葉っぱ
外で一作業を終えた俺はエクスの様子を見に室内に戻った。
エクスは相変わらず布団にくるまってふるふると震えている。たぶんさっきまでは俺の気合いを入れた声や地鳴りや木が組まさる音がして寝付けなかっただろうな。一応気は使ったけど、こんな自然の中ではあり得ない異音だし騒音と変わらないだろうし。
「エクス。大丈夫か?」
「!」
ビクッと反応したエクス。
「近くの村に行ってくる。少し待ってろよ」
中でコクコクと頷いたのか布団がモゾモゾと動く。言葉に応答できるか……よかった。と思いながら壁に向かう。この壁の向こう側は簡易的な小屋を建てた裏手側になる。
聖剣エクスカレバーを構えて長方形に斬る。レベル九九九の剣速と年輪を読み取った斬撃は音さえもなく、もしも日本刀なら最後にキィンとハバキの音を鳴らしてかっこ良く決まるところだ。だが、このまま長方形に斬った壁が倒れてしまってはホコリが舞う。俺は聖剣エクスカレバーを背中に戻し、右手人差し指を立てる。
「エクス。ちょっと音がするからな」
「?」
右手人差し指を長方形に斬った壁に放ち、キツツキよろしくカッ! と音を立てて人差し指のみを貫通させる。長方形に斬ったのに何故斬った部分が吹っ飛ばないかって? 吹っ飛ぶ前に貫いただけだ。このとおり壁の裏側では人差し指の第一関節を曲げて衝撃を吸収している。
「ぶっ!」
「んっ?」
ぶっ! と何かを吹き出したような音に振り向き、音源であるエクスを見やる。
「……、……だ、大丈夫、か?」
エクスは鼻や口から白い液体をダラダラと出しながら、困惑した顔で壁に突き刺さった俺の人差し指を見ていた。
「だ、大丈夫、ズラ」
エクスはゴシゴシと右袖で鼻や口を拭き、コソコソと布団にくるまりモゾモゾと動きだす。
俺はエクスが吹き出した白い液体の答えを辿るように囲炉裏に視線を向け、シチュー入りの鍋とエクスが使っていた木のスプーンが無くなってるのを確認する。…………つか、さっきまでは息も絶え絶えだったはずだが、どういう事だ?
「おい。鼻や口から出したのシチューだろ」
「⁉︎」
ビクッとエクスがくるまる布団が動く。
「……まぁ、アレだ。まだ、顔色は悪いんだから食ったら寝ろよ」
「…………」
頷いたのか布団がモゾっと動く。
俺は人差し指で長方形に斬った壁を持ちながら外に出て二メートル先の小屋を正面にする。
「ここは廊下にしないとな……まぁ、小屋の中に風呂桶と一緒に用意してるから組み立てるだけなんだけど」
長方形の壁だった板を小屋に立て掛けると、先ほどと同じように聖剣エクスカレバーで小屋の壁を長方形に斬る。また同じく人差し指を貫通させて壁から長方形になった板を取り、先ほど立て掛けた板に重ねる。
小屋の室内には縦二メートル•横一メートル•奥行き二.五メートルの長方形になった筒、廊下だ。その下には縦横三メートル•深さ六○センチの正方形になった風呂桶。
そして右側の壁には、お湯が出てくる正方形の小さな穴。
「我ながら……いや、さすがは棟梁直伝の奥義だ。よし、温泉が出てくる前に組み立てるか」
廊下になる長方形の筒で小屋とエクスの家を繋げ、正方形の風呂桶を小屋の中心に設置。先ほど斬った長方形の板を更に聖剣エクスカレバーで斬って正方形の小さな穴と風呂桶を繋げるお湯の道を作る。もちろん今までの工程全てに釘などは使用しない。なんと言っても根本は宮大工だからな。
「さて、次は下水道だな。風呂桶に穴を開けたらエクスは落ちる。間違いなく落ちる。たとえ、これ見よがしに床に穴を開けても落ちる。だが、その辺は考え済みだ」
俺は左側の壁の下に視線を向ける。そこには床板と壁の間に横一メートル•縦三センチの穴があり、ここから温泉が排出されるようになっている。問題は外、このまま温泉を流すと地面が濡れて一帯を沼地に変えてしまう。
余った板を穴の大きさに合わして組み立てると外に出て穴に合わせて設置、温泉の排出口の完成だ。後は、ここに浅めの穴を開けて下水道を作り、川に流れるようにすれば源泉かけ流しの温泉が完成だ。
「細かい細工やモチーフは後々だな。それに下水道も崩落しないように整備しないとならない。今日は穴を掘って明日は下水道の整備と細工。つか…………中世ヨーロッパのファンタジー世界で大工仕事に土木作業とは……とりあえず、物語の進行に響くから、下水道は特技【剣気】で方向を定めながら一点集中型特技【回転斬り】で掘り進めるか」
ということで閑話休題。
「ぶはぁぁぁぁ! モグラの気持ちには共感できねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
清々しい森林の空気を存分に吸い込み、思いっきり吐き出す。
下水道を掘っている最中、予定外なイベントと崩落にあったため特技【掌底打ち】で土を固めながら掘り進めた。予定外と言ったとおり、予定以上の時間がかかってしまい、今は夕方ぐらいだ。
俺の眼前には、流れが緩やかな小川と……予定外なイベントの開催者であるエクスが小川に足を入れて遊んでいる。
「……、風邪ひいてんだから寝てろよな」
下水道を掘っている時、後ろから木のスプーンを装備したエクスが現れ、暗殺(?)された。もちろんエクスの存在は入口の穴から落ちてきた時から気づいていた。何故なら、真っ暗な下水道内でエクスがキラキラと緑色に光っていたのだ。何かの魔法だとは思うがその詳細はわからない。それからも足場の悪いところで何度か転ぶ度にキラキラと水色に光っていた。これはおそらく回復系の魔法だな。
これだけキラキラとされては気づかないフリをするのも一苦労だった。抜き足差し足忍び足で俺に近づいて暗殺(?)してきた時は、さすがの俺も「この魔王設定必要か?」と思ってしまった。
その後、崩落の度にエクスを守り、木のスプーンで叩かれ、エクスの風邪が悪化し、木のスプーンで叩かれ、家に戻り、木のスプーンで叩かれ、昼食のシチューを食べ、木のスプーンで叩かれ、と繰り返す内に予定以上の時間がかかってしまったのだ。
「ここからエクスの家まで約一キロ、結構な量の木材を使うなぁ……まぁ、資源には事欠かないし今日は村に行って…………おいっ!」
小川で遊んでいたエクスがふらふらと頭を揺らし、ジャバンと水の中に倒れ込んだ。小川の緩やかな流れに拐われていくエクス、力尽きたようにぐったりとしているが、昨晩から今までの経験上から心配ないとだけ言っておく。エクスを抱き上げて小川から出す。
「また悪化してんだろ。おとなしく寝てろよ」
「は、母上様の仇、逃がさない、ズラ」
「わかったわかった」
はぁ……ため息しかでねぇな。元々はエクスの風邪を治すために温泉の蒸気で湿度を上げて病人が住む環境作りをしていたのに、エクスは元気になったり寝たきりになったり風邪ひいたりと、オンとオフがめちゃくちゃだ。寝ていてもらわないと俺の行動が本末転倒になってしまう……というより、なってるな。
「風邪を治す気ないのか?」
「これが、わたしくしの、パッシブスキル、ズラ」
「なにがパッシブだ。体質って言うんだよ。……薬とかあるのか?」
「エルフの森に自生してる木の葉っぱで緩和するズラ」
「エルフ? ……ファンタジーらしくなってきたな。それでそのエルフの森はどこにあるんだ?」
「?」……エクスは疑問符を浮かべる。
「どうした?」
「ここズラ。ユーサーはエルフの村に行くと言ってなかったか? ズラ」
「ここがエルフの森で行こうとしてた村がエルフの村……なるほど……」
ということは……最初からエクスに葉っぱを食わせれば風邪は緩和され、葉っぱを持参すればエクスの風邪が悪化する度に下水道を往復しなくてよかったということか?
『そのとおりだ。最初にお前が「薬はないのか?」とエクスに聞いた時に「葉っぱ……」と言っていただろ』
「さ、作者……」
い、嫌な予感がする。
一話分の構成を徹夜して作ったと言っていた時点で、作者が機嫌を悪くしていた時点で、気づくべきだった。この作者は嫌がらせ九○パーセントの構成をぶち込む作者なのだから……
『つか、最初に葉っぱの枚数を数えてるって言っただろ。「残り一枚、あの葉っぱが落ちれば私の命も……」という昔見たような設定をひねってあるってなんでわからないかな? その残り一枚の葉っぱが薬草パターンでしょ? あなたは何百年主人公をやってるのですか? それに、なに温泉なんか作ってんの? ぷっ、あなたはテルマエ技師ですか? ここはローマではありませんよ』
「ぐわぁぁぁぁぁぁ! またやられたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」