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作者の懸念

 …………、んっ?


 あれっ! ご愛読ありがとうございますって……


『お前の最後を見たくてな』

(はい、チート決定。絶対勝つ、絶対俺が勝つパターンだよ。これだもんなぁ)


 読者の皆様、俺が勝つのが決定しました。作者がバグを起こしてチートにしますよぉ。


『地の文で何言ってんだ。作者的にも読者的にも主人公に勝ってもらわないと困るだろ。それと、お前は感違いしているぞ? 作者がバグを起こして主人公をチートにして勝つのは、それまでの道筋や修行みたいなプロット上の点があるからだ。簡単に言うと布石や切っ掛けだな。それがレジスタンス編の魔法を学ぶという構成に繋がり、魔法を知った事で二人には最終的には勝てるんだ。だが、今のお前には布石や切っ掛けが無いだけでなくエルフ村の民にも認められていない。闘ったら確実に負ける進行しかできないということだ。だから、その場その場で高速タイピングを使い、捻じ曲った構成を進めながら勝つ方向に捻じ曲げるんだ』

(見切り発車からの見切り捻じ曲げだな。タイムリープした人間が時代の変わる切っ掛けを変えるみたいな感じだが、タイムリープした人間みたいに一度経験した未来から来てるわけじゃない。その場で切っ掛けを変えるのは難しいぞ?)

『俺の高速タイピングをなめるなよ。その場で捻じ曲げるのなんて朝飯前だ。朝飯前はキャバクラにいたけどな』

(まぁいいか。俺に負ける可能性があるなら読者も疑い半分で見てくれる。物語を進めるぞ)


 俺はエクスが座る車椅子を押して広い道の先、ロットがいる石造りの建物の前に向かう。距離は家屋が二○軒程度。建ち並ぶ家々や道端からは友好的ではない視線が送られ、居心地は良いとは思えない。まぁ、仕方ないよな。初のエルフ村観光に目を輝かしてるお姫様を奪った敵なんだし。んっ?


『ふと視線を足元に向けた主人公は、なんだコレ? と言いながら地面に落ちていた種を拾う。形はひまわりの種、色は紫。主人公は「見慣れない種だな」と思い特技【鑑定】を使う。しかし、見慣れないという事は主人公の知識には無い種になり、魔法と同じく未知だ。作者は主人公の疑問に『魔力の種だ』と一言。そう、主人公の掌にある種は土に植えても芽は出さないが、そのまま食べれば魔力の最大値を一ポイント上げるという大人の都合で創り上げた即席の種だったのだ』

(なにしてんのお前?)

『主人公は作者に語りかける。しかし、作者は高速タイピング&キャバ嬢へのメールに忙しくて答えれない。……マリちゃん。朝までありがとねぇ。今日も行くけどシフト入ってる?』

(おい、物語にメールを送ってもマリちゃんに届くのはマリちゃんが物語を読んでからだぞ)

『しまった! ……、……よし、マリちゃんにメールを送り直した。それでなんだっけ? あぁ、そうだそうだ。魔力の種だったな。とりあえず食え』


 ピピピピピ、ピピピピピと着信音的な音が耳に届く。


『メール早っ! なになに……同伴キターーーーーーーー!』

(どうしようもねぇなコイツ)


 この魔力の種で魔力の最大値を一ポイント上げれば魔法攻撃に対して無限の防御力が備わり、チート完成だ。もちろん食うわけがない。布のズボンのポケットに入れる。


『なにしてんの?』

(お前がなにしてんの?)

『食えよ』

(こんな捻じ曲げ方は大人の都合でも許されねぇよ。布石や切っ掛け無しに主人公が必殺技を覚える以上に都合がいいだろ)

『そんなもん過去編とか外伝とかいって後付け設定をねじ込むんだよ。今はそんな時間が無い、食え』

(人の過去をシュレッダーしてるヤツがよく言えるな)

『お前さ、マジで食わないつもりか?』

(食わない)

「結果的にチートの結果的を理解して言ってるんだな?」

(あぁ)

『わかった。俺もお前が結果的を理解している前提で構成を捻じ曲げる』


 珍しく深妙な声音になった作者。カタカタカタとタイピング音が耳に届く、心なしか元気が無くなった気がする。


「ユーサー殿ぉ!」


 小走りでロットが向ってきた。俺とエクスの前に来ると、


「父上だけでなく母上も来てしまったでござる。二人がエクス様に挨拶したいと言ってるでござるが……」

「俺はエクスを略奪してるわけじゃないんだ。連れて行け」

「!」……ロットは動揺を顔に出す。

「どうした?」

「いや、エクス様はユーサー殿が連れて行かれた方が……」

「俺はエクスを略奪してないと言っただろ。ロットの親がエクスに挨拶をしたいならすればいい。それに俺にはエクスと一緒にいる理由があると二人に伝えたんだろ?」

「女王様だけでなく父上や母上にも伝えているでござる」

「それをわかっていて、俺がそっちの都合に譲歩したのをわかっていて、エクスを俺から離すような武士道……いや、騎士道精神に反する事をすれば、…………」


 石造りの建物の前にいる夫婦に視線を向け、特技【剣気】を二人にのみ向ける。


「「!!!!!!!!!!」」


 夫婦に向けた特技【剣気】だが、その効果は波状し周囲にいるエルフ村の民が臨戦体勢になる。


 俺は周囲の雑魚に興味はない。興味があるのは、俺の殺気を心地良い風のように感じているであろうあの二人だ。


「ほ、本物だ。強いぞ……確実に強いぞ」


 特技【剣気】に物怖じしない二人に対して嬉しくなり、気持ちが高ぶり、にやけ顔が抑えられなくなる。


「ロット。お前の両親は本物だ。誇れよ!」


 ロットの背中をバンッと叩き、銀髪おかっぱ頭を撫で回す。


「ユーサー殿…………拙者! 必ず約束を守るでござる! たとえ父上と母上がエクス様を連れ去ろうとしても約束を守るでござる!」

「大丈夫大丈夫。今のでわかったはずだ。エルフ村ランスの民が人質になったてな」

「……、……ユーサー殿なら……」

「だから味方にはならないって。とりあえずエクスを連れて行け。俺は適当に店を回ってるから」

「承知したでござる」


 ロットは車椅子のハンドルを掴むと石造りの建物に向かって押して行く。すると、エクスが俺の方に振り向き、


「ユーサー。お前はわたくしが倒すズラ。約束守るズラ」

「わかったわかった」


 まったく、ヒロインなんだか魔王なんだか……いや、両方だから俺を倒したいし俺に色々な所に連れて行って欲しいのだろうな。そんなヒロイン兼魔王の気持ちを主人公が裏切るわけないだろ。さてと、魔力を一ポイント上げる布石を……いや、二人とは今のまま闘いたい。エルフの村を楽しむとしますかな。一つ問題があるけど……


「看板の文字が読めない。言語は翻訳されても文字はそうはいかないんだな。まぁいいや。このビーカーみたいな絵が彫ってある店に入るか」


 俺は眼前にある木造りの家屋に入って行く。

 室内は全て木造りでレトロな雰囲気があり、消毒液に近いハッカのような匂いが鼻にスゥと入ってくる。視界を左右に向けると、壁際に商品棚があり中には植物や見た目不明な物が瓶詰めされていた。看板に掘られたビーカーの絵や鼻にスゥと入ってくる匂いから察するに薬屋、もしくは道具屋だと思う。店内の中心には丸テーブルがあり、商談スペースに思える。


「はい、いらっしゃい」


 奥のカウンター裏でロッキングチェアに座った壮年の女性店員が俺に気づいて優しい声音を投げかけた。外にいるエルフ村の民とは違って友好的ではない視線を向けてこない。そればかりか、俺に向けられたのは微笑み顔。壮年を思わせる皺は彼女の人生を語っているようで、お煎餅や餅を焼いてそうな優しいおばあちゃんに思える。俺を一瞥すると丸いレンズの眼鏡を外し、手元にある本を閉じる。


「ここは何の店だ?」

「?」……壮年の女性店員は疑問符を浮かべる。

「いや、あのさ、俺、字とか読めなくて……」

「ふむ。人間族は戦に明け暮れとるから字を読めないと聞くが……お主もその口かの?」

「少し違うな。事情は話せないが……」

「かまわんかまわん。ここは薬草屋じゃ。植物や動物、鉱物などから抽出したエキスをブレンドして薬草を作っておる。精力の付く薬草もあるぞ?」

「いやいや、いらんから」

「姫様を抱いてやらんのか?」

「ぶっ!」


 なんちゅう事を言ってんだこのばあさんは! つか、略奪という感違いを普通のノリで受け入れてんのか!


「ロットも言ってたけど略奪なんてマジであるのか? そんなんで女を抱いてなんの意味があるんだ?」

「その国の姫は勝者の勲章じゃ」

「勲章? なんだそれ? だったら略奪された女の意思は無いって事か?」

「……、……珍しい事を言う少年じゃな」

「だろうな。この話は気分が悪くなる。それと俺は恋愛結婚派だ。とりあえず、俺はお金が無い。ツケで薬草が買えるならエクスの体質に効く薬をくれ」

「一見客にツケはやっておらん」

「だろうな。それなら、お金を見せてくれ。あと、どんな植物や動物や鉱物をばあさんが仕入れているか教えてくれ。俺が採取して売りにくる」

「お主、お金も見たことがないのか?」

「無い。今までどんな風に生活していたとかは聞かないでくれ。とりあえず、住む環境をもっとエクスに合わしたいから入り用なんだ。薬草も自分の知識から処方はできるけど、魔法に関したら無知だからエルフの技術も知りたい。金がかかるなら稼ぐから教えてくれ」

「ふむ。字は読めぬという事は書けもせぬな」

「この世界……いや、この国の字を書けないだけで自分の国の字なら大丈夫だ。それと、記憶力には自信があるから素材の種類と名前を言ってくれたら記憶する。人に教えれる範囲で構わないから素材だけでも教えてくれ」

「ふむ」


 壮年の女性店員はカウンター下から箱を出し、何も描かれていない銀貨と銅貨を一枚ずつ出して俺に向ける。


「銀貨と銅貨じゃ。他には金貨もあるがこんな小さな店には無い。付いてまいれ、ワシの技術と倉庫を見せてやる」

「気前いいな」

「お主は事情が色々あるようじゃが嘘は言うておらん。姫様を大事にも思うておる。年寄りにある知識を教えるには十分な理由じゃ」

「そうか。でも、ばあさん。……、……いや、なんでもない」


 不快感に近い怒り、と言ったらいいのか胸にこみ上げてくる感情があった。しかし、壮年の女性店員の微笑む顔に続く言葉を無理矢理止めた。それは、俺に教えてくれるのは壮年の女性店員の完全な善意かもしれないからだ。だが……


 この時代に特許があれば、薬草の技術は特許に守られるべきだと思う。それは知識の独占にもなるが、知識がある者の技術に与えられた功績であり、等価の見返りがあって当たり前のモノだからだ。タダで見返りもなく教えていいものじゃない。完全な善意だと思いたいけどこの世界を知らない俺には……


 略奪に慣れているとしか思えない。


 壮年の女性店員は自国のお姫様が略奪されていると思って何故平然としていられる? 年の分だけ何度も略奪を見てきたのか? 自分の技術さえも略奪対象なら今みたいに提供するのか?


 もしも、エクスを森の中に隠していたのが略奪から逃すためではなく、あくまでもシュ•ジンコ•ウへの対抗手段というだけなら……騎士道精神もクソもない。


 考えれば考えるほど、胸糞悪い。何よりも、略奪という言葉を受け入れているのが気にくわない。門番以降は誰も攻撃してこないし、友好的ではない視線を向けるだけですでに諦めているとも受け取れる。 だとしたら……騎士道精神は無いに等しい。


『中世ヨーロッパは土地を広げる戦争の他にも、貴族同士の見栄や女の取り合い、語れば尽くせない小さな理由で戦をしていた』


 作者の声音が耳に届く。先ほどの深妙な声音に真剣さが重なっている。作者は更に言葉を繋げた。


『中世ヨーロッパの煌びやかなモノは王族や貴族の家の中だけで、民の生活は極貧だ。戦争で戦うのも民、死ぬのも民、けして綺麗とは言えない時代なんだ。そんな時代だからこそ、ジャンヌダルクのような少女の叫びが、お前みたいに男尊女卑を気にくわないと思っている連中を動かしたのかもしれないな』

(珍しく真面目だな)

『俺はフェミニストだからな。どうもこういう話は気にくわない』

(だろうな。……お前さ、設定を練ってる内に時代背景の資料を見たりして構成を練るのが嫌になったんだろ?)

『構成に筆が乗らなかった理由の一つではあるな。だが、勘違いするなよ。作家な以上は物語は書ける。それがおもしろいかおもしろくないかは読者しだいだがな』

(まぁ……そうだな)

『正直に言うと、お前が主人公の物語は自己満だ。俺が楽しく書いて楽しく読みたいだけだ。読者がおもしろくないと言っても、俺はお前との冒険は楽しいんだ』

(……、……)

『構成が捻じ曲がって主人公が死ぬ可能性が出た時はさすがに不安になった。酒を飲まずにはいられない数日を送ってる。……情けない話だが、主人公を生かすための筆は乗っても捻じ曲がる構成に不安が先立つ。魔力の種、俺が作家としてやってはいけない捻じ曲げをしたのはそんな理由からだ。お前が種を食わないなら、俺はあるがままに筆を走らせるしかない』

(……、……お前の高速タイピングなら構成ぐらい一日あれば作れるだろ。それが一話分だったり、酔っ払いながらもキャバクラで執筆したり、今は作家失格な種までぶち込む始末。何度構成を練り直しても、主人公として死ぬ構成しかできなかったのか?)

『色々な文献を開いて練ったレジスタンス編が唯一主人公が生き残れる構成だと思っていた。そしてエクスとのハッピーエンドを迎え、初夜の直前に真っ白な部屋に戻せた。俺は現段階の捻じ曲がった構成には無力だ。せめて、マリちゃんとの同伴直前までの時間があれば練り直せるが……物語は捻じ曲がった方向に進行し、そんな時間を与えてくれない。お前は魔力の種を食わないと主人公として死ぬ』

(作者でさえ主人公が死ぬと思う構成しかできないか……それが、結果的にチートの主人公らしい絶体絶命の構成だと俺は思うけどな)

『絶体絶命から生き残るのが主人公だ。魔法防御は無い、知識も無い、周りは全て敵、構成は捻じ曲がって作者の俺はお手上げ、都合よく主人公を助けてくれる仲間はロットでは役不足。お前自身が主人公として生き残るしかない』

(作者。まだ俺を見損なっているのか?)

『俺が信じていると言えば、死亡フラグになる。だが、あえて言わせてもらう。信じている。お前以外に俺が満足できる主人公はいない』

(任せておけ。主人公として死ぬと作者が言うなら、主人公として生き残るルートを俺が切り開いてやる)


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