔女狩りの際は、捕えた魔女の腹をいちいち暴いていたらしいわね」


「なっ……」


 捕まった魔女は血を抜かれ、腸を引きずり出されていた。これは単なる見せしめではなく、宝珠を探すという意図もあったの。ちなみに、抜いた血の方は魔女殺しの製作に使われていたみたい。無駄のないことで。


「ジェベラはアンバートという若い男に懸想していたんですって。当時すでに六十近いおばあさんだったんだけど、若返って失った青春を彼とやり直したいと思ったみたい。それで不老の実現……『七大禁考タブー』に手を出した」


「私には分かりますぞ。若いあなた方には理解できないでしょうが、活力満ちたあの頃の体に戻れたらどんなに素晴らしいか……女性ならばなおさらその思いは強いでしょう」


 セドニールさんは理解を示した。しかし、それは願ってはいけないことだとも言った。私も同意する。


「薔薇の宝珠を用いれば、不死とまではいかなくとも老いでは死なない体になる。それは世の秩序を乱すことに繋がります。もしも権力者が宝珠を手に入れればどうなるか。世代交代が行われなくなり、永遠の支配力を手に入れてしまうかもしれません」


 不老の宝珠が存在すると分かれば、人々はどうするのでしょうね。

 我先にと奪い合いになる?

 でももし宝珠を手に入れても、今度は自分が狙われるのは分かりきっている。なら宝珠を持つ権力者にへりくだり、恩恵にあやかった方がいいと思わない?

 そうして盤石の世が築かれたら、大陸中の国を平らげることすらできるかもしれない。


 ストムス王はそれを恐れていた。

 自らが手に入れることができないのなら、レシピごと闇に葬らなければならない。

 だから血眼になってジェベラを探していたそうよ。

 

「確かに、目の上のたんこぶがいつまでも生きていたら困るわよね? 当時魔女ジェベラ、そして国王ストムスの両名を疎ましく思う者がいた。それが私のお母様アロニア・カーネリアン。そして当時の王太子シュネロ様」


 シュネロ・ミストリア。

 つまり現在のミストリア王のこと。レイン王子のお父様ね。


 このタイミングで現国王の名前が出てきたことに、ヴィルは顔を歪めた。ごめんね。その嫌な予感、当たっているわ。


「お母様の方は単純。師から不老のレシピを奪いたかったし、国王に魔女狩りなんて鬱陶しいことを止めさせたかった。

 シュネロ様は、薔薇の宝珠とジェベラを闇に葬るという部分は父親に同意したけれど、魔女狩りには反対だった。先の読める方だったのでしょう。これからの時代、魔術の発展が国力を左右する。生活も文化も戦争も、あらゆる分野で魔女の英知が必要になると考え、魔女狩りの廃止を強く求めていたそうですね。でもストムス様は聞き入れてくれない。ならばもういっそのこと……」


 と、いうのは建前。

 お母様曰く、シュネロ様とストムス様はものすごく折り合いが悪かったんですって。

 王太子であるにもかかわらず、王位を継げないかもしれないとシュネロ様はものすごく焦っていたらしいわ。ストムス様は遠縁の子を可愛がっていたみたいだし。


 まぁ、これはわざわざ言わなくてもいいでしょう。誰も得をしないから。


「お母様とシュネロ様は、ほとんど同時期に同じ計画を思いつき、出会うべくして出会ったそうですね。まるで生き別れた兄妹のように波長が合った、とお母様は言っていたわ。そしてお互いに目の上のたんこぶを殺害する計画を立てた……」


 繋いだ手の平がどんどん冷たくなり、小刻みに震えはじめた。

 私はヴィルが崩れ落ちないようにぎゅっと握り返す。


「二十年前の襲撃の真実……それは現ミストリア王と魔女アロニアが共謀して、先代王とジェベラを殺したこと」


 お母様が大きな戦いを避けるために襲撃を画策したなんて大嘘。

 そんな人じゃない。美談なんてとんでもないわ。

 

「ようするにクーデターだったのです」


 




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