ホビット村パーシ
エクスの家を出発して数時間、エルフの森を越えたところに広がる平野を、大量の汗を流し息切れしているロットと二人で歩いている。
毎日身体を鍛えて、エクスの母親にパンを届けているロットが数時間歩いた程度で疲労感が出ているのは、どうやらロットの体格とは不釣り合いな二本のロングソードが原因らしい。
けして重量があるからではなく、片手に一本ずつ持っているアロンキエルとダイトロールは柄を握ると常に魔力を吸い取るようだ。魔力を吸い取る分、強くなるという在り来たりな仕組みだな。
結果を言えば、柄を握らずに腰にぶら下げれば魔力を吸われる事は無いのだが、ロットが二本のロングソードを腰にぶら下げると歩いた後には二本の線を地面に描く事になる。宝剣で地上絵を描くのは憚られるため、魔力を底上げする修行をしているようだ。
エクスは相変わらずヨダレを垂らしながらベット型車椅子で寝ている。
空が白み始めた方向を見ると、遠くにある山脈から太陽が顔を出していた。首筋や顔に優しく当たる太陽光は体温を少し上げ、心地良さを与えてくれる。
「ユーサー殿、下腹部から煙が出ているでござる」
「んっ?」
ロットの言葉に下腹部へと視線を向けると温泉地を思わせるように白い煙がモクモクと出ていた。
「サラマンダーとウンディーネが起きたかな」
下腹部を守るアーマーのベルトを取り外し、布のズボンを開く。すると、トランクスの中を住処にしているウンディーネとサラマンダーの寝室であろう丸い水晶玉がだんだんと大きくなり、ふわふわと外に出てきた。
ウンディーネは水色の水晶玉、サラマンダー赤色の水晶玉、中ではヨダレをチョロチョロと垂らしながら布団で寝ている。どうやら、このチョロチョロと垂れているヨダレに魔法的な力があり、なんらかの反応を起こして、水晶が当たる度に水と火の化学反応を起こしているようだ。
「ウンディーネは口から水を出していたし、ヨダレにも魔力があるんだな。サラマンダーの玉と当たる度に水が火で沸騰するようにモクモクと蒸気を出したって事か……コレは使えるな」
「何に使えるでござるか?」
「加湿器だ」
「カシツキ? とは何でござろうか?」
「温泉の蒸気で湿度を上げたように病人には湿度が高い環境が良い。その蒸気を作るのが水と火、水が沸騰した時に出る蒸気が湿度になるって事だな。俺の国では、加湿器という機械で水を沸騰させて蒸気を作り、部屋の湿度を上げる。ウンディーネとサラマンダーをエクスの側に置いといたら加湿器の代わりになるって事だ」
「?」
ロットは怪訝な表情になり疑問符を浮かべながら「ちんぷんかんぷんでござる」と呟く、とりあえず、「エクスの身体に良い煙って事だ」と返してウンディーネとサラマンダーの寝室、水晶玉をエクスの枕元に置く。水晶玉同士がコツンコツンと当たる度にモクモクと白い煙を出し始めた。
「ロット。ドワーフの地はまだ先だろ? 少し休むか?」
「休憩は不要でござる。ここの地下はすでにドワーフの地でござる」
ロットは広い平野を見渡して言うが、地下への出入口らしきモノが無い。落とし穴でもあるのか? と疑問符が浮かぶ。確かにドワーフはヤンチャなイメージがあるけど……勝手なイメージかもしれないから聞いた方がいいな。
「どこかに地下に通じる穴とかあるのか?」
「ドワーフの地への入口はホビット村にあるでござる。女王様へパンを運ぶ拙者が来たらホビット族がドワーフの地へ連れて行ってくれるでござるから、まずはホビット村に行くでござる」
なるほど、ドワーフの地への入口はホビット村にあるのか。なるほどなるほど……だが、
「村なんてあるのか? 村らしい建物は無いが……」
ホビットは小さいというイメージがある。どれだけ小さいかはわからないけど、俺達のいる平野には視界の端にある二本の木以外は雑草しか生えていなく見渡しが良い。ドワーフの地への入口が人間サイズなら見えていてもおかしくないはずだが。
「ホビットは力も魔法も弱いでござれば各種族の中で一番戦闘向きでは無いでござる。しかし、ホビットの警戒心や隠密性の前ではドワーフの力もエルフの魔法もお手上げでござる。村一つ擬態するのは容易……ここがホビットの村の入口でござる」
ロットが指先を差した先には、枝と枝が重なり合う二本の木があり、合わさる枝と枝が門を思わせる。右側の木に【ペラペラペラ】と掘られた木の看板が立て掛けられていた。
「俺には文字が読めないが、警戒心や隠密性に優れていても看板を立てちまったら意味ないな」
「看板にはホビット村パーシと書いているでござる。警戒心があっても好奇心があり、隠密性があっても主張性があるホビット族でござれば、拙者等がここに着く前、エルフの森を出た時にはホビットの警戒心に引っかかっているでござる」
「なるほど。警戒心から自分達の縄張りに入ってきた者を判断し、安全とわかれば看板を片付けないで好奇心を出す。隠密性と主張性はこの警戒心と好奇心の判断から来ているんだな」
俺とロットは木と木の間を通り平野の先へ進む。
風景は平野のまま……いや、目の前で蜃気楼が発生したようにモヤモヤと風景が変わっていく。立ち眩みした時の視界変化にも似てるため、脳が錯覚を起こして酔ったようになる。
「ようこそホビット村パーシへ」
合唱するように合わせた声音。
周りを見渡せば、モヤモヤと変わっていた風景が形を造り出し、石畳の道と木造りの洋風建築が建ち並ぶ豊かな街並みを見せた。
頭を下げれば入れない事はないけども、扉の大きさや屋根の高さから人間やエルフが住むには狭い家屋だ。ドアノブの位置が俺の膝下辺りにあるのはホビット族の身長を表しているのだろう。
そして一つ、大した問題ではないが、現在、俺の身にめんどくさい事が起きている。
油断していたわけではない。コレがホビット村での挨拶だと思い、エルフ村での挨拶と同じく受け入れている。どうやら、ホビット村パーシでは槍ではなく縄のようだ。
俺は胴廻りや足を縛られ、隣ではロットがぐるぐる巻きに縛られていた。
「ロット? エルフ村では槍を突き出されたけどホビット村では縄か?」
「迂闊。擬態を解いた時に感覚を鈍らせる無属性魔法を使われたでござる」
「酔ったのは魔法だったのか……なるほどなるほど。無属性ってのは四精霊の四属性に含まれない種類って事だな?」
「そうでござる。……ユーサー殿?」
俺は胴廻りと足だけ縛っておいて両手を自由にしている理由を知りたかった。が、膝下でチョロチョロと働いているホビット族を見て納得。
身長が俺の膝ぐらいの小人ちゃん達が俺の両腕に縄を巻きつけて縛ろうとしている。その表情は一生懸命、涙目にもなり痛々しく思う反面、可愛くも見える。
しかし、俺は冒険好きのガリバーさんほど人間ができていないし心優しくもない。
左手をロットが背負うリュックサックに伸ばして縛り付けてある布団を掴むと、ロットごとホビット族を持ち上げる。そして、足元をチョロチョロとするホビット族に気を使う事なく、前進。
「ユーサー殿。容赦なしでござるな」
「遊びだろ? 捕まえたかったら看板なんて置かないだろうし」
「いや、拙者がいる故、看板を立てておいて油断させ、捕まえようとしていたでござる」
「策士策に溺れる、だな。まったく効果がない」
「効果が無いのはユーサー殿だけでござる。無属性魔法をかけられた上に、同じ無属性魔法をかけられた縄で縛られた拙者は身動きができないでござる」
「さっき酔った感じになったけど魔法でなく脳が錯覚しただけか。ウンディーネの加護で魔法防御無限になっても無属性魔法ならって期待したんだけどなぁ。残念だ」
はぁとため息を吐く。すると……
『またれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!』
俺の前に立ちはだかったのは原始人みたいなボロボロの布生地を纏ったホビット族の少女。
周りのホビット族は色取り取りの綺麗な服を着ているのにその少女は恥ずかしげもなく堂々する。いや、よくわからないが少女は自信に満ち溢れているため、威風堂々という言葉が似合う、かもしれない。
威勢がよく、声の大きさは市場で宣伝する店員を思わせ、顔立ちは気が強く負けず嫌いを象徴するように目元が吊り上がっている。左手に木の盾、右手に木刀を持つ。
「ヴァル! どういう事でござるか!」
ロットはホビット族の少女をヴァルと呼び、現状説明を問う。
「なんだ、ロットの知り合いか?」
「いつも拙者をドワーフの地へ案内してくれるヴァルでござる」
「よし、ヴァル。案内してくれ」
「ことわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁる!」
「うるせぇな。そんなデケェ声出さないでも聞こえるよ」
「我こそはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ホビット族戦士ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! ヴァァァァァァァァァァァァァル!」
ホビット族のヴァルは草木がビリビリと振動するほどの大声で自己紹介を始めると、周りのホビット族はドンドンドンと太鼓を叩き、パフゥパフゥとラッパを吹いてお祭り騒ぎさながらにヴァルに声援を送る。
「なんかめんどくさい事になっているけど……ロット、これは最後まで聞いてやるべきか?」
「好奇心と主張性が強いホビット族でござる。ヴァルは真剣でござるから聞いてあげてほしいでござる」
「そうか。……」
「イストラーディ国を両断しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 粉砕したユーサーの力ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 相手にとって不足なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……、?」
ヴァルの周りが暗くなる。
「すまんロット。めんどくさい」
膝下ぐらいの身長しかないヴァルをプチっと踏む。
「ユーサー殿、気持ちはわかるでござるが……ホビット族はヴァルほどでなくてもみんな似たような性格でござる。慣れてほしいでござる」
「我はぁぁぁぁ…………負けなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
「おう。頑張れ頑張れ」
ヴァルを踏みながら縄で縛り、道端に放り投げる。
「さぁ、ドワーフの地へ行くぞ。どうせあの豪勢な門だろ?」
数十メートル先にはテーマパークにでも続いてそうな豪勢な大門。その大門の頭には看板があり【ペラペラペラペラ】と書かれている。
「ドワーフ村ガウでござる」
「我を倒さずにはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 門は通れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
縄に縛られたままコロコロと転がり、道を塞ぐヴァル。
「ロット。お前以上に脳筋だな」
「拙者は自分を律しているだけでござれば、ヴァルのような迷惑体質ではないでござる」
「その迷惑体質はどうやったら静かになるんだ?」
「ヴァルは疲れ果てるまでこのままでござる」
「めんどくさいな」
足元でコロコロコロコロ転がるヴァルをドワーフの地へ続く大門へ向けて、無回転シュート。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ヴァルは見事に大門へとゴールインした。
「さぁ行くぞ」
「ユーサー殿、縄が増えているござるが?」
「かまうな。全員引きずっていく」
ホビット族の長所でもあり短所を目の当たりにしながら、ドワーフの地へと続く大門を通り、石畳の階段を下りていく。途中、何度かヴァルが立ち塞がる事はあったが、最終的にはヴァルの一生懸命さに敬意をはらい、ヴァルでリフティングをしながら長い階段を下りていった。
ちなみに、一人サッカー物語という作者の悪意を乗り越えた俺にかかれば、やる気になればリフティングぐらい無限にできる。無限とは言いすぎだと思うかもしれないけど、頭にボールを乗せながら寝る事もできるため、自分から地面にボールを付けない限り『どんな状況でも』リフティングを続けれる。
「ここがドワーフの地……」
「あそこに見えるのがドワーフ村でござる」
地下に広がるもう一つの地上と言った方がいいのか、ドワーフの地は地下空間とは思えない程に木々が生え、昼間のように明るくなっている。
「なんで、地下に木が? それに明るい」
「地下にある土は栄養豊富で鉱物が出す光は植物に必要な光合成と同じ役割を果たすでござる。地上と同じく夜になると暗くなるでござる」
「薬草のエキスにもなる鉱物があるぐらいだから光る鉱物もあるって事だな」
俺はヴァルをリフティングしながらホビット族を引きずり、エクスが眠るベット型車椅子と縄でぐるぐる巻きのロットを担ぎ、ドワーフ村へと向かった。