策士作者の一か八か
エルフ村ランスの中央には広い道があり、村で一番大きな二階建て石造りの屋敷まで続いている。豪勢ではないけども長老が住んでいる雰囲気がある屋敷だ。
屋敷の門の前は広場になり、村の集会などはここでやっていそうだ。何故、集会などをやっていそうかって? 今がその集会ぽいからだよ。
現在、広場の中心にいる俺を長身美顔のエルフさん達が半円を作って囲い、罪人の首切りを望むような視線で見ている。
開いた門の前にはエクスが座る車椅子のハンドルを握ったロット。二人を挟むようにエルフの王様とダークエルフの女王様の御夫婦様がいる。なかなかの雰囲気です。まじ、カッコイイっす!
エルフの王は、水飛沫を思わす繊細な装飾がされた青色のプレートアーマーに王を強調した真っ白のマントを風に靡かせ、腰元には神官が天に翳したら様になるメイスを剣を帯刀するようにぶら下げている。
メイスの形状は先端が打撃に特化された六角形、柄部分は長く円柱になる。色は六角形部分に金銀が装飾され、他は白。
背中まで伸びた金糸を思わす髪からはエルフの端麗な顔立ちにプラスアルファされた王の風格を覗かせる。種族は違っても性別が女性なら彼の魅力に心を奪われるだろう。
奥さんは浮気を心配する日々を送っていそうだ……と言いたいが、その奥さんがこれまたとんでもない。
ダークエルフの女王は銀糸のような髪が腰まであり、長い前髪から覗かせた顔は一瞥しただけで酔わされる。
目線を顔から逸らしても、透明感ある純白のローブから見える黒肌は大事な部分だけを隠す紐ビキニのみ。
聖水さえ留まることを遠慮しそうな鎖骨、作者がここでぶち込んできた大きさからの形崩れがないマシュマロ……いや、チョコレートマシュマロだ!
視線を更に逸らし、細いくびれ……ヘソ……紐ビキニでは履いてるか履いてないかわからない陰部から伸びる長くしなやかな御御足。
女王様! その御御足で踏んでください! と過激すぎる妖艶な雰囲気と魔法を思わす甘い柑橘系の香りに常人なら誘惑され、奴隷にされてしまう。
俺がエルフの王とダークエルフの女王の風貌に思わず声に出してしまうのは賞賛。
「ロット。お前の母親カッコイイな」
「?」……ロットは疑問符を浮かべる。
「お前の父親でないと落とせねぇカッコ良さだ。もっと娘として自慢してやらねぇと親不孝だぞ」
「ユーサー殿。二人の容姿は拙者のコンプレックスでござる」
「アホか。そんな小せえコンプレックスはお前の小せえ心が生む糞だ。相手の長所を認めた時に自分の弱さを埋める強さを相手がくれるんだ。昨日言っただろ、長所に上下は無いって。そんなんだからお前は自分の長所をわからないで身体に無理だけをさしてるんだ」
「迂闊。度重なる御指導痛み入るでござる」
ロットは自分の父親と母親を見上げ、
「父上、母上の薄着を気にして拙者から肌の露出を控えるように言わそうとする肝っ玉の小さい父上はカッコいいでござる。母上、父上の浮気を心配して拙者に間者をやらそうとする愛情表現が苦手な母上はカッコいいでござる。……ユーサー殿どうでごさるか? 器が大きくなったでごさるか?」
「今のは長所ではなく短所を並べただけだ。とりあえず……ロットの両親、今のは俺が悪い。ロットがここまで真正直だと思わなかった。怒るなら俺を怒ってくれ」
エルフの王とダークエルフの女王は我が子であるロットにゲンコツしそうなぐらい蝋梅していた。
俺としては、上に立つ者の威厳をこんな形で崩せるとは思わなかったため、王と女王ではなくロットの両親として見えるようになったから気が楽になった。小さな事に思うかもしれないけども、実力者との闘いにはこの程度の変化でさえ気持ち的に大きな影響を与える。ロット、この場では口に出せないが感謝する。
「ご、ゴホン。ユーサーと申したな。私はイストラーディ国騎士団長、カシオス。そして、」隣にいるダークエルフの女王に手を向け、「イストラーディ国魔法士団長、イルーミア。まずは、娘がお世話になった事、親として感謝する」
威厳のある声が俺の中でロットの父親に変わったカシオスをあっさりと王に戻す。年の功と言うべきか威厳と言うべきか言葉を発しただけで王という立場を取り戻すとは……
「娘への御教授、感謝いたします」
これまた俺の脳裏にまで響く誘惑の声音。旦那の威厳さえも包み込む女王であり、優しく包み込んでくれる母親の声音だ。だが、自分達の立場から俺に対して感謝という言葉を出すには些か、愚答に思える。
「王や女王が娘のためならならず者に感謝をする。……悪影響とは思わなかったのか?」
イルーミアに視線を向けて言う、が視線をカシオスに向けられたため、俺はカシオスを見る。イルーミアはこの場の解答権をカシオスに一任しているという事だろうな。
「どうやら娘は親よりもならず者を尊敬してしまった。不徳の致すところだ」
カシオスは不徳と言いながらも表面では笑みを漏らしている。品定めをするような目の動きから、笑みの裏に殺意があるのを隠す気は無いようだが。
「それは悪い事をしたな。それで……そんな理由でエクスを俺から離さなかったのか?」
「そうだと言ったら?」
「イストラーディ国騎士団長を引退するレベルだな」
「ごもっとも。エクス様をならず者から連れ戻す事が騎士団長として貫かねばならない騎士道精神。たとえ、エルフ村ランスの住人が人質になろうとな」
「エクスがごねたか?」
「ならず者は自分で倒すと言われれば騎士団長として御助力しないわけにはいくまい」
腰にぶら下げてあるメイスを右手で取り、底部を地面にカツンと当てる。六角形の打撃部分から淡い水色の光が漏れ出し、メイス全体を包んでいく。
「立派な騎士道精神だ。期待通りの展開に『俺の遊び相手』としては不足なしだ」
背中にある聖剣エクスカレバーを右手で取り、地面と平行に振る。中空を通る刀身がプンッと音を立てた瞬間、右側にいるエルフ村の民に剣速から生まれた風が当たる。
「俺の一振りは周りに被害が出る。悪いが、住人を守る魔法があるなら『気休め』に使ってくれ」
イルーミアに防壁魔法を要求する。
「私は闘わないとは言ってませんよ?」
何の詠唱も仕草もなく、右掌の上にピンポン玉サイズの赤い玉が浮かぶ。炎が凝縮された火の玉と言った方がいいな。
「そうか。それなら、騎士団長と魔法士団長を『俺の』一割の力で屈伏させてもらう。バカにしてるわけではなく、二人の強さに敬意を込めた一割だ。屈伏されたところで恥に思わないでくれ。それが結果的に身に付いた俺の力なんだ」
結果的に身に付いた力とは、主人公として転生を繰り返しレベルや能力を引き継いできた力になる。その引き継いできた力は、一つの物語が一つの商品を店頭に並べる専門店だとすると俺は転生してきた物語の数だけ店頭に並べれる百貨店になり、バトルに関したら主人公の醍醐味である接戦が皆無になる。
物語の登場人物を牽引する主人公ならカシオスやイリーミアと接戦して読者に満足していただくのが務めだが、この物語は構成が捻じ曲がり脱線している。更に、カイネルばあさんとの会話から俺の敵はカシオスやイリーミアではなく、赤竜ワイバーやシュ•ジンコ•ウになった。
脱線を修正するため、カシオスとイリーミアとの接戦を演じる主人公ではなく『俺自身の力』で圧倒し、本筋であるエクスが魔王の物語に強制的に戻すことにする。まぁ、主人公の事情を知らない物語の登場人物には俺の発言は冗談にしか聞こえないだろうけどな。
「ロット。あなたの尊敬するならず者はお口が上手ですね」
「ユーサー殿! エクス様は拙者が責任を持って余波から守るでござる! 村の住人はユーサー殿の力を見たら飛行魔法で……」
聖剣エクスカレバーの切っ先を地面に向け、柄を逆手に握る動作にロットは言葉を止める。
「ロット、お前は物語の主人公に憧れる純粋な子供だな。主人公としては嬉しいが、主人公のままではお前の両親には勝てない。だが……物語の主人公ではない俺なら結果的にはその期待に答えれる!」
ズゴオン! という轟音と共に聖剣エクスカレバーをぶっ刺した地面を中心に亀裂が入り、周囲に地割れを起こす。更に、地中からはズゴオン、ズゴオンと岩盤を割っていく音に続いてズズズズズと地鳴りが響く。
「ロット。地面に対しては主人公としての力でもやり過ぎだった。エクスと少し離れていろ」
「エクス様逃げるでござる!」
「逃げるズラ逃げるズラ!」
ロットが車椅子を持ちながら飛行魔法を使って屋敷の屋根に逃げる。同時に周囲にいたエルフ村の民も飛行魔法で中空に避難。全員が両手を近くの建物に向け、緑色の光で屋敷や家屋を包む。おそらくは防御系か防壁系の魔法だろう。
額から一滴の汗を流し何やってくれてんのコイツ? という表情をしているカシオスとイリーミアに対して、主人公らしくこの程度なんとかしますよ的な感じで見やる。
「カシオス、イリーミア、悪いな。後で直すから…………んっ?」言葉を繋げようとしたが、地面からの地鳴りが大きくなり、「どわぁ! 冷てぇ!」
地鳴りと共に亀裂の入った部分から泥水が噴射。エルフの村に地中からの雨が降る。
「やべぇ…………コレは……」
地面の亀裂が広がり、泥水を噴き出すだけでなく地盤沈下しながら家屋を倒していく。どうやら、緑色に光る魔法は外面だけにしか効果が無いようだ……と地の文で語ってる場合じゃねぇ!
「まずい! カシオス、イリーミア、少しそこで待ってろ!」
俺は踵を返すと同時に前頭部を地面に向けながら全身を丸める。うさぎが走る時に全身を丸めるイメージと似ている。技名もその姿から特技【打兎】、その威力は加減にもよるが初めの一歩目で地面が爆発、二歩目で体力の消費と風圧からのダメージを考えなければソニックブームを起こせる。
そのため特技【打兎】は周囲にも風圧を飛ばして被害を出す技なので、場所や状況により加減が必要だ。距離にして四○メートルの位置にある薬草屋に三歩で行く。
「カイネルばあさん!」
地割れが後を追ってくるため、扉を破壊する勢いに薬草屋へと入っていく。
カウンター裏でロッキングチェアを揺らしながら眠るカイネルばあさんがいた。
「カイネルばあさん! 逃げるぞ!」
「んっ? なんじゃ?」
カイネルばあさんを担ぎ、薬草屋から外に出る。地割れは間近、地盤沈下と噴射した泥水が後を追ってきている。
「ユーサー。天変地異じゃ」
「いや。俺がやっちまったから人災だ」
「人間族にこんな事はできん」
「まぁ、いい。とりあえず……」
見るも無残な広い道の先にある石造りの屋敷の方へと視界を向けると、そこには瓦礫しかなく周囲至るところから泥水が噴き出していた。俺はこれから破壊されていく方向よりも、飛行機魔法を使えるカイネルばあさんならすでに破壊された方向が安全と考え、地面の亀裂や泥水をかわしながら瓦礫と成り果てた石造りの屋敷へと向かった。
「カイネルばあさん。地下の商品は後で取りに行く。店頭のは勘弁してくれ」
「本当にユーサーがやったのか?」
「思いっきり加減したんだけどな。この辺は川が近いから地盤が弱いんだ」
「ふむ。ユーサー、地面の亀裂や地盤沈下がその川に向かっておるようじゃ。地下は諦めた方が良さそうじゃな」
「なに⁉︎」
カイネルばあさんが視線を向けている左前方を見る。地盤沈下で家屋が瓦礫になり、木が倒れ、湧き水を吹き出すその先には、先日下水道を通した小川に地割れが向かっていた。
「カイネルばあさん! 飛行魔法で逃げれるか⁉︎」
「うむ」
「俺は川の水が来る前に地下の素材を取りに行くから空にいてくれ!」
「若いのぉ。諦めも必要じゃぞ?」
「諦めるレベルじゃねぇな」
カイネルばあさんを地面に下ろし、薬草屋へと戻る。家屋はすでに倒壊しているため遠慮はいらない。聖剣エクスカレバーを横薙ぎに振り、爆風で瓦礫を飛ばす。
間髪入れず、解放された地下への階段に行く……が地盤沈下で塞がっている。
「しゃらくせぇ!」
言いながら聖剣エクスカレバーを地面に向けて振る。だが、しまった! と地面を斬った直後に後悔。
階段が破壊され地下倉庫が露出した瞬間、ガラガラガラと地下倉庫が瓦礫で埋まっていく。そう、地下倉庫の屋根は地面なため、地面を破壊すれば崩れる。この時こそ遺跡発掘の物語で得た特技を使うべきだったと後悔した時はない。
薬草屋の成れの果てを見ながらカイネルばあさんへの申し訳ない気持ちに落ち込んでいると……
『……チ……ー…』
「んっ?」
何か聞こえる。……消えた。いや、消えたんじゃない。俺は中空にいる門番をやっていた気の強そうな青年エルフを見つける。
「おい! この村の住人は何人だ!」
「なんでそんな事を聞く!」
「いいから答えろ! テメェ等のなげぇ耳は節穴か!」
「……、……」
「何人か答えろ!」
「五三人! なにも聞こえないぞ!」
「使えねぇ耳だな!」
「なんだと⁉︎」
青年エルフが聞こえなくて俺が聞こえる。その疑問点が生む答えは……作者か? いや、作者の声ならこんな途切れ途切れにならない。それに女の子の声だ。
「全員飛んでるか⁉︎」
「お前以外全員いる! お前の空耳だ!」
「空耳はテメェだ! 空にいるなげぇ耳なだけにな!」
「助けてやろうと思ったけどヤメた。お前はそこにいろ」
「地面万歳だバカヤロウ!」
特技【打兎】を使うために膝を曲げ地面に向かってうずくまる。空に跳躍するだけなので手加減は必要無い。ズガァンと地面を爆発させ、一直線に中空に跳ぶ。
驚愕する青年エルフがいる位置を越え、中空で半回転すると地面に聖剣エクスカレバーを向ける。更に、身体を捻るように丸め手加減無しの特技【打兎】を放つ。中空への第一歩目はドンッ! と風の壁ソニックブームが生まれ、捻りを加えた一点集中型特技【回転斬り】を放ちながら弾丸のように地面に向かう。
「はぁぁぁぁぁ!」
エクスの家の裏で手加減した特技【回転斬り】ではない。特技【打兎】と特技【回転斬り】の合わせ技から放たれる加減無しの威力は……
クレーターを作る。
轟音が鳴り響くと同時に瓦礫と変わったエルフ村の家屋は中空に浮く……いや、正確には俺が地面に激突した瞬間にできたクレーターの早さに振動が瓦礫へと伝わるのが遅れて浮いたように見えるだけだ。
そして、回転しながら周りの風景を特技【監察】で見ているのは声の主を探すため。
おそらくはドワーフ。
ドワーフと見切りを立てて合わせ技を放ったのはドワーフの防御力を信じての事だが、もしもドワーフが弱かったら、防御力が無かったら、クレーターを作る余波にドワーフが堪えられなかったら……最悪はドワーフとホビットを敵に回す事になる。
「いたっ!」
クレーターの余波で瓦礫や泥水に紛れて吹き飛ぶ白のワンピースを着た女の子。気絶しているのか足元までありそうな水色のウェーブヘアを靡かせながら無防備に地面へと落ちていく。
「まずい! ドワーフぽくない!」
ロットよりも小さくドワーフらしい力強さや野性的な毛深さがない。俺のドワーフのイメージが違うのか? いや、ホビットか? ……というより……なんか……
「だんだん小さくなってる気が……」
目を擦りながら幼児体形に変わっていく女の子の元に向かう。
「また小さくなった!」
女の子は更に小さくなり……更に、更に、更に小さくなり、俺が女の子を捕まえた時には掌に乗るサイズになっていた。
「……、……妖精か? 作者、なんだこの生き物?」
返答は期待してないが一応作者に聞く。
『作者としてカシオスとイリーミアと闘わせないように悪足掻きをした。筆が乗りに乗った結果、当初予定していないキャラを書きながら作ってしまった。主人公、どうしよう?』
どうしようじゃないだろ。つか……
「カシオスとイリーミアから見たらエルフ村をこんなにしたら闘う理由は十分だろ。お前は、火に油を注いだだけでなく、小さくなった女の子という未知の要素を創っただけだ」
『ファンタジーらしく妖精や精霊的な設定にするか?』
「それぐらいにしかできないだろ。エルフの村の地下にドワーフ村があると思ったら、あったのは水脈、現れたのはこの子だし」
『水の精霊ウンディーネあたりが無難だな。一応、ウンディーネは信仰されていた神様的な存在だから、エルフはお前をウンディーネを救った者として見る』
「逆だ。ウンディーネの住処を荒らした、ならず者だ。つか……」
このくされ作者……確信犯だな。
「信仰って、お前さ、わざとこの子を知らないふりしてねぇか?」
『……、……バレたか。だが、隠していたわけじゃない。見切り発車で進行が不安定なのに精霊という不安定な存在を出すのに迷っていたんだ。わかるだろ? 俺が作った設定ではウンディーネは味方だが、脱線した状態ではお前に対してどうなるかわからない。だが、カシオスとイリーミアと闘わないですむ可能性を生む事はできるかもしれない。もしも、ウンディーネが味方になれば、信仰は導きを生むため二人とお前に話し合いの場ができるって事だ。どのみち闘う気なら俺に一か八かの賭けをやらせろ』
なるほど……くされ作者には変わりないが考えてはいるんだな。
「作者なりに考えた末の賭けか。どのみち闘いになったら闘えばいいからな。つか、お前さ、なんでいつも何も知らないフリをしてから話を始めるんだ? 毎回騙される俺もだけどその内疑いから入るぞ?」
『お前の推理力を鈍らせないためと言いたい、が俺は普段から知らないフリをしてから実は知ってましたぁ的に会話をする。性格の悪い会話術だが、相手が見て感じた情報を聞くためだ。お前も構成が見切り発車なんだから相手から情報を得る事を考えて会話をすれ』
「相手から情報を得る会話術か……」
なるほど、今回の物語みたいに作者が構成を作っても捻じ曲がる可能性がある以上は登場人物からの情報が必要になる。今は作者がキャバクラで酔っ払いながら執筆した結果の脱線だが、冒頭ではエクスと激突して完結だったのが捻じ曲がったからな。今後の未知の要素に対処するためには、性格の悪い会話術になるけど、一理あるな。