三部族の溝
俺とロットとエインが巨大クマをドワーフ村ガウに運ぶと、すでにヴァルからの報告を受けたホビット族は歓喜、ドワーフ族は動揺した表情を向けてきた。
おそらく、ドワーフ族は巨大クマに挑んで何度も敗北していたのだろう。それを気合い一つで討伐したと報告を受けたら動揺もする。
そういえばヴァルがいないな。たぶん二階テラスでロイトに自慢でもしている……いや、二階テラスからはロイトやエクスや女王が顔を出して巨大クマを見ている。
エルフ村にまで報告に行ったとは思えないけど……ヴァルはどこに行ったんだろう。
とりあえず、ホビット族とドワーフ族の料理人が目を輝かしてどうやって調理しようか楽しみにしてるから巨大クマは任して俺達は二階テラスに行こう。
屋敷の中、大階段を上がり、二階ロビーにあるテラスへの扉を開き、外に出る。
ロイトは律儀にも一礼し、
「息子エインへのご教授、痛み入ります」
「いや、ご教授と言えるモノではなかったんだ」
「将来の糧になる経験ができただけでも十分なご教授。吾輩やドワーフ族の精鋭では三人を危険に晒すだけでした」
「そう言ってくれると助かる」
それぞれ元にいた席に座ると、程なくしてドワーフ族の調理人がドカン鍋を持ってきた。
ホビット族の調理人が最後の調理だと言わんばかりに小石に魔法をかけて赤くすると、ドカン鍋に投入する。すると、数秒でグツグツと音を鳴らし、沸騰した。
焼き石を使う調理法があるけど魔法で焼き石を作るとはあっぱれの一言だ。それに、味噌煮込みのクマ鍋なら俺も作れるけど、ホビット族とドワーフ族の料理人が作ったクマ鍋は味噌煮込みではない。そもそも中世ヨーロッパに味噌があるとは思えない。クマ肉独特の臭みをどうやって消し、更に、この日本人の食欲を誘う甘い香りを……んっ? この匂いは……
「醤油! 醤油があるのか⁉︎」
俺はドカン鍋の元に走り、中を見る。
「こ、コレは、すき焼き? 違うな。煮込みか? クマ肉の臭みを牛の筋肉の臭みを抜く方法で調理したのか? こんな短時間でできる料理では無いぞ?」
ドカン鍋の中を見ながら疑問符を浮かべていると、ロイトが隣に来る。ドカン鍋に入っている大きな木のスプーンを取り、かき混ぜながら、
「地の魔法で肉自体の臭みや不純物を取り、生姜と軽く炒めた玉ねぎと一緒に果実酒で煮込みながら、火魔法で火力を上げ、水魔法で具材の潤いを保ち、魚醤で味を整え、ドワーフ村名物のクマ鍋の完成です」
「俺の国では、クマ肉ではなく牛の筋肉を使用して米と一緒に食べる。クマ肉だからクマ丼にして食いたいな……いや、米なんて無いか」
「米は豊作年であっても翌年までは蓄えれず、パンしか……」
「パンがあるなら麦があるはずだ。麦飯だな」
「麦飯?」
「麦飯を作ってくる!」
俺はドワーフ族とホビット族の料理人を捕まえると、二階テラスを後にして調理場に行く。
調理工程は割愛するが、魔法を使用しての調理は聞いてるだけでも心が踊らされた。
臭みや不純物を取るだけでなく調理時間の短縮、更に、固い肉なら柔らかくしたり、一定温度で保存したりと魔法の使用概念が揺れる思いになった。
二階テラスに戻った俺と調理人は、鍋の蓋を開いて麦飯を中心とした雑穀米を一同に見せる。
馴染みがないからなのか食欲が優先しているエクスと女王以外は怪訝な表情になっている。
「俺の国では米が主食なんだ。他にも、米と雑穀で栄養価の高い雑穀米にしたり、大麦と米を混ぜた麦飯を作ったりする。大麦のみの麦飯とかも昔は作っていたみたいだ。まず、丼……木の器にこの雑穀米を入れて、クマ肉をぶっかける。甘い汁と雑穀米が絡み合って美味いぞ」
エクスと女王にクマ丼を作り、自分の器にもクマ丼を作る。あとは牛丼を食べる時と同じくガバガバと口の中にぶち込んで咀嚼。俺の味覚が生卵と紅生姜を欲するが……
「美味い!」
「絶品ズラ!」
「おかわりだっちゃ!」
「早っ!」
およそ三秒でクマ丼を平らげた女王は自分で特盛クマ丼を作り勢いよく食べる。それにエクスが続き、一同の分が減っていく。
俺は一同の分を木の器に取り分け、一人一食分を確保した。しかし、一度でも食べたらおかわり続出間違いなし。調理人に追加を要求しようとした時、二階テラスには次々とドカン鍋に入ったクマ鍋と雑穀米が運ばれてきた。
「ロイト。食ってみろ。俺の国では成長期の子供等や大人問わず丼を食って体力を付ける」
「麦飯はパンに比べて味は落ちるであるが……」
ロイトは木のスプーンでクマ肉と甘い汁で浸る雑穀米を掬い取り、口の中に入れると、
「コレは衝撃の組み合わせ、絶品ですな」
「丼物は他にも鶏肉と玉子で親子丼、豚と玉子でカツ丼、お互いの長所を生かした料理が多彩にある。エルフとドワーフも丼物みたいな絶品になれよ」
「長所を生かした料理からのご教授。このロイト、自分の未熟さを痛感し身に染みもうした」
『ししょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
二階テラスの扉越しから届く大声は確認するまでもなくヴァル。
扉が開き、ヴァルとヴァルと同じ原始人みたいな服装をしたホビット族の男性が二階テラスにきた。
鼻下にはちょび髭があり、目は線のように閉じている。服装は野生的だが優しさがあり、自己主張が強いホビット族らしくない落ち着きがある。
二人が俺とロイトの前に来ると、ヴァルは俺を見上げ、
「おっとう! 我の師匠だ! イストラーディ国を両断、粉砕、主を気合いだけで倒した!」
「ユーサー殿。ホビット族族長ペリアです。娘がお世話になりました」
ヴァルの父親ペリアは丁寧に一礼する。
「ユーサーだ。……ヴァルの父親?」
ヴァルの父親とは思えない礼儀正しさと父性ある優しい声音。ロイトのような如何にも戦士という礼儀正しさとは違い、良家の大黒柱という感じで、正装していないのが不思議になる人格者だ。もしかしたら原始人みたいな布服がホビット族の正装なのかな……
「師匠! 我のおっとうだ!」
「なんでこんな立派な父親からヴァルみたいな騒がしいのが生まれるんだ?」
「おっとうは立派だ! 師匠! おっとうみたいな族長にしてくれ!」
「道のりは果てしなく遠いな」
「ユーサー殿。少しよろしいですかな?」
「師匠! おっとうは師匠に用事があってきたんだ!」
「わかった。とりあえず……飯を食いながらでいいか?」
冂の字に並べたテーブルの上座には左側から女王とエクスと俺の順に座り、女王の斜向かいにはロットとヴァルとエインの順に座る。俺の斜向かいにはガウとペリア。
二階テラスは言うなれば女王や族長などのお偉いさんの食卓になり、ヴァルがなんでこの場に並んでいるんだ? と思っていたけど族長の娘だったとはな。
そういえば、ヴァルの父親ペリアはホビット族とドワーフ族のプライドをかけた綱引き大会の時にはいなかった。
「ペリア。話ってなんだ?」
「それはですな……」
「師匠! おっとうは師匠がイストラーディ国を粉砕したと我が報告した後! イストラーディ国を見に行った!」
ペリアの言葉に自己主張の塊ヴァルがかぶせる。
「なるほど。俺に話ってのはワイバーの事か?」
「それもありますが……」
「ワイバー生存! シュ•ジンコ•ウの姿は確認できなかったものの! ワイバーの側近サクリム、翼竜、竜人族は傷を負ってはいるが生きている!」
ペリアの先に続く言葉にまたヴァルがかぶせる。
どうやらペリアは偵察に行き、ワイバーやシュ•ジンコ•ウの生存と監視をしていたようだ。考えてみれば当たり前だな。
エルフの森に関したら竜族や竜人族の進入はウンディーネの加護があるから無いけど、平野に居住するホビット族は別。ワイバーやシュ•ジンコ•ウにしてみれば、エルフとホビットとドワーフはいつ結託して自分達に攻めてくるかわからないし。それはそのまま、動ける兵隊だけでホビット村に報復に来る可能性が高くあるという事だ。バグの処理が目的だったとはいえ安易だった。
詳細を詳しく聞いた方がいいな。だが、その前に……
「よぉし。ヴァル。お前はロットと大食い勝負だ」
ヴァルが邪魔だ。子供が割り込んでこれる程、ペリアやロイトの中ではこの話は小さくない。それにペリアは『それもありますが』と言っていた。何かヴァルにも話てない事があるに違いない。
ロットとヴァルがクマ丼大食い勝負を始めると何故か女王とエクスも参加する。女王、お前の国の一大事だぞ……と言ってやりたいが、絶賛略奪中のため略奪した人間に全責任があると言わんばかりだ。
もしもイストラーディ国を再建してからもこんな感じだったら……いや、考えても仕方がないな。間違いなくこのままだ。
「ペリア。ワイバーは報復に来そうか?」
「ユーサー殿がイストラーディ国を破壊した後にワイバーの監視に行きました。結果を言えば、ワイバーはイストラーディ国跡地から動く様子がなく、側近サクリムや翼竜も傷を癒す事に専念しております。竜人族が報復に立ち上がっていましたが、崩壊を生んだ力が未知なため軍を挙げての報復は愚策、とサクリムに制止されていました。シュ•ジンコ•ウの生死が確認できていませんが……おそらくは」
「ワイバー以外は滅ぼせる力だと思っていたけど翼竜や竜人族まで生きていたならシュ•ジンコ•ウの生存もあるかもしれないな。まぁ、その辺は直接倒せばいいから気にするな。それで、ペリアが俺に伝えたい『それもありますが』とはなんだ?」
ペリアは隣に視線を向けるとロイトは無言のまま頷く。ペリアは視線を俺に戻して、
「私はワイバーの報復が今は無いと確認した後、エルフ村へと行き、協力協定を結んできました」
「残りはドワーフとエルフの協力協定って事か……ロイト、どうするんだ?」
ロイトを見やる。
長所を生かした丼物の話を理解したなら協力すると思うけど、ロイトの表情は協力協定は思案中と思わせる。
「その協力協定にドワーフも参加する所存ではある」
「所存って事は、まだ決めてないって事だな?」
「ユーサー殿の合否にゆだねる、と言えば我輩の意をわかっていただけますかな?」
なるほど……ロイトの言いたい事は、俺と実際に闘ったからわかる力の差だ。カシオスやイリーミアやペリアではわからない実践からの経験から、
「弱体化したワイバー軍とはいえ、自分達がいては俺の足手まといになる。戦に加担するのは反対という事だな?」
「ユーサー殿には物理攻撃が届かないだけでなく、イリーミアの魔法さえ無効化する故、万の軍であろうとも体力が続く限り単身で十分。懸念は体力じゃが、剣一振りで遠距離にあるイストラーディ国を粉砕した力を至近距離で振られれば軍などたかるハエと同じ。その力の余波を受ける我等は足手まとい以外の何物でもない。それ故、無駄に軍を挙げて犠牲を増やすのは愚策である。ユーサー殿がエルフやホビットの参戦を好まぬのならドワーフは二部族の壁となりましょうぞ」
「たしかに俺の力で犠牲が出れば本末転倒だ。ペリア、俺はロイトの判断が適切だと思う。カシオスやイリーミアはなんて言っていた?」
「ロイトと同じです」
「それだと問題は……、……」
ペリアの線のような目が俺に何かを訴えるようにジッと見ている。今の話からだと俺一人でワイバーを倒しに行く事で解決する。それだけだ。問題は無い。だが、ペリアは口には出さずに何かを訴えかけている。何故だ…………あっ!
作者はマリちゃん等のサプライズを知ってて知らないフリをしていた。何故、マリちゃんがよそよそしい事を俺に言った? 意味の無いくだりだったけど、今の三部族と重なる。
答えは簡単だ。何らかの方法でサプライズがある事を知っててもサプライズが始まるまでは『本当にサプライズが決行される』という確信が無いのだ。
言葉を悪くすれば、作者は疑り深く一人相撲に落ちたく無いというだけなのだが、期待した自分を恥と思い、傷付くのを避けたいと思うのは誰でもある心情だ。
相手の真意、決行の有無がわからない内は自分は知らないフリをしているに限る。
ソレをロイトに当てはめると、地上の問題からペリアがエルフと協定を結んでも、地下を縄張りにするロイトには協定を結ぶ理由がない。それに、ペリアはあくまでもエルフとドワーフの中立だから協定を結べるだけで、ロイトにはカシオスやイリーミアに対して協定を結ぶだけの信頼が無い。相手の真意がわからない以上は下手に協定は結べない。
それはカシオスやイリーミアも同じだろう。ロイトやカシオスやイリーミアは俺が言えば協力協定に納得するだろう。しかし、それは俺を中心とした協定でしかなくエルフとドワーフが歩み寄った事にはならない。
俺という中心がいないとロイトとカシオスとイリーミアにある三者の溝が決断をできないんだ。正確には、イリーミアは女王とエクスの味方だからロイトとカシオスの溝だな。
ペリアはドワーフとエルフが歩み寄るために俺という切っ掛けを利用してエルフと協力協定を結び、三部族の穂先を揃えたいと思っているのだろう。
ホビット族は中立。というより、ペリアはエルフとドワーフの仲裁に苦心していたような気がするな。誰よりもイストラーディ国の繁栄を願っていたのはペリア、ホビット族だったのかもしれない。
つか、俺はすでにエルフとドワーフとホビットが一緒に闘っているところを見たじゃねぇか。一人で飛び込んだエインにロットが続き、最初から二人の後方支援を選んだヴァル。
防御力が高く攻撃力があるドワーフ、ロットは魔法が苦手だから二人の近接戦闘になったけど、エルフが魔法でドワーフを援護したら中距離と至近距離で相手を翻弄できる。そしてホビット……ヴァルの凄さが更に浮き出たな。
ホビットが全体を見て指揮を取れば敵が大多数でも三部族一体の対応ができる。
兵隊を組織する上での『伍』が良い例だ。一人のリーダーと四人の兵隊で組織する『伍』は、伍長であるリーダーの采配で生死が極端に変わる。その伍長をホビット族が受け持てば、先ほどのヴァルみたいにロットやエインの生存率を上げれる。しかし『伍』には五人一組で背中を任せるという信頼が付いて回る。
こうなると俺がロイトとペリアに言うことは一つになる。
「俺は前線で闘う時はロットとエインとヴァル以外に背中を預ける気は無い。ロイト、ペリア、息子や娘の背中を見るようになったら隠居だぞ。ロイトからカシオスに伝えておけ」
「御意」
「俺はカシオスから王である覚悟を教わり、イリーミアから王であるが故の苦悩を教わった。そしてロイトからは王の誇りを教わり、パーシからは国であるが故の弱さを教わった」
大食い勝負をするロットとヴァル、その間で行儀良くゆっくりとクマ丼を食べるエインを見ながら、
「ロイト、ペリア、カシオスが穂先を合わせても、背中を任せた相手に刺されるかもしれない。だが安心して死んでくれ。俺の背中にいるロット、エイン、ヴァルが新しい三部族を作り、女王やエクスを支える」
「「思いのまま働かせていただきます」」