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奥義【漢木】

 

 エクスの額に右手を添え、首元に左手を添える。額も首元も鑑定を使うまでもなく人間が堪えれる体温とは思えない。だが、高熱の原因、根本を見つけない事には何の解決にもならない。


「鑑定……、……」


 特技【鑑定】は触れていればできるため、額と首元から手を動かす必要は無い。わざわざ手を動かす必要はないと言ったのは、触診と言ってラッキースケベにあやかろうと思う気持ちが微塵も無いって事を前もって読者に知ってもらうためだ。従って、これから起こる事には決して下心はありません。作者(神)に誓います。

 俺の経験から導き出されるのは、エクスの体型……身体情報。無意識に特技【記憶術】が発動、記憶の箪笥にはエクスの身体情報が細部に至るまで目で見て触ったように収納される。


(ま、マジか! マシュマロじゃん! えっ! マジかマジかマジかぁぁぁあぁぁあぁ! 女ってこんなんなってんの! いやいやいや、何やってんだ俺は! 男としての理性がこれほど脆弱だったとは! なんとか堪えねば! エクスは病気なんだ。でもマシュマロが! エクスは異常事態なんだ。つか、金髪は下も……)


 ズガンッと自分の頬を殴る。ヒットポイントで言うと体力を半分ぐらいは減らしたダメージだが、ドーパミンが無駄に湧き出ているから痛くも痒くもない。


 女の身体とは……なんちゅう破壊力してんだ!!!! こんちくしょう!!!! 


「くっ……、……よし! 理性を取り戻した! まず、大元の病気は未知、魔法に近いモノに感じたな。その大元が身体の免疫力を下げ、体力を奪っている。この理想のマシュマロが育ったのは……いや、『元はあの食欲に見合う健康体だった』という事だな。そして、大元の病気を治す知識は俺には無い……これは俺が大人の階段を一つ上がった……いや、魔法を学ぶ『構成』になっているという事だ。そして現在の症状……これはただの風邪だ。俺の使い道がないオブジェクトはただ事ではなくなっているが……いや、エクスがインフルエンザだったら最悪だったな。抗体を作る知識が俺にあってもこの時代ではワクチンを作りきれるかわからない。それに、ただの風邪と言っても元々が病弱だから致命傷だ。まずは熱を緩和するためにハグ……いや、濡れタオルと室内の湿度調整。『薬の購入はその後だ』な」


 オブジェクトの暴走が収まる気配はなく、前屈みになりながら調理場へと歩を進める。


「水釜はあるが……水を入れる器が無い。仕方ない、シチューを捨てて鍋を桶代わりに……いや、水釜を持っていけばいいな。後はタオルになる布を……無いな。プレートアーマーの下に着てる布の服を破けばいいが、これは作者の悪意から呪われてる可能性がある。どうする。どうする……山菜の中にヨモギがあったな。効果は傷の化膿止めや内蔵の働きを良くする方に向けられがちだがヨモギは万能薬と呼ばれるぐらい身体に良い薬草だ。風邪に対しては過剰な期待はできないが、保湿効果はタオルの代用にはできるし香りが癒し効果を与えてくれる。


 俺はヨモギと水釜を持ってエクスの元に戻り、ヨモギを握り潰しながら水で冷やす。俺のオブジェクトもしわしわに……いや、しわしわになったヨモギの形を整えてエクスの額に貼る。ふぅ、あとは記憶の箪笥を開いて収納したエクスの情報をじっくりと……ズガンッと自分の頬を殴る。俺のヒットポイントはオブジェクトの元気の良さと反比例して警告音を鳴らした。


「あ、後は室内の湿度だな……どうする。どうする……ここは森の中だから……外だ!」


 玄関まで走りドアを開けて外に出る。


「風景を能力【鑑定】で見ながら能力【記憶術】だな」


 周囲を見渡し記憶の箪笥に収納、そして記憶の箪笥にある情報と風景を照合する。自然と向かい合い、なんとか気持ちが落ち着いてきた。


「季節は春から夏の間。山菜の種類、ヨモギの大きさから……春寄りだな。水溶け時期は過ぎてはいるが、まだ『アレ』がたんまり溜まって膨張してる時期だな」


 地面に手を付け、地中を【鑑定】する。目を瞑り、能力【剣気】を応用して地中に殺気というエコーを送る。俺の記憶の箪笥に地中情報が収納され以前の物語で習得した地質調査の能力【大地の恵み】から土質や地盤の照合を始める。


「……、……よしっ! 思ったとおりの立地条件だ! 作者の性格が出てやがる。場所は……家の裏がいいな」


 エクスの家の裏へと走りながら右手で背中にある聖剣エクスカレバーを取る。裏手へ到着した瞬間。


「どぅらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 地面を蹴り、木に対して垂直になりながら駆け上る。頂上の枝に両足を乗せ、膝を曲げて屈伸、限界まで枝をしならせると力の法則に従うしなりを利用して飛ぶ。

 思ったよりも木の力が強く高く飛べた。物語の冒頭で能力【記憶術】を使っていたら必要なかった行動だが、今はそんな事を考えても仕方がない。能力【記憶術】を使いながら身体を一回転させて森の広範囲、見える限りを記憶の箪笥に収納。次の手間を省くために縦に半回転して頭と聖剣エクスカレバーを地面に向ける。


「回転斬り!」


 特技【回転斬り】は、武器を横に向けたら広範囲(数多い敵)の破壊ができる。だが、相手に対して武器を一点に向ければレベル九九九の身体能力に比例した一点集中型の弾丸となり岩盤さえ貫く。


「はぁぁぁぁぁ!」


 聖剣エクスカレバーが地面に接触。まるで沼地にでも埋まって行くように地面を抉り、半径一メートルの穴を開けながらドリルのように地中へと入っていく。ガヂンッと手ごたえを感じたのは岩盤に差し掛かったからだ。だが……


「何が岩盤だ。豆腐と変わらん!」


 岩盤を破壊しながら地中何十メートルかはわからないが、掘っていく。更に能力【剣気】を併用して殺気のエコーで地中を確認。回転を止めて岩盤の上に立つと、地面に手を付ける。


「温かい。約一メートルっところだな。だが、岩盤を貫通させる前に……」


 高さ数十メートルの円柱型で形成された穴の中。上を見ながら一時(ひととき)の間、井戸の中の蛙の気分を味わいつつ、聖剣エクスカレバーを上段に構える。こんな岩盤(雑魚)に気を使う必要は無い。


「回転! 乱切りゃあぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁ!」


 特技【回転乱切り】とは、関ヶ原の戦いを題材にした物語で何故か東軍と西軍VS俺一人というわけのわからない戦になり、二○万の軍勢と大立回りをした際に習得した特技だ。その性質は、武器を振り回し手当たり次第に斬るだけの無差別斬り、文字どおりの乱切りだ。俺に仲間がいれば何人がこの技の犠牲になっていたかわからないな。

 更に、特技【掌底打ち】で瓦礫になった岩盤や土を上下左右に押し込み、地盤沈下しないように瓦礫を組み立てた不恰好な柱も作る。この場に『アレ』を溜め、地上への噴射を防ぐ地下空間の完成だ。


「よし。とどめだ」


 地上に続く穴から少し離れた位置に立ち、聖剣エクスカレバーの切っ先を地面に向け、鍔まで突き刺す。ガギィィィンと金属に近い音が鳴った瞬間、聖剣エクスカレバー越しに能力【鑑定】、切っ先から刀身を伝う『アレ』の温度を感じ取る。


「六○度前後か……理想より(ぬる)いけど仕方無いな」


 鍵を回すように岩盤を貫通させた聖剣エクスカレバーを一回転。即座に抜き取り、地上へ続く穴へと向かい上を見上げて半径一メートルの穴を左右斜めに蹴りながら地上に脱出。

 地面の下では勢い良く『アレ』が噴き出し、ゴゴゴゴッという振動が足元から伝わる。


「地上に『温泉』が溢れるまで五分弱ってところだな。エクスの家に城郭を作ったるわ!」


 聖剣エクスカレバーを地面に向けて振り回し、エクスの家の周りに深い穴を掘って……いや、抉っていく。

 レベル九九九の身体能力からの土木作業はエクスの家を一周するのに二分もかからない。一周し、裏手に着いた直後に森の中へと視界を向ける。


「棟梁直伝、奥義【漢木(おとこぎ)】」


 奥義【漢木】とは、伝説の宮大工『雲霓(うんけい)』棟梁の元で五○年修行して習得した人智を超越した建築技術(?)である。

 俺がこの奥義を意味が無いと言ったのは、あらゆる特技や奥義にも通じた資質もあり、極めた瞬間に俺の全種類の能力レベルがMAX値に至ったのだ。少しずつ上がっていく能力値とレベルが上がった時の腕試しを無くされ、チートという存在になり、物語で苦戦する楽しみを無くされたのだ。しかも、作者の悪意で特技【漢木】の使い道を無くされた。物語を進行し牽引する主人公としては醍醐味を奪っただけの能力に意味が無いとしか思えなかった。まさか閑話休題という作者からの邪魔も入らずに、使う機会が来るとは……


 森の奥へと走り、幾本もの木に向けて聖剣エクスカレバーを横一線に振り抜き、上下左右問わずに振り回す。俺が通りすぎた後からは次々と木が倒れ、地面に衝突した瞬間にバラバラと音を立てながら職人が加工したような板や柱になっていく。

 見晴らしの悪かった風景に太陽が差し込み、半径五○メートル内は見晴らしの良い伐採後の森になる。森林伐採だから良い子は真似するな。そして奥義【漢木】はまだ終わっていない。


「エクスの家まで一○○メートルってところだな。残り一分半……楽勝っっっだらぁぁぁあぁぁあぁ!」


 地面にある板や柱をエクスの家の方向へと投げて投げて投げまくる。三○秒が経過、エクスの家の上空では重力に従うように落ちようとする板が次々と飛んでくる板と合わさり、下から押される形で中空に(とど)まりながら正方形の囲いを形成している。一分が経過、半径五○メートルにある板や柱を全て投げ終わり、一息つく間もなくエクスの家へと向かう。


「うらぁ!」


 裏手に到着した直後、聖剣エクスカレバーを突き出しズガンッと木の壁に差し込む。間髪入れず大股になり両手で柄を握り締め、その場で踏ん張る。レベル九九九の身体能力から出る力は加減を間違えれば着ている服や鎧、武器さえも破壊するが、作者が最強と言っていたプレートアーマと聖剣エクスカレバーはエクスの家を囲う城郭の基礎を持ち上げる力にも耐えている。

 俺の眼前にある城郭の基礎は、言うまでもなくエクスの家をロの字に囲う大きさだ。先ほど掘った外周に収める予定だが……

 その重量もだが、聖剣エクスカレバーだけで支えてるからバランスを取るのが難しい。気を緩めればエクスの家に激突、城郭の基礎といっても温泉が流れるだけで耐久性は見た目と反して期待する以上は無い。微妙な力加減が難しいが、ゆっくりとエクスの家の外周、先ほど掘った位置に下ろしていく。


「……、……残り二○秒。我ながら完璧なデキだ」


 まだ細かい仕事は残ってはいるが奥義【漢木】終了だ。

 エクスの家の裏手から玄関に向かう。その風景は五分前とは打って変わり、穴を掘った位置をスタート地点にしてエクスの家を囲うように木で組まれた用水路が通る。更に、エクスの家の裏側には城郭と隣接するように簡易的な小屋があり、家の外周で冷やされた『温泉』が小屋の中へと入って行くようになっている。残った行程は、城郭と地面の隙間を埋めて、屋根付きの簡単な城壁作り。そしてエクスの家側から小屋に続く扉を作り浴室を作るだけだ。いや、大事な設備がまだあったな。


「下水道は……『中空で広範囲を見た時』、森の中に川が流れていたのを確認した。温泉は初めだけ勢い良く噴き出すけど地下空間で噴射が押し込められるから城郭には一定量しか出てこない。城郭に溜まるまでは晩ってところだな。まぁ、川近くまで下水道を掘るのは昼までにはできるし、その後は川の近くにあった小さな村に寄ってツケで薬を買える」


 無駄にしか思えなかったレベル九九九と特技が役に立ち、今までの物語で得た知識と経験がこの物語で花を開いている。初のヒロインを救うために主人公らしく働ける今に感激だ。作者、感謝する。


「つか……エクスは家の中だけでなく外も変わって驚くだろうな。気にしていた葉っぱの枚数はどの木かはわからないけど、現段階での周囲に生えてる木の葉っぱは記憶したし大丈夫だ」

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