バグの処理
「お、お前、何言ってんだ! 相手は赤竜ワイバーとシュ•ジンコ•ウが率いる竜人族だぞ!」
俺の発言に声を挙げたのはラーム。イリーミアやカシオスも怪訝な表情を向けてきている。
「ラーム。エルフ族がお前って言われるのを嫌なように人間も嫌なんだぞ。ユーサーと呼べ」
「わ、悪い。いや、そんな事より少し強いぐらいで相手にできる敵じゃない。ウンディーネ様の加護があっても限度がある」
「限度ねぇ……参考までに少し強いぐらいで相手にできない相手はどんな強さなんだ?」
「竜族の鱗は武器や魔法をものともせず、竜人族はその竜族の特性を持ちながら力はドワーフ、素早さはホビット、魔法はエルフに引けを取らない。ユーサーがいくら強くても数が万を越える奴等には……」
圧倒された過去を思い返すように恐怖を表情に出すラーム。それに続くように真剣な表情を作ったイリーミアが繋げる。
「ユーサー。あなたは強いです。ですが、エルフの村を破壊した程度の力では多勢に無勢。レジスタンスの準備ができるのを待ち、エクス様のお身体が魔力に対応できるまでは待っていてください」
ラームは苦虫を噛んだような表情になり、イリーミアは俺を諭すように言葉を並べる。
カシオスは二人に対しての返答を俺が言うのを待っているのか無言で返答を待つ。
そんな三人に俺が言える事は……
「ロットからはカシオスが率いる宮殿兵でもエクスの母親を逃すことしかできなかったと聞いている。それはカシオスでもワイバーやシュ•ジンコ•ウは倒せないという事だよな。それはイリーミアがいても結果は変わらなかったのか?」
「サラマンダー様の加護があるイリーミアの魔法であっても神竜クラスのワイバーにはかすり傷しかつかないだろうな。そのワイバーの鱗をシュ•ジンコ•ウは与えられているため、魔法に対しては同じだ。物理攻撃は効果はあるが、それはワイバーの強靭な鱗に通用すればの話だ」
「サラマンダーの加護があるイリーミアでかすり傷か……という事は、エクスの魔法はその外にある魔法って事だな? エクスの母親も使えるんだよな?」
「女王様はエクス様を産んだため光と闇の力はエクス様に遺伝されている。光の魔法が使えない今、女王様を前線には立たせられない」
「ついでに一つ聞いておく、カシオスはエルフの村を破壊した俺の力を見て、自分と比較した結果は?」
「竜人族一○○人ならば一度に相手できる私と互角。イリーミアと共に闘えばユーサー『殿』を倒す事も可能だ。私が精霊様と闘うなど考えられないが、ウンディーネ様の加護があって私達の力は拮抗するだろう」
「だろうな。……それが、物語を進行し牽引する主人公の力、役目だからな」
「主人公の力?」
カシオスは疑問符を浮かべる。
まぁ、俺の言ってる意味がわからないのは当たり前だ。カシオスやイリーミアを含め、物語の登場人物である以上は『主人公と拮抗しないと物語としておもしろくない』。もしも、主人公があっさりと登場人物を倒したらおもしろくないからな。物語の主人公は拮抗や敗戦からの逆転勝利が決められているという事だ。
だが、相手が登場人物ではなくイレギュラーだったら?
(作者、俺の名前をシュ•ジンコ•ウにしようとしていたけど、シュ•ジンコ•ウはバグか?)
作者は最初からシュ•ジンコ•ウの存在を構成として認めていなかった。もしも、知らないフリをしていたら的外れだが、どちらにしても構成の捻じ曲がりを好まない作者から見れば、元凶という名のバグはさっさっと片付けたいはず。
『バグだ。だが、ワイバーは登場人物だ。とりあえず、お前以外のバグはめんどくさいからやっちまえ』
お前以外のバグ……つか、お前が創ったバグだろ。と言ってやりたいけど、予想どおりの返答だ。
「了解だ」
俺の了解だという発言にカシオスだけでなく一同疑問符を浮かべる。
「カシオス。さっきのは俺の主人公としての本気で間違いない。だが、やっぱり一割なんだ」
『主人公リミッター解除開始。レジスタンス編の構成をシュレッダーへ』
作者がシュレッダーへと投入した用紙がダッダァァァァと切り刻まれる音が耳に届くと、更に、
『作者として今後の進行に響かせないためにリミッター制限を助言。構成を頭の中で思考。今後の進行に阻害しないリミッター解放時の力は一割、二割、三割、四割……めんどくせぇ! ダッダァァァァ』
何の原稿用紙かはわからないがシュレッダーへと投入されたようだ。
「ユーサー。カシオス様やイリーミア様を相手に加減して闘おうとしていたのか?」
ラームは冗談を言うなと表情に出している。しかし、冗談では無い。
「本気だよ。あくまでも主人公としてな」
『主人公リミッター解除完了。その力から波状する今後の構成、進行を阻害しないリミットは五割。続いて、マリちゃんとの同伴準備開始』
勝手にやってろ。と作者に言い、
「イリーミア。イストラーディ国の方向は?」
「方向……ですか?」
俺は地面にある聖剣エクスカレバーを取る。パンツの中でキャッキャッと遊んでいるウンディーネが青く輝き出す。聖剣エクスカレバーに魔法的な効果を与えたのか刀身から青い光が静電気のように弾ける。
それを見たイリーミアはゆっくりと目を瞑り数秒の間を置く。ゆっくりと目を開き、ウンディーネをチラッと見てから、湖になったエルフ村の先、森の更に先にある山脈を指差し、
「あのイストラーディ山脈を越えると、平原があります。正確にはイストラーディ山脈が平原を囲っております」
指先を更に上げ、山脈の頭頂部から見せる遥か遠くにある山を差すと、
「イストラーディ山脈の頂上よりも頭一つ高いあの山が……」
「山脈の頭から見えるあの山か?」
「はい。山脈を越えた平原の中心には標高の高い山があり、頂上にイストラーディ城があります。その山一つがイストラーディ国になっております」
「一般人や忍び込ましてある仲間は?」
「すでにワイバーの領地。彼等以外は住める環境ではありません」
「もし、人間やエルフ、ドワーフやホビット、無関係な竜族や竜人族がいたとしたら万を救うための一の犠牲と受けとってもらうしかないな」
俺は湖の前に立つとイストラーディ国の方向へ身体を向け、聖剣エクスカレバーを両手で握りながら両足を広げる。そして、青い光を弾かせる切っ先を天に翳し……
「ラーム。これが俺の、五割の本気、だ!」
聖剣エクスカレバーを大袈裟に振り下ろし、湖に切っ先を付ける。刀身が通り抜けた時の空気との摩擦音は無く、チャプンと切っ先が水面に付いた音だけが虚しく響いた。
(ふっ……決まった。ここぞとばかりに決まった。作者、みんなはどんな感じで見てる? 俺の見えない所を三人称風で読者に伝えてやれ)
『お前が見えない部分を三人称風に台詞で語るなら……一同が疑問符を浮かべる中、エクスは「空振りズラ空振りズラ」と笑い、ロットからもらったパンを食べる。主人公の背後で見ていたイリーミアは今の大袈裟な振り下ろしを理解しているのか額に大量の汗を溜め、カシオスは表情を引き攣らせて絶句していた。そして目の前で見ていたラームは……』
「な、何も起きないぞ?」
「ラーム。確かに目の前では何も起きていません。ですが……」
(さすがはイリーミアだ。ラームに俺の技の凄さを教えてやってくれ)
「先ほど大剣を振っただけで風を起こした剣速が、今は何も起きていません」
「どういう意味でしょうか?」
「斬った場所はここでは無い、という事です。第一波が始まります」
「????」
『ラームの疑問符が更に増える。イリーミアは見ていればわかると言わんばかりに山脈の上、頂上から覗かせたイストラーディ国を指差す。そして、指先に従うようにラームが山脈へと視界を向けたその瞬間……』
未知の要素として、一つの物語に三人称風に台詞で語る作者と一人称として地の文で語る俺。作者が物語に登場するからこそできる視点の違いからのダブル語り手。これからイストラーディ国に起こる事象を、作者の台詞での三人称風と俺の一人称主人公視点の違いから語ろう。まずは主人公視点、俺から……
山脈の更に先にある標高の高い山イストラーディ国は、ズゴン! という轟音とも爆音にも聞こえる壊滅音を鳴らしながら、見えない巨大な剣が刺さったように二分されていく。技名をあえて付けるなら奥義【天の鉄槌】だな。よし、作者、俺の見えない所を三人称風に頼む。
「ぶっ!」
『エクスは口と鼻からパンを吹き出し』
「は、は、はぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『ラームは声が割れるほどの絶叫を挙げ』
「いす、いすと、イストラーディ国が、割れ、割れたでござる!」
『ロットは尻餅をついた』
そして、と作者は加え、
『一同それぞれ驚愕を表に出している中、大気がピシィと張り付いたのを逸早く感じ取ったカシオスがイリーミアへ、』
「イリーミア。防壁で備えろ」
「はい」
『イリーミアは両手を天に翳し、詠唱。口元を小刻みに動かしペラペラと言っている。作者ですが解読できません。詠唱と共に、イリーミアの両手が赤色に輝き出し、たちまち赤色に光り輝くドーム型の魔法防壁が一同を囲う』
(おい。作者ですが解読できませんってボケてんのか?)
『今後、詠唱魔法が出てくる度に、お前が解読して台詞と地の文で解説するか俺の三人称風の台詞で翻訳する事になるだろ。俺としてもお前としてもめんどくさいだろ?』
(なるほど、言われてみればそうだ。詠唱はペラペラでいいな。もう一つ聞きたい事があるんだが……赤色に輝く魔法防壁とはなんだ?)
『チラッと背後を見てみろ』
俺は作者に言われるがままチラッと背後を見る。
(す、スゲェ……魔法とは思えないぞ。赤色の巨大な宝石にエルフが封印されているみたいだ。が、思ったとおり魔法防壁が俺に届いてない。仲間外れにしたいというお前からの悪意を感じるのは気のせいか?)
『悪意を感じる? 気のせい、だと? まったくそのとおりなんだから感じるでも気のせいでもないだろ。心外だな』
(悪意しかねぇのかよ。まぁ、技を放ったヤツがその余波でやられる事は無いからいいけどな)
『そろそろだな。とりあえずお前は余波に対して地面に聖剣エクスカレバーをぶっ刺して微動だにするな』
(わかった。……ぶすっと地面に刺して……作者、三人称風で頼む)
『主人公は地面に聖剣エクスカレバーを刺すと柄を両手で握り、二分されたイストラーディ国を思春期特有の精神疾患丸出しに決め顔で眺める。その背後では、魔法防壁が何かと共鳴、反発するようにビリビリと音を鳴らす。その共鳴と反発にイリーミアは眉間に皺を作り、ラームに視線を向ける』
「予想以上です。ラーム、余波がきますから念のため、もう少し下がりなさい」
「よ、余波、ですか?」
『ラームが疑問符を浮かべながら後退りしていると、突如、周囲の大気が爆発したように轟音を鳴らし、刹那、湖面を爆発させながら両断していく青い爆風が発生』
『その突如の轟音と刹那の爆発が生んだ風速と衝撃の余波は、水飛沫を弾丸に変えて主人公に襲う。が肌に届く一センチ前で水飛沫は弾かれ、風圧で頭髪を激しく揺らすのみ』
『イリーミアが作る魔法防壁は弾丸のようになった水飛沫を蒸発、風圧に表面を振動させる』
『そして防壁の中にいるエルフ達は、未知の事象に驚愕の声を挙げ、先頭にいたラームは腰を抜かして尻餅をついた』
俺が見えない部分の説明、作者の三人称風な説明が終わったため、三人称と一人称を混ぜるのはここまでにする。
ウンディーネの魔力が含まれているから青く見えるが、本来は風のため無色。そしてドンッ! ドンッ! と中空で鳴る爆発音はソニックブーム、向かう先は元イストラーディ国、二分された山。
山脈の中腹部分から山頂にかけて激突した青い爆風は山脈を豆腐のように抉り、先にある二分された山イストラーディ国を見せる。しかし、イストラーディ国が見えたのは束の間、二秒後にはズドォン! と大爆発。二分された山が花火のように散らばった。
(五割だとザッとこんなもんだな)
『ワイバーをこれ以上にしないとな』
(最初からそのつもりだろ。どのみち、捻じ曲がりの一部を掃除したにすぎない)
『バグはしつこいから俺等の知らない所でシュ•ジンコ•ウは生きてるかもな』
(その辺は考えてもしかたねぇよ。とりあえず、雑魚は一掃したんだ。赤竜ワイバー編を今のを前提に構成しろよ)
『任しておけ』
作者との会話を終えると踵を返して一同を見やる。驚愕したラーム、額に汗を溜めたイリーミアとカシオス、エクスは鼻と口の回りに湿ったパンカスを付けて青ざめている。その後では、ロットやエルフ村の子供が物語の主人公でも見るかのように瞳をキラキラと輝かせて俺を見ていた。
「つか、俺の都合だが、こんな反則技を出したら物語にドラマがなくなるから本来なら使わないし、使いたくない。だが、今の俺はエクスの療養環境を整えたいから、めんどくさいバグはコレで掃除していく」
俺から見れば、と加え、
「ワイバーはただのトカゲだし、竜人族はヤモリだ。シュ•ジンコ•ウみたいなバグから波状した敵なら気を使う筋合いはない。とりあえずカシオスやイリーミアのレジスタンスがやれる事は『俺の邪魔をしないことだな』。……んっ?」
納得したように息を漏らしたカシオスとイリーミアの前では、尻餅をついたラームが口をパクパクとさせながら俺を見ている。まぁ、仕方ない反応だな。
「あ、あ、アーサーだ!」
「「アーサーだ!」」
ラームが声を挙げると、ロットを筆頭にエルフ村の子供もアーサーだアーサーだと声を挙げ始める。しかし、アーサーを名乗るには足りないものがある。
意義を申し立てるようにエクスは立ち上がり、
「ゆ、ゆ、ユーサーは国を統一してないです! アーサーではないです! ユーサーはユーサーです!」
「おい、ズラが抜けてんぞ」
「⁉︎」
「つか、なんでそこまでムキになる……」
「母上様は言ったズラ。四精霊の加護の元でわたくしが生んだ男子がアーサーになると言ったズラ!」
「まぁ……それでいんじゃねぇか。国を統一する気のない俺からは、息子を産めればいいな、としか言えん」
「ユーサーはユーサーズラ! アーサーではないズラ!」
「はいはい。ユーサーです。アーサーではありません」
「ウンチー、ウンチッチー!」
「……ウンチッチーって……」
ウンディーネがエクスに共感するようにウンチーウンチッチーと言う。もしかしてウンチーとは俺の事を言ってるのか?