荒地を闊歩する主人公
松明が灯るイストラーディ国跡地。中心部までの距離はまだあるが、殺意が混ざったピリつく空気が風に流れ、土の匂いに混ざった血臭が戦場に慣れないロットとエインとヴァルに吐き気を誘う。
中心部には遠目でもわかる巨大な影が二体分ある。おそらくは体育館ぐらい大きい方が赤竜ワイバー、その隣のテニスコートぐらいの大きさが側近サクリムだろうな。
上空には、俺達を見下ろしながら悠々と飛び回る無数の翼竜。月明かりしかないからよく見えないけどプテラノドンみたいな影だ。
地上では、俺達に殺意を向ける竜人族の軍。満身創痍な連中ばかりだ。
竜人族の外見は、眉毛の部分が浮き出て顎がゴツく、彫りの深い顔立ちは竜というよりは人に近い。しかし、人に近いのは顔立ちだけで顔色は黒みかがった緑、人間なら毛がある頭や腕や足には鱗があり、頭に関したら突起した無数の鱗で剣山を思わせる。生殖器はおそらく人間と同じに思える。何故なら、竜人族の男性は下腹部を布地で隠し、女性は胸と下腹部を隠しているからだ。
それにしても、上空と地上でこれだけ殺気が充満しているのに、あの体育館とテニスコートはまったく動く気配がないな。最強種竜族の余裕か、それとも動けない理由でもあるのか……どちらにしても奥義【天の鉄槌】から生き延びた連中だ。翼竜や竜人族含めて油断はできない。
「ロット、エイン、ヴァル。とりあえず、俺の前に出るな」
「「「…………」」」
三人は場の空気に呑まれている。まぁ、予想内の結果だ。
俺は魔法的な光を両手に溜めている竜人族を前にする。まずは中距離や遠距離からの様子見という事か……安心した。最初から近接戦闘を仕掛けてくるような頭脳の欠片も無い脳筋バカなら圧倒して終了のオチになるところだった。
「お前等に一つ聞きたい。何故、イストラーディ国を攻め落とした?」
竜人族は俺の問に答えない。
「答えないなら略奪者とみなすぞ?」
俺の問には誰も答えない。ただ殺意を向けてくる。
「もしも、正当な理由があってイストラーディ国を攻め落としたならシュ•ジンコ•ウかワイバーに話を聞きたいんだが…………お前等、俺をなめてんのか?」
臨戦体勢時は死角からの攻撃に対処するため、常に周囲を警戒している。
背中にある聖剣エクスカレバーを右手で取り、横薙ぎに振ると一人の竜人族に切っ先を向ける。動き出そうとした竜人族の足を止める目的で横薙ぎに振っただけだ。
しかし、聖剣エクスカレバーを抜刀した事で竜人族全体の殺意が更に上がり、今にも襲い掛かってきそうだ。
間髪入れず、特技【剣気】を放つ。
俺の殺意を込めた特技【剣気】に、竜人族は両腕を顔の前で交差させ防御姿勢を取る。
剣や魔法を交わさない攻防はお互いの力量差を測る頭脳戦。ただ敵を倒すだけの近接戦闘よりも個人的にはおもしろいと思っている。何故なら、俺の場合は近接戦闘なら一発、いや、一瞬で終わってしまうからだ。
「お前等が攻め落としたイストラーディ国を粉砕したのは俺だ。その力がある俺がこの距離からお前等を斬らなかったのは、話を聞く準備があるという事だ。理解したなら正当な理由を……」
上空から俺の間合い、背後に向けて下降してきた翼竜がロットを強襲。
「しゃらくせぇ!」
聖剣エクスカレバーの刀身を地面と平行にして、翼竜の頭頂部をぶっ叩くと、地面に叩きついた翼竜の嘴を握って持ち上げる。殺してはいない。痙攣だけに留めてその風貌を確認する。
外見はプテラノドンなのだが身体全体が緑色のパインアップルのようでゴツゴツしている。長く鋭利な嘴と鳥類特有の足から生える爪は強靭、羽根の代わりに鱗が重なり合う翼は空を飛ぶ鳥類の知識を覆す風貌だ。
翼竜を竜人族の前に放り投げる。
俺はエクスを始めとしたエルフやドワーフやホビットの話だけでなく、ワイバーやシュ•ジンコ•ウの話を聞いて物語を牽引しなければならない。言葉が通じるのか? という懸念はあるけど翼竜や竜人族も例外ではない。
しかし、弟子三人を襲うと言うなら話は別、襲った者には等価の代償を与えるしかなくなる。
「コレは話をする気がないという事か?」
放り投げた翼竜に指を差し、竜人族に問う。しかし、誰も答えない。ソロプレイヤーだった時ならこの時点で一掃していたな……と思いつつ、
「四神竜から各部族にワイバー討伐の許可が出ている。という事はワイバーに従う翼竜も同罪だ。だが、竜人族はどうなんだ?」
上空に向けて聖剣エクスカレバーを半円を描くように数回振る。上空へと放たれた剣速からの突風が翼竜の飛行を阻害し、広げてある翼がグニャリと強制的に閉じる。
「竜人族。お前等が何故、イストラーディ国を攻め落としたのか話せ」
竜人族は俺の問いに答えないため、更に上空に向けて聖剣エクスカレバーを半円に振る。
上空からは風を捉えきれなくなり翼の自由を奪われた翼竜がヒューッと風を切りながら落ち、ドスンドスンと二メートルはある身体を地面に叩きつける。
「よ、翼竜があっさりと全滅したでござる」
「師匠! やっぱスゲェ!」
「ロット、ヴァル、ま、まだ生きてる。ゆ、油断するな」
圧倒的な力量差を見せた事でロットとヴァルとエインは少なからず周りを見れるようになったようだ。しかし、空を飛んでいた翼竜が地上に落ちてきたにすぎない。言葉を変えれば、眼前の敵が増えただけだ。
だが、俺の思惑は違う。
翼竜は上空だからこそ身体能力を活かせる。その嘴からの刺突や鋭い爪からの圧殺や引き千切りは上空だからこそ活きると言ってもいい。それならば地上ではどうか?
鳥類の身体的な特徴には、地に足を付けた時点で前にしか進めないという弱点がある。それは足全体の構造に関わるのだが、前方にしか進めないという事は足の裏を相手に向けれない事に繋がる。結果は、鋭い爪からの圧殺と引き千切りができなくなり、地上では嘴からの単純な刺突しかできなくなるのだ。
その場で空に飛べばいい、と思うかもしれないけども、羽を広げれば世界最大のアフリカオオノガンには助走が必要であり、世間一般に知られているコンドルは高所からの帆翔になる。簡単に言えば、大型の鳥類には飛ぶまでの過程が必要なのだ。そんな隙を俺の特技【剣気】は見逃さない。
それにしても、少なからず周りが見えるようになったとはいえ初めての戦場なのだろうな。ヴァルを挟んで戦闘体勢になっているロットとエインのロングソードを握る手が震えている。
そんな隙だらけの二人に翼竜と竜人族は攻撃を仕掛けたいようだが、そんな隙を俺は与えないため歯噛みしている。それ以前に、特技【剣気】を含めて剣速からの突風がただの脅しでは無い、と理解しているから動けない。これ等は頭脳戦の結果になり、竜人族がただの戦闘狂ではない事を意味する。
未熟な三人へ気を使わない理由にはならないが、初陣には丁度良い場ができあがったと言えるな。
「翼竜、竜人族。自分達が全滅しないと思うバカなら話さなくていい……」
聖剣エクスカレバーを地面と平行に構え、
「お前等の背後にいるワイバーまで、お前等の肉塊が絨毯になるだけだ」
「ま、待て!」
先頭にいる竜人族の男性が両手を上げ、降参の意を見せる。
「なんだ? 話す気になったか?」
「お、俺達はお前とは闘う意思は……」
聖剣エクスカレバーを横薙ぎに振り、竜人族の男性の言葉を止める。
「俺とは……という事は、竜人族は相手が違えば闘う理由があるという事だな」
「あ、ある」
「残念だ。お前等はシュ•ジンコ•ウやワイバーに無理矢理協力させられていると思ったんだが……お前等が略奪者なら俺も略奪者になるしかないな」
「なっ!」
竜人族の男性が身構えて戦闘体勢になると周囲の竜人族が魔法的な光を溜めた両手を一斉に向け、翼竜は地面に向けて屈み込み一点刺突の玉砕の構えをする。
「甘い!!!!!!!!」
叫ぶと同時に聖剣エクスカレバーを横薙ぎに振るう。
俺を中心に、本来の特技【剣気】が殺意という突風となって放たれる。
翼竜と竜人族は突風を斬撃の錯覚として体感。地面に膝を付け、涙やヨダレを垂らし、戦意を根刮ぎ刈られたように倒れる。
倒れた竜人族や翼竜の先を見ると輝く魔法的な光は次々と消え、仲間意識からなのか倒れた者を庇うように担ぎ、荒地にズザザザァァァァと十戒のように道ができあがる。
俺は竜人族や翼竜が作り出した一本道の先を見据える。
体育館ぐらいある巨体の横でテニスコートぐらいの大きさはある身体がのっそりと起き上がるのを確認。
「ロット、エイン、ヴァル。俺みたいに略奪者に対しては略奪者であるというのは悪い見本だ。どんな理由があっても、お前等は略奪者になるな。それが俺の弟子であり続けるための約束だ。わかったな?」
「し、承知でござる!」
「がってん!」
「御意!」
「よし。とりあえず、ワイバーの側近サクリムまでの道はできた。行くぞ」
ゴクッという生唾を飲み込む音を背後から聞きながら歩を進める。二歩、三歩と進むと背後から不規則な足音をバタつかせてズザッと転ぶ音が届く。赤竜を前にする事に怯えてるのか……いや、違うな。とりあえず一人だけ優秀な弟子は兎も角、二人の弟子の気を紛らわせてやらないとならないな。
「エイン。竜人族や翼竜はなんで逃げないと思う?」
「わ、ワイバーとシュ•ジンコ•ウに、加担した竜人族には、帰れる故郷が、ありません。加えて、国を滅ぼしては食物を食い荒らし、土地を貧困させ、自分達も住めない荒地にします。国を略奪し命を繋いでいくしかない連中は、この場で死ぬか、統率なくバラバラに逃げた後に、四神竜の正規軍に捕まり、死刑になるかのどちらか、です」
「エイン。そこまでわかっているなら油断するな。俺がサクリムと闘っている最中に翼竜や竜人族はお前等を人質にする」
背後ではエインがバッ! と身構え、続けてロットが周囲を警戒したのがわかった。これで、二人の眼前で今にも自分達に飛び込んできそうな竜人族と翼竜がいた事に気付いただろう。
気を紛らせるとは、喫茶店やファミレスでのコーヒータイムでの安らぎや癒しとは違う。あくまでもここが戦場であり、殺意が充満する場での気の紛らわせだ。すなわち、視界が狭まり俺の背中を見る事しかできないという恐怖を紛らわせているのだ。戦場は騎士の命が散る場であってティータイムではないからな。
「ロット。なんでコイツ等はワイバーやシュ•ジンコ•ウに加担したかわかるか?」
「り、略奪者された挙句、貧困し、加担したで、ござれば、ユーサー殿は、略奪者に、情を持たれるで、ござるか?」
チラッと背後を見るとロットはエインとヴァルを挟んで周囲を警戒していた。
三人を見るとその関係性と戦場での度胸がわかる。
エインが全身を緑色に光らせながら右手の大剣を横に広げ、左手でヴァルの背中を掴む。ロットは全身を水色に光らせながら両手にあるロングソードを横に広げてヴァルを周囲から隠すようにしていた。一見、ロットとエインが騎士道精神を取り戻してヴァルを守るようにしているように見える、が……違う。
「結局は略奪者だろ。俺は聖者じゃないんだ。情を持つ理由は無い。ヴァル、そうだな?」
ヴァルは右手を水色に光らせて常に二本のロングソードに魔力を吸われているロットを癒し、更にエインに緑色に光る左手を向けて肉体強化の魔法を放出している。
先ほどズザッと転んだのはヴァルだ。小さな身体に着ている原始人が着用するような布は土だらけになっている。
ヴァルは怯えて転んだのではなく、ましてやロットとエインのように俺と話た事で騎士道精神を取り戻したのでもない。俺と竜人族の頭脳戦を見た結果から、この場に対応している、とその姿からわかる。
ヴァルはロットとエインに全てを任せるように両手を広げ、目を瞑るという無防備な姿で魔法を唱えているのだ。
スポーツや戦争問わず、戦略上、戦力という計算を剣や槍や銃を持ち前衛で闘う者の強さだけで計算する者は三流と言われる。前衛の援護や遊撃隊をする中衛を戦力として計算する者で二流だ。どういう者が一流の戦略家と言われるかというと、まさにヴァルだ。
【背水の陣】……敵の軍勢に対して決死の覚悟で活路を築く陣形になる。しかし、陣形な以上は最前線にいる者が決死になり中心に近い者ほど生がある。
だが、背水の陣問わず魚鱗の陣も含めてあらゆる陣形の『最前線に死が無い』となればどうなる?
この場では俺が最前線になり、特技【剣気】によって周囲からの不意打ちにも隙が無い。
すでに俺一人で背水の陣は完成しているのだ。
だからこそ、俺という背水の陣の中に、より強固な魚鱗の陣をヴァルは作った。
それがロットとエインに魔法を放ち『二人ができる事は自分を含めた自分達を守る事だけだ』と目を瞑る事で二人の攻防を制限させ、武力がない自分は魔法だけに集中しているのだ。そう、ヴァルは信頼を前提した二重の策で今の場に対応しているのだ。
命が簡単に失う戦場で他人をここまで信じる事は常人にはできない。歴戦の猛者でもヴァルほど他人を信頼して自分の命を投げ出す事はできない。
わかっているのだ。ホビット族という肉体的にはドワーフ族よりも弱く、魔法もエルフよりも弱く、戦場では足手まといになり、最弱だと。だからこそ、味方の長所を信じる事で活路を見出せる。
ヴァルは目を瞑りながら淡々と俺の問いに答える。
「清い地の食物や土地を求める循環が、言葉を変えれば略奪だ。ワイバーの元にいれば自分達の犠牲が少なく、食物に有り付けるという事だ。力があるが故に心が弱く、楽な道を選ぶから、共存をしない」
「ヴァル。楽な道を選んでいるという判断は尚早だと思うぞ。略奪者には略奪者の正義があるからな。それに、略奪された側から見れば悪にしか思えない正義感だけど、略奪者から見ればイストラーディ国が悪に思えたの『かも』しれない。この『かも』に気づける柔軟さがカシオスとロイトに足りなく、ヴァルの父親ペリアにはある」
「略奪者の正義に大勢の味方が死んだ。それでも認めるのか?」
「略奪の理由、イストラーディ国が悪に思えた理由によるな。……ワイバーの側近サクリム、お前は俺が納得する理由を話せるか?」
見上げる先には、中型とは思えない体躯で影を作り、背中に生える飛竜を強調した翼をバサァ! と広げるサクリム。体格の割に腕が短いように思える。
腹側はオレンジ色の筋肉質、影になって黒く見えているけど月明かりが当たる肩や頭上はチカチカと赤く光っている。
ワニのような口には鋭く生え並ぶ牙、見下ろす爬虫類のような目を直視すれば弱者なら蛇に睨まれたカエルのように硬直するだろう。いや、目を合わしていないロットやエインがサクリムの威圧感ある雰囲気に硬直している…………この世界では最強種だから当たり前の反応だな。だが……
「残念だ。お前に用は無い。ワイバーと話をする」
眼前では息を吸い込み今にも雄叫びか火を噴き出しそうなサクリム。だが……
「クマ程度だな」
右手に握る聖剣エクスカレバーの刀身を肩に乗せながら左手中指の爪を親指に付けると、首を振りながら俺の眼前で大口を開こうとするサクリムの鼻先に……
ペンッ!
デコピンを放つ。
サクリムは翼竜や竜人族の頭上を猛スピードで吹っ飛んで行くと、水面に投げた石のように荒地を跳ね、山脈に激突して轟音を鳴らす。
「この世界の最強種である竜族がこの程度か。クレームレベルだな」
「「「…………」」」
目を瞑るヴァル以外、デコピンでサクリムを吹っ飛ばした光景に……………
『なんでやねん! って突っ込む。と書きたいが、お前の特技【デコピン】に全員がドン引きしているぞ? 読者がページを閉じるレベルだ』
作者の声音が耳に届く。
(読者の期待を裏切るのも主人公の仕事だ。と言いたいが、竜人族や翼竜含め、この程度のヤツ等が五割の力で放った特技【天の鉄槌】から生き残れた事が物語的には重大だ。さっきから無反応のワイバーに答えがあるんじゃないのか?)
『ワイバーを倒してエクスが生むアーサーが国を統一するルート、と、ワイバーを倒さないでエクスが生まないアーサーが国を統一するルート。今までの物語を振り返り、主人公ならどちらを選ぶ?』
(はぁ、何言ってんだ? エクスが生まないアーサーが国を統一するルートは俺がアーサーになるって事だろ)
「お前が決めろ。俺との付き合いが終わるか終わらないかは……お前の答えで決まる」
「ちっ。ここにきて友情かヒロインかをぶち込んできたか」