4.
凄まれて、仕方なく龍司は店を出ていた。
「おまえが、真っ赤の他人なら、俺は真っ黒の他人だ」
とは意味がよくわからなかったが、龍司は牧に勝てないので和輝を後ろに連れているのだ。
「ったく、どうしろっていうんだっ」
ついついぼやいた龍司が、後ろをくっついて歩いてくるはずの気配が薄れて振り返っていた。
一月の夜だ。
通りは街路灯だけが明々として、人通りはほとんどない。
大通りから少し外れているので車通りもなく、吐く息の白い冬の空気のなかに和輝はぽつりと立ちつくしていた。
濃紺のブレザー、緑系統のネクタイに、細かいチェック柄のパンツの上にこれも高校の制服なのだろう紺のハーフコート、というそこらで見る標準的な高校生の格好だった。ただし今は、夜だ。不釣り合いな上に、しみじみと見たものは、なんだか暗い出で立ちに顔の肌色だけが白く、妙に不気味に浮いていると龍司は思った。
そして、強ばっている。
「あの・・・ご迷惑ですよね・・・。僕、やっぱり帰ります・・・」
「どこに」
目があったら馬鹿なことを言い出したので龍司はますます腹が立ってくる。
「え、それは、じいちゃん家・・・」
「どうやって。十一時過ぎだ、もう電車がないだろ。乗り換えて特急に乗らないと行けないだろう?」
「そうだけど・・・」
「呼吸のしかたがわからなくなる云々は、嘘なのか?」
和輝に向ける龍司の声は固く事務的で、感情を懸命に押さえているといったものだが、嘘かと尋ねるにあたってはきつさを増していたので、和輝は慌てて否定した。
「嘘じゃない、ほんとだよ、病院で薬貰った。気持ち的なもので落ち着いていったら、自然に治るって言われたけど嘘じゃないですっ」
「じゃあ、帰れないじゃないか」
「・・・そう、だけど・・・でも・・・」
「でも、というぐらいで病院に行って薬貰ったんじゃないんだろ」
「・・・うん・・・」
怒られて、口答えも言い訳も許されなくて、和輝は龍司の前で頷くだけだった。
「まったく、どうしろっていうんだっ」
やはり龍司は激しく怒っていた。無理矢理に押しつけられることになってしまったことに。彼の意志など無視で他に手段も見つからない事態に腹を立てていたのだろう。
だけど、ぎりぎりと怒り狂っていても、少なくてもそれは和輝個人へではなかったから言える言葉だった。
「クソッ。・・・俺の部屋は狭い。おまえは居間でごろ寝だ。部屋も渡さんぞ、覚悟しておくんだな」
「・・・置いて、くれるの・・・?」
「置かなかったら、どこにいくつもりだ、牧さんのところかっ、おまえにあの人が説得で出来るとでも思ってるのか、馬鹿者、身の程を知れっ」
それはちらりとも思ってはいなかったのだが、龍司の言い方に興味が引かれたのだ。
「・・・あの人、優しそうだったよ・・・」
「優しいぞ、笑顔でボコったあとは救急車ぐらいは呼んでくれるな」
「・・・」
「ポリシーで動いているから、ポリシーに反するとなると無駄だ。いくら泣きつこうが一切、情には流されん。帰れと言われたんだ、置いてはもらえん、無駄だ!」
わかったか、と目を剥いた龍司に念を押されて、和輝は龍司の前では小柄に見える背をさらに丸めて縮こまりながら返事をしないといけなかった。
「はい、わかりましたっ」
「寒い、さっさと帰るぞ」
和輝にくるりと背を向けた龍司は、すたすたと歩き出していた。
龍司は背が高かった。どうしたものだろうと少し悩んだ和輝に、彼のスタイルの良さがわかりやすく教えられていた。
足が長い、歩幅が広い。距離がどんどん開いていくのだから。
立ちつくす和輝からみるみるうちにコートの長身は遠ざかっていってしまうののだ。それに和輝はこのあたりの土地勘はない。
「あっ、ま、待って・・・」
角を回って、姿も見えなくなってしまったのでもう悩んでいる余裕さえなかった。
もう振り向くこともなく和輝を置いて行ってしまった龍司を見失わないように、走って和輝は追いかけないとならなかった。
ぼちぼちやっています!
おつきあい、ありがとうございました!