主人公とシュジンコウ
宴も終わりを迎えると庭を賑わせていたホビット族やドワーフ族は家に帰り、二階テラスではロットとヴァルが大食い勝負で得たカロリーを消費するために腕立て伏せの勝負をしていた。
エクスと女王は食べすぎた事が原因で体調が悪くなり、寝室で「うぅ……うぅ」とうめきながらふかふかの布団で横になっている。その姿は滑稽に見えるけども、ロイトやペリアは親子二人でいれる今の状況を微笑ましく見ていた。
肉体を鍛えるロットとヴァル、養生するエクスと女王、微笑ましく見ているロイトとペリア、この世界に来てから主人公として一つ一つの点を歩み、線で繋げてきたからできた安らぎの時間。俺は一同を見てそう思った、が……
まだ、一時の安らぎでしかない。
ハッピーエンドを迎えていない以上、起承転結の転までしか進んでいなく、結を迎えて一時ではない安らぎは成立する。デットエンドなら、言葉のとおり一時の安らぎにしかすぎない。
俺が何を言いたいのかというと、物語は完結しない以上は一時の安らぎはハッピーエンドとデットエンドどちらかの布石にすぎないのだ。構成が捻じ曲がり、脱線している物語なら尚のことである。
俺は大階段の下から三段目に腰を下ろし、今まで歩んできた点と線を思い返しながら聖剣エクスカレバーを眺めている。いや、語弊があるな。思い返しているわけではなく、納得できない事があるのだ。
シュ•ジンコ•ウは生死不明、赤竜ワイバーはイストラーディ国跡地に滞在、竜人族は傷を負っているものの生存……
特技【天の鉄槌】は大振りな技なためソレだけ隙が多い。例えるなら、埃が溜まる床を掌で叩いた時に、掌に付着した埃が倒せた竜人族になり、周囲に散らばった埃や掌に潰されても床に残る埃がダメージを受けた竜人族になる。
ワイバーは兎も角、側近サクリムや翼竜や竜人族が生存している以上はシュ•ジンコ•ウも高確率で生きている。バグというシュ•ジンコ•ウを排除する前提に放った奥義【天の鉄槌】なのに、だ。
この結果を素直に受け入れるなら……
シュ•ジンコ•ウと赤竜ワイバーは主人公としては倒せない事になり、結果的にチートの五割でも倒せない事になる。それ以前に、この問題は根底からおかしい。
『俺に何か言いたそうな感じだな?』
どこからともなく作者の声音が耳に届く。
タイミングが良すぎる作者の登場。やはり俺が作者に対して疑念を抱くのがわかっていたようだ。
(作者、天の鉄槌はバグの処理だったはずだ。お前を疑っているから聞くけどシ•ュジンコ•ウは設定もないバグなんだよな?)
『俺の発言や今の状況から疑われて当たり前だ。好きなだけ疑ってもかまわない。だが、シュ•ジンコ•ウはバグで間違いない』
(シュ•ジンコ•ウの生死が確認できない以上、物語の構成上では生きている、と予想はできる。だが、結果的にチートの力で雑魚の翼竜や竜人族まで生存しているのは気に入らない。どう考えても特技【天の鉄槌】のくだりが意味の無いモノになったとしか思えない)
作者自身が構成の捻じ曲がりを強制的に戻すために推進したバグの処理。その後、作者はバグの処理をした前提に構成を練っていたはずなのに、今の問題が生まれている。俺には、作者が故意にバグの処理を意味のないモノにしたとしか思えないのだ。だが……
『構成が捻じ曲がり、脱線した到着点に向かってお前が進行し牽引してきた結果だ」
作者の見解は俺とは違うモノだった。それは、バグの処理で強制的に戻したのではなく、脱線したレールの到着点に進んでいただけだと……作者は更に語を繋げる。
『魔力の種をあの場で食わなかった結果と言ってもいいな。それによって、散りばめた布石を回収するにはシュ•ジンコ•ウや雑魚敵が必要になったんだ。俺はお前に言ったはずだぞ、結果的にチートの結果的を理解して言ってるんだな? と』
(たしかに言ってたな。だが、ソレを含めたバグの処理だったはずだ。このままだと、結果的にチートの力が雑魚敵含めた登場人物の武力になり、今後のバトルに課せられた力って事になる)
『それこそバグだろ? と言いたそうだな?』
(言いたそう、ではなくて言ってるんだ。翼竜や竜人族という雑魚まで生きているんだからな)
『そうだなぁ……。主人公、少し考え方を変えてみるか?』
「はぁ? 考え方を変える?」
俺が疑問符を浮かべていると作者はカタカタカタとタイピング音を鳴らし、カチカチとダブルクリックした音を鳴らす。
『転生とは簡単に言えば蘇りだ。そして、異世界は現実とは違う世界になる。お前は主人公として転生し異世界に来ているわけだが、異世界には異世界の住人がいるだろ? その住人等にしてみればその世界は現実なわけだ。お前はこの世界では違う世界から来た住人になるんだけど、この世界の住人から見たお前はどういう存在になるんだ?』
(異世界の住人との出会い、未知の出会い。例えるなら、宇宙人との出会いみたいな感じだろうな)
『考え方を変えろと言っただろ。出会いという言葉を使うから誤解が生まれる。異世界から来た住人は、その世界の住人でない。外から進入してきたウイルスと同じだ』
(異世界に転生してきた異世界の者こそ、その世界のウイルス。主人公である俺がバグだって事か?)
『そうだ』
(雲行きが怪しくなってきたな。まるで俺が異世界から来た侵略者みたいじゃねぇか?)
『そうだな』
(…………)
肯定しやがった。確かに、結果的にチートの者が異世界から来たなら、その世界の住人から見たら侵略者なため、異世界には異世界の世界観があるから異世界から来た者はバグの括りになる。
登場人物を牽引し物語を進行するのが主人公のはずなのに、その主人公が異世界ではバグ(侵略者)になるとは……小説の基本概念さえぶち壊す発言だな。
(主人公であるはずなのに、侵略者となっているのは捻じ曲がりで生まれた結果か? それとも作者の故意か?)
『捻じ曲がりからだな。そもそも、俺の当初の構成は、エクスと激突して完、だ。物語が今に至っている時点で予定外だからな』
(はぁ…………その当初の構成さえ疑うレベルだ。疑えば切りがないけどな。とりあえず、作者から見た捻じ曲がりの結果はどんな現状なんだ?)
バグだろうと侵略者だろうと作者が俺を主人公として構成しているなら主人公だ。
捻じ曲がりから侵略者の主人公になったとしても脱線した結果にすぎない。
どんな主人公でも主人公は主人公だ。俺は登場人物を牽引し物語を進行するという役目を果たすだけだ。
『現状。主人公というバグを排除するのは、この世界のヒロイン兼魔王であるエクスの役目だ。しかし、エクスでは主人公であるお前を倒せない。最強魔法でも治癒にしかならないからな。そこで現れたのがシュ•ジンコ•ウ…………俺は、シュ•ジンコ•ウを異世界から来た主人公というバグを倒すために生まれた【この世界のシュジンコウ】だと思っている』
(異世界から来た主人公を倒すために生まれたこの世界のシュジンコウか。なるほど、主人公とシュジンコウの最終決戦というオチになりそうだな?)
『どんなオチを迎えられそうだ?』
(俺とシュ•ジンコ•ウの力は主人公として拮抗する。それは物理攻撃や防御、魔法攻撃や防御問わず、結果的に結を迎えれる物語の主人公として、だ。二人主人公と言えば聞こえはいいが、そんな簡単な関係でもない。それは、トランクスの中で飼っている精霊やエクスが産む息子が国を統一する者アーサーや精霊の加護という布石が関係する。もし俺が負けたとしたら、シュ•ジンコ•ウがアーサーの父親になり四神竜や他部族を武力で統一する物語で完結。俺が勝って父親になった場合は、お互いの長所を伸ばし短所を補う国を作り統一するアーサーが産まれて完結。こんなところだな……)
『俺の見解は少し違うな。四神竜に匹敵する力を持つ赤竜ワイバーと結果的にこの世界では結を迎えれるシュ•ジンコ•ウの対抗勢力がお前だ。あくまでも捻じ曲がりが最大の敵なんだ。お前が主人公としてこの異世界に残り、シュ•ジンコ•ウの壁になれば今の拮抗は保たれる。俺はお前が主人公の物語をこの世界観で書き続けないとならないけどな』
(女は勝った者に与えられる勲章。弱い者は略奪さえ受け入れないとならないクソな世界。物語を進行し牽引する主人公として、クソまみれの世界観を改善する、か、ボツにして違う異世界に飛ぶかって事か?)
『ハッピーエンドかデットエンドは自分で選べ』
(作者かヒロインのどちらかを選べと言われてるみたいだな)
くだらない選択だな。作者とヒロインのどちらかを選べと言われたら……
『前にも言ったが、俺はお前が主人公の物語が好きだ。心配もしてない。主人公と長い付き合いの俺がパッと出のヒロインに負けるとは思えないからな』
(いやいや、誰かさんとの腐れ縁が切れるならハッピーエンドを選びますよ。エクスとアーサーを作りますよ。この世界のシュジンコウだろうが俺の邪魔をするなら全力で抹殺しますよ)
『ほぉ、そんなに俺との縁を切りたいか? そんなに童貞主人公でいるのが嫌か?』
(嫌だね。はっきり言ってライトノベルで暗黙のルールになりつつある童貞主人公なんてやってらんねぇよ。それに今の俺の欲求を満たせるのはラッキースケベではない。初夜だ!)
『決戦の前に初夜のためと断言する主人公……ある意味、男としては尊敬し共感できる部分もある。が作者としては初夜ではなくて、友情のために! というクリーンな理由で決戦を迎えてほしかったな』
(しゃらくせぇ。結果的にチートが結果的に初夜にして健康的な主人公になってやる)