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子猫以上、弟未満。  作者:
第三章
28/32

5.

「俺だって選択の自由があるはずだ」

 そうじゃないか?と厳しく確認されると和輝は曖昧な返事になってしまった。

 だって、和輝はそのとき、龍司がキスしたと思って疑わなかったので思い悩んで、行動したのだから。だから。

「寝ているときにこっそりと俺を襲いに来たおまえは、押し返す余裕が無くて、まんまと餌食になってしまったがな」

「・・・餌食、だなんて・・・それは・・・ちょっと酷すぎると思う、かな・・・」

 なんだか背中に冷や汗が吹き出したので、かなって首を傾げて可愛らしく和輝は、龍司に意見してみた。

 誤解、思い込みだったというのだ。

 ずっと信じてきたキスシーンは未遂で、和輝がキスをしたから盗られてしまうんだと言う思いは、杞憂だっと・・・。

「・・・龍司さんが、女の子とキスしたと思っていたから、僕・・・龍司さん、行っちゃうんだと思って・・・」

 和輝は脱力だった。

「だから、取り戻さないといけないと思ったから・・・」

「行くって、どこへ行くと」

「・・・どこかだよ・・・僕の知らないところに女の子と二人で・・・」

 訳がわからんと言う顔をしている黒いソファーの龍司のまえで、和輝は絨毯の上に力が抜けたようにぺたんとお尻と付けて座り込んでいる。

「・・・僕の考えすぎ・・・?」

 牧にもそう言われたのだ、今日だ。

 おまえの考えすぎ、と。

 昔、ーーーも?

 じわじわと心の底から這いだしてくるものがあった。

「だってっ!」

 湧きあがってきたものは鼻の奥に到達したあと、涙腺という出口を見つけたのだろう。

「だって、龍ちゃん、僕のこと嫌っていたしっ、どこか行っちゃうんだと思ったんだっ、あの女の子が取っていっちゃうんだと思った、行っちゃってもう戻ってこないと思った、だから、止めなきゃと思った、だからっ・・・」

「・・・だから、同じようにとキスしたと?」

 高ぶりすぎた感情に上手く言葉が繋げない様子の和輝のかわりに龍司が続き言うと、くしゃくしゃな顔で龍司を見つめて、うんと頷くのだ。

 話を聞く龍司は、なんだか頭がくらくらした。

 暖房が効きすぎているのだろうか。

「だってっ・・・」

 この、和輝の口癖のように頻発される『だって』という言葉のなんて真剣で重いことか。聞いていると次第に憂鬱にさえ陥ってくる。

「だって・・・気づかないと思ったし・・・いつも畳の部屋で寝ているとき、龍ちゃん、起こしたって起きなかった・・・だから、少しキスするくらいっ・・・」

「寝ている奴にキスしたんでは、おまえと東野と同じ条件にはならないだろうに」

 難癖を付けるのは龍司の大人の理屈だったが、あっさりと片づいた。

 ちょっと首を傾けていた和輝が言ったのだ。

「・・・僕、そのときたぶん、そんな風には思わなかった・・・」

「ああ、そう。そりゃ、よかった」

 龍司の言葉の嫌みっぽさを感じた和輝は、余計に泣きそうにならなくてはならなかった。

「それに、そんな風に怒るとは思わなかったんだもん、龍ちゃん、もう女の子とキスしていたと思った後だったし、そのあとこそっと、僕がしたってあんなにひどく怒って、そのあとっ・・・」

 その後、上手く逃げ回っていた和輝が少し自分が誇らしいと思っていたことを覚えているのだ。母のところか、高原のお父さんのくっつけば、龍司は怒ることをやめる。やめるから、やったあ!と思って、それからはいつもそうして逃げていたのだ。

 本当は、和輝が悪いことをして怒らせたせいの、和輝と龍司の喧嘩だったのに、和輝は逃げ回って謝ることもしないでいたせいで、龍司の怒りは矛先を別に向いてしまった。和輝がくっついて「こわいの」と訴えていた父親に。

 和輝は知っている。子供だからといって純粋で無垢ではないのだ。いや、そういう可愛い子供もいるかもしれないけど、自分は違っていた。小賢しく計算して、生きている子供だった。子供であることも利用しているような子供だったのだ。

「龍ちゃん、怒っててこわい」

 高原のお父さんに言えば、龍司の父親で、龍司よりも強いのでなんとかなるんだと思っていた。

 お父さんが龍司を、怒ってくれたら龍司は和輝に対する怒りを仕方なくでも引っ込めてくれて、元に戻る。解決すると。

「ごっ、ごめんなさいっ・・・龍ちゃん、ごめんなさい、僕、考えなしでっ」

 絞り出したような言葉のあとは、目を覆って、覆うだけでは収まらずひっきりなしに拭わなくてはならなかった。

「だってっ、あん、なふうに・・・」

 嗚咽にまみれる言葉は聞きづらい。泣かずにしゃべれよ、と龍司は思ったが言わなかった。

「龍ちゃんとお父さんが喧嘩して、家にいられなくなるようになるなんてっ、思わなかったっ、ずっとみんなで一緒に、いたくてやったのにっ、僕と龍ちゃんが仲良くなったらずっと、一緒に住んでゆくことになるってっ・・・」

 細い背を丸めて泣いている。

 高校三年生だったが、十分、龍司にとって小さくて子供で、だから馬鹿なのだ。

「・・・ごめ、んなさいっ・・・龍ちゃんっ・・・ごめんなさい・・・」

 ずっと心の中で蟠って瘤になっていたことだった。

 解決されずに、放置されていた小さくて大きな問題だったのだ。

 くだらなくても、真剣で、少年の龍司の男のプライドに関わることで、黙って何もなかったように許すことなどしてやるものかと思ったものだった。

「これだけのことに十二年かよ」

 龍司の独り言だった。

 呆れて、疲れた声音だった。

 クソ和輝から、求めたものを引き出すのに必要とした時間は途方もなく長かった。

 ついさっきまで、牧の店ではかりかりして口論紛いに言い合っていたはずなのに、もう怒る気もすっかり失せてしまっていた。

 そうなると、龍司に残っているものは、目の前で丸くした背中を震わせて泣き続けている和輝だった。

「・・・おい・・・」


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