お前が〇だ
エルフのロットがエクスの家を出た後、外からの友好的ではない気配も消え、家の中にも虫の鳴き声が聞こえてくる森に戻った。
ロットは下級兵だと言ってたな。俺のレベル四○○ぐらいの力で下級兵なら久々に楽しいバトルができそうだ。しかも、エルフには魔法もある。未知の経験を明日に控えたままちゃんと寝れるかな……俺、遠足の前は寝れないないタイプなんだよな。
「さてと、エクス。明日はエルフの村だ。楽しみにしていた『アレ』を使う日が来たぞ」
「ユーサーは母上様やエルフの敵ズラ?」
「敵ではない。エクスも今のままでは敵ではない。シュ•ジンコ•ウもな」
「わたくしと交渉ズラ」
「……、……言いたい事は予想できるが言ってみろ」
「わたくしの仲間になれば王国の半分をやるズラ。仲間になるズラ」
「期待どおりの言葉だ。だが、残念な事にエクスの王国は絶賛乗っ取られ中だ。いわば国無しだ。半分もなにも所有権はエクスに無い」
「ならば仕方ない。わたくしがユーサーを倒すズラ」
「頑張れ。エクスが俺を倒せるぐらい強くなれば俺の目的も半分は達成できる」まぁ、と加え、「期待はできないがな」
エクスは木のスプーンを装備して攻撃してくる。期待するだけ無駄と思える攻撃は、ポカポカと音を立てるだけで肌にも届かない。いつもどおり、囲炉裏の片付けや明日の支度をしながら、エクスが殴り疲れて寝てもらうのを待つ。
翌日……
エクスの家の隣に建てた小屋で飼っている山羊に水と草を与えた後、装備を整え、エクスの薬や非常食を木の箱に入れて『アレ』に乗せる。
『アレ』とは木組みの車椅子、薬や非常食を入れた箱が椅子の下の部分になる。形は車椅子そのままだが、エクスが気絶した時や風邪をひいた時のためにタンカにも変えれる。ゴムタイヤやアルミの軽装では無いためそれなりの重量はあるけど、レベル九九九にはなんの支障は無い。座り心地は良いものでは無いが、エルフの村にクッションになる物があれば買う事にしよう。
ロットに聞いておけばよかったと思った事がある。それはこの世界の通貨だ。物々交換なら価値はわからないが今まで食べた小動物の毛皮や鳥の羽根を木の箱に入れてある。交換できるといいな……
「エクス。準備ができたぞ」
「移動玉座ズラ」
「お金があればもっと玉座らしくできるけど、今はコレで我慢してくれ」
木組みの車椅子にエクスが座ると、俺はハンドルを握り前進する。木の車輪はガタガタと地面の凹凸と反発し、繋がるシャフトからはギシギシと音が鳴る。けして自慢できる完成度ではないけどエクスは喜んでくれている。
エクスとは数日間の付き合いだが、わかった事が多々ある。まずは食事中以外は病弱なため暗殺(行動時間)はせいぜい五分、その度に風邪をひくのだが魔法で外の木から葉っぱを取って食べる。後は、ベットの上で横になるか睡眠、熟睡時は頭の位置が変わるぐらい寝相が悪い。この点から、移動ができるベットや車椅子が必要と思った。ちなみに、吐血は謎だ。
源泉が流れる城郭には鳥の糞や葉っぱが入らないように腰の高さの壁と屋根を作っている。見た目は木でできた和風の城壁をイメージしてほしい。屋根と壁の間に作った隙間から湯気が出ているため、エクスの家の周囲は湿度が高く以前よりは環境が良くなった。
あくまでもエクスに対しての環境が良くなっただけなので、城壁と言ってもエクスが葉っぱの枚数を数えるため腰の高さしかない。城壁としての機能は皆無、門も必要ないため代わりに橋を作った。
俺達は森を前にする。もちろん、森の中に道なんて無い。獣道はあると思うが、車椅子が通れる道ではない。それならどうするか?
「よいしょ」
車椅子の底には大剣が納まるように木組みの鞘になっている。エクスの前に屈み込み、聖剣エクスカレバーを車椅子の底に潜らせて鞘に納める。後は聖剣エクスカレバーと一体化した車椅子を担ぐだけだ。おそらく、地面に反発しながら進むよりもお神輿ぐらいは乗り心地がいいはずだ。
「エクス。暴れたら落ちるからな」
「玉座では姿勢良く、堂々とするズラ」
「そうしててくれ」
エクスの家から下水道の出口(小川)までは約一キロ、そこからエルフの村までは俺が中空から見た風景から五○○メートルほど、そんなに長い道のりではなかった。森の中というのもあるが、歩いて一○分ぐらいか……
ということで一○分後……
エルフの村の前では、槍を片手に門の前で立つ容姿端麗な青年エルフが二人。一人は気の強そうなつり目、もう一人は垂れ目の甘いマスクだ。
それにしても、細身で長身な体躯に粗末な布地のローブ、腰まで伸びる癖毛一つ無い金髪、ファンタジーの住人だとわかっていても粗末なローブを着た長髪の男性に清潔感と美の両方を感じるのはエルフ以外にはいないと思う。
彼等の背後には、木造りの洋風建築が立ち並ぶ一本の広い道があり、最奥地にある石造りの建物まで続く。道端には、俺に友好的ではない視線を向ける数十人のエルフ、男女問わず長身で細身な体躯に美貌を乗せている。ダークエルフがいないのは違う村なのだろう。
それにしても、エクスを見ていなかったらエルフの女性等の美貌に酔うところだった。いや、友好的ではない視線なんだけど……それもまた良いというか何というか……
(ここまで金髪の美男美女しかいないとロットが可愛く見えるぞ。つか、ロットは肌は白いのになんで銀髪なんだ? 反抗期かな?)
ロットに対しての疑問を脳裏に巡らせながら見える範囲の村を見渡す。広い道の左右にある木造りの家屋には多種多様な看板がぶら下がり、住宅地と商店街が混雑しているように感じる。
そんな事を漠然と考えていたら……
予想どうりと言うべきか、青年エルフ二人が「ようこそエルフ村ランスへ」と言った瞬間、俺の腹部に槍を突き刺してきた。
しかし、彼等の力では一センチほど肌には届かなく、歩を進めた俺の力に従って青年エルフ二人はその場で地団駄を踏み、尻もちを付く。
「や、槍が刺さらない!」
気の強そうなつり目の青年エルフは声を挙げる。
「正確には届いてないけどな」
エクスが座る車椅子を地面に下ろし、エルフの村へと入って行く。すると、身を乗り出して左右に首を振ったエクスが嬉しそうに、
「わたくしはエルフの村に来るのは初めてズラ」
「初めてなのか?」
「わたくしは家の周りしか知らないズラ。これだけはユーサーに感謝しないとならないズラ。エルフとケンカするのは許せないけどズラ」
「今の見ただろ。ケンカにもならねぇよ。……まぁ、アレだな。これからはエルフの村だけでなく色々な場所に連れて行ってやるよ」
「ズラ!」
バッと振り向いて俺を見上げると嬉しそうな表情になりながら「ホビット村にドワーフの地」と指で数えながら言葉を並べ「ドワーフ村には……」と突然言葉を止める。数秒の間ピタッと止まり、その後、キッと睨む。
「ユーサーは嘘つきズラ。信じないズラ」
「論より証拠って事だな」
「そうズラ」
エクスは口を尖らせながら頷く。兎に角、エクスが家の周りしか知らなくて色々な場所に行きたがっているのはわかった。主人公としてはヒロインのために連れて行くべきだろうな。うんうんと今後の進行を考えていると……
『うぅえっ! 飲みすぎた。気持ち悪りぃ』
酔っ払いが嗚咽する声が耳に届く。言うまでもなく、俺が唯一安らげる入浴時間を無くした後にキャバクラへ行ったバカだ。いや、作者だ。
『朝までキャバクラコースはキツイな。今日も仕事休むか……』
(キャバクラ大臣。ウザいからそのまま寝ろ)
『んっ? ……、エクスの家ではないな。お前等、どこにいるんだ?』
(エルフの村だ)
『おぉおぉおぉ、エルフの村か。今回の構成にはとあるエルフとのバトルがある。そのエルフは村の中でも実力者で、お前のレベル四○○ぐらいの時と同じぐらいだ。本来は、そんな実力者なら村人に好かれて仲良くするところなんだが、彼女の両親はエルフの王とダークエルフの女王なんだ。所謂、混血のお姫様というヤツだな。そんなエルフのお姫様に田舎の村人は気を使って付かず離れずでな、真面目過ぎるお姫様は村人に嫌われてると思ってる。しかも混血が原因で容姿がエルフとは思えないドワーフみたいな体型だ。そんなお姫様をお前は指二本で攻撃を受け流し、村人にエクスを任せれると思われ、レジスタンス編に突入だ。俺は胃薬飲んで……ゴクッゴクッ。練りに練ったレジスタンス編を傍観してる。ちゃんと指二本で相手してやれよ。お前にしたら子猫をあやしてるのと同じだからな』
(そのお嬢様ってロットだろ?)
『さすが主人公だ。ロットは女王に交渉人の任務を任される実力者であり、信頼のおけるエルフの騎士だ。下級兵なのは親の七光りと思われないために一つ一つの功績を上げ、いずれは全エルフとダークエルフを統治する女王になるためだ。なかなかの設定だろ? お前の設定が結果的にチートの二秒に対して、ロットの設定は考えるのに一週間もかかったからな』
(とりあえず、レジスタンス編はシュレッダー行きだ。構成が捻じ曲がっている)
『んっ? 構成が捻じ曲がっている? ……あっ⁉︎ テメェ! なんでロットとの交渉前にエルフの村に来てんだ! ロットが登場する前にバラしちまったじゃねぇか! お前の気持ち悪い風呂シーンから急にエルフの村っておかしいだろ!』
(おかしいのはキャバクラで酔っ払いながら執筆するテメェだ。原稿を読み返せ)
『キャバクラで執筆? 何言ってん…………なんだコレ? ……はぁ? 何コレ? お前、なんでエクスの家でロットとエクスと押し相撲してんの?』
(テメェがキャバクラで押し相撲でもしてたんだろ)
『構成が、練りに練ったレジスタンス編が……、あれっ?』
(どうした?)
『まずい! まずいまずいまずい! お前、なにロットの父親まで引き出してんの⁉︎ レジスタンス編で登場させる予定だったんだけど! ロットは真面目だから連れてくるぞ!』
(たぶん道向こうの石造りの建物の前にいる青いアーマーを着たエルフだな。真ん中にはロットがいるし……隣の際どい純白ローブを着たダークエルフは母親だな)
『バカかお前! お前がエルフの村で認められて魔法を学び、レジスタンス編で魔法騎士の父親と戦略級魔法士の母親と試行錯誤して闘うんだ! 今のお前には物理攻撃に耐性があっても、魔法の無い物語しか歩んでないからプレートアーマーにある魔法防御×無限だけだ! でも、お前は魔法を学んでないから魔法防御は○! ×無限でも○ならかけるもんが無い! お前は○だ! ○の人間だ』
(いや、お前が○だ。つか、自分が○だと自覚すれ。なにやってくれてんだキャバクラバカ)
『反則だが二人の攻略方法を教える。主人公はあの二人の魔法を一発でも受ければ死ぬが、魔法防御が一ポイントでも増えれば×無限で勝てる。なんとかあの二人と戦う前に魔法防御を一ポイントにするんだ。俺も主人公としてお前が勝てるように構成を捻じ曲げていく』
(ちなみに二人のレベルは?)
『父親が七五○、母親が八○○。だが、エルフは魔法で能力値を上げる。あの二人に関したら遠距離魔法やサポート専門のエルフというイメージを無くせ。主人公レベルなら倒せる実力者だ』
(なるほど、初の魔法戦で魔法防御は無しだから俺にも負ける可能性があるって事か……コレは今までの物語にはない激戦があるな)
作者は慌てているけど、不利な闘いこそ俺が主人公として待ちに待ったバトルだ。レベル九九九の身体能力や特技や作者の悪意からまともに苦戦できる敵はいなかったからな。酔っ払った作者が生んだ構成の捻じ曲がり……いや、脱線だが………………今回は許してやる。
(作者、負ける可能性があるならエンドロールの準備を……)
『ご愛読ありがとうございました。作者の次回作を……んっ? なんか言ったか?』
(せめて闘わせろよ!)