6.
「とっても美味しいです」
「レトルトのチャーハンだ」
「でも卵は違います!」
卵は龍司が割って薄く焼いて炒めおわったご飯をくるんだ一手間だった。
「卵の賞味期限が切れかけていたからな」
龍司は友人に、一言多い、うるさいと言われるがまさにそのタイプだった。
要らないことを口にする、言い訳のように。
笑顔の甘い顔立ちではないので、それをやると大抵、恐い人と言われることことになる。後輩の評価は第一に、これだ。
冷蔵庫で保管されている卵が少しぐらい賞味期限が切れようと、割って腐っていると確認するまで食べられるのだから、切れかけていたなど理由にもならないことだったが、和輝は龍司の言葉に話のとっかかりを見つけていた。
「賞味期限って、すぐに切れちゃうんですよね。安いときにスーパーで買い込んでくるんだけど、一人だとなかなか食べられなくて気がつくとあれもこれもみんな切れちゃったりしているんですよね、切れたもの食べたくなし、でも勿体ないし、自分一人だと毒味してもよくわからないし大丈夫だと思うかって、相談する人もいないし、困ったな、どうしよう、かなって・・・」
思いつくままにしゃべって、目の前でじっと匙を止めて自分を見つめている龍司の視線に気づいて、言葉をとぎらせていた。
「・・・すみません・・・、一人でしゃべっていて・・・」
「別にいい。卵は半パックぐらいでいいんだが、返って高くつくから多くても一パック買う。それで客に、ちょうどいいところにやってきたと食わせる」
龍司の口元が少し笑ったように見えたので、和輝も、あははっと笑った。
でもすぐにまた沈黙になった。テレビの音が白々しく大きくて和輝がとても困ったとき、龍司だった。
「俺は、おまえことをどう呼んだらいいんだ?」
「僕?」
「『宮田くん』。親しげに『宮田』、宮本という奴は『ミヤ』と呼ばれていたな。やはり普通は、『和輝くん』かーーー」
龍司に、名字の宮田関係で呼ばれるのはショックだった。
候補のなかにあることもショックだった。すると和輝は、考えてもいなかったが、龍司を『龍司さん』ではなく、『高原さん』と呼ばなくてはいけないことになるはずだ。『龍司さん』でも呼びたいものではなかったのに、さらに遠のいてしまう感じだった。
「前と一緒でいいです」
以前と一緒がいいです、と勇気を出して言うと返ってきた返事は否定よりもある意味悪く、ひどく素っ気なかった。
「どんな風に呼んだかなんて覚えていない」
「・・・そ、うですか・・・そうですよね・・・そんな、もう十二年まえのことですし・・・」
「おまえは覚えているのか、覚えているのなら教えてくれ」
「お父さんは」
はっとして、言い直した。
「高原のお父さんは、和くんて言って、龍司さんは『和輝』って呼び捨てでした」
「違うだろ、そんな風に呼んだ覚えはないぞ、『おい』か、『チビ』だったはずだ」
覚えていないと言われたあとの龍司の反論に、和輝は目を丸くしたが
「・・・おい、チビってのは・・・覚えてないです・・・僕が覚えているのは、他に呼び捨てされることなかったから、龍司さんに『和輝』って呼び捨てで凄く恐かったこと・・・」
はるかに十二年も前の話で、二人共に記憶はあやふやになっていているということだった。でも、確かに一緒に家族として暮らしていたという記憶は残っているという証拠になった。
怖がられたという事実もさりげなく聞かされてしまった龍司は唇の端を吊り上げてから言った。
「じゃあ、昔通り『和輝』だな」
それが一番呼びやすそうだった。
「僕は・・・」
「好きなように呼べばいい」
「じゃあ、龍・・・司さん・・・で」
言えなかった。
昔通りで、呼びたい呼称は和輝にとって、『龍ちゃん』だった。
だけど昔は子供で、怖がりながらも恐いもの知らずで呼んで、この呼び名は最近でも思い出に浸るときに使っていたものなので、和輝にとって口に馴染んでいた。
が、実際、本人を前にしたときに十才ほども年上の大人の男の人に、兄とは言っていても『龍ちゃん』と、声を出して呼ぶ勇気が出なかった。
どうもありがとうございます。
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