8.
「俺が許す、疑問も出ないような笑顔で呼んでやれ」
「・・・そんなの・・・いいのかな・・・」
いくら龍司が許したって、普通は許されないだろうと思うから和輝は悩むのだけれど、龍司は言った。
悩ましいことからすっぱりと解放してくれる救いの言葉。
「俺の言うことを聞かないつもりか?」
凄味をきかせたそれを、恫喝とか脅迫とも言うんじゃないだろうか。
ごちゃごちゃとうるさくて集中出来ないので先に問題を解決してやった優しい龍司だったが不評だったようだ。
「・・・横暴龍ちゃん・・・」
けれど小さい声で訴えられた和輝の抗議も、頭の中で自分の段取りを組むことに忙しい龍司に黙殺されるのだ。
「日程だが、おまえの学校の卒業式が三月の頭だったな。合わせてその足で行ってしまえばいいか・・・」
「えっ・・・それ、なに・・・」
ぎろりと睨まれて
「おまえの卒業式に合わせてやるということだ。三月の二日だったな、卒業式は」
「・・・なんで、知ってるの?」
和輝は龍司に、一言も話してはいないのに。学校のことなど一度も話題にだって出していなかった。
和輝は自由登校に期間に入る前に、自主休校してしまっていたが今は、本当の自由登校時期となっている。それが終了した後、生徒をもう一度集めて卒業式がとりおこなわれることになるのだが、和輝はそれももういいやと、密かに考えていた。
卒業式に行かなくても、きっと学校の方だって卒業証書を預かっていても意味がないだろうから家の方に送ってくれるだろうと思ったのだ。今までは真面目に健康にほとんど休むことなく学校に通っていたので、卒業出来ないことはないだろうし、と。
今が快適だから。
わざわざ過去に戻ることなんてしなくていいのだと心の中で決めたところだったのに。
「おまえ、全く学校のことを話さないな。まさか卒業式に出ないつもりでもあるまい?」
「・・・そんなことは・・・」
「じゃあ、ちょうどいいな。おまえが、親父に卒業証書を見せて、学生生活の思い出を話して聞かせていればしばらくは時間がもつ」
自分が龍司の計画するタイムテーブルの内訳にしっかりと組み込まれている様子に、和輝は少々胃が重くなった。
「だけど、どうして龍ちゃん、知っているの、僕の学校の卒業式のこと・・・」
不思議だったので尋ねずにいられない和輝に、龍司は唇の端を少し吊り上げるようにして、事も無げに言った。
「最初に自分で俺に、学生手帳見せたじゃないか。あとは今時、ネットが繋がれば情報が出てくる。だから誰かが嘘を吐いてサボっていたことだってバレている」
「むっ。・・・学校のHP?・・・そんなの僕、見たことないのに・・・」
「とにかく、卒業式をすませたあとに帰る。おまえのおじいさんのお宅は、俺一人ぐらい余分に泊まれるな?式当日は仲間で集まってがやがやするだろうから、前日から翌日までぐらい泊めてもらえれば・・・」
「えっ、卒業式、・・・もしかして龍ちゃん、来てくれるの?」
予想外の展開のなかでさらに驚きの内容で、和輝は確かめなくてはいられなかった。
すると龍司は目だけを上げて和輝を見て言った。
「嫌なら、その辺で時間を潰している」
「龍ちゃんが・・・僕の卒業式にーーー」
「地理的に中間位置だからな一緒に移動してしまった方がいろいろ手間が省けるだろうと思ったんだが嫌というところに押しかけるつもりはないから安心しろ」
龍司にしても、高校の卒業式など出向いて楽しいものでもないだろうのであっさりとしているのだ。
「嫌じゃないっ!うわ、なんかそれ凄いっ!!」
親が出てくる行事には、じいちゃんかばあちゃんで、それはそれで嬉しかったけれど、自分だけ世代の違う家族に小さな頃は、少し嫌だと思った頃があったものだ。でもそれさえも、もう二度とない環境になってしまった今、なんて罰当たりで贅沢なことを思っていたのかと反省し、そして思い出を懐かしく思えば思うほど悲しくなってきてしまうのだ。
ずらりと並んだ父兄席には、おそらく化粧した母親が多いだろう。そのなかで頭三つ分ほど抜きんでる長身の龍ちゃんがパイプ椅子に、一見憮然としたような冷ややかに整った顔立ちに座っている。おばさん達はちらちらと龍司を見ることだろう。絶対だ、だって冷静に見たって龍司の姿は格好いいと思うから。
「たぶん龍ちゃんが、一番若い父兄だよねっ!」
背が高くて格好いいし、とまではさすがに口に出して本人には言えなかったが和輝が複合的となって、とても大きな喜びに包まれていることは龍司に伝わっていた。
「・・・俺は、親に来なくていいぞって言っていた気がするが・・・今は違うんだな・・・」
浮かれている和輝の様子に、ジェネレーションギャップ、時代の差だと思った龍司は自分の歳を感じてしまい、ため息だったことに和輝が気づいたかどうか。
龍司と二人で荷物を持って小旅行のように特急を乗り継いで、じいちゃん家に戻る。そして翌日は龍司と卒業式に行ったあと、また移動して今度は新幹線で少し長めだった。
高原家だった。もうすっかり変わってしまっているだろうけれど、和輝は約一年を過ごした家の間取りや、近所の様子もよく覚えている。忘れてはいないのだ。
けれどいくら自分が懐かしく思っていようとも、立ち寄ることはない場所だと思っていた。高原のお父さんだって、二度と会ったり話をすることもない人だと。一度離れてしまったレールが再び接するなんて都合の良いことなどあるはずがないじゃないか。
関係の礎になるはずの母はもうこの世にいないのだから。
「お父さんって、僕が呼んでもいいのかな・・・」
「呼びたいなら呼べばいい。呼ぶ立場だろうと、呼びたくなくて呼ばなくなるような奴が五万といるだろうさ。なら逆にとにかく呼ぶって奴がいなければバランスにならないだろうよ」
「・・・うん・・・」
龍司の、龍司らしいどこか冷めて皮肉っぽい言葉に和輝は、考えた末、頷いていた。
正直に言うと龍司の理屈はわかりそうで、でも少しよくわからなかった。でも龍司の言葉に、何でもありで、高原家の長男はすっかり、和輝という弟を許してしまっているんだとは感じたから、それで十分という気がしたのだ。
「チビのくせに生意気、妙になれなれしくて腹が立っていたが、泣き虫という印象は全くなかったんだがなあ」
ソファーを立った龍司はきっとお風呂に準備に行くのだと思った。
しかしそうして和輝の横を通り抜け様、ぽんぽんっと頭のてんこつをはたいていったときに、声は呆れ気味で、大きな手の平は龍司にとって軽くでも、予想もしていなかった和輝が、わっと声をあげて絨毯の床にへしゃげるぐらい衝撃が強かったわけだが、それがかなり嬉しく感じたのだ。
見知らぬ人からされたなら、暴力だと騒ぐだろうに。
不思議だった、そんなことがとっても嬉しかったのだ。
残り、1話!