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子猫以上、弟未満。  作者:
第三章
30/32

7.

 生まれてこれまで、和輝は三回のキスをした。

 その三回は、三回とも同じ人物で、龍司だった。

 龍ちゃん、だ。

 龍ちゃんと呼ぶのも、どさくさにまぎれて許してもらっていた。

 和輝は龍司と三回のキスをしていて、一度目は和輝からのいろいろ問題な勘違いキスで、二回目は復讐の法則の龍司からのキスだったりするが、三回目は。

 仲直りのキスだと龍司に言われたが、これはもう和輝にとって、“うひゃあ”という感じのものだった。

 いいんだろうか、とどきどきするようなシチュエーション。嫌かと訊かれて、自分は嫌とは言わなくて、そうして。

 双方同意の、一方通行じゃないいわゆる両思いのキスだったのだ。

 いったいどういう思いが通い合ったか、両側通行としてもまったく別種であった場合など、意味はあるのか。など考え出すといろいろと課題が出てきそうだったが、和輝はあまり考えなかったので、オッケイだった。

 思い出すと照れてしまって、普通の顔でいられていないと思った。

 龍ちゃんとキスしたなんてっ・・・と言うものの、それ以上の何かがあったわけではなく、唇が離れた後龍司は、「ああ、風呂の湯」と呟いてお湯を溜めに行った。ぼうと絨毯に座りつくしているうちに、お湯が入りおわったらしく自室から出てきた龍司が長湯に入った。そのあとに和輝もお風呂に入ったが、入る前からすっかりのぼせているので、ちゃっと入ってぱっと出てきた。

 そうして、寝た。

 当然だったが、勿論布団は別なのだ。

 今日はきっと眠れないと和輝は思っていたが、精神的な疲労困憊のためか、気がつくと朝だった。うろ覚えの中で、龍司は出かけていって目が覚めたときにはいつものようにマンションの部屋に、和輝一人だった。

「いってらっしゃい、って言えればよかった・・・」

 独り言を呟いてみても、遅いのだ。

 キスの所為なのだろう。二人にあらたな変化が現れたのは、その日の夜だった。

 朝ご飯を食べた後、和輝は牧のお店にバイトに向かい、一晩経った後でも目のまわりが腫れていたので、牧に少しからからかわれた。少しだけだった。

 本格的な攻撃は仕事を終えて帰ってきた龍司の方へと行われたので、反撃はすべて龍司に任せていればいいので和輝は気にならなかった。

「龍ちゃんったら苛めて泣かせたのかい、ひどいなあ」

「いえいえ、先輩の後輩ですので」

「俺とは違うね。こんなぴよっこ泣かして喜んでるなんて荒んでるったらありゃしないね〜」

「そりゃあ、仕方ありません。当時のうちの部にはこういう可愛いのは寄りつかなかったから。いやあ、実にさいわいなことでした!」

「・・・で、襲ったの?」

 ニヤリと訊く。

 こっちもニヤリだ。

「それが残念!。なんにもする暇もなく勝手に泣きだしたのでこっちは萎えきってしまって、全然全く使いものになりませんでした」

「泣きが入って、負けってそりゃあ、男の風下にもおけねえ話だな〜」

「まったくその通りです、なにせ今時ですから」

 にっこりと笑い合う龍司と牧に、和輝は一人食事にパクついていた。全く自分に入る余地のない空気を理解していたし、具のいっぱいの豚汁は熱々で美味しくて、お代わりも自由と言われていたので食べるのに忙しかったのだ。

 そのなかで、一つ発見だった。

 牧さんは巫山戯ているときに、龍ちゃんと龍司を呼ぶのだと。とても些細なことだったが和輝にとって、なんだか嬉しかったのだ。

 そうしてお腹もはち切れそうなほどいっぱいになって牧と別れ、二人してマンションに戻った後だった。

 龍司の指定位置、私服に着替えた龍司が黒いソファーにもたれて、ぼんやりと天井を見ていた。眠ってしまっているのだろうかと思った頃、口を開いた。

「有休を取ってまとめた休みにする」

 それはただの独り言のようで、和輝は返事をしたものか悩まないといけなかった。

「そろそろ、踏ん切りを付けるべきだろうな・・・」

 意味がわからなかったが、龍司の声は沈んでいるほどに真面目で、和輝は寝ころんで読んでいたコミックを閉じて、起きあがっていた。

 龍司も頭を和輝に向けていた。

「家に帰る。親父に会う。おまえも一緒だ」

「え、・・・僕も?」

「ああ」

 重々しく龍司が頷いたが、聞いた和輝は途端に不安な表情になっていた。

「僕は・・・いいよ。・・・そんなの、どんな顔していればいいかわからないもの・・・」

 再婚が破談になった女の子供が、十二年を置いて赴いて顔を見せる。

 いったいどういう態度をしていいのか想像がつかないのだ。高原のお父さんだって、今更、自分に会いたいと思うだろうか。もしかして会いたくないと思っているかもしれないのだろうに。

 そう説明すると、龍司は一言の下に却下だった。

「馬鹿者。おまえ、俺にそれを聞いたか?」

 睨まれていた。

「そ、れは・・・」

 あははっと笑って誤魔化す他はない。なぜって龍司には一切聞かず、考慮せずに押しかけているのだから、しおらしい和輝の言い分は、龍司にはなおさら通じるはずはない。

「どんな顔をしていいかわからなくてもいい。来る。俺の横にいればいい。藁だってあれば救いだ」

 溺れる者はーーーの藁なのだ。龍司だって同じで、わからなくて空気を持てあますことはわかっているのだから。それでも一度、腹を据えて帰ることを決めているのだ。

「・・・高原のお父さん・・・。僕、どうやって呼んだらいいのかな・・・」

 頭の中で帰ってからの会話シミュレーションに忙しかったが龍司は、和輝の言葉を聞き逃さずに、少々うわの空だったが返事をする。

「呼んでいたもの覚えていないのか?」

「うん。・・・でもだって、それは、無理だよ・・・」

 お父さん、って呼んでいた。そのときは子供で深く考えずに、すんなりと呼んでいたけれど、高校生の和輝ではそれは駄目だろうと思うのだ。

「いいぞ、呼んで」

 龍司は淡泊だった。

「えっ」

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