3.
苦い苦い思い出だった。
自分はそれほど新しい家族が嫌なわけではなかったのだ。高校に入ったら部活に忙しくなり家にいる時間も少なくなるので、正直、どうでもいいというレベルで認めるつもりでいたのに、突発的な感情の爆発で父親の人生を狂わせてしまったことになる。
そのあとは大学、就職し家を出ていたが、父親が一人暮らす実家に帰り辛いのは自分が過去を引きずっているためだともわかっているのだ。
忘れたいのに、忘れられずにいる。
捨てたいけど、捨てられるものではないだろう。
だけどだ。わかっているがせても、もう少しだけ目を逸らさせてくれ・・・。
龍司のそんな過去が、今。
具現化した形となって目の前に、現れていると感じた。
急に、悪酔いしそうだった。
「あの・・・龍司さん・・・」
「おい、ちゃんと話聞いてやれよ、可哀想だろうが」
牧の声に、我に返ると龍司は横に顔を向けた。
そこには、昔、自分にうるさくまとわりついたものの面影を確かに残して成長した高校生だった。
「じいちゃんとばあちゃんとずっと暮らしていたんですけど、僕が一年、高校一年のときばあちゃんが死んで、今年の夏にじいちゃんも。ばあちゃんと、じいちゃん、仲良かったからじいちゃん、ばあちゃんが死んだあとずっと、ばあちゃんのとこに行きたいと言っていたからきっと今ごろ、喜んでいるんだと思うんですけど」
和輝が捲したてるように明るく言ったあと、ふっと口を閉ざしていた。
龍司が無言で先を促すと、薄い笑顔だった。
「僕は、なんか一人でじいちゃん家にいると、嫌になっちゃって・・・」
あそこ、広いし、じいちゃんとばあちゃんの物がいっぱい置いてある。何一つ変わらない様子にあるのに、持ち主はもう、二度と手にすることはないのだと考えたとき苦しくなってくるのだ。
「呼吸する方法もなんか、わからなくなっちゃって」と和輝は静かに恐ろしいことを言った。
「わかったな、そういうことだ」
「・・・は?」
「兄として、ちゃんと面倒見やるといい」
「じょ、冗談でしょ!なんで、俺が、しかも兄弟じゃない、赤の他人だ!」
はっと思い出して、龍司は牧から和輝に顔を戻して確認をしていた。
「おまえ、宮田和輝だな?宮田に戻っているんだな?」
「・・・はい、宮田です、けど・・・」
「ほら、先輩、もう俺達はーーー」
「最後まで話を聞いてやれや」
「・・・僕は、ほんとは一度も高原和輝にはなっていません・・・母さんも。一緒に暮らしていたときも、籍はまだ入れていなくて一年試してみて上手くいきそうだったら、籍を入れることにしていたって・・・だから、『りゅうにいちゃん』とか呼んでいたときも、厳密に言うと兄弟じゃなかった・・・」
ほんの少しだけ嘘が入ったけれど、たぶんそれは今は問題にならない嘘だ。
籍は入っていなかったけれども、二人は兄弟と言われて一緒の家に暮らしていた。
龍司が今はじめて聞かされた事実は、龍司は血も戸籍もそんな無粋なことは関係なく、和輝にとって兄なのだーーーと言いたいものなのだろう。
しかし、ヒューマニズムに引き下がるわけにはいかない。
「そんなことを言ったって、どこかの未成年を俺が勝手に自分家に連れて行くことなど出来るわけがないっ、常識的に考えて・・・」
「僕は、やっぱり・・・赤の他人ですか?・・・」
悲しげに、和輝が尋ねていた。
うっと、龍司は言葉を詰まらせた。
こう来られると、大抵の人間なら言葉を無くしてしまうものだろう。
一度、赤の他人だと言っているのだが、そうだ、ともう一度繰り返せない空気ができあがっていて、龍司は常識のある自分が恨めしい。
言いたいことが口に出来ずに、奥歯を噛むことになってしまっている龍司のジレンマを牧が親切に打ち切ってくれた。
「そういうことだ。となったら、そろそろ未成年は寝る時間だな。帰って寝させんとな」
「・・・あなたはっ、こいつの見方なんですか?」
ここが牧の店でなくて、目の前に牧が居なかった場合、自分に押し寄せる圧迫感の量は全く違う具合となっていると思うのだ。
牧は正義漢ぶってか、和輝の見方をしていると龍司に思われたので文句だった。
でも、違ったようだ。
「見方、なんで、俺が?」
牧が不思議そうに目を丸めてみせる。
「俺は中立だね。俺は俺の見方だ。そろそろ閉店の時間でね、困るんだよねえ、俺も予定があってさあ・・・いつまでも預かっていられないぞ」
つまり、和輝を連れて早く店を出て行け、と。
今回も読んでいただき、どうもありがとうございます!