国を統一する伝説の者アーサー
中世ヨーロッパのファンタジー世界に着地した翌日。……んっ? なんで着地かって? 作者に上空から落とされたからだ。見事に着地しただろ?
昨日は初の中世ヨーロッパのファンタジー世界と初のヒロインという事で色々と問題があったけど、作者は構成を修正し練ってくれてるだろうから今後は物語的には安心だろうな。エクスもなんだかんだで……
「母上様の仇! ズラ!」
このとおり魔王らしく木のスプーンを右手に持って俺の頭をぶっ叩いてる。正確には一センチほど届いてないけどな。でもアレだぞ、ダメージが皆無なのは兎も角、攻撃回数は歴代魔王の中でエクスがトップだ。
昨晩もロッキングチェアで寝ていた俺に対して、木のスプーンを装備し何度も暗殺(?)しようとしていた。はじめはセコい魔王だと思ったけど、起きる度に暗殺(?)を繰り返し体調不良になり気絶される。そんな自虐を何度も繰り返されると可愛くなって応援したくなる。
自慢になるが、どの物語を並べてもお姫様抱っこというイベントを一日に一○回以上したのは俺ぐらいだろうな。朝からも、起きた瞬間からこんな調子で木のスプーンを装備して諦めずに攻撃してきている。これがエクス唯一の魔王設定なのかもしれないな。
俺としては今までの物語は他人とのスキンシップが皆無だったし、可愛いもんだという感じで気にはならない。逆にこういう何気ないスキンシップは嬉しくなる。あれ? 殴られてるのに何気ないスキンシップって……俺、病んでないか?
「ヒロイン、山菜と鶏肉のシチューができたぞ」
「ズラ!」
エクスは間髪入れず囲炉裏の反対側に行ってシチューを器に入れる。
因みに地の文ではエクスと言ってるのに台詞ではヒロインと言ってるのは、まだエクスから名前を聞いてないからだ。普通はこういう説明はするものでは無いが、作者が物語内に口出ししてくる関係上、地の文や台詞など描写に至るまで言葉に出して説明できる。
こんな反則で文法上あり得ないのが何故許されるのかって? それは、作者が口出ししてくるという未知な要素があるからだ。
簡単に言うと、作者が物語という図面を作る設計士で俺が現場監督として図面を元に牽引、作者と主人公の二人三脚で物語を創っているという事だ。まぁ、大人の事情があるから作者は俺が主人公の物語を表に出すのは諦めてシュレッダーにかけているけど、もしも書籍化になる機会があれば…………まともな物語を牽引できる主人公にしてください! いや、マジでお願いします!
『貴様、地の文で長々と語りやがって……暇つぶしに書いてるから文章作法や文法を無視した冒険ができるんだよ。それに兼業作家なめんなよ。これ以上連載が増えたらキャバクラに行く時間が無くなるだろうが』
(お前さ、よく主人公にそんな事を言えるな。親しい中にも礼儀ありって言葉を知らねぇのか?)
『仕事で缶詰、執筆で缶詰、来る日も来る日も缶詰缶詰。親しい中なんか糞拭く紙にもならねぇて事を学びましたよ缶詰。キャバクラにしか癒しはありませんよ缶詰。あなたが主人公の物語はストレス解消ですよ缶詰』
「……、……語尾に缶詰って。かなり病んでるな」
安心した。病んでるのは俺ではなく作者だった。
『誰かさんのうるさい突っ込みで起こされてからは寝てませんよ。心身ともに疲れてますよ。誰かさんが寝ながら木のスプーンで殴られてる間も構成を練り直してましたよ。現状は全体的な構成を作れないぐらい脱線してますよ。一話分の構成しかできてなくてごぉめぇん〜なぁさぁいぃ』
(すげぇ機嫌が悪いな)
『機嫌? 悪いと思いますか? 全然そんなことありませんよ。とりあえず寝ますけど』
(仕事は?)
『仕事? ……ちっ』
作者は舌打ちすると、
『格差社会のルール教えたろか⁉︎ 何のために従業員に給料払ってると思ってんだコラッ! 俺が自由に寝るためだろうが! 個人事業主なめんなよ⁉︎』
(そ、そうか。今日は会社や従業員のためにも休んだ方がいい。ゆっくり休め)
『今日は完全オフだ。こっちもそっちにも俺の仕事は無い。仕事は無い、からな! 従って、今日はお前の突っ込みも休暇だ。真面目に主人公らしく物語を牽引すれよ。おやすみ』
プツンと何か電源が切れたような効果音が鳴り、作者の存在(声)は物語内から消えた。
「……、寝なくても会社には行く仕事バカがあれ程キレるとはかなり無理してたんだな。構成が一話分できたという事はゆっくりヒロインと親交を深める時間は無い。これから俺とヒロインに何かが起こるって事だな」
作者の言い残した言葉から一話分の構成を推測していると、エクスが何かを言いたそうにシチューを咀嚼しながら俺を見ていた。
「どうした?」
「モグモグ、お前、シュ•ジンコ•ウで無いなら名前はなんズラ?」
「アーサーだって昨日言っただろ」
「モグモグ、私はアルジ•コウ•キル•エクス、ズラ。モグモグ、お前はアーサーでは無いズラ。母上様の仇ユーサー、ズラ。ゴクン」
「いや、アーサーだって。つか、食うか喋るかどっちかにすれ」
「モグモグ、アーサーは国を統一する伝説の、モグモグ、者が名乗る事を、モグモグ、許される名前ズラ。モグモグ、お前はユニークのユでユーサー、ズラ。モグモグ、シュ•ジンコ•ウではなく、モグモグ、ユーサーなんぞに負けた母上様の無念……ゴクン。覚悟しておけズラ。モグモグ」
「モグモグモグモグとまったく人の話を聞かないだけでなく人の名前まで変えようとするとは……」
「モグモグ、……、モグモグ、……モグモグ」
(こういうパターンは、作者の構成から『国を統一する伝説の者ルート』に俺を向かわせようとしているって事だな。それかアーサーという名前が構成に阻害するからユーサーにするためにヒロインの口からこじ付けたか…………んっ?)
俺の視線の先では白肌をほんのりと赤くしながら、頭をふらふらと揺らしてシチューを食べるエクス。
「どうした?」
「なんでもないズラ」
エクスはふらふらと揺らしていた頭をピタッと止めると器に入ったシチューを一気に食べる。
「わたくしは寝るズラ」
「鍋にはまだ残ってるぞ。もう食べないのか?」
「ユーサーが、食うズラ」
ゆっくりと立ち上がったエクスはベットに向かう。途中、本棚から一冊の赤い表紙の分厚い本を取り出し、隣にある木の器に入った万年筆とインク瓶を取り出す。ベットに乗ると、低めの位置にある両開き木窓の木枠部分にインク瓶と万年筆を置いて、布団に入る。
こんなアンバランスな位置に木窓を作ったのは、家が崩壊した時にベットの近くにあった壁に窓らしき四角形の穴があり、その位置が横になると外を見れる感じだったのだ。寝たきりのエクスに合わせた窓の位置だと思い、両開きの木窓を作った。
でも、俺が見てきたエクスは気絶や吐血はするけど寝たきりとは程遠い気がする。いや、普通はソレだけで寝たきりレベルだけど、なんか元気があるというか、なんだかんだで元気というか……
エクスは五秒ほどボゥと惚けると、インク瓶を開いて赤い表紙の本を開く。万年筆を右手に持ちインク瓶の中にペン先を入れると、複雑にカッティングされた銀色のペン先がインクを吸引、黒で縁取られた竜の紋章が浮かび上がる。含みすぎたインクがポタッと落ちると、開いた木窓から入る太陽光でペン先が光る。万年筆とエクスのコントラストは綺麗という言葉に輝きを与えている。俺はページにペン先を走らせるエクスの姿に魅入っていた。
赤い表紙の本がエクスの日記帳というのは今さら言うまでもないだろう。でも、分厚い日記帳だな……作者は葉っぱの枚数しか書く事がないと言っていたが、広辞苑ぐらいある日記帳に書かれているのは本当にそれだけなのだろか?
「日記か?」
「前日の事を翌日に書く脳トレズラ」
(脳トレが中世ヨーロッパにあったのか? いや、日記は中世ヨーロッパにもあっただろうから、脳トレとは俺に合わせて現代風に翻訳されてるだけでこの時代では……ボケ防止、もしくは魔法を使うのに脳みそが関係するからトレーニングをしているって感じだろうな。何よりも葉っぱの枚数を数えるのは俺の特技【記憶術】の修得過程にも使えるし)
一通り思考するとシチューを一口、「美味いけどな……口に合わなかったのか?」とエクスが器一杯分しか食べなかった事に少し寂しくなる。そんな事を考えているとエクスは万年筆を木枠に置いてインク瓶の蓋を閉じ、日記帳を抱きながら俺に背中を向けて布団にくるまる。
「つか、エクスが寝たら物語が進まない気が……いや、俺が一人で外に出るのか? 家が見える範囲の森の中を歩いたところで狩りぐらいしかできない気がするけど……それとも森を出て街探しか? 記憶能力があるから迷う事は無いし物語の進行としてはコレだな。この世界の通貨や仕事を調べて…………んっ?」
エクスがかぶる布団がフルフルと震えている。いや、布団は震える事がないから震えるとしたらエクス……、……まさか!
「おい!」
エクスの元に走る。布団越しにエクスの肩を掴み顔を覗き込む。
「なっ!」
「うぅ……葉っぱ……見えな、い……」
「そんな事より顔が真っ赤だろ! 身体も熱いし……」
「葉っぱ……見えな……」
「んな葉っぱなんか俺が数えてやるよ! 薬とか無いのか?」
「葉っぱ……」
エクスの肺が酸素を求めるように息が荒くなり、ヒュゥヒュゥと喉が鳴っている。喘息の症状に似ているが過呼吸は無い。だが、症状としては喘息に近い。この時代、中世ヨーロッパぐらいの医療なら喘息は死の病だろうから最悪だ。
「作者⁉︎」
数秒待っても応答が無い。完全オフはマジかよ! エクスの持病の薬はどこだ? 今まで生きてきたんだから何かしらあるはずだ。と思ったが、周りを見ても俺が家を破壊し瓦礫を片付けて改築したからソレらしいモノは無い。最悪だ。このままじゃ……いや、方法はある。
「エクス、お前には悪いが特技【鑑定】を使わしてもらう」