作者が与える課題
エクスの家に温泉を作った際、源泉を冷やすための城郭を作るために家の裏一○○メートル先の森を伐採した。その場にエルフ村ランスを再建する事にしたのだが「エルフには川が必要だ」「もしくは泉が必要だ」などと注文があり、家を建てるよりも環境作りに時間がかかった。
川の近くに村を作る基本として、上流の形を変えれば濁流を起こす危険性があるため、川や泉を作るためとはいえ小川から村へ水の流れを作るのは危険性を生む。それならどうすれば良いのか? と考える必要もなく、温泉を掘って泉を作り、エクスの家の地下にある下水道に繋げた。簡単に言えば新エルフ村ランスは温泉地になったということだ。
しかし、温泉だけでは飲料水を小川まで汲みに行く労力がある。そのため、小川の上流から新エルフ村ランスを繋ぐ地下水路を作り、井戸を作った。
俺の建築技術や知識にエルフ村の民は驚いていたけども驚かされた事がある。
それは下水設備がトイレを便利にするという俺の常識が、食べた物は地に帰るという言葉どおりトイレには魔法がかけられ排泄物は匂いも残さず地に帰るのだ。コレにはさすがにぶったまげた。
その魔法を下水道や水路に併用すれば不純物は地に帰り、水路は不純物や毒さえ無くなる。魔法とはバトルで使うモノと思っていた俺には衝撃的だった。
エルフ村の民が魔法で生活空間を作るとは別に、エルフの森自体が魔法的な力で守られているらしい。
木々の成長が良くエクスの身体に良い葉っぱを生むのは、精霊ウンディーネの加護だと俺のトランクスの中でキャッキャッと遊ぶウンディーネに手を合わしながらカイネルばあさんが言っていた。
それなら【ウンディーネの森】だろ?
と俺は訪ねたが、エルフの森以外にもウンディーネの加護があると言われる森が多数あるらしく【ウンディーネの森】と呼ばれる場所は標高の高い山イストラーディ国にあったみたいだ。
たぶんウンディーネはイストラーディ国が竜族や竜人族に汚されて住めなくなったから、俺のトランクスの中に来たとカイネルばあさんは推測している。
そしてイストラーディ国やエルフの森を含めたウンディーネの加護がある地は、人間やエルフやドワーフやホビットには加護を与えるけど竜族や竜人族には加護とはならずに毒の地になるらしいという憶測もある。何故、憶測かというと竜族や竜人族含めエルフやドワーフやホビットは環境で強くも弱くもなるみたいだ。その観点から竜族や竜人族はウンディーネの加護がある地では弱体化する、という事実があるらしい。
しかし、肉体や免疫力の強い竜族や竜人族は、環境から肉体に与える弱体化に少なからず耐性があり、ソレが物理や魔法攻撃に強い肉体を作っているようだ。
免疫力に関したらエルフやドワーフやホビットよりも人間の方が強く、竜人族に勝るとも劣らないらしい。しかし、人間には竜人族のような生まれ持った強い肉体が無いため、竜人族のような耐性は人間の肉体の弱さから得られないようだ。竜人族は最初から強靭という事だな。……この点から、カイネルばあさんは俺を人間族かどうかを疑い始めた。まぁ、物理攻撃が効かないのだから疑われても仕方ない。
それでも人間はエルフやドワーフやホビットよりはマシだと言っていい。先にも言ったようにエルフやドワーフやホビットも環境で強くも弱くもなる。
それは四精霊の加護が大きく関わりーー
エルフ村の住人が川だ泉だと言っていたとおり、エルフは水が清らかな所でしか生活ができない。すなわち……
エルフは清らかな水が湧き出る地、ウンディーネの加護がある地。
ドワーフは清らかな土のある地、精霊ノームの加護がある地。
ホビットは清らかな風が流れる地、精霊シルフの加護がある地。
という精霊の加護がある清らかな地でなければ身体は弱体化する。イストラーディ国含めてワイバー軍に汚された地では半分の力も出せないとカシオスは言っていた。
つか……
(おいおいおい! この設定は誰が創ったんだ⁉︎)
『俺だ』
(嘘つけ! テメェは魔法も精霊もファンタジーも始めてだろ! ウンディーネの加護だけでなんだこの壮大な設定! それぞれの種族にドラマができあがるだろ!)
『人物設定を練りに練ってあると言っただろ。その人物設定には一人一人の世界観も含まれる。そしてこの物語のテーマはお前をこの世界に転生させる前から【思いつく限りの悪意】だ。物語全体の構成を作ろうとしたらめんどくさくなり、飽きてあのプロットになったんだ』
(テーマが思いつく限りの悪意、人物設定には一人一人に世界観……四精霊ならあと三つはあるんだろ、完結まで遠くないか?)
『サラマンダー、シルフ、ノームとあるな。今まで進行してきたところだけを抜粋すると【エルフ編•精霊水姫ウンディーネの怒り】って感じだな。あと勘違いしていると思うが、竜人族や竜族が全部悪者ってわけじゃないからな。何故なら、竜族や竜人族はウンディーネの加護がある森や泉や川が弱点なだけで、サラマンダーの加護がある地では恩恵を受ける。そしてお前がカイネルばあさんに聞いたとおり、竜族や竜人族は肉体や免疫力が強い。その強さから竜族や竜人族の一部では四精霊の恩恵を受けている者達もいる。そういう清らかな連中は精霊の地を守るために闘っているからな。ザッと言うとこんなところだ。竜族や竜人族の設定、その一部の欠片ぐらいしか説明してないが、わかったか?』
おいおいおい! 人物設定だけで……
(世界観が壮大すぎる! 人物設定だけで物語ができるじゃねぇか⁉︎)
『アホ。その世界観に比例した構成を作らないと、主人公は登場人物を牽引しながら点と線を結べないだろ。人物設定や世界観が壮大なほど構成は繊細かつ豪快であり、主人公は登場人物や世界観に負けないように物語を進行しなければならない。だから、リセットするつもりでエクスと激突して完というプロットを作った。けして見切り発車で始めていい物語ではないんだ』
テーマは兎も角、人物設定は練られ登場人物一人一人に世界観がある……なら、なんで俺は練られてない。
(見切り発車になったから主人公の俺よりも周りの連中の方が人物描写があるのか……)
『お前は醤油顔の日本人ってだけだからな。はっきり言ったら、読者の想像にお任せしますというモブ扱いだ。顔や体型は絵師さんにお任せコースって事だな。もちろんプレートアーマーや大剣としか言ってない聖剣エクスカレバーも同じ扱いだ。お前に関した設定は結果的にチートのみ、それだけだ』
(今さらとしか言えねぇな。まぁいいか)
それで、と加え。
(テメェはなんで人の夢の中にいるんだ? 夢の中でまで疲れさせんなよ。明日はワイバー退治なんだ。消えろ)
『マリちゃんが別のテーブルに行ったから暇なんだ』
(またキャバクラで執筆してるのか……マリちゃんはいなくてもヘルプはいるだろ?)
『VIPルームは俺の執筆ルームだからマリちゃん以外は立ち入り禁止だ。……というのは嘘で、俺が経営してる店だからな。マリちゃんは暇な時しか来ない』
(経営者兼お客さんって事か)
『金の使い道が無いからやってる店だ。経営や業務は店長に丸投げしてるから俺は客と変わらない。誰も俺がオーナーだと知らないしな』
(リア充だな)
『リア充? ……』
作者は疑問符を浮かべたような声音で言うと、一拍置いて、
『お前ならわかっていたと思うが……それは考え方の違いだ。金があっても使い道が無いというのは人間として充実してないだろ?』
『金があっても充実しない? どういう意味だ?』
『まったくわかってない……か。まぁいいか。それなら順を追って教えてやる』
はぁとため息を吐き、めんどくせぇなと言った後、
『俺は車や女や旅行にギャンブルと色々やったが、今じゃ朝と昼は会社と執筆、夜はキャバクラと執筆。色々やったという中に楽しいと思える金の使い道があれば、今現在お前とは会話をしないで金を使う。簡単に言えば、金を使う楽しみが無いから使い道がないって事だな。現実の世界に、金を使う人間らしい楽しみが無い俺は……お前から見てリア充なのか?』
(今があるから言える結果論だな。贅沢にしか聞こえないぞ?)
『今があるから言える結果論そして贅沢か……少し違うな。今があるからではなく、俺が今を作ったから言える結果論だ。けして特別な才能があるわけでもないし良家に生まれたわけでもない。俺が作った俺の結果であり、周りが俺を贅沢に感じるのは負け惜しみか努力をしない言い訳にすぎない』
主人公、お前が一番わかるはずだ。と言うと、更に続ける。
『俺が作った構成を努力して乗り越えて来たから、お前には結果的にエクスを守れる力がある。その努力がなかったら今はどうなっていた?』
(なるほど……エクスを守れるカシオスやイリーミアを羨ましく思っていたな)
『国を統一する気はない。と言ってただろ? お前はエクスを守りたいからエクスを守る事しか興味がない。仕事と執筆しか楽しみがなく興味がない俺と何が違う?』
(なんも変わらないな)
『金があるからリア充、女がいるからリア充、安定した生活をしているからリア充。そんな小さな事で相手に対して充実を感じるのは、人は人を羨ましく思う生き物だからだ。逆に言えば、他人から充実してると思われてる人から見れば、そう思える他人がリア充という事だ。金があっても使い道がない、女がいても充実するわけでもない、安定した生活だけど満足できない……他者問わず事象には裏と表が必ずあるという事だ』
(他人は他人、自分は自分という事だな)
『そういう事だ。この物語で言うと、ワイバーにはワイバーの正義があり、四神竜や他部族を悪に見えている。お前は出会ってきたエクスやロットやカイネルばあさんから話を聞いて悪に見えているかもしれないが、ワイバーにはワイバーの正義がある。イストラーディ国を攻め落とした理由もある。お前は主人公として登場人物を牽引する責任がある以上、贅沢という負け惜しみを言わないでワイバーを登場人物を見極めろ』
(て、テメェ……明日が決戦の日なのに、倒し難くなったじゃねぇか!)
『人物設定や世界観に比例した構成と言っただろ。ソロプレイヤーなら敵を倒す主人公というだけでいいが、この物語は違う。ヒロインと出会い、仲間と出会い、出会いが多いほど主人公は登場人物から学び、逆に学ばせ、牽引する。登場人物に負けない主人公になれ。ワイバー戦、楽しみにしている』
(な、難題を出しやがって。他人と関わった事のないソロプレイヤーが歩むには経験不足だろ)
『この物語で歩んできた足跡がチュートリアルだと思え。とりあえずマリちゃんが来た。精霊の御導きでよい夢を』
プツンという音が夢の中に響く。
「何がよい夢を、だ。目が覚めちまったじゃねぇか」
起きた振動でロッキングチェアがギィギィと音を鳴らす。
最悪な目覚めとまでは言わないが、ワイバーにはワイバーの正義があるという作者の言葉に、正義のあり方に疑問を持てと言われているように感じた。
確かに、魔王には魔王の正義があるから世界征服をする。人間も同じだ。もちろんエルフやドワーフやホビットも一緒だろう。
それなら、シュ•ジンコ•ウはバグだから話をする価値は無いのか? 作者の言う事をそのまま受け取れば、バグにはバグの言い分があったはずだ。
「ワイバーの正義、か」
ロッキングチェアから降りて、床に布団を敷いて眠るロットとベットで眠るエクスを見やる。
「なるほど、エクスが魔王ならイストラーディ国は魔王城だ。そしてエルフは魔王に協力する同盟国。主人公が魔王の仲間になるのは本末転倒だ。作者が言いたいのは、魔王を見たならワイバーも同じく見ろって事だな」
俺は主人公とヒロインという関係性だけを見て、魔王という設定から目を逸らしていた。見方によっては、ワイバーを討伐しようとする四神竜やイストラーディ国が悪でワイバーは正義なのかもしれない。
ドワーフやホビットが協力しないのはエルフのカイネルばあさんから聞いた話のみ。俺はソレだけの情報から知ったように判断していただけで、ドワーフやホビットと直接話していない。
もしかしたら、協力しない本当の理由があるのではないか?
ドワーフにはドワーフの正義があり、たとえエルフが滅んで地上がワイバーに支配されても……
いや、違う!
エクスを魔王として考えろ! それに、ドワーフが中立という事ははっきりしてんだ! つか、ホビットまで中立な時点で答えは出てんじゃねぇか……
ドワーフはなんらかの理由でエルフがいる地上に住む事ができない。地中に住む事を余儀なくされたから、飛竜であるワイバーが地上を支配しても何も変わらない。
ホビットにもエルフが清らかな水が必要なように清らかな風が必要だ。清らかな風はどこに吹く?
上空……否。
ウンディーネの加護がある水辺に流れる風こそ清らかだ。それこそシルフの加護もあったら最高だ。エルフの森こそ土や水や風が清らかだ。だが、聞いた限りではエルフの森にはエルフしか住んでいない。
作者は言った……他者問わず事象には裏と表が必ずある、と。
その観点から簡単に推測すると、エルフがドワーフやホビットを迫害している可能性が出てきた。
更に……
ワイバーは何故、竜族や竜人族が弱体化するウンディーネの森があったイストラーディ国を攻め落とせた?
簡単だ。
イストラーディ国はすでにウンディーネの加護を失っていたんだ。
契約をしないウンディーネが俺と契約し、イストラーディ国を潰すのに力を貸した。竜族や竜人族に自分の地を汚されただけなら、自分の加護がある地で暮らすエルフと契約するのが筋だ。なのに俺と契約したという事は、ウンディーネはエルフを見限っている可能性がある。
精霊の御導きでよい夢を……か。
俺はロットが眠る布団の前で膝をつけ、ロットの肩を揺さぶる。
「ロット、起きろ」
「……? ……! ……ユーサー殿?」
ロットは眠たそうに目をこすりながら起き上がると、
「どうしたでござるか?」
「正直に話せよ。ドワーフやホビットがレジスタンスに協力しないのはエルフに迫害されたからか?」
「!」
ロットは眠気様に驚くように目を開く。
「その反応で十分だ。イストラーディ国をぶっ飛ばしたのにワイバーの報復が無い。おかしいと思ったが……ウンディーネの森があったというイストラーディ国にワイバーや竜人族が入れたのは、すでに汚れていたんだな」
「ユーサー殿、隠していたわけでは……」
「そんなのはどうでもいい。何故、不純物を綺麗にする魔法があるのにウンディーネの森は汚れた?」
「魔法ではウンディーネ様の森は綺麗にならないでござる」
ロットは申し訳なさそうに俯く。俺は魔法に関したら無知なため、疑問符しか浮かばない。
「魔法で排泄物や不純物を地に吸収させるのは? 地に栄養を与えれば綺麗な水が循環するだろ」
「その魔法が不純物でござる」
「! ……なるほど。ウンディーネの加護で綺麗な泉だからこそ余計な魔法は不純物になり汚れてしまうという事か。エルフには住みよい地になってもウンディーネには住み難くなる、だな」
「イストラーディ国は光の地だったでござる。だから地•水•風•火の精霊様が住む地とも言われていたでござる。太古からイストラーディ国王家はその地を守る光の精霊と言われ、その加護にあやかろうとエルフやドワーフやホビットがイストラーディ国に訪れたでござる」
「光は全てを受け入れる。だが、人口が増えれば相応の不純物という闇も出る。ウンディーネが俺と勝手に契約し、イストラーディ国を崩壊した力に協力したわけだ。……ロット? 言ってる意味がわかるか?」
「エルフは精霊様に見捨てらてるでござる」
「そうだ。だがな……」
ロットは瞳を潤ませている。今にも涙が溢れそうだが、エルフの王であるカシオスやイリーミアの跡継ぎであるロットにはこの重大さをわかってもらわないと同じ事を繰り返す。俺がロットを導くしかないな。
「ロット。イリーミアにはサラマンダーの加護がある。サラマンダーの加護があるから、イストラーディ国がワイバーやシュ•ジンコ•ウに攻めらた時にいなかった。お前の母親は全てを知っていたんだ」
「母上は全てを知っていてなんで何も言わなかったでござるか?」
「イリーミア個人で動いて解決できるほどエルフやドワーフやホビットの溝は浅くないんだろうな。そこで重要になるのがイストラーディ国女王だ。今、エクスの母親はどこにいる?」
「ドワーフの地にいるでござる」
「ロット。イストラーディ国が侵略され王家が無力になった。ここからは俺の予想だが、光の精霊である王家は国の象徴であるため、ドワーフはエクスの母親を祭り上げて地上に出る機会をうかがっている。その機会は、地上が必要なエルフがワイバーと闘って弱体化した時だ。その弱体化した時にエルフが攻められないようにするため、イストラーディ国女王、エクスの母親がエルフ側にエクスを預けた」
「……、人質でござる」
「言葉を悪くすれば人質だな。だが、エクスの母親が争いを避けたいと思っているという事だ。ロットはその気持ちに応える気はあるか?」
「ござる」
ロットは涙を流しながら深く何度も頷く。
「ロット。お前の両親には両親の正義がある。もちろんドワーフにもな。お互いに正義があるからぶつかるんだ。だが、そんないざこざに母親とエクスを巻き込むのは身勝手だと思わないか?」
「ユーサー殿、拙者は……」
「ロットはエクスの見張りなんだろ? 俺がエクスを拐っても一緒にいれば役目を果たせる。言ってる意味がわかるか?」
「ユーサー殿。ドワーフから女王様も……?」
「拐う。ワイバーを倒すのはその後だ。まずはエクスとエクスの母親を拐い。ウンディーネの導きに任せる。ロット、俺に……」
「ついて行くでござる。エクス様に不便な思いをさしてきた責任は拙者が償うでござる」
「よく言った」
ロットの銀髪おかっぱを撫で回す。