運命の糸の始まり
ーーまたか。
昨日も、今日も。多分明日も明後日も来週も一年後も変わらないんだ。
毎日毎日、飽きもせず、世界中の姫君が俺のもとへやってくる。
目的は俺との婚姻らしいが…正直誰とも結ばれたくない。
確かに息をのむ程に美しい姫君が毎日俺に迫ってくるのは悪くないが
それはハーレムルートを望んでいる奴にとっては、だろう。
俺はよく知らない人となんか結婚したくない。
どうせ結婚するなら本当に好きあって結婚したいんだ。
この前父上にそう言ったら「このご時世に何を言ってる」と一蹴されてしまった。
朝もはよからよく飽きねぇなぁ…。
そう呟いたら近くにいたメイドのエリルにデコピンされた。
「公国の皇子なら、自分の運命を受け入れることです」
いつもと変わらない言葉で諭され、思わず息を吐いた。
ああ…あの国の姫みたいに、美しく聡明で強くて完璧な姫君になれたら。
あの国の姫に、会いたい。
***
「今日は外部から先生が来るらしいぞー」
担任の男性教師からの連絡に教室が不満の声を上げた。
「先生、そりゃねぇよー」
「俺がどうにかできるならお前らにこうして伝えてねぇよ」
教師が苦笑いしながら不満を言った生徒を諭す。
「ま、幸い眠くなる5時間目じゃねぇんだから。
気張って授業受けろよー」
そう言い置いて後頭部が寂しくなってきた頭を掻きながら、教師は出て行った。
途端に教室がざわめきに包まれる。
「なぁなぁなぁ!今日俺の誕生日なんだよ!」
「おー!おめっとさん」
「また一つ大人の階段上ったなコイツー!」
小突かれながら仲間に囲まれる男子生徒。
中心にいる誕生日を迎えた男子生徒が仲間の腕をさりげなく外して
窓際の女子二人に話しかけた。
「なぁ!有栖川!俺今日で16になるんだぜ!」
「ふーん」
「…ドラゴ…邪魔…」
生返事と毒で返され、思わずのけ反る。
「俺の名前は龍飛だよ!ドラゴじゃなくて、せめてドラゴンで呼べよ!
ガキのころはそう呼んでたじゃねぇか!」
「略名で十分…お前など…」
「聖羽に同意」
最近どうしてか幼馴染みの二人が冷たい。氷のように冷たい。
「はははははっ龍飛、冷たくされてやんの!」
「うるせぇ!」
「おら、うるせーぞー!席つけ」
担任が戻ってきて一気に教室が静かになった。
「…ん、委員長よろしく。授業の準備したかー?」
ガタガタと机が鳴る。数人が慌てて準備しているようだ。
有栖川紫桜は窓際の一番後ろ、霧崎聖羽は紫桜の斜め前、
近衛龍飛は真ん中のほうの席についた。
チャイムが鳴り、委員長が号令をかける。
「きりーつ。きをつけー。れ、い…!?」
いつもとイントネーションが違う号令に疑問を抱きつつも礼をする。
顔を上げるとそこには真っ赤な断面を晒した男性教師が立っていた。
「はっ…?」
ぶしゅう、と血を出しつつ、切り落とされた顔面は目を瞬かせていた。
「ぐぶぉ、ぺばう…?」
言葉にならない声が血とともに吐き出される。
悲鳴が爆発した。
「わあああああああああああああああっ!」
楽しかった時間はもうおしまい。
聖羽と龍飛が紫桜を護るように立ち塞がった。
「龍飛…?聖羽…?」
「ついに…見つかった…アリスを…護る必要がある…」
「往生際が悪い奴だなぁおい!仕掛けてきたならさっさと姿現せ!」
龍飛の煽りがいけなかったのか、次の瞬間に見たものは
銀に煌めく残像と二人の驚いた顔だった。
多分何か、人を傷つけるもの。
「シオン!」
聞いたことのない名がどこか懐かしく聞こえた。
いきなり誰かに引っ張られる感覚が記憶を探る。
『私、貴方のような皇子になりたかった』
『…僕は、君みたいな姫になりたかったよ』
こんな時に思い出すなんてどうかしている。
それは、昔ある日の一日だけの友達。
不思議な力を使って遊びに来たという彼は今何をしているのだろうか。
今でも姫になりたいと思っているのだろうか。
目の前は真っ暗で、目玉は動かせるが、瞼が開いているのかすらわからない。
そんななかでふわりと人が降ってきた。
『ごめんねシオン。君を貰う』
謎の半透明の人間は紫桜に重なるとやがて消えた。
目を開けるとそこは、青く澄んだ空と若々しい緑に包まれた野原だった。
ゆっくりと流れる雲と体にじわりと染み込む日の光。
「やっと起きた!」
「シオン…!」
二人の女の子から抱きつかれ、揺さぶられる。
「うわっ、わわ」
なんとか引きはがし、距離をとった。
「よかった…!全然起きないんだもん…。心配したぁ」
さっきから親しげに自分に話しかけてくる少女。
赤くて綺麗なストレートヘアを腰当たりまで伸ばしている。
前髪から少しだけ覗く銀色の鎖と橙色の瞳。ちょっとツリ目だ。
「えーと…どちらさま…?」
「えっ」
少女はひどく驚いた様子で口に手を当てた。
なかなか位が高いのか、きらびやかなドレスを身に纏っているが、
膝上でスカートが切られていて、ちょうど絶対領域が見える感じが
何とも言えないバランスになっていた。
「…シオン…私は…わかる?」
「聖羽…だよね」
「そう。漢字じゃなくて…カタカナで」
どこか勝ち誇った様子で薄く笑うキヨハ。
キヨハもさっきの黒髪とは違って暗い紫色の髪の毛だ。
ぱっつん前髪に肩口で切り揃えられた髪が何と言うか…座敷童子を連想させる。
着ているものも、紫の生地に黒と赤の牡丹と蝶が刺繍された着物だ。
帯に二本ほど脇差しのような刀を差している。
「今…座敷童子って…思った?」
「うぇっ!?いやっ?」
時々見透かしたように言ってくるから怖いんだよなぁ。
「私…怖くない…。あと…遅くなったけど…この人は偉い人」
「…なんか複雑だけど…申し遅れちゃってごめんなさい。
あたしはレティア・シューレ・ドラゴルノといいます。以後お見知りおきを」
「あ、有栖川紫桜です…よろしく」
「あ…今アリスは…アリスじゃない…今の名前は…シオン」
「シオン?」
訳がわからない。アリスはアリスじゃない?じゃあ私は一体何なんだ。
「どういうこと?私が私じゃないって」
「あの、言いにくいけど、その言い方やめたほうがいいよ?」
「は?」
「だって君、男だし」
言われてはっとして、立ち上がった。レティアもついでに立たせて。
確かに背が高くなっている。私はもともと小柄だったのでよくわかる。
それは背が伸びたといえば収まるだろう。
で、よくある少年漫画で入れ替わった少年少女がお互いの体を盗み見るシーンのように
そーっと男ならあるべき部分に触れてみた。
………………ある。なぜだ。
ついでに胸も触ってみる。無いものは無い。当たり前だ。
しかし、納得できない。
一人でうんうん唸っていると、キヨハが目の前に手の平を広げた。
「?」
「《鏡面魔法》」
きらりと陽光を受けて輝いた鏡が私の顔を映し出す。
そこには、なかなか、いやかなり顔の整った男の子が映っていた。
漆黒の髪は適度な長さで、片耳に銀のピアス。青と黄色のオッドアイ。陶器のような肌。
切れ長な目と長い睫毛。超絶イケメン。二次元の生き物。
「はっはあああっ!?」
目の前の男の子が絶叫した。そういえばすごく声が低い。
イケボ…と呼ばれる声に分類されるかも知れない。
「貴方の名前はシオン・アイリスフィール。
貴方はなぜか…齢16になる日に心に決めた女性とキスしなければならない」
「はい?」
「よくありそうな運命だけど!貴方はファーストキスをその日までに
誰かに捧げちゃダメなの!」
「はぁ?」
「つまり…シオンが本当に好きな人と…結ばれるには…
すごくすごく…考えて…悩まなければいけない…ってこと」
「あのさ」
レティアが更に何か言おうとしたところで遮る。
「レティアは、近衛龍飛なんだよね?あ、なんだよな?」
「え、あ、うん」
「で、俺の誕生日までにファーストキスしちゃったらどうなんの?」
「…その人と…永遠に結ばれる…ある意味…呪い…」
「だから!その永遠に支え合える人を探す旅に今すぐ行きましょう!?」
興奮気味のレティアを取り合えず宥める。
「だから自分で本気で好きになれる人を探すんだろ?」
「そう。そういうこと」
「簡単じゃん」
シオン、もとい有栖川紫桜は生まれて初めてこんな大胆なことをしました。
「んっ…!?」
レティアの唇と俺の唇が重なった。
強引に奪ったけど離れるのが少し惜しい。
「…ちょっと」
キヨハの文句が一言だけ聞こえたけどもういいや。
「レティア。もう見つけた。お前にする」
「え」
「なんかさ、お前があんだけ熱弁してると、キスして欲しいとしか聞こえない」
「順応…早い…流石は…シオン」
褒めるのか文句を言うのかどちらかにしてほしい。
ま、どっちでもいいけどね。
「俺と結ばれてよレティア。どうせ16の誕生日まで一年もないんだ。
俺はじっくり探すけど、お前は俺のこと考えててよ」
「なんかそれ…最終回っぽいわよ…」
すこし苦笑いを含んだ笑顔で諭された。
「まさかキスされるとは思わなかった」
「俺、自分が有栖川の時から好きだったから」
「なんか、しっくりくるねその口調。…そう」
すっかり邪魔者扱いでキヨハが小鳥と戯れている。
「冷たくしてたのはわざと。お前が気にしてくれると思ったから」
「そんなに理由言わなくてもいいわよ。なんかキスした言い訳みたいに聞こえる」
レティアはくるりとまわって朗らかに笑った。
「言っておくけど、私のお父様は厳しいわよ?」
「性別逆転しても好きなんだから、大丈夫だろ」
いたずらっぽく笑ったレティアに続いてキヨハがひょっこり顔を出した。
「シオン…キヨハも…キス…していいよ?」
どう返していいのかわからなかったので、頭を撫でておいた。
「取り合えず西のディルウェラ大陸に向かいましょ」
「理由は?」
「端っこから攻めた方が確実でしょう?」
オセロでも端っこから攻める派の彼女らしい戦略で、
シオン、キヨハ、レティアの一行は
西に向かったのであった。
こんにちは。コバルトと申します。
前回まで書いていた小説は全て消させていただきました!
すっきりしたぁぁっ!
はい。今回はよりラノベっぽく書いたつもりです。
最初ちょっとえぐいかもしれませんが、これから平和ですので。
では次話更新をお楽しみに!