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赤竜ワイバーの正義

 季節が春なら朧月と例えれる月夜。先ほどまで地上を照らしていた月が輝きを失い、灰色に近い青色になっている。原因は(きり)(もや)かそれとも雲か……

 冷静に気温や湿度を感じ取れば霧や靄でない事がわかる。上空の薄い雲と満ちた月が作る幻想だろうか、誰かの先行きが曇り模様なのか、今宵の決着を憂いているのか、月と雲で作り上げる現象から心情に問いかけるモノはあるけど、俺はファンタジーの世界だから作れる奇妙な現象と割り切ってしまう。

 ロマンが無い、と思われそうだけどドワーフの地、地下空間の流れ星と同じく眺めていたい気持ちにはなる。現象から心情に響く心情よりも、謎の探求の方にロマンが流れていくのだ。そして……


 今、俺に置かれている現状もその探求からなのかもしれない……


 イストラーディ国跡地。中心部。


「おい」

「…………」


 微かに照らす月明かりから見えるのは、鋭く乱列する牙とコンクリートを豆腐のように嚙み砕であろう顎。形状はワニの口元を思わせる。

 ワニと形容したものの一軒家を丸呑みできそうな大きさは形だけをワニと表現しただけで、突起した赤色の鱗は一枚一枚が人間の顔よりも大きく、ギョロリと見下ろす爬虫類のような目は全体の姿は見えなくても恐怖の象徴として十分だ。


「ワイバー。お前の心臓を貰いにきた」


 俺の手元には聖剣エクスカレバーがある。赤色の鱗を貫き、切っ先から刀身の半分までワイバーの喉元に刺さっている。


「心臓、か……」


 乱列する牙が上下に動き、野太く腹にズシリとくる声音で言葉を並べると更に、


「声をかけられるまで死神の鎌に気づかぬとは……ワシも耄碌(もうろく)したもんだ」


 ふっ……と口元を笑わせる。


「深く寝ていたようだな」


 翼竜と竜人族に特技【剣気】を常に放ち、特技【デコピン】でサクリムを山脈へと吹っ飛ばした後、ワイバーを前にして何度か声をかけた。熟睡していたらしく声が届かなかったというだけの話なのだが、聖剣エクスカレバーを首元にぶっ刺さないと起きない熟睡を睡眠と言ってもいいのか……他に理由があるような気がする。


「心臓を貰う前に一つ聞く。何故、シュ•ジンコ•ウがいない」

「シュ•ジンコ•ウ?」

「? ……お前の背に乗り、イストラーディ国を攻め落とした、空から舞い降りたシュ•ジンコ•ウだ」

「死神、お主の言うシュ•ジンコ•ウとはワシの子イグレインの事だ」

「子供……? ワイバーに?」


 シュ•ジンコ•ウ改めイグレイン。いや、改める必要は無いな……俺が今までに得た情報には『ワイバーに子供がいる』とは無いし、今までの物語上でシュ•ジンコ•ウ自身が未知だったけの話だけで、作者が創る構成、物語の登場人物として設定が付けられただけだ。

 そして、ワイバーの子供ならこの軍勢、ワイバー国と例えるならイグレインは高貴な存在になり、自分の身分を隠すために言った偽名にすぎない。どこかの王家が自分達の身分を隠すために語尾にズラやだっちゃを付けるのと変わらない。


 しかし、偽名を使っていた事が事実なら……疑問になる事がある。


 一つ、略奪目的なら高々と名を名乗り自分の存在を知らしめる。名乗らない時点で略奪目的ではなく他にイストラーディ国を攻め落とす理由があった事になる。

 二つ、ワイバーの子供ならワイバーと同じ赤竜になる。しかし、この軍勢の中にワイバーの他の赤竜はサクリムしかいない。更に、ペリアからの情報ではシュ•ジンコ•ウは行方不明で側近サクリムが猛る竜人族を止めていたと言っていた。サクリムはワイバーの子ではない事を意味する。

 三つ、シュ•ジンコ•ウはワイバーの子供として作者に設定を付けられ、イグレインという名前になった。捻じ曲がりから生まれたはずのシュ•ジンコ•ウが後付けで設定を付けられたはずなのだ。だが……この後付け設定、ワイバーの子供というのは納得しかねる。

 何故なら、ワイバーには最初から作者が練りに練った設定があり、イグレインはワイバーの子供として最初から存在していた事になるからだ。


 この三つの疑問の内一つ目と二つ目は物語の分岐点になり、ワイバーを倒すルート、と、ワイバーを倒さないルートに関係する。俺が主人公として物語を進行し牽引する以上、今やらないとならない事はワイバーを倒すか倒さないかのどちらかだったのに……もし三つ目が俺の予想どおりなら最悪な現実が生まれていた事になり、すでに修正できないほどデッドエンドに向かっている。


「そのイグレインはどこにいる?」

「この地を荒地に変えた崩壊の力をワシが受けていた時、イグレインは潰れるワシを庇い、崩壊の力を一身に受け、今はワシの中で養生しておる」


 ワイバーの中で養生? 竜族にも精霊みたいに体内に宿る事ができるのか……? この疑問は、今のところ進行には関係ないから棚上げできるため、話を進める。


「崩壊の力は俺の力だ。不意打ちが卑怯だとは言わないよな?」

「ワシはイグレインを守る。それが親であるワシの勤め。……ただそれだけだ」


 ワイバーは起き上がるわけでもなく、巨体をズズッズズッと引きずり、アルマジロのように巨体を丸める。ワイバーに攻撃の意思がない。ただただ我が子を守るのみの完全な防御姿勢。自分の命を引き換えに少しでもイグレインが回復するのを待つのだろう。


「ただ、それだけ、か。何故、自分の命乞いをしない? 何故、イグレインの命乞いを何故しない?」

「命乞い?」


 何故問い返す? いや……ますます修正できないルートへと進んだ事を意味する。思わず舌打ちをする。


 ワイバーが謀略の限りを尽くして踏み潰すだけの略奪者だったらどれほど気持ちが楽だっただろうか……


 ワイバーには心があり、それはイストラーディ国を攻め落とす正義があるのだと俺に伝え、今は正義を投げ出してもイグレインを守ろうとする親心しか見えない。


 心ある略奪、お待ちしています。


 という女王の言葉が脳裏に過る。更に『イストラーディ国王家という身分を隠すための言葉使い、場合により偽名を名乗っているだけです』という言葉が俺に三つ目の疑問、そして予想を確信に変える。


 ヤツへの苛立ちから聖剣エクスカレバーを握る手に力が入る。けしてワイバーを倒すためではない。だが、ワイバーは自分の最後を悟ったようにゆっくりと目を閉じる。

 周囲にいる翼竜や竜人族は地面に膝を付け、啜り泣き、震える声音で自分達の命を変わりに差し出すとまで言っている。これでは、俺はただの略奪者だ。


「死神、……」

「ワイバー……何故、国を滅ぼし回り、イストラーディ国を攻め落とした? 俺には、ワイバーが理由なくそんな事をするとは思えない」


 ワイバーの続く言葉を止め、死神と呼ばれる事に恥を感じながら言葉を被せる。


「四神竜が送り出した死神に理由を話しても……」

「俺は四神竜と合った事がない。感違いするな、俺は誰に言われたからではなく、赤竜の心臓がエクス……イストラーディ国王家の病弱体質に効果がある可能性があるから来たんだ」

「残念だが、赤竜の心臓では腹の足しになっても体質の改善には繋がらない」

「だろうな。何故、そんなデマが広まった?」

「語る事に疲れ、滅ぼし回る事しかできなかったワシの身から出た錆。いつかはこのような日が来るとわかっていた。死神、イストラーディ国王家の腹の足しになるなら本望……もし、子の命乞いを聞いてくれるなら……ワシの命の変わりにイグレインの言葉に耳を貸してやってくれ」

「イグレインではなく自分で言え。イストラーディ国女王は『心ある略奪』を待っているんだ」

「!」


 ワイバーは目を見開く。動揺したのがその泳ぐ目からわかった。そして、自分の心情を隠すようにグッと眉間に力を入れる……まるで女王の言葉に涙を堪えているように見える。


「俺にはワイバーの略奪に心があると思う。だが、思うだけではダメなんだ。本当に心ある略奪なんてあるのか? お前が俺に教えてくれないと……俺はただの略奪者になる。そんなヤツは王になる資格は無い。イグレインではダメなんだ。ワイバー、俺を心ある略奪者にしてくれ」

「女王は死神を……お主を王と選んだか」


 ワイバーは気持ちの整理をするように鼻から空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと言葉を繋げる。


「精霊の導きに従い、四神竜の判断に背き、精霊の地を荒らす部族に退去を進言したのが一五◯◯年前……」

「ま、待て!」


 ワイバーの言葉が……今までこの世界で得た情報と根本から違う。精霊までワイバーに加担していたのは予想外だ。


「国を滅ぼし回るのが精霊の導きなのか⁉︎」

「国を滅ぼす以外に、滅んでいく精霊の地をどうやって浄化する?」

「⁉︎」……俺は驚愕する。

「一◯◯◯年前まではワシが精霊の地から住む者を退去させ、光の精霊サラマンダーが汚れた草木を焼き、地の精霊ノームが地を浄化、風の精霊シルフが植物の種を飛ばし、水の精霊ウンディーネが潤いを与えていた。その地は月日が経つと精霊の地になり、イストラーディ国王家光の精霊が住める地ができあがる」

「何故、退去ではなく、略奪……国を滅ぼす事になった?」

「四神竜が、精霊とワシがやっている地の浄化を、精霊を唆したワシの略奪とした。……誰もワシの言葉は聞かなくなり、とうとう最後の精霊の地であるイストラーディ国さえ汚れ、光の精霊は病弱になり身体の中に溜まった毒素を血と共に吐くようになった」

「…………。最後の精霊の地、今まで滅ぼした国は浄化されてないのか?」

「浄化しては汚されるの繰り返しだ。ウンディーネとサラマンダーは最後の精霊の地を守るためにイストラーディ国に向かい、シルフとノームはワシと共に各地を回った。お主には感謝している。汚れた精霊の地を……四精霊と無力なワシの変わりに破壊の力で浄化してくれた」

「正義じゃねぇか。ワイバー……は正義じゃねぇか!」

「正義は見方を変えれば悪でしかない。ワシが罪を重ねできた事に変わりない」

「クソッ! 今まで歩んできた道に答えは出ていた! 俺が、……、見抜けなかった俺の考えが甘かった! ロット! エイン! ヴァル! 敵はワイバーではない! 誰がなんと言おうと! ワイバーは正義だ」


 聖剣エクスカレバーをワイバーの喉元から抜くと、終始俺の背後で震えていたロットとエインとヴァルがヒョコと現れる。ワイバーは三人を一瞥すると自分に怯える三人が可愛く見えたのか、ふっと鼻で笑う。


「ワイバー。俺がイストラーディ国を粉砕した時、ウンディーネが力を貸した。なんでだと思う?」

「ウンディーネの力は潤い、癒しをくれる。お主の力で生まれる人的被害を最小限にしようとしたのだ。第一波を受け止めたワシが潰されかけた時、イグレインが一身に受け止めた。第二波でワシとイグレインの死を覚悟したが……ウンディーネの癒しにイグレインの犠牲だけで済んだ」


『ウンチー』


 俺の下腹部から青と赤の二つの水晶玉が出てくる。ウンディーネの青い玉に寄り添うようにサラマンダーの赤い玉があり、ふわふわとワイバーの目元に行く。

 青と赤の水晶玉はパンッと弾けると、ワイバーの鼻先に幼児体形のウンディーネとサラマンダーが立つ。いや、ワイバーの鼻先で悪ガキウンディーネが遊び回り、おとなしい子サラマンダーが振り回されている。


「ワイバー。俺にはウンディーネがウンチーと言ってるようにしか聞こえない。ワイバーにはなんて聞こえるんだ?」

「ウンチーとしか言ってない」

「やっぱりウンチーとしか言ってないか……」

「精霊は必要があれば語る。お主に言葉は必要ないということだ」

「そんなもんなのか……そもそも魔法を使えるただの悪ガキにしか見えないけどな。ノームとシルフも悪ガキなのか?」

「ノーム、シルフ。ウンディーネとサラマンダーが遊びにきておるぞ」


 ワイバーの腹の辺りから緑色の水晶玉と黄色の水晶玉がふわふわと現われる。俺の眼前まで来るとパンッパンッと音を立てながら弾け、精霊ノームとシルフが女性の姿で現れる。


「あんた。やりすぎだから!」


 怒鳴るように言葉を発したのは頭髪が緑色の女性おそらくノーム。

 緑色のセミロングから覗かせる顔立ちはつり目が印象的で白のワンピースはノースリーブ、野生的に破けている。気が強く負けず嫌いであろう性格が見た目からわかる。


「ウンディーネ。契約者。人選ミス」


 途切れ途切れに言葉を発したのは頭髪が黄色の女性おそらくシルフ。

 黄色のストレートヘアと端麗な顔立ちは一見するとエルフに見える。白のワンピースは膝上一◯センチから下は透明な生地になる。ノームが体育会系ならシルフは文系だ。


 ノームとシルフが現れた瞬間、エインはノームに向かって片膝を地面に付け、平伏をする。続けてヴァルがシルフに向かって片膝を付けて平伏。

 二人がそれぞれに信仰してるのはその姿からわかる……がロットは無信仰なのか精霊には興味を示さずにチラチラと横目でワイバーを伺いながら赤色の鱗を触っている。


 とりあえず、ノームとシルフが俺に対して怒っているのは言うまでもない。謝罪するべきか……いや、ウンディーネは奥義【天の鉄槌】を放つ時にテンション高く楽しんでいた。ウンディーネは肯定したという事だ。謝罪は必要ない。ウンディーネの契約者らしく堂々とする。


「五割程度の力でやりすぎと言われたらたまったもんじゃねぇな。人選ミスを言うならウンディーネに言え。勝手に俺を契約者にしたんだ」

「「⁉︎」」


 やべっ……二人の逆鱗に触れたようだ。


 ノームが右手を空に翳すと地上にある瓦礫や石や土が上空に集まり直径三メートルぐらいの岩石を形成する。更に、シルフの左手から放たれる突風は俺の身動きを封じるように周りに集まる。


「お主、精霊を怒らしてどうする」

「ユーサー様! ノーム様の怒りは大地の怒りです! 謝罪を!」

「師匠! 謝れ!」

「精霊様でもユーサー殿にはかなわないでござる」

「「!!!!」」


 ロットの軽い発言が合図になり、上空から俺の頭に向かって岩石が落下、突風は更に強くなり俺と岩石を覆い隠すように円柱形の竜巻が発生する。


 しかし……


「ウンチー」

「ウンディーネの言うとおり、ウンチーだな」


 聖剣エクスカレバーの切っ先をヒョイと岩石に向けると、刀身が通った場所から波状して風は無くなり、ガンッと切っ先に刺さった岩石はその形のまま留まる。


「ノームにシルフ。まあ、アレだ。自慢の魔法だったとしたらすまんな。ウンチーだ」


 ノームとシルフは魔法が通用しないとみるやムキになりながら俺に対して殴ったり蹴ったりの物理攻撃をする。語るまでもなく残念な結果だ。

 遊びかと思ったのか、ウンディーネが俺の頭をガシガシと噛んで参加している。んっ……コレは攻撃では無いから軽く痛いぞ。

 サラマンダーは俺の鼻に指を入れ、ボオゥ! と火を放つ。おい、一番おとなしいヤツが一番過激な事をやるんじゃない。白い煙をあげるだけで効果は無いけどな。


 和気藹々と精霊達のお遊び(?)に興じていると……


 白み始めた空に影ができあがり、隕石のように飛んできた赤色の物体が地面に激突し轟音を鳴らした。


「ワイバー。サクリムは着地が下手なのか?」

「いや。どうやらワシとイグレインが弱った事を知った四神竜が留めを刺しに来たようだ」


 ワイバーは山脈を見渡す。


「正々堂々とはかけ離れたただの略奪者だな。ワイバーはそこで寝ていろ」

「愚問。同士におんぶに抱っこでは笑い者にされる」

「同士か……ワイバーがそう言ってくれると誇らしくなる。ユーサーだ。よろしくな」

「ユーサー。良い名だ」


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