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1 救世主の娘


「僕は忌まわしき魔女となど結婚しない。僕が愛するのはエメルダだけだ」


 大聖堂に強い声が響く。

 この国の王太子――レイン・ミストリアは私を睨み付け、傍らの乙女を抱き寄せた。ミントグリーンのふわふわの髪を持つ可憐な少女だ。


 純白のベールで顔を隠しているのを良いことに、私は小さく笑みを浮かべた。


 まさか婚礼の儀の直前に花婿に裏切られるなんて……。

 全く、おかしいったらないわ。“原作”通りに動かなくてもこのシーンは変わらないみたいね。


 愛がないのは分かっていた。それはお互い様でしょう。

 この婚姻は本人同士ではなく、親が決めたもの。私たちが生まれる前から決まっていたことなのだ。

 会うの自体、今日が初めて。

 手紙のやり取りだけは年に数回していたけれど、定型文を重ねた味気ないものばかり。しかもこの一年は返事が来なかったから、私もしつこく筆を執る気にならなかった。


 そんな有様だったので、レイン王子に他に想い人がいてもおかしくないとは思っていた。

 だけど十六歳になった私の下に使者がやってきて、王家の紋章入りの書状を置いていった。婚礼の儀の日取りや支度金、ドレスのサイズの確認だった。


 たとえ愛がなくても王子には結婚する意思がある。

 ならば私もそれに応えなければならない。

 そう判断した。


 しかし結果はこの通り。

 惨めすぎる。


 片田舎からたった一人で王都に呼ばれ、王家との挨拶もなく着替えと化粧をし、大聖堂に華々しく入場。そして顔を合わせるや否や、花婿本人から婚姻を拒絶される……。


 客観的に見てもひどい状況だわ。私、怒ってもいいと思うのだけど、どうかしら?


 大聖堂は静まり返る。

 集まった王侯貴族たちは、雷に打たれたように固まっていた。無理もない。

 婚儀の場で王子がこんな暴挙に出るとは、夢にも思わないでしょう。


「な……ご自分が何を仰せなのか分かっているのですか、殿下!」


 一番先に我に返ったのは儀式を取り仕切っていた宰相だった。


「貴方とソニア様との婚姻は、国王陛下と紅凛の魔女アロニア・カーネリアン様が交わした盟約の証なのですよ!」


 それは二十年前のこと。

 緑麗の魔女ジェベラ率いる魔女の精鋭が、ミストリアの王都を襲撃した。

 ジェベラが繰り出す老練な魔術攻撃になすすべなく、国に仕える騎士たちは次々と倒れていった。

 そして先代国王の首を取り、玉座を奪ったジェベラは高らかに宣言する。


『これよりミストリアは魔女の国。何人たりとも我らを害すことは許さぬ』


 王都は魔女に乗っ取られ、ミストリアの歴史が潰えると思われた最中、一人の若き魔女が仲間を裏切り、ジェベラを討ち取った。

 それが紅凛の魔女アロニア・カーネリアン――私の母である。

 ちなみにお母様はジェベラの末弟子だったが、魔術の才能は一門でも群を抜いていたらしい。他の魔女たちはすぐさまお母様に下った。


 お母様は玉座を王家に返すことを条件に、ミストリア王国と魔女の間で和平条約を結ぶように要求。そして友好の証として、やがて生まれる子ども同士を婚姻させることとなった。


 それが私、ソニア・カーネリアンとレイン王子なのだけど……。


 確かに王子の正室に魔女を迎えることに、否定的な声も大きいと聞く。貴き王家の血に魔女のそれが混ざるのに抵抗があるのでしょう。


 しかしお母様はミストリアの救世主。

 アロニアの名は良き魔女の代名詞として、大陸全土に広がっているし、民衆の人気も高い。二年前の彼女の死には多くの人が嘆き悲しみ、今なお墓前に赤い花が溢れているほど。


 次代を担う王子と亡き救世主の娘の結婚は、大多数の国民に祝福されているはず。

 何より、私が王家に嫁ぐことで多くの魔女がミストリア王国の味方となる。今のところ隣国との関係は良好のようだけど、数年後は分からない。私が王国の中心近くにいることで、民は安心するでしょう。

 道すがら見かけたわ。私たちの結婚を祝うため、王都に多くの人々が集まってお祭り騒ぎをしていた。


 ……この場もある意味、お祭り騒ぎになってきたわね。


「どうか考え直してください王子! ソニア様を迎えれば、我が国の未来は安泰なのです!」

「誰ですかその娘は! 一国の王子が私情に走るとは何事か!」

「これは大変なことですぞ! 発言を撤回されるなら早く!」


 官僚たちがひどく取り乱して、レイン王子に訴えかける。

 いえ、もう無理だと思うわ。

 各国のお偉方の前でのこの醜態……どんな言葉を重ねても取り繕えないでしょう。


 まぁ、この王子は好きな女がいるから私を拒絶したわけではないのよね。だから堂々としている。

 正当な理由がある、と思っているのだ。


 王族としてのカリスマ性を持ち合わせているらしく、レイン王子が手で制すと騒がしかった場が一瞬で静まった。

 みんな、彼の青い瞳に釘付けになる。

 うーん。彼が王国一美しい男であることは認めざるを得ないわね。誰もが見惚れてしまう完璧な容姿だ。夫にできないのが少しばかり悔やまれる。


 ふふ、でもいいわ。

 私の狙いは別にあるのだから。


 視線を少しずらして獲物を見ると、向こうも私を見ていた。

 憎悪の炎がくすぶる金色の瞳。

 腰の剣に手をやり、ピンと張りつめた糸のように集中している。私が妙な動きをすれば一瞬で距離を詰めて斬りかかってくるのでしょうね。

 ……ああ、素敵。実際に目の当たりにすると、ぞくぞくしちゃう。


 ベール越しとはいえ、あまり見つめているのは良くないわね。私の企みがバレてしまう。今は王子の言葉をちゃんと聞いてあげましょう。


「王国をあだなす者との盟約なんて、知ったことか。この婚姻は、全てかの紅き魔女に仕組まれたことだ」


 王子の言葉に宰相が息を飲む。


「ど、どういうことでしょうか……? アロニア様が一体何を……」


「アロニアこそが二十年前、師であるジェベラを唆し、この王都を襲撃させた張本人だ。最終的に仲間を裏切り、師を殺すことも全て計画のうち。襲撃の火付け役と火消し役を両方担っていたというわけさ。我々は騙されていた。これは奴の姉弟子複数名の証言だ。間違いない」


 こういうの、別の世界では“まっちぽんぷ”というらしいわ。

 なかなか腹黒いことするわね、お母様。


「なっ、一体なぜそのようなことを?」


「決まっている。救世主となり、ミストリアでの地位を確固たるものにするためだろうね。アロニアは世界の陰に生きる魔女でありながら、地位と名誉を欲したのさ。そのために師をも謀殺するとは、全く恐ろしい女だよ。王妃の座に就き、王国を直接支配することも目論んだようだが、それは父に見透かされて阻止された。……そうでしょう、陛下」


 奥の席で事を静観していた現ミストリア王は、否定も肯定もしなかった。固く口を閉じ、鋭い瞳で息子を見据えている。

 ……渋くて素敵なヒトね。この状況で焦りや恐れを顔に出さない辺り、随分肝の据わった方のよう。

 王子の妻になれないことより、王の義理の娘になれないことの方が惜しく感じる。


「しかしアロニアは諦めなかった。和平条約の証と称し、やがて生まれ来る子ども同士を婚姻させ、権力をも得ようとした。師殺しの代償か、天罰が下ったのか、アロニア本人は病死したようだが……ソニア・カーネリアン。この場にのこのこやってきたということは、きみも母の意志を継いでいるとみえるね」


 私がわずかに首を傾げると、王子の眉間に皺が寄った。美形が怒ると迫力があるわね。


「アロニアの件だけではない。ここ最近王国で続く残虐な怪事件……魔女の関与が次々と明らかになっている。捕えた犯人の中には、きみの指示を受けてやったという者もいるんだよ。一体何を企んでいるのか……」


 その怪事件を追う途中、エメルダ嬢と出会って恋に落ちたのでしょう?

 良かったじゃない。おめでとう。

 私は呑気にそんなことを思っていた。


 レイン王子の傍らで、エメルダ嬢が固唾を飲んで場を見守っている。彼女の瞳には確信があった。


「絶対にわたしとレイン様が正しい。目の前にいるのは悪い魔女だ」と。


 憎たらしい子ね。自分を物語のヒロインだと勘違いしているのかしら?

 おあいにく様。別世界の“あにめ”の中ではそうだったかもしれないけど、この世界に決まった主人公などいないのよ。


「答えろ、強欲の魔女め! 何が目的でこの場に現れた!」


 ついにご指名されてしまった。

 なら答えなければいけないわね。聴衆も期待しているようだし。


 でもシナリオ通りには動いてあげないわ。

 私は今日、徹底的に運命を変える。


「……私はミストリア王と母アロニアが結んだ盟約の下、嫁入りのためにやってきただけ。レイン様がおっしゃるような犯罪の類には一切関わりございません」


 思い通りの涼しい声が出て、私は満足した。


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