ユーサー王への道
地下空間が暗くなり、星のように輝く鉱物がドワーフの地に深夜を告げる。
俺は二階テラスで寝そべり、星空を演出している鉱物の瞬きを見ていた。けして、地下空間では天井に埋まった鉱物が落ちたら流れ星なのかな? という疑問に悩んでいるわけではない、イストラーディ国跡地にはエクスが寝てから行こうと思っているからだ。
最大の敵が構成の捻じ曲がりな以上はエクスを連れて行くのは危険だし、何よりも足手まとい。そんな理由からエクスが寝るまでの間、二階テラスで寝そべっている。いや、違うな。特技【剣気】で気配を感じ取れるため、エクスがすでに寝たのは確認している。何故、出発しないのか?
二階テラスの扉から覗き込む人影に言葉を投げる。
「なんか用か?」
緩やかな風に靡く金髪と純白のドレスが視界の端に写る。
「ユーサー。王になる気はありませんか?」
「だっちゃはどうした女王様」
二階テラスに現れたのはエクスの母親、女王。その言葉使いや真剣な表情は玉座に座る女王そのまま。
「イストラーディ国王家という身分を隠すための言葉使い、場合により偽名を名乗っているだけです。略奪者ではないあなたの前では必要ありません」
「そうか。……だが、略奪という蛮行が勝者の正当な理由になる世の中なら、イストラーディ国を攻め落としたシュ•ジンコ•ウかワイバーに王の資格があるはずだと思うけど、……、違うか?」
寝そべる俺の隣にまで歩を進めた女王は微笑を浮かべ、地下空間の鉱物が作りだす星空に視界を移す。魔法的な光なのか、俺の目の錯覚なのか、女王が幻想的な光に包まれているように見えて、その美しさに言葉が詰まりそうになった。たぶん、コレが本来のイストラーディ国女王の姿なのかもしれない。
「王になる気はありませんか?」
女王は先ほどと同じ言葉を並べる。
「一つ聞きたい。……、……」
幻想的な女王が視界を下ろし、俺に視線を向けてきたのを確認する。数秒、言葉を繋げなかったのは「申してみよ」という進言の許可を待っての事だった。それほどに今の女王には威厳があるのだ。
しかし、そんな上下関係は女王の中には無いらしく俺の言葉が続かない事に疑問符を浮かべていた。
「どうされました?」
「いや。悪い」
俺はゆっくりと立ち上がり、
「その国の姫が勝者の勲章になるというのが、この世界の常識。何故、略奪から逃げた?」
「わたくしが略奪されればカシオスやロイトは命が尽きるまで抵抗したでしょう。彼等が騎士である以上は王家に命を捧げるというのは正しいのかもしれません……ですが、幼いロットやエイン、生まれてくるエクスに、略奪が生む悲劇を背負わせるわけにはいきません」
「何の事はないな。どの世界もガキンチョ等の幸せを願うのは変わらない。安心した。…………だが、女王としてではなく母親としてエクスの幸せを願うなら、俺が王になるかならないかはエクスに決めさせろ。俺は、俺のやるべき事をやるだけだ」
「シュ•ジンコ•ウの元に行くのですか?」
「赤竜の心臓がエクスの身体に効くかもしれない。もしかしたら、シュ•ジンコ•ウは女王にワイバーの心臓を与えたかったのかもな」
「心臓とはその者の命です。命を蔑ろにする施しは受けません」
「命を蔑ろにする施しは受けない……か。立派な考えだ。略奪上、現イストラーディ国の王候補であるワイバーやシュ•ジンコ•ウから、通りすがりのならず者が女王とエクスを略奪する理由ができた」
「心ある略奪、お待ちしています」
俺は女王を残したまま二階テラスを後にする。扉を開いた先、二階ロビーにはロイトとペリアがいた。
一礼する二人の間を通り、大階段を下りて扉を前にする。静まり返る城の中に扉を開ける音を響く。
昼間は宴で賑わっていた庭を進むと、木組みの物干台に巨大クマの毛皮が干してあった。
役目を果たしていない壊れた門を通ってドワーフ村を見渡すと、所々の家屋に明かりがあるけど地下空間に相応しい静けさがあった。
ドワーフの地を後にする。階段を上がり、ホビット村に出ると木造りの家屋には明かりが無く、寝静まっているのか気配が無い。石畳みの道を歩く音だけがザッザッザッと虚しく響く。
枝と枝が重なる二本の木を通り、ホビット村を後にすると風景が一変。
ホビット村が視界から無くなり、枝と枝が重なる二本の木がある見渡しの良い平野に出る。
満天の星空、ひときわ輝く満ちた月。涼やかな風が頬を撫でるのを感じながら、鼻から空気を吸い込み、深呼吸する。
気持ちの良い草の匂い、その中に微かな柑橘系の香りが鼻腔に届く。
「イリーミア。大勢引き連れてどうした?」
俺の眼前には白のきわどいローブを着たイリーミアと月夜でなければ風景と一体化する黒肌に漆黒のローブを羽織るダークエルフの一団。その数は見渡せる草原を埋め、数えるのもバカくさくなる。
「共にイストラーディ国へ、と申したいのですが……」
「足手まといだ」
「と言われるとわかっておりましたので、ユーサーがいない間、ダークエルフはドワーフの地で女王様とエクス様をお守りしようと」
「シュ•ジンコ•ウが行方不明な以上は俺がいない間にドワーフの地に現われるかもしれない……か」
「ドワーフの地には鉱山の抜け穴などもあります。その一つにエルフの森に繋がる道もありますので万が一の強襲があれば、私、ロイト、ペリアの三人でカシオスが守るエルフの森へ女王様とエクス様をお連れし……ユーサー王の帰りを待っております」
「俺が王かどうかはエクスが決める。略奪みたいな無理強いは好きでないし、そもそも恋愛結婚派だ。……まぁ、それも俺が帰って来れたらの話だな」
「帰って来られると信じております」
「俺がかなわかった場合は仲間の死体を増やしながらの逃亡生活かエクスの引き渡ししかない。カシオスとロイトでは決めれない選択だ。エルフ、ドワーフ、ホビットに犠牲が出る前に、イリーミアとペリアでエクスの引き渡しを決めろ」
「帰って来られると信じております」
「行ってくる」
イリーミアとダークエルフの一団に見送られ、満ちた月を背に草原を歩く。イストラーディ国跡地へと行くために。
草原を越えるとイストラーディ山脈と繋がる山があり、周囲を警戒しながら山脈の頂上に行くと、満ちた月が真上で輝いていた。
山脈に囲まれた平野の中心がイストラーディ国跡地。月明かりで見えるのは荒地になった平野に散乱する瓦礫、山が抉れ形を留めていない中心部が元々イストラーディ国があった場所だろう。その中心部には、松明の灯りが疎らにある。
遠目でも確認できるのは軍勢がいるという雰囲気と血気が混ざったような禍々しい空気。イストラーディ山脈を挟んで空気が違うのを肌が感じ取る。
俺がこの場で気楽に眺めていられるのは以前の物語で関ヶ原の戦いを経験したからだが、未熟なガキンチョ三人では雰囲気に呑まれ、今まで必死に隠していた気配を隠すこともできなくなる。
「ロット、エイン、ヴァル。遊びはここまでだ」
「「「⁉︎」」」
草むらに隠れるロット、木の影に隠れるエイン、モモンガのように木から木へ飛び移っていたヴァルは木に激突。三人三様の気まずい顔を作る。
「山を下りたら修行ではなく、戦争だ。クマみたいに一対三ではなく三対万だ。一瞬で呑み込まれて死ぬぞ」
「ゆ、ユーサー殿は怖くないでござるか?」
「一対二◯万の経験がある」
「「「⁉︎」」」
「今、俺がこの場にいるって事は二◯万相手に勝ったという事だ。お前等の親が来ないのは、俺に丸投げしているわけではなく、その力を見抜いて足手まといにならないためだ。お前等もドワーフの地で待ってろ」
「師匠! 足手まといでも我は行くぞ!」
「ヴァルと同じく。たとえ足手まといでもユーサー様の背を見続けます」
「ユーサー殿。拙者も二人と同じでござる」
「……、……まったく」
悪影響を与えちまったな。と思いながら、
「俺はお前等が思うほど完璧じゃない。万を相手に足手まとい三人を守れるわけでもないし、ワイバー相手に気を向けて戦える余裕も無い。お前等は俺が殺られる可能性を上げるだけなんだぞ」
「「「殺られない!」」」
何故、お前等が断言できる。と言ってやりたいけど三人の表情は真剣そのもの、更に、それぞれの意思を言葉にする。
「ユーサー殿がエインとヴァルを守れないたら拙者が守るでござる!」
「師匠が気を向けないように我がロットとエインを守る!」
「ロットとヴァルの短所を私の長所が埋めます」
何を言っても聞く耳は無いだろうな。帰るフリして付いて来られても厄介だし、下手に放置しといて人質に取られたら更に厄介だ。この場の雰囲気を見せれば逃げ出すと思っていた俺の判断が甘かったな。
「はぁ……わかった。付いて来い」
「「「はい!」」」
物語の主人公に憧れるガキンチョ三人。これから見せれるのは物語の主人公の力ではなく、物語をぶち壊す結果的にチートという力なのに……悪影響の一言だ。
『本当に三人を連れて行くのか?』
どこからともなく作者の声音が耳に届く。
(死亡フラグなんだろ)
『モロな。三人を庇って深手を負い、その後、カッコ良く相打ち。それか、勝利した後、ハッピーエンドを迎える前に死亡。ユーサー伝説だけが語り継がれる終章の完成だ』
(そんなところだろうな。だが、それは登場人物を牽引する主人公だからだろ)
『お前、初夜のために三人を見捨てるのか?』
(見損なうなよ。すでに死亡フラグ以上のフラグを女王と話した時にぶっ立てたんだ。作者なら主人公が立てたフラグを無駄にすんなよ)
(女王と話した時に? ……、……なるほど。無駄話をしていると思ったら、捻じ曲がりからの見切り発車を上手く利用したな』
よし! と加えると、
『この物語を一気にシラけさせんぞ!』
(お前さ、作者ならシラけさせるとか言うなよ)