薬草の素材
「カイネルばあさん。この倉庫にある瓶詰めされた動物の骨や内蔵、全部が薬草に繋がるモノなんだよな?」
「薬草屋じゃからな」
今いる場所は薬草屋の地下倉庫。温度や湿度調整が自然とされているのか冷んやりとしている。
目線の位置ぐらいの高さがある棚が壁際とその手前の位置に二列あり、植物系、動物系、鉱石系と分けられて冂の字で中心にあるテーブルを囲う。
俺とカイネルばあさんはテーブルを前に向かい合い、レトロな椅子に座っている。
テーブルの上には植物や動物の一部が入った瓶が置いてあり、カイネルばあさんが今までに開発した薬草の処方やエルフの技術を記した書物を開いて説明をしてくれている。ちなみに、親しみを込めてカイネルばあさんと呼ぶ事を承諾してもらった。
倉庫に入って教鞭を受けてからすでに数時間が経過している。俺の用事は洋風建築の見学と買い物だったので、お金が無い以上は買い物はできないし洋風建築の見学も薬草屋を見たから参考資料は十分。そんな理由から、エクスの身体に効き目のある薬草や薬草屋に仕入れる物品の知識に時間を使うことにした。まぁ、それ以外にやる事が……いや、やりたい事が無いというのが本音だな。それに、カイネルばあさんの書物には気になる生物が記されているため、俺の好奇心がソレに向いている。特にこの生物が……
「カイネルばあさん。赤竜の心臓ってあるけどコレは竜が存在するって事だよな?」
「少年は不思議な事を言うのう。竜族はエルフ族やドワーフ族、ホビット族に人間族、そして竜人族の頂点に立つというのは常識じゃ。逆鱗に触れれば、家は焼かれ民は食われ国は滅びる」
「その頂点、竜族の心臓を素材にするってのは逆鱗に触れないのかよ?」
「ほっほっほっ。お主と話しているとおもしろい。赤子に物語を読ましているようじゃ」
この世界の常識が無い俺は確かに赤子だと言える。実際、俺もカイネルばあさんの話を聞いてて胸が高鳴るし。
「マジで無知なんだって」
「ほっほっほっ。ムキになるでない。無知は恥ではなく可能性を秘めているという事じゃ。お主になら姫様に効く薬草を作れるかもしれんのぉ」
「カイネルばあさんでも作れないって言われた時は驚いたけど、作れたら与えているとも思った。俺はこの赤竜から採取できる素材が鍵だと睨んでいるけどどうだ?」
「採取では無い。竜族は自分が認めた物に自身の一部を与える。……少年、竜族が本当にいるなら倒しに行くか?」
「国を滅ぼす戦力だろうとエクスに必要なら行く。本当にいるなら生息地を教えてくれ」
「……、……赤竜は翼竜を束ねる大型の飛竜じゃ。鱗は刃を通さず、魔法を弾き、口からは火を噴き、鋭い爪はあらゆるものを薙ぎ千切る。青竜、黒龍、白竜と並ぶ竜族の頂点であり、赤竜は空の番人と呼ばれている」
「空の番人って事は空か……跳躍はできるけどさすがに飛んでいられないな」
「飛行魔法を学ぶとよい。少年は赤竜『ワイバー』と闘う運命にある」
「飛行魔法、かぁ。……」
レジスタンス編でこの話を聞いて魔法を学ぶ予定だったんだな。だが、今となってはエルフの王とダークエルフの女王とは今のままで闘いたい、魔法の知識は二の次だ。
「ワイバーと闘う運命とはなんだ?」
「ワシの予想では、姫様に効果がある薬草は赤竜だけではなく、青竜や黒竜や白竜の素材も必要になる。そして赤竜•青竜•黒龍•白竜の長、四神竜は一○○○年前に赤竜『ワイバー』討伐を竜族を始めそれぞれの部族長に出している。もし、ワイバーを倒せば四神竜はその身の一部をお与えくださるじゃろ」
「いやいや。それってワイバーは一○○○年もの間、竜族や他部族から逃げきっているという事だろ」
「ワイバーは神竜を凌ぐ強さじゃ。逃げはせぬ。一○○○年もの間、対峙した者を殺し、村や国を滅ぼし、屍を築いてきた」
「マジかよ。……」
「姫様の薬草は竜族の素材が必要じゃ。いや、本当に効果があるかはわからぬ。あくまでもワシの予想じゃからな。姫様は大魔法が原因で病弱なだけじゃ……死ぬわけではないから抱くのさ気長に待つんじゃ」
「いやいや。俺の目的は抱く事じゃないから。それより、ワイバーのいる場所を教えてくれ」
「若いのぉ」
カイネルばあさんは、諦めを促した発言を軽く流した俺に対してため息を一つ吐くと、両手をテーブルに乗せて語り始める。
「空から舞い降りたシュ•ジンコ•ウはイストラーディ国王家の第一子に遺伝される大魔法を欲し、女王様を略奪しようとした。しかし、女王様の腹の中にはすでに姫様がおった。王宮兵はその身を犠牲に女王様を逃し、生んだ姫様をこの地へ隠した。その時、シュ•ジンコ•ウはワイバーの背に乗っていたと聞く」
「赤竜ワイバーがシュ•ジンコ•ウに加担していたって事だな」
「四神竜を相手にすればワイバーも無傷ではすまぬ。加担ではなく、国の統一を企むシュ•ジンコ•ウと神竜を邪魔に思うワイバーの利害は一致しておる。そんな二人が、竜族にさえ致命傷を与えると言われるイストラーディ国王家に伝わる大魔法に目をつけた」
「……、……」
あの作者が創る物語とは思えない壮大な世界観になっている。いや、たぶん違う、見切り発車で脱線した結果、世界観が広がりすぎて手に負えないんだ。
最悪だ。現状、ロットの両親であるエルフの王と女王を倒せなくなった。
何故なら、エクスの母親に協力的なエルフを統治する王とダークエルフの女王という事は、俺が二人を倒したら指揮者を失い弱体化したエルフ族とダークエルフ族から倒されるという筋書きができあがる。レジスタンス編を作者が練りに練っていたというのはこの筋書きに繋がるからだったのか……
俺がレジスタンスに味方すれば……いや、味方にはならないと言っていたヤツが薬草屋から出てきたら一変、味方になると言っても信用されない。
俺はこの場を切り抜いたらいいだけだが、エルフの王や女王が負ければシュ•ジンコ•ウとワイバーはエルフを滅ぼし、地上は奴等の手に入る……いや、他部族がいから簡単にはいかないか……そうだ! 他のドワーフ族やホビット族は何してるんだ!
「カイネルばあさん。ドワーフ族とホビット族は『どっちの味方なんだ?』」
「少年……お主、……まぁよいか」
カイネルばあさんは俺の考えていた事を読み取ったのか先に続く言葉を飲み込み、俺の問いに対して、
「飛竜のワイバーが地中に今後興味が向けば別じゃが、地中にあるドワーフの地が略奪された話は聞いた事がない。地上の揉め事にドワーフが力を貸すとは思えんな」
「ホビットは?」
「ホビットはいつの時代も中立じゃ。成り行きを見守っておると言った方がいいかもしれないのぉ。地上が必要なのはエルフと竜人族と人間だけじゃ」
地上が必要なのはエルフと竜人族と人間か……いや、ホビットも必要だろうけど地中への順応力がエルフよりもあると考えた方がいいな。一応、予想はできるけど人間の事も聞いてみるかな。
「人間とは協力関係にあるのか?」
「同族との戦で忙しい人間族は最初から頼りにならん。領地を広げるためにエルフやドワーフやホビットの地を攻める人間族もおる。一部、友好的な人間族もおるが……自国を守るので精一杯じゃ」
「同族との戦に明け暮れている人間は兎も角、おそらくレジスタンスはドワーフとホビットに協力を打診しているはず、結果は見えてるが……この辺は運が良かった」
「運が良かった、じゃと?」
カイネルばあさんは疑問符を浮かべる。たぶん、俺の考え方が一般的ではないから理解できないのだろうな。
「ワイバーがドワーフの領地に興味が無いって事は、中立のホビットならドワーフは受け入れる。ドワーフとホビットは地上が必要な人間やエルフや竜人族の『バカみたいな戦』には加担しないという事だ」
「バカみたいな戦……ふむ。姫様の魔法や容姿には戦をする価値はあると思うが…………んっ? 少年、まさか……」
さすがはカイネルばあさんだ。俺の考え方が一般的では無い事に気づいた。俺は動揺を浮かべたカイネルばあさんにニヤつきながら話す。
「エクスの身体に効く可能性が少しでもある薬草を作るには竜族の素材が必要だ。そして、地上でエクスの身体に良い環境を作るには人間やエルフの協力……いや、俺がお金を稼ぐ世界が必要だ。そして、エクスに色々な場所に連れて行くと約束した俺はドワーフやホビットの国にエクスを連れて行きたい。俺は地上での金稼ぎの場を守るだけで、地中まで守る必要は無い。……カイネルばあさん。運が良いと思わないか?」
たぶん俺の表情はあくどくニヤついてると思う。ワイバーやシュ•ジンコ•ウという捻じ曲がりから生まれたであろうバグを一掃すれば、エクスが魔王の物語へと修正ができる。『俺として』はこれほど楽な進行は無い。
そんな俺の表情を見ていたカイネルばあさんは唖然とした後、呆れるように息を吐く。ゆっくりと視線を上げ、俺を見据える表情は真剣そのもの。物語の主人公に憧れている子供を見る優しい微笑み顔ではなく、俺を一人の男として認めたように感じる。
「ワイバーの軍勢は、ワイバーの片腕である中型の赤竜が指揮を取り、数多い翼竜を引き連れて国を滅ぼし回っとる。シュ•ジンコ•ウや竜人族はその軍団の背中に乗り、その力を振るう。ワイバーやシュ•ジンコ•ウの暗殺ならば可能性はあるが……」
「暗殺が通用するならやってるだろ」
「そうじゃな。お主に必要なのは竜の鱗を斬る武器と飛行魔法じゃ。飛行魔法ならワシが教えれるが武器は……」
「俺の背中にあるだろ」
「見た事の無い大剣じゃな」
「まぁな。色々と最強な剣だ。……んっ?」
薬草屋に誰かが入ってきた気配を感じる。こんな堂々とした気配はあの二人しかいない。
「カイネルばあさん。俺に客だ。とりあえず、イストラーディ国にワイバーとシュ•ジンコ•ウがいるのがわかっただけで大収穫だ」
「エルフの王とダークエルフの女王が痺れを切らして来たようじゃな。……二人と闘うのか?」
「二人が倒せないシュ•ジンコ•ウやワイバーをこれから倒そうっていうのに、二人を屈伏する力がなかったら口だけ番長になるだろ。なにより、エクスを連れ去る事ができたのに実行しなかった騎士道精神を俺は確認しないとならない」
「ほっほっほ。人間にしとくのが勿体無いのぉ。お主、いや……ユーサーよ。ワシはユーサーがアーサー王となる日を楽しみにしておる」
「国を統一する気は無い。でも、エクスという目的の前に障害があるなら俺は一掃する。それがアーサーへの道のりなら、俺がアーサーと呼ばれる未来をカイネルばあさんに見せられるかもしれない。長生きすれよ」
「エルフは長寿じゃ。ユーサーよりも長生きできる」
「エルフが長寿なのは本当なんだな。もしかしたらロットも俺より年上かも……まぁ、いいか」
椅子から立ち上がり、長時間座って凝り固まった腰を両手でマッサージしながら、
「カイネルばあさん。エクスの家に温泉を作ったから浸かりに来てくれ。効能は身体に良いのはわかるけど未知なんだ。たぶん魔法的な力だと思うし調べてほしい」
「うむ。楽しみにしておる」
俺はカイネルばあさんに笑顔を向けてから踵を返し、地下倉庫を後にした。エルフの王と女王を屈伏させるために……