千年戦争の終結
ワイバーと同じぐらいの体格がある四頭の竜族を背に、山脈を揺らしながら現れる軍勢。その数は万のワイバー軍を遥かに上回っている。
荒地の半分を埋める軍勢は統率があり、四神竜であろう四頭の竜族までの間に魚鱗の陣を敷いている。いや、魚鱗の陣だけではない。兵法を知る者が見たら陣形を作った者の卑しさが見て伺える。
卑しさの一つ目は、正面に敷いている魚鱗の陣の左右に翼のように広がる鶴翼の陣。
翼で相手を覆うように敷く陣形が鶴翼の陣なのだが、この陣形の特徴は守りに優れ、攻めてきた敵を囲い込む事に特化している。弱点としては、翼のように左右に大きく展開しているため『中央が薄く』、一点突破される恐れがある。そのため本陣は前線とは離れた位置、山の頂上などに敷く事が多いのだが、今現在、四神竜の軍が敷いている陣形は、鶴翼の陣の弱点である中央の薄くなった部分に軍勢の半分を投入した魚鱗の陣を敷いている。
魚鱗の陣の弱点である左右からの攻撃を鶴翼の陣で防ぎ、鶴翼の陣の弱点である正面一点突破を魚鱗の陣で防ぐという圧倒的な数の差から作れる陣形だ。魚鱗の陣の最後尾、本来なら鶴翼の陣の最後尾に四神竜がいる。
ワイバー軍が一万人なら四神竜軍が十万人いれば、五万人で鶴翼の陣を敷いても机上では数の優位で四神竜軍に軍配が上がる。それを中央に五万の魚鱗の陣を敷いて四神竜という本陣まで前線にくる始末、ワイバーという一騎当千に五万の鶴翼の陣では足りないと判断しての五万の魚鱗の陣だと思いたいが……
ワイバーは飛竜なため地上の軍勢は関係無い。それは山の頂上に本陣を作っても同じ。俺がもっとも卑しいと思うのは……
卑しさの二つ目は、地上の鶴翼の陣と魚鱗の陣に加えて、上空でも赤竜と翼竜で鶴翼の陣を敷いているのだ。
ワイバーが単騎で本陣へと特攻するのを封じる地上と上空の鶴翼の陣、そしてワイバー軍を一網打尽にする地上の魚鱗の陣と戦況で守りと攻めの展開を作りつつ好機と見るや逃げ道さえ作らせない鶴翼の陣。四神竜軍は戦況に応じて四神竜がワイバーを囲うための時間稼ぎ、体力を奪うための駒という事だ。
戦争な以上は数の優位を利用するのは正攻法だ。だが、本陣を戦場まで上げといて自分達は傍観を決め込もうとする地上と上空の鶴翼の陣と魚鱗の陣を合わせた陣形は卑しい。まるで、自軍の勝ちをわかりきっているから前線へと観戦しに来ているだけに思える。
一方、ワイバー軍の陣形は……
先頭に俺が立ち、背後にはロットとエインとヴァル。その後ろに鼻先に四精霊を乗せたワイバー。竜人族と翼竜はワイバーと地面から起き上がるサクリムの周りで固まる。
四神竜軍の陣形に対して対抗する陣形を作っていない。そもそも、数の差が圧倒的なため本来なら籠城戦での時間稼ぎしかできない。机上での戦略上は、という言葉は繋げさしてもらうけどな。
「ワイバー。いつもあんな数と闘っていたのか?」
「いつもは一◯分の一程度。ワシを倒す好機と見て総動員したのだろう」
「万に万をぶつけて増軍の阻止と好機をさぐっていた、ってところだろうな。常套手段と言えば聞こえはいいけど、その卑しい戦略でどれだけの犠牲が生まれたんだろうな。とりあえず、念のために聞くけど……」
切っ先に丸い岩石を刺した聖剣エクスカレバーを両手で握り、最後尾に四神竜がいる魚鱗の陣へと向ける。そして、地面に向かって前屈みになり特技【打兎】の準備をする。
「全員、ワイバーの敵でいいな?」
「ワシではなく、精霊の敵だ。精霊の顔を見てみろ」
ワイバーに言われるまま四精霊を見ると、ノームは両手を空に掲げて無数の岩石を作り、シルフも両手を掲げて飛竜や翼竜の飛行を阻害する風を上空に作る。すでに戦闘体勢だ。サラマンダーはウンチーウンチーと眉を吊り上げているウンディーネの背後に隠れている。
どうやら戦闘専門はノームとシルフのようだな。つか、サラマンダーこそ戦闘専門だと思うけど足手まといな気がする……と思っていたら、サラマンダーが俺の視線に気づく。
「……、……? どうした?」
ジッと見つめてくるサラマンダーに対して怪訝になっていると。
「マンターマンター」
俺の心を読み取ったのか気弱な声音と口調で口を尖らせる。
「マンター? なんか文句を言ってるのはわかるけど、何言ってんだ?」
「マンターマンター」
サラマンダーはウンディーネの肩を叩く。
「ウンチー?」
サラマンダーはウンディーネの耳に口を近づけると二人は内緒話をする。お互いに頷き合うと、手を繋ぎながらワイバーの鼻先から頭の上に行く。一定の距離を空けるとウンチーウンチーマンターマンターと連呼しながら双子の姉妹のように息を合わして左右対称に踊りだす。
「何してんだ?」
「ふぅぅ!」
サラマンダーは踊りながらノームが作る無数の岩石に向けてふぅぅと息を吹く仕草をする。その瞬間、ボボボボボボボボボボボボと岩石が燃え盛り、無数の太陽がワイバー軍の頭上で輝く。
その光景に四神竜軍からどよめきが起きる。岩石を作ったノームや風を操るシルフには無かったどよめきがサラマンダーのひと吹きで……。更に……
「ぶぅぅ!」
ウンディーネは唇を震わしながらぶぅぅと息を吹くとワイバー軍一人一人が青い光に包まれ、傷が治っていく。
「ま、マジか」
「マンター?」
「ウンチー!」
「なんだそのドヤ顔……」
サラマンダーとウンディーネがこれ見よがしに見下ろしてくるため、
「つか、聖剣エクスカレバーにブッ刺さってる岩石は燃やしてく……、うおっ!」
サラマンダーに注文しようとしたら、突如、聖剣エクスカレバーにぶっ刺さっている岩石が轟と燃える。
時間差攻撃(?)で俺が慌てたため、サラマンダーはサササッとウンディーネの背後に隠れる。たぶん怒られると思ったのだろう……いや、表情が俺を馬鹿にしたようにほくそ笑んでいる。こ、このクソガキ、おとなしい良い子だと思っていたら、とんだひねくれ者だ。
とりあえず、精霊一人一人が一騎当千なのはわかった。しかし、戦況的にはサラマンダーが岩石に火を付けてウンディーネがワイバー軍を癒しただけで数の差は変わらない。攻撃力と体力が上がっただけで机上の戦略上では勝てる道理がない。
それなら、数の差があっても尚、勝つにはどうすれば良いのか?
答えは簡単。
「四神竜をぶっ倒した後、殲滅してくる」
戦略上なら敵将を倒せば勝利、政略上では敵軍を殲滅すれば勝利になる。
しかし、殲滅とは言葉にすれば簡単だが、殲滅された側には遺恨が残る。
中国の歴史になるが、秦軍が趙軍四◯万人を生き埋めにした【長平】がそうだ。食糧難の時代だったため降伏した者達を受け入れれなかったという理由があったとはいえ、残された趙軍の家族は生涯秦人を怨んでいたという。殲滅とは理由の有無問わず遺恨を残す蛮行なのだ。
「ワイバー。俺が四神竜の軍を殲滅する間、三人の盾になってくれ。こんな事頼んでおいて無茶言うけど絶対死ぬなよ。俺にはワイバーが必要だ」
「ふっ……」
ワイバーは鼻で笑うと、
「傷が癒えるか神竜が先に来るかだったが……ウンディーネはワシの前にユーサーという男を連れてきてくれた。ワシの使命と罪を共に背負ってくれるという男をな」
「! …………だよな。そう……だよな」
戦争になった時点で双方に殲滅の覚悟がなければならない。
殲滅ではなくても敵味方問わずに一人でも死ねば遺恨は残るため、遺恨とは双方から生まれる心情であり、一人の命にも万の怨みがあり、一人で背負えるほど軽いモノではないのだ。
どうやら俺は、何事も一人で背負うというソロプレイヤーの考え方が抜け切れていなかったようだ。
ワイバーは口元をニヤつかせると視線を俺から移し、
「エルフ、ドワーフ、ホビットの童。戦の邪魔になりたくなければサクリムの背にでも乗っておれ」
ロットとエインとヴァルがサクリムの首元に乗るのを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
ワイバーの巨体は、高さが一◯階建てのマンションはある。
地面を踏み締める筋肉質の両足は太く、指は片足三本の計六本。ズズッと動かすだけでその体重と鋭い爪で地面が抉れる。
両腕も筋肉質だが身体全体とのバランスは悪く短い。その短い両腕を補うのが背中にある翼だ。空を覆い隠す巨体よりも更に大きく広げられた翼と赤色の鱗が月明かりで輝く。
オレンジ色の腹側は、無駄な贅肉がない鍛え上げられた胸筋と腹筋。左肩から腹まで刻まれた傷痕が生々しく、ウンディーネの治癒でも治りきらなかったのか血を垂らす。
そして……
ワイバーの足元には、赤色の鱗で仕立てられたフード付きのローブで全身を包んだ生死不明の人影があった。
ローブに隠れて体格は見えないが外に出ている手足から人間やエルフや竜人族と身長は変わらない。土で汚れてはいるけど白肌はエルフや人間を思わせ、竜人族ではない。フードに隠れて顔の確認はできない。
「サクリム。イグレインを」
「御意」
ワイバーの言葉にサクリムは身体を引きずりながらイグレインに歩み寄る。
地面で横たわるイグレインを大事な宝物を守るように両手で包み込んでゆっくりと上げる。すると、さらりとフードが取れてイグレインの黒髪が緩やかに靡く。
息をしているのかわからない生死不明の青白い顔はアジア系……いや、大和撫子だ。作者が中世ヨーロッパの世界観に大和撫子をぶち込みたいとか言ってたな……チッ、あのくされ作者……
「ロット、エイン。イグレインを守るサクリムを守れ。ヴァルはイグレインの手当て」
「承知したでござる!」
「御意!」
「がってん!」
ロットはサクリムの頭上で両手にあるロングソードを広げる。
ヴァルは全身に紫色の魔法を纏い狼煙のようにモクモクと紫色の煙を上げながら、サクリムの両手が包むイグレインの横に座る。
エインはヴァルとイグレインの前で仁王立ちした。
三人の行動が合図になったのか、後方に下がって行くサクリムを中心にワイバー軍は陣形を敷く。
【諸葛亮の八陣図】か? いや、【八卦の陣】か……似ているだけだな。敵を誘い入れる門が無い。
これはアレだな。正面で展開されている四神竜軍の魚鱗の陣に対してはワイバーが壁になり、そこから漏れた軍勢や鶴翼の陣に対して八角形の陣形で防戦……いや、ワイバー軍は俺の力を身に染みてわかっているから、時間稼ぎのための陣形だな。
すべての準備はできた。
「神竜……まずは、ワイバーとイグレインが耐えれた五割から、だ!」
一歩目、ドンッ! と特技【打兎】を発動させた瞬間、地面は爆弾が投げ込まれたように爆発する。
その爆発が合図になり、四神竜軍の魚鱗の陣が突撃。竜人族や竜族が俺に向かってくる。
二歩目、ドンッと風の壁ソニックブームが発生。聖剣エクスカレバーにブッ刺さる岩石の前には四神竜側の竜人族。
三歩目、ドンッと風の壁ソニックブームが発生。通った後に竜人族や竜族の残骸が中空を舞い、地面に転がる。
魚鱗の陣を割りながら一直線に向かう先には、ワイバーよりも一回り小さな白竜、そこらに転がる竜族よりも大きいため四神竜の側近だろう。
外見は全身真っ白、体格は赤竜と似ているけど翼がない代わりに腕の長さがバランス良く、鋭い爪がご自慢のようだ。
四歩目、地面に両足を付ける。聖剣エクスカレバーにブッ刺さっていた岩石は砕け、パラパラと火の粉を落とす。
五歩目、振り返る。火の粉の後から白竜の鱗と血飛沫が中空を舞う。
白竜の腹から背中に空いた穴からは、ノームとサラマンダーが作りだした燃える岩石が隕石のように地面を爆発させ、シルフは赤竜や翼竜が捉えきれない突風を上空に巻き起す。そして、ワイバーは地上の竜族や竜人族に火を噴き、踏み潰す姿が見えた。
「心配するだけ無駄な暴れっぷりだな」
精霊やワイバーへの賞賛をそこそこに聖剣エクスカレバーを上段に構えながら白竜の背中を駆け上り、
「今、楽にしてやる」
「こ、こしゃくな!」
「腹に穴が空いてんだ。諦めろよ」
振り返る白竜の首へと垂直に入る聖剣エクスカレバーの刀身、まるで豆腐でも切るかのように音もなく通り抜ける。
「お前は薬草として利用さしてもらう」
白竜の首が地面に落ち、切断部から血が噴き出す。
振り返ると先ほどまで傍観気分で戦場にいたであろう四神竜が恐れおののくように後ずさっていた。
「数の差が通用しなく、武力は計り知れない。四神竜、逃げの姿勢は良い判断だ。だが、すでに遅い」
地面へと倒れる白竜の背に乗りながら特技【天の鉄槌】を横薙ぎに放つ。
白竜は鋭い爪が生える両手を振り下ろす、が爪もろとも身体が両断。
四足歩行の黒竜は手足が短くて背中の鱗が剣山のように突起、竜というより風貌は亀に近い。防御力に自信があるのかアルマジロのように身体を丸める、が黒光りする鱗を撒き散らしながら両断。
赤竜は翼を広げて上空に避難しようとする、が宙に浮いたのは上半身のみ、絶叫を挙げながら地面に置き去りになった下半身へと墜ちる。
青竜は他の竜族と比べて上半身がスマートで、二足歩行に特化していると思える。筋肉質な下半身と鋭い爪はスピードに乗れば高速移動も可能だろう。ソレを自慢するように奥義【天の鉄槌】から逃げる、があっさりと両断。上半身は横に飛んでいき、下半身だけ血を噴き出しながら数十メートル走り、蹴つまずいて転がる。
奥義【天の鉄槌】は、四神竜を呆気なく両断した。
その光景に、指揮を失った竜族や竜人族は撤退の姿勢を見せるが……
逃げる先には火柱が上がり、巨大な火の玉が無数落下。爆風に乗った柑橘系の香りが鼻腔に届く。
「お手伝いします」
上空から届く声音は……
「イリーミア。お前さ、神竜が敵なら最初から言えよ」
ため息混じりに上空を見上げる。そこにはダークエルフの女王イリーミアとエルフの王カシオスがいた。
「ユーサー王。女王様とイリーミアは神竜軍を全滅させる期を伺っていたようなのだ。旦那である私にも内緒に……」
「カシオス。敵を騙すには味方からって言葉がある。落ち込むな。俺なんて火付け役にされている」
「ユーサー王! 加勢いたすぞぉ!」
声音の方へと振り向くと、ドワーフ族族長ロイトが両刃の斧を振り上げて黒竜へと突撃していた。その後に続くように、ドワーフ族エルフ族ダークエルフ族ホビット族が五人一組の『伍』を作り、軍勢が一本の槍となって鶴翼の陣を割るように四神竜軍の横腹へと突撃していく。連合軍とでも名付けるか。
その連合軍の指揮を取るのは最前線で奮闘するロイトではない。連合軍全体の戦況を上空から観察しているカシオスやイリーミアでもない。今、俺の横に歩いてくるペリアだろうな。
地上からどうやって戦況を見ているのか?
カシオスとイリーミアが纏う魔法の光が赤から黄に変わり、黄から赤と変わっている。二人は上空から観察した結果を魔法の色でペリアに伝えているのだろう。
ペリアは二人が纏う魔法の色から戦況を判断し、不利になっている場所に無属性魔法であろう紫の狼煙を放つ、後はイリーミアが遠距離魔法で援護するかカシオスが空中から援護に行くという感じだろうな。
最初からイリーミアやカシオスが判断して援護する方が効率は良いと思うだろうけど、そんな独断が通用するのはせいぜい村同士の戦争だ。
千や万を越える戦場、それも圧倒的な数の差がある戦況では一人の独断専行で一◯人の屍ができあがり形勢は悪化する。それを前提に、イリーミアやカシオスという武力のある者が独断専行したらどうなるか?
自ずと出る答えは、ロイトを先頭に一本の槍となる軍勢がカシオス派イリーミア派に分かれ、弓矢のように散らばり、統率が無くなり、結果は囲い込まれて壊滅する。
千や万を越える戦争は指揮系統を分散しても決定権を一人の総大将に委ねるのが『戦争に勝つための手段』であり、独断専行で周りに迷惑をかけて勝利を得るのは犠牲を顧みない自己満足の勝利でしかないという事だ。
しかし……
それぞれの族長が手を取り合って活躍するのは構わないけど、あの天然親子はどこにいるんだ?
「ペリア。女王とエクスは?」
「ヴァルからの狼煙は『最重要人物の死』を告げるモノでした。おそらく、ワイバーがこの地を動かずにいたのは、地の魔法で最重要人物の遺体を保存し女王様とエクス様が来るのを待っていたのでしょう」
「ヴァルが出していた紫色の煙は見た目どおりの狼煙だったんだな。最重要人物の死って事はイグレインは死んでいたという事か……」
シュ•ジンコ•ウを倒すためのバグの処理は作者の故意で意味のないモノになったと思っていたけど……あの、くされ作者、ここでぶち込んできたか……
「ペリア。生き返るという事か?」
「私の予測になりますが、ユーサー王の破壊の力で即死した最重要人物の肉体をウンディーネ様の力が損傷を防ぎ、ノーム様が肉体を保存。生き返るという保証はありませんが……精霊に愛された者であれば精霊の導きは必ずあります」
「エクスに賭けるしかない、か。女王とエクスはどこにいる? 少しの間、持ち堪えてくれたら……」
「心配には及びません。ドワーフ族の抜け穴はイストラーディ国の地下に無数にあるので、ホビット族の精鋭と共に……」
ペリアが指を差す先では、漫画で描いたような巨大な骨付き肉を持ったエクスが車椅子に座り、ハンドルを掴むロットが飛行魔法でサクリムの両手の中に向かい、横たわるイグレインの横に着地。
エクスは車椅子から下りるとイグレインの胸に両手を添え、吐血しながら全身をキラキラと白光させ、生命を与えそうな光を発し始めた。
「なんだあの肉。つか、吐血する重病人が死人を生き返らせるというのは色々と不安がある光景だな。……女王は?」
「女王様は……ワイバーの頭の上にいます」
ペリアは気まずそうに前線で竜族と闘うワイバーの頭の上を指差す。そこには、漫画で描いたような巨大な骨付き肉を両手に持つ女王が玉座さながらにワイバーの頭に座っていた。
「女王はなにやってんだ。エクスを手伝えよ」
「女王様はエクス様を生んだ時に光の力を失ったので……」
「そうなんだけとさ。わかっているんだけどさ。なんであんなに緊張感が無いの? 昨晩は女王らしい威厳があったのに。結局バカなのか?」
「神竜がいない今、一番安全なのはユーサー王の後ろかワイバーの頭の上ですので……女王様なりに安全な場所にいるのだと思います」
「いや、アレは遊んでるだけだ。肉を持参して戦場にくるバカは女王とエクスしかいない」
「ワイバーが焼いた竜族をホビット族の精鋭が切り分け、女王様が飛行魔法で自分の元に持ってきているので持参では……」
「あの親子のバカっぷりは戦場を調理場と思うレベルか。色々と手遅れだな」
ため息を吐きながら上空を仰ぎ見ると上空にいたはずの赤竜や翼竜は全て地上に落下、シルフが制空権を支配していた。続けて地上を見渡すと、連合軍が参入した事でノームが隕石投下という派手な攻撃ができなくり、代わりにシルフから制空権を取り戻そうとする赤竜にマシンガンのように石を放つ。ウンディーネとサラマンダーは……ワイバーの右の翼で遊んでいる。
「乱戦になっちまったな。とりあえず、連合軍は竜族に苦戦してるから一匹一匹倒しに行ってくる」
「それでは、我々も参戦いたします」
「子供等のところに行ってやれ」
「いえ。ワイバー軍は一人一人が歴戦を戦い抜いた精鋭です。あの陣形の中は三番目に安全な場所ですから、我々は戦況が大きく傾くまでは全体を見ながら闘います」
「そうか……まぁ、そうだよな。子守に来たんじゃないしな」
ペリアの言う『戦況が大きく傾くまで』とは竜族の全滅を意味するため、俺は特技【打兎】で乱戦した戦場を駆け抜け、連合軍が苦戦している竜族を一頭一頭両断していく。
あくまでも、ワイバーは四神竜軍の魚鱗の陣がイグレインを守る八角形の陣形に入れないために防戦し、ロイトが率いる一本の槍の軍勢は鶴翼の陣を割るのが役目だ。簡単に言うと、ワイバーと連合軍はイグレインを守るワイバー軍の八角形の陣形が囲まれないようにしているだけなのだ。
けして優勢ではないし、四神竜を倒したとはいえ数の差から圧倒的に不利なのは変わらない。
連合軍が現れなければ奥義【天の鉄槌】を二、三発放てば終了だったんだけどな……どうやら俺に負んぶに抱っこにならないのが各部族に残った最後のプライドなのだろう。
めんどくさい、というのが本音だが、ソロプレイヤーだった今までの物語にはない楽しさもある。たとえば、戦場での再会。エルフ村ランスで門番をやっていたラームを見つけた。
「ラーム。手伝いに来たぞぉ」
ラームは黒竜と闘っているドワーフの背中を守るように周りにいる竜人族と魔法戦を繰り広げていた。とりあえず、竜人族には特技【剣気】で気絶さして黒竜の頭に聖剣エクスカレバーをぶっ刺す。
「ゆ、ユーサー、王。……」
「俺は王になっても偉そうに踏ん反り返る気はないから、ユーサーでいいぞ」
「そんなわけにはいかないだろ……」
「それなら王はやめる」
「それはもっと困る!」
「それならユーサーと呼んでくれ」
「……わかった。ユーサー……ババ様、カイネル様からの伝言だ。竜族の素材を採取しといてくれって」
「俺は竜族をぶっ倒していくから後から腐らないように魔法をかけといてくれ」
「わかった」
ラームが絶命した黒竜に今の状態を保つ緑色の地魔法を唱えると、ラームの『伍』でリーダーをやっているホビット族の少年が空に向けて紫色の狼煙を上げ、その狼煙の中に青色の狼煙を混ぜる。
「なんの狼煙だ?」
「この場の戦況が優勢になった狼煙! 竜族に苦戦してるのは紫と赤の狼煙だ!」
「なるほど。それなら紫と赤の狼煙の場所に俺が行く、という狼煙を上げといてくれ」
「がってんてん!」
ホビットの少年は花火のように青青赤の順に狼煙を上げると、それに答えるように紫と赤の狼煙が花火大会のように次々と上がる。
「なんだこの狼煙は?」
「実はみんな苦戦していたようだな」
「まぁ……そうだろうな」
足手まといにしかならない連合軍だが……ソロプレイヤーでは味わえない頼られる喜びが湧き出てきた。口元を笑わせてホビットの少年とラームを見ると、
「行ってくる」
特技【打兎】を発動。ホビット族の少年は俺が出動する合図であろう青青青と順番に狼煙を上げる。
目に入る竜族や翼竜や竜人族を倒して回る。ワイバー軍の竜人族や翼竜は八角形の陣形から動いてないので、目の前にいる竜人族や翼竜は敵で間違いない。それに、改めて四神竜軍の竜人族を見るとワイバー軍の竜人族はボロ布を着ているのに対して、四神竜軍の竜人族はプレートアーマーを着ているのだ。
体型も筋肉質ではあるけどワイバー軍よりは屈強さが足りなく、人間では毛が生える部分の鱗も艶がある。見た目から比べるとワイバー軍が村人で四神竜軍が貴族に思える。
散々、机上の戦略上では数の差で『圧倒的』に不利と言ったけど……ワイバー軍一万と四神竜軍一◯万の差は『圧倒的な差』ではなく、ワイバーを含めたワイバー軍に勝つには『妥当な差』と改めた方がいいな。
あくまでも俺から見た力の差だし、竜人族が強い事には変わりないため連合軍は苦戦してる。まぁ、それも竜族がいるからなのだが……
『おい! ワイバーが仲間って裏切りっぷりはどうよ? 読者の期待を裏切る構成ぷりだろ?』
作者の声音が耳に届いたため、竜族や竜人族をぶっ倒しながら答える。
「ワイバーがイストラーディ国跡地から動かなかった時点で、気づく読者はいただろう、な!」
そんな事より! と加えて更に言葉を繋げる。
「テメェ! 構成が捻じ曲がっただの! 脱線しただの! 嘘だろ!」
『がははははは! 気づいたのはそれだけか!』
「四精霊が俺に魔法を放ったり、殴ったり、蹴ったり、まるでエクスだ! 精霊は俺を攻撃する設定だな!」
『と、言うことは⁉︎』
「エクスは精霊という立場をヒロイン兼魔王という設定で隠した光の精霊! 本当のヒロインは……イグレイン!!」
『正解!』
クラッカーでも鳴らしたのかパンッという音が届くと、
『ワイバーを倒してエクスが生むアーサーが国を統一するルートとは、お前がアーサーになるルート。ワイバーを倒さないでエクスが生まないアーサーが国を統一するルートとは、お前とイグレインの子供アーサーが国を統一するルートという事だ。見事、ワイバーを倒さず、ヒロインイグレインをユーサー王は略奪した。心ある略奪の成功、おめでとう!』
「おめでとうじゃねえよ! つか…………初夜はあるんだろうな?」
『初夜? はぁ? バカじゃね?』
間髪入れずにバカにしながら否定すると、
『童貞は相手の気持ちも考えない略奪者ですか? 物事には順序があるのですよ? しかも、現在ヒロインは特技【天の鉄槌】で絶賛死亡中です。エクスが生き返らせたとしても、捨て子だった自分を親代りに育ててくれたワイバーの絶賛重症中ぷりを見たらどうなるでしょう? そして、その絶賛死亡と絶賛重症中を作った童貞が目覚めた時にいたら普通はどうなるでしょう?』
「もういい。ボツだ。エンドロールを流せ……」
『誰がボツにするかバカ! 言っただろ、アーサーが生まれるのを作者の権限を使って阻止するってな! ざまぁみろ! テメェはこの世界で一生童貞だ! がはははははははははははははははははははははははははははははははは』
「こんっっっっの! くされ作者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
怒りに任せて一◯割の力で地面に聖剣エクスカレバーをぶっ刺す。その瞬間、世界の時間が止まったようにあらゆる音が無くなる。
その異変にいち早く気づいたペリアとイリーミアとカシオスとロイトは地上にいる連合軍に飛行魔法を促す。連合軍は空へと避難。
女王とウンディーネとサラマンダーを乗せたワイバーは大きな翼を広げながら強靭な下半身で地面を蹴り、鮮やかに空へと飛ぶ。
サクリムはエクスやイグレインやヴァルを両手で包み、肩にいるロットやエインを落とさないように気を使いながら空へと飛ぶ。
竜人族は大半が飛行魔法で上空に避難すると、飛行魔法が使えない者は翼を広げながら走る翼竜の背に乗り、次々と空へと避難していった。
地上に残った四神竜の軍は何が起きたのかわからずに上空を見上げていると……
地上からの大爆発に巻き込まれ、イストラーディ国跡地の崩落に巻き込まれていった。