10 エメルダの仲間たち
朝からヴィルは機嫌が悪かった。
「……薬を使ったのか?」
「リラックス効果のあるお香を焚いただけよ。ほんの少し魔術を練り込んであったけど……ぐっすりだったわね?」
ヴィルが眠れないのも可哀想だし、私の安眠のためにも必要だったと思うの。寝顔、堪能させてもらったわ。
彼は無言で壁を叩いた。私に無防備な姿を晒したことが悔しかったようね。
「私の手作りのお香よ。後遺症はないでしょう?」
「もしかして、薬師というのは……」
「嘘だと思ってたの? 私は魔術薬の専門家。特に美容薬には定評があるわ」
でも、ヴィルがすやすや眠るのにはだいぶ時間がかかった。王子の側仕えともなれば、訓練して毒薬に耐性をつけなければならないのでしょう。
私も経験があるから分かるけど、なかなか辛いわよね。自分で毒をあおるのは。
ヴィルが起きるのを待っていたから、やや遅めの時間に部屋を出た。
受付でヴィルは宿屋のご主人にやたら羨ましがられていた。内容の想像はつくけど、気づかないふりをしておきましょう。
ますます警戒心が強くなった従者とともに、私は故郷への道を進んだ。
ヴィルはククルージュに近づくにつれ、体が強張ってきた。別々の宿を取ってもあまり眠れないみたい。どんどん顔色が悪くなり、ぴりりとした空気を放っている。
緊張しているのね。彼が憎む魔女の巣窟に行くことに。
旅立ちから四日目の昼、最後の町に到着した。
ここからククルージュまであと丸一日ほどの距離。その間には小さな村や集落しかないけど、この町には泊まらず、準備をしたら出発するつもり。
今夜は山場があると予想している。ヴィルほどではなくとも、私も少し緊張していた。ククルージュに帰るまでは気が抜けない。
買い出しのためにヴィルと二人で市場に向かった。
「あと一日でククルージュに付くのよ? こんなにも要らないでしょう?」
「いや、必要だ。食べないとやっていられない」
干し肉をどれだけ購入するか、肉食獣……じゃなくてヴィルと相談していると、
「ヴィルさーん! やっと見つけましたー!」
大きな本を抱えた金髪の少年が駆け寄ってきた。その後ろには人目を惹く容姿の男女もいる。
「シトリン? それに、モカとチャロットまで……」
あらあら。
私は内心の動揺を隠し、首を傾げるに留めた。
十二歳前後の金髪の少年、シトリン。
私と同じ年頃の男女二人組、メイド服の少女モカと、大道芸人のように大きなシルクハットをかぶった少年チャロット。
この三人とヴィルは、エメルダ嬢が探し出した四人の仲間だ。
……ここで王子の仲間に会うのはまずい。もう遅いけど。
私は舌打ちしたい気持ちを押さえ、成り行きに賭けた。
「お前たち、どうしてここに?」
シトリンは目をキラキラさせてヴィルを見上げた。
「飛竜で先回りしたんです。きっとこの町を通ると思って」
「いや、そうではなく……なぜ追いかけてきた?」
「そりゃ、ヴィルっちのことが心配だったからさ! 大丈夫か? まだ食われてねぇ?」
チャロットが鷹揚にヴィルの肩を叩いた。ヴィルは鬱陶しげにそれを払いのける。この二人の関係性も原作のままみたいね。
「余計な世話だ。早く王都に戻れ。今は王子とエメルダのことを守ってくれと言ってあったはずだ」
「他ならぬエメルダからお願いされたのです。ヴィルくんの様子が心配だから見に行ってって」
「エメルダが……」
モカが淡々と告げる言葉にヴィルの表情がぱぁっと明るくなった。単純な男。
軟禁状態でも仲間との会話は認められているみたいね。エメルダ嬢、とことん邪魔な女。
そろそろ存在を無視されるのも面白くないので、私は一歩前に出た。全く、王子側の人間には無礼者しかいないのかしら?
「あなたたち、見たところレイン様のお仲間ね? 私の従者を心配して下さってありがとう。ご存じでしょうけど、ソニア・カーネリアンよ。どうぞよろしく」
三人の視線が私に集まる。
敵意、というほどじゃないけど、それなりに警戒心を帯びた目だ。
私はそれに気づかないふりをして柔らかく微笑む。すると三人は居住まいを正した。
「これは失礼。オレはチャロット・エアーム。ソニアちゃん……近くで見るとヤッバいな。超美人。ヴィルっちが羨ましー。なはは!」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。もしかしてあなた、エアーム商会の方?」
「そうそう。よく知ってんね。西の地方にはまだまだウチの商品は出回ってないはずだけど」
「そんなことないわ。エアーム商会の取り扱う食器は人気よ? 手に入りにくいからこそみんな欲しがっている。アズライトの領主様からいただいて、私も愛用しているわ」
「そっかー! ありがとう! 今度オレからも何かプレゼントするよ!」
チャロットは底抜けに明るいお調子者。これでもミストリアでは五指に入る商会の跡継ぎだ。確か、賭けで大損してピンチに陥っているところを、エメルダの予知に救われて仲間になったのよね。
彼は創脳も核も持ってないんだけど、珍しい魔動銃で戦う。弾丸となる魔力の結晶はとても高い。お金持ちだからこその武器だ。
……ちなみに、原作“あにめ”における裏切り者は彼。
と言っても、心からエメルダを裏切るわけじゃない。彼には不治の病で苦しむ妹さんがいる。その治療薬と引き換えに仲間になれと言われ、激しい葛藤の末にソニアに情報を流していた。
私に握手を求めるチャロットを押しのけ、メイドの少女が前に出た。
「わたくしは、モカ・セリウスと申します。侍女としてレイン様にお仕えしております」
「セリウス……数年前に没落した子爵家と同じ名前ね」
「はい。わたくしはセリウス家の直系の者です。……それが何か?」
「いいえ。特に他意はないわ。気分を害されたならごめんなさい」
「…………」
モカは元貴族のクールビューティー。
没落して行き場を失くしたところをレイン王子に救われ、絶対の忠誠を誓っている。
彼女は核持ち。護身術として槍術を修めていて、大きな魔道槍を使いこなす。ようするに戦うメイドさん。ヴィルとは似たような立ち位置だけど、彼女は密かに王子に恋をしている。
だから最初はエメルダに冷たく当たり、「王子にふさわしくない」と二人を引き離そうとしていた。しかし次第にエメルダの頑張りを認め、最終的には親友になる。一応王子に告白してけじめをつけるシーンもあったかしら。
そして、失恋の後はチャロットといい感じになるのよね。
チャロットが裏切り者だと判明した後は激怒し、二人で殺し合うことになっちゃうの。
結局チャロットが本気を出せず、モカが勝つ。チャロットは意識不明の重体。後で裏切りの理由を知ったモカはショックを受け、看病のために戦線を離脱してしまうというわけ。
悲劇ね。
「僕は、あの……シトリン・ヌイピュアです。エメルダさんたちにお母さんを探すのを手伝ってもらっていました」
ヴィルの後ろに隠れながら、シトリンが恥ずかしそうに言う。
生き別れた母親を探して旅をしていた子。魔獣に襲われているところをヴィルに助けられ、以来強くて男らしいヴィルに懐いている。
創脳持ちの天才児でいじられキャラ。簡単な魔術なら使えるけど、攻撃力は弱め。一行のマスコットキャラ的な存在ね。
でも中盤になると修業を始めて戦えるようになる。ラストバトルの直前に魔獣の群れに囲まれたときは、囮役を買って出るの。「僕だって男です! 戦えます! ここは僕に任せて先に行ってください!」って感じで。
結局、シトリンがどうなったのかは“あにめ”では明示されない。魔獣の死骸の中に、彼が大事にしていた本が血まみれで埋まっているシーンで終わる。一応生死不明だけど、おそらく……。
前世女は「貴重なショタが!!」と泡を吹いた。その翌週にヴィルが死ぬから、“しちょうしゃ”のメンタルは滅多打ちね。
「あの……何か?」
私はシトリンの顔をじっと見つめる。
王子やエメルダ嬢、ヴィルを見たときも少なからず感じたけど、“あにめ”の絵と実物を比べると少し変な感じがする。
特にシトリンは“あにめ”では“でふぉるめ”された顔が多かったし。
「やめて……っ。そんなに見ないで下さい。恥ずかしいです!」
真っ赤になった顔を覆うシトリン。
うん、ショタとやらも悪くないかも。
私の視線から庇うようにヴィルがシトリンを隠してしまった。
戯れはこのくらいにしておこうかしら。この面々で固まっているのは注目を集めすぎる。
「お友達同士、歓談の時間を差し上げたいところだけど、ごめんなさい。私たち、すぐに出発する予定なのよ」
まさかククルージュまで付いてくるつもりじゃないわよね?
超迷惑だから。
無表情のままモカが小さく頭を下げた。
「それはお引止めして申し訳ありません。本当に、一目ヴィルの様子を見に来ただけです。彼は愚鈍な部分がございます。迷惑をかけてはいませんか?」
「おい」
「大丈夫。とてもよく働いてくれているわ。まだ完全に打ち解けているわけではないけれど、仲良くやっていけそうよ。ねぇ、ヴィル?」
ヴィルは答えずそっぽを向いた。
「はぁ……彼女の方がよほど大人のようですね。ヴィル・オブシディア。あなたは婚約破棄の代償として彼女の従者になったのです。ミストリアの威信のためにも、表向きはしっかり務めを果たさなければなりません。くれぐれも忘れないように」
年下のメイドに叱られ、ヴィルは面白くなさそうだったけれど、渋々頷きを返していた。
そうね。
例え本音は違っていても、建前は守ってもらわなくちゃ。
特に今夜は……。
「落ち着いたら、あなたたちをククルージュに招待するわ。ぜひ遊びにいらして。今度はもっとゆっくりお話ししましょう」
私の社交辞令に対し、三人は一応礼を述べた。
そしてお互いの道中の無事を祈りあって別れた。
本当に、あなたたちが辿る予定だった悲惨な未来が実現しないことを祈るわ。